サニーサイド・ダークサイドU

(1)シムクガマへ
@懐かしきレストラン
10時45分,タクシーは泊港の北側,一番海岸寄りのプレハブ小屋の前で停まってくれた。870円。どうやら,離島別に発着場が分かれていて,私が渡嘉敷島に行くと車内で話していたから,その真ん前まで寄せてくれたのである。船着場にはクルーザーっぽい船は泊まってはいるが,まだ改札ではなく,小屋もカーテンがかかっており,戸が開いていない様子。「まだ開いていないみたいですね」と言われたが,ひとまず降りることにする。確認すると,どうやら出発の1時間前,すなわち11時から開くらしい。小屋の目の前では,若い女性3人がベタ座りして待っている。
私はというと,とりあえず周囲をうろついてみる。大きな港のあちこちで,船がたくさん停泊している。これから行く慶良間をはじめ,久米島,粟国島,そして南北大東島などの周辺離島へ向かう船が,ここから出ているのだ。より陸側にも船着場があるので行ってみると,コンクリートの古ぼけた,ちょっと大きい待合室。こちらは,もう少し西にある座間味島行きのようだ。同じく受付なども開いていない様子で,おじさんらがくっちゃべっている。遠くには「とまりん」と呼ばれる茶色く高いビルが見えるが,こうも陽射しがあると,たかが数百m向こうのようでも,歩いていく気力が失せる。後で確認したら,ショッピング街やホテルもある大きな施設のようだ。
一方,海側に向かうと,伊江島行きの船着場があった。なるほど,ドックに入っていなかったら,伊江島からここに戻ってくるはずだったのだ(「サニーサイド・ダークサイド」第5回参照)。その奥の岩壁では,釣りに興じる人々。こんな明らかに人工的に形作られた場所で,一体何が釣れるのだろうかと思ってしまうが,釣り好きにはそんなことはどうでもいいのだろう。
さて,再び渡嘉敷島行きの待合室に戻って5分ほどしただろうか。原チャリに乗った若い男性が建物の前に乗り付けた。と,おもむろにドアのカギを開け出した。中に入ると,広さは20畳程度であろうか,とにかくクーラーが思いっきりキンキンに効いている。思わず「うわー,冷えてるー!」とは,待っていた女性。考えてみれば,暑い中で待たされたあげく,さらにうだるように暑い待合室に入れられては,会社として営業努力していないと思われてしまうだろう。たしか9時発が第1便だから,そのときからずっと入れっぱなしなのであろうと思われる。
さて,先ほどの男性はそのまま端っこの受付用の部屋に入り込んだ。とりあえず,乗船手続をしなくてはならないらしい。前もって予約していたので名前を名乗ったが,どうも意味がなかったようだ。きちんと紙に必要事項を書いて彼に渡し,往復の運賃・4200円を支払う。ちょうど3連休で夏休みの始まりであり,またダイビングスポットとして人気の島ゆえ,かなり混むのではないかと思って電話で予約していたのに,こういったところで拍子抜けさせられる。しかも,その数日前にメールで問い合わせをしたのに返事が何日経っても返ってこず,しびれを切らして電話したほどだが,結局は出発当日でも,どうにでもなるものだったのだ。
しばらくは待ち時間。とりあえず,テレビを観ながら,壁に張ってある地図なんかを見たりもする。また,地図が入った冊子も置かれており,1冊ゲットしてたまに目を通したりする。テレビでやっているのは,東京では土曜の11時からフジテレビでやっている「グータン」。ゲストは観月ありさ嬢。昨日東京でやっていたのか,はたまた数カ月前のものなのかは分からないが,こういうのを観ると,「東京とつながっている」というミョーな安堵感が湧いたりしてしまう。
と,同世代かやや上くらいの5〜6人の男性集団がゾロゾロと入ってきた。そして,目の前でゴソゴソと作業をしだした。見ていると,ダンボールの大きな箱が出てきて,そこから缶ビールを取り出している。どうやら,クーラーボックスに詰め替えようとしているようだ。夏の沖縄で定番のビーチパーティーということか。渡嘉敷島で満足に品物がそろうか分からないから,本島から持ち込もうということであろう。その他にもかなり大きな荷物を持っているようだが,こういう準備がまた楽しかったりするのだろう。宴の後の後片付けが,その数倍もウザったいものであることが分かっていても。
11時半,ようやく改札だ。今回乗るのは12時発の「マリンライナーとかしき」という高速船である。帰りも17時半発の同じ高速船だ。フェリーも運航しているが,時間がかかるので多少高くついても,往復で高速船にした次第である。船は200人ほどが乗れる大きさ。外のデッキで潮風を浴びるのも気持ちいいだろうが,外洋に出るからそれなりに揺れるはずである。ここはムリをせずに,これまたクーラーのガンガン効いた席に座ることにする。
中へはゾロゾロと人が乗り込んできて,結果的には7割ほどが埋まった。親子連れと集団客が多いこと。やっぱり,そういう人たちが行くのにふさわしい島なのだろう。お昼のNHKニュースが福井での集中豪雨のニュースを伝えだしたころ出航する。天気は抜群にいいし,風もほとんどないが,やっぱり外洋に出ると,何度となく“バッ”という音を立てて縦に揺れ,間もなく大きな波しぶきをかぶった。それだけかなりのスピードで突き進んでいるということでもある。

30分ほどして,目の前に濃い緑の陸地が広がり出す。地図を見ると等高線が混み合っているので,山がちな島なのだろうと思っていたのだが,案の定である。その谷間にあるのが渡嘉敷島(村)の中心部・渡嘉敷集落である。その港にこれから船をつけようというわけである。12時40分,少し遅れたが渡嘉敷島に到着である。
さあ,これから向かうのは「シーセンドジュニア」という店である。いろんなホームページで調べたら,島にあるレンタカー屋は「くじらレンタカー」という店のみのようだ。早速,電話して予約を入れたところ,「船を降りてまっすぐ行くと,旧ターミナルの2階に“シーセンドジュニア”という店がありますので,そこがカギの受け取り場所になります」と言われた。目の前には大きくまだ新しいターミナルの建物があり,その奥に少し古ぼけたコンクリートの建物が見える。間違いなく,後者がこれから向かうべき建物であるが,船を降りてそちらに向かう人影はなぜかいない。
その建物には,小さいながら土産屋もあるようだが,ひとまずは通過。すると,脇に外づけの階段があって,脇には「シーフレンドジュニア」(以下「シーフレンド」)という看板。「くじらレンタカー受付」と書かれているので間違いない。食堂も兼ねているようだが,なるほど「シーセンド」じゃなかったのか。ま,電話だから聞き取りにくかったのだろう。ひとまずこの階段を上がって建物の中に入る。
中は窓側に座敷が数席と,4人席テーブルが3席ほどと,カウンターが数席という造り。おじさん数人と女性1人を見たが,皆地元の人間だろう。カウンターに若い20代半ばくらいの女性がいたので,早速名前を名乗ると,ちょっと不思議そうな顔をした。そして,奥の厨房にいると思われる男性に聞きに行くと,やがて電話をかけだした。そして,ようやく私が何をしようとしているのかを理解したらしく,
「すいません,車が用意できていないようなので,
ここでしばらくお待ちください」
と言ってきた。何じゃ,そりゃって感じだが,まあしばらく待とう……どーでもいいが,彼女の苗字は――ここで出すのは伏せるが――沖縄っぽくない苗字だ。話はしなかったが,あるいは本土の出身で,この渡嘉敷の海に魅せられて,そのまま居ついたなんて経歴なんじゃないかと空想する。そういう人間は,こういう離島には結構いるものなのだろう。
さて,食堂では沖縄そばや,ざるうどんとおいなりさんの定食なんてのがあったりする。あるいは待ち時間の間に…と思うが,これから行く先で美味いものが食えた場合につまらないから,ここは我慢して,その間に契約である。借りる車は軽自動車である。料金は3時間で4725円(ちょうどハイシーズンだったのだ。オフシーズンだと4000円),6時間で6300円(同5500円)とは前もって聞いていた。帰りの船まで4時間半。島自体はそれほど広くない島のようだから,ここは3時間として,余った時間でこの渡嘉敷集落をブラブラする。これで決まりである。あと,そばにあった特製の地図も念のためゲットしておく。
さらに,1050円で保険補償をつけることができるという。冷静になれば実に基本的なことなのだが,車を用意されていなかったという動揺でもあったのか,いまさらながら「これをつけないと,どうなるんですか?」などと聞いてしまう。と,彼女は「そうですね。事故を起こされた場合にお客様が全額負担になりますねー」と淡々とおっしゃる。この“全額負担”という言葉,別段高速に乗ったりするわけでもないし,よほどのことがない限りは事故なんて起こさないに決まっているのだが,ミョーにビビってしまって「じゃ,払います」と即答してしまった。ま,どこぞのレンタカー屋でも,初めっからオプションとかでなくて“込み込み”のはずなので,いまさらその部分をピックアップされて,ちょっと混乱してしまったのかもしれない。
待つこと10分ほど。女性が車の音でも聞こえたのか,「来たようなので,ご案内しますね」という。階段を下りると,十字路になっている角に軽自動車が1台。あてがわれるのは,ダイハツの「ミラ」である。そして,中から出てきたのは,「サンデー・ジャポン」で危機管理何ちゃらという肩書きで出てくるテレンス・リー氏みたいないでたちの男性。しかも,これが無口だから不気味である。「何でオレが車を運ばなきゃいけねーんだよ」と不機嫌なのか,はたまた例えば「うー,腹へったー」と思っているだけなのか,サングラスをかけたその瞳の奥は分からないままであった……なんて,どーでもいい話か。形だけでもということか,車体をぐるっと眺めてキズ確認をすると,彼女と別れる。
中はカーオーディオがカセットでラッキーであった。アダプターをスタンバイして,いよいよ出発……何じゃ,こりゃ。車が動かねーぞ。サイドブレーキを下げても,ギアをドライブにしてもウンともスンとも言わない。車内は虚しく,稲葉浩志の『Wonderland』(「ORIGINAL MD 144」参照)と,クーラーの激しい風の音がなり響く。おいおい,待たせた挙句にこんなポンコツ車か。再び先ほどのカウンターに戻って「すいません,車が動かないんですけど」と言うと,先ほどの彼女が不思議そうな顔をしながらも,降りてきてくれて運転席に乗り込んだ。そして,彼女の右手がハンドルの下で時計回りに動こうとした瞬間,私の心は恥ずかしさやら情けなさやらでいっぱいになり,それと同時に
「ブシシシシシ…」
という音を立てだした。思わずドアをノックする。「すいません,エンジンかけてなかったんだ」――彼女も思わず苦笑している。まったく,エンジンをかけなければ,いくら何をしても永遠に車は動かないのだ。さんざん待たされて不満が蓄積しつつあった私だが,よっぽどマヌケなオチである。これじゃ,向こうにどんなに落ち度があっても,彼女の記憶には「エンジンをかけてなきゃ,動くわけねーだろ,バーカ」という感想しか残らないのではないか。

@懐かしきレストラン
まずは,渡嘉敷島で有名な阿波連(あはれん)ビーチがある阿波連集落に向かうことにする。そのためには,渡嘉敷集落を通りぬけて行かなくてはならない。村の中心といってもごく小さな集落のせいか,集落から阿波連方面に向かうときと,逆に戻ってくるときとで通る道が違う。この車が置いてある十字路が早速その別れ道で,進行方向向かって左が阿波連方面に向かう道,右がこちらに戻ってくる道である。
女性にその説明を受けたときに,何かややこしいような気がしたが,何事もなくしかるべき道を選択してあっさり集落を抜けていく。途中には雑貨屋などの店が見えたので,帰りに見てみようか――ちなみに,十字路には島で1台だけの信号があった。無論,信号なんか必要なほど交通量があるわけではない。手信号すらいらない,人間同士の譲り合いで余裕であろう。2002年1月,島内の交通量の増加と児童の教育用につけたということだ。きっと,小浜島の小・中学校の前にあった信号も,同じようなものであろう(「沖縄はじっこ旅」第1回参照)。
集落の中は狭い道だが,抜けると片道1車線のいい道になる。ただし,周囲は山がちで上り坂。でもって,いま乗っているのは軽自動車……馬力がなくて,スピードがまるで出ないのだ。せいぜい20km/h止まりである。もちろん,馬力が少しくらいあってもセカンドで行かないとムリだろうが,そのセカンドでもずっと根気よくアクセルを踏みつづけないとヘバってしまうのである。でも,後ろから車に追われるなんてことはまずないし,そもそも走る距離だって大してなさそうである。ここは少しくらいのんびり行ってもいいだろう。
数分ほど山中を走ると,「→渡嘉志久」の看板。阿波連・渡嘉敷と,この渡嘉志久(とかしく)が島の三大集落である。ここにもビーチがあるようだが,ひとまずは通過する。道の周囲は島の85%が森林ということもあって,ひたすら緑である。このあたりで適当に路地に入っていくと,島を一望できるような展望台があるようだし,水も豊富ということで“ガー”や滝なんかもあるかしれないが,ひとまずはスタート地点から遠いところを“攻めていく”ことに徹して,ひたすら山道を走っていく。
渡嘉志久集落への分岐点からさらに数分,道が下り坂になり,幅も狭くなる。いよいよ阿波連集落である。平屋建ての民家と数階建ての民宿やらペンションやら食堂やらが並び立つ。渡嘉敷島の実質上のメインストリートはここであろう。そして,人・人・人。抜群の快晴とこの陽射しもあって,彼ら男女の“水着率”は60〜70%といったところだろう。Tシャツなんか着ているだけしゃらくさいし,それが許される空間かつ時間なのだ。全島で700人弱の人口しかない。でもって,多く見積もったって,せいぜいこの集落の人口なんて200〜300人程度しかいないのだろうが,すべて合わせるとその倍の人数は有にいるであろうと想像する。言うまでもなく,残りは島外からの“臨時流入者”である。
さて,どこかで停めて昼ご飯と行きたいところだが,駐車場らしきところがなかなか見当たらない。道も停まっていないと対向車とすれ違えないほどの狭さだ。まっすぐ行けばビーチに行けるが,とりあえず適当な十字路で左折する。水着男女をかきわけて少し行くと,引き続き民宿などの建物が両側に見える。その中にはシーフレンドの“本店”らしき建物も。後でホームページにて確認したところ,民宿とレストランがあり,特に後者は改装したばかりという。なるほど,集落の端っこにログハウスっぽい建物があり,賑わっているが,人がたくさんウロウロしており,どうにもこうにも車を停められそうなスペースは見つかりそうにない。
適当なところで転回して,再びさっきの十字路へ。泊港の待合室でもらった地図では,この角に食堂があったりする。まっすぐ行けば阿波連ビーチを見下ろせる展望台とかがあるようだが,そこまでしてビーチを見下ろす必然性とかはないから,今度はここを左折してみる。すると,バスやら軽自動車が雑然と停まっているスペースがあった。入れようと思えば入れられそうだ。メシを食うだけだから,ここは適当に停めてしまおう。
ちなみに,この駐車スペースまでは渡嘉敷港からの送迎バスが走っているようだ。島内には「○○村営バス」なんて公共交通機関はない。だから,私はレンタカーなんてのを予約することになったのだ。そうでなければ,宿泊する宿の送迎バスなり何なりに乗るか,あるいはテキトーに便乗させてもらうようである。ただし,後者は有償になるようだが。

とりあえず,どこかへ入ろう。角…というか,駐車スペースの隣にある「まーさーのお店」というのはどうやら満杯のようだ。なので,前にある「一休」という店に入る。中は4人席が三つほどと,5人掛け程度の丸テーブルが一つと,カウンターという造り。丸テーブルには家族連れ。そして4人席のうち二つはカップルがいる。時間帯でなかなか盛況のようだ。しかし,食堂というよりはカウンターの向こうに置かれている酒類を見ると場末のスナックっぽいし,あるいは海の家に“毛が生えた”程度とも言える。いやいや,最近の海の家もかなり洒落たのが出てきているから侮れないが,まあ,地方の海岸のそれはこの程度といったところだろう。
店内では,少し年が行ったおじさんがあくせく働いている。カウンターの脇にある,昭和時代の製造と思われるステレオデッキからは,甲子園の予選だかのラジオが流れていて,ゆるーい日曜日の午後と行きたいところだろうが,そうは行かないのがこの時期の海岸に店を構える人たちの宿命だろう(大げさか)。しかも,そんな忙しいことはお構いなしといわんがごとく,カウンターの向こうではその子どもかあるいは孫だかが4人,テキトーに戯れている。
見ていると,小学校高学年くらいのお姉ちゃんと,同低学年とそれ以下の弟2人,プラス友達といったところか。言うまでもなく,仕事をしているのではなくて戯れているのだ。そこは彼らにとっては格好の遊び場であり,日常の延長である。おじさんがたまに指示を与えて,片づけさせたり皿を運ばせたりしているが,まともに働いていそうなのはお姉ちゃんのみ。下の弟の1人は,客がいなくなったところに突然モップを取り出して掃除気分だ。本人は片づけでもしているつもりだろうが,明らかに現状ではムダな動きである。まだ“状況を読む”には幼過ぎるのだろう。おじさんとお姉ちゃんに「ほら,邪魔だよ」と注意を受けている。
そんなとき,店先で売られているアイスクリームを買い求めようという客が現れた。店内を切り盛りするだけで“キャパ”を超えてしまっているおじさんは,一番頼りになるお姉ちゃんに相手をするように指示を与える。お姉ちゃんは淡々と「いつものこと」とでも思っていたのか,そっちの方向に向かったのだが,哀しいかな客のほうが“度胸が据わっていなかった”ようで,何となく逃げてしまった。私も客の立場だったら確実に逃げてしまうかもしれないが,こういうときは「なんだ,このガキ」とか,なまじ“引き出し”を引っ張り出して「労基法違反じゃないのか?」と思わずに,素直に買ってやったほうがいいのだろう。そのほうが,漠然とだがお互いにとって“今後のためになる”ような気がする。
こんな状況の店に置かれているメニューなどたかが知れているというわけで,とりあえずは「ゴーヤーチャンプルー(ライス付)」なんてのを注文する。店内は空調が働いているのだろうが,ドアも開けっぱなしなので少しムシムシする。おじさんは数分後には私の注文を忘れてしまって「沖縄そばでしたっけ?」と聞いたりしているが,悪気はないのだろう。ここで腹を立ててしまうのは逆にナンセンスである。「ゴーヤーチャンプルーです」とあっさり言うと,向こうも申し訳なさそうな大変そうな顔をしてに持ち場に戻っていく。そして,相変わらずカウンターはガキどもの遊び場となっている。
数分して出てきたのは,15cmくらいの器に入ったごくごく家庭料理のゴーヤーチャンプルー。ゴーヤーにとうふ,玉子,スパムにもやしという具材。ごはんは少し大きめの茶碗で,端っこにたくわんの千切りなんかが乗っかっている。つゆとか味噌汁はナシ。これで700円はどう考えても取り過ぎだろうが,輸送費を含めるとこのくらいかかるのだろうと好意的に解釈してあげることにする。多分,この値段にする根拠なんてほとんどないのだろうと思うが。
メシをとっとと食い終わって外に出る。ここまで来て数m先の阿波連ビーチを見ないというのも惜しいので,とりあえず海岸に向かう。さっきの駐車場はあいかわらず雑然と車が停まっている。私が入っている向こうにも当然車が入っている。ということは,その車が出ようとすると,ちとばかりややこしくなりそうだが,少なくとも,私が先ほど車を停めたときからずっとエンジンをかけていて,若いお姉さんが運転席に座っている軽自動車の後ろは空けておいたから大丈夫。私がメシを食っている間に入ってきたと思われる送迎バスも,適当に転回して停まったようだ。どうせ,ビーチったって,軽く砂を踏んで終わりなのだから。
いよいよ,阿波連ビーチ。数百mある広いビーチだ。遠くではグラスボートも出ている。砂はキレイだし,なるほど評判通りの海岸である。実は旅行前に『厳選 沖縄ビーチガイド』というムック(「参考文献一覧」参照)を買っていた。そこには119の沖縄の美しいビーチが紹介されているが,その中のさらに“ベスト5”で,この阿波連ビーチが紹介されていたのだ。ちなみに,他の四つは竹富島のコンドイビーチ(「沖縄標準旅」第6回参照),宮古島の砂山ビーチ(「宮古島の旅」前編参照),伊良部島の渡口の浜(「宮古島の旅アゲイン」前編参照),久米島のはての浜(「久米島の旅」第3回参照)。いずれも“制覇している”となれば,あと一つ,このビーチに来ない手はないということで来たって感じである。まったく,ミーハー根性はあいかわらずである。
しかし,どうしても“もう一歩の魅力を感じない”のは,やっぱり人が多すぎて店やら何やらで多少ゴミゴミしているからかもしれない。もちろん,関東の湘南や九十九里に比べれば絶対数は少ないし,そもそも,夏に美しい海岸に惹かれて遊びに行くことを否定するつもりはない。私のような理由でこのビーチに来ることは,むしろかえって間違いかもしれない。
でも,他の四つはいずれも,タイミングもあったかもしれないが,人口密度は低かった。まあ,はての浜はそれなりに人は多かったが,周囲が広ーい砂浜のみなのでゴミゴミ感がなかった。もはや,そんな静かな美しいビーチを求めるならば,人気のない島に自ら船をチャーターでもして“開拓”するしかないのであろう。ただし,そういう場所に行くからには,それなりの装備と心構えをして行かなくてはならないことは言うまでもないだろうが。

阿波連集落を後にして,さらに南下する道を行く。さっきの十字路を右折して,シーフレンドの民宿群を通り抜けると,あっという間に急坂とカーブになる。この阿波連もまた,谷間の集落であることがよく分かる。そして道はひたすら車幅1.5台分といったところ。対向車がある場合は,所々広くなっているところで交差することになるが,一度も対向車とすれ違うことはなかった。
途中,1回分かれ道を入ったが,数百m行くと通行止め。どうやらその先には展望台があったようだが,そんなことはどうでもよく,とりあえず行けるところまで行くことにすると,数分で道は途絶えた。ただし,あくまで舗装道路が途絶えたのであって,茫洋とした砂地の向こうにジャリ道がどうやら続いているようだ。無論,草木が茂った陸地が先に続いているからだが,シーフレンドでもらった地図には,ビーチ側に車を乗り入れると抜け出せなくなるから進入させるなと書かれている。ここはムリをせずに,ちょっと転回できるスペースがあるので,そこで車を転回させて停めることにする。
陸の突端近くということで,陸地の両端は100mほどだろう。最初は西側を見たが,岩礁になっていて,潮溜まりのようなものが見える。しかし,草木が立ちはだかって,どこからも入れそうにない感じである。1台車が置かれてはいるが,あるいは廃車かもしれぬ。ちなみに,後から『厳選 沖縄ビーチガイド』を見ていたら,こっち側に「ヒナクシビーチ」というのがあったらしい。シーフレンドでもらった地図にも載っていたが,まったく気がつかなかった。
それよりも,対岸の東側のほうが砂浜が目の前に見えるし,かつ車も数台見えるではないか。しかも,もちろん土で踏み固められた小道程度だが,砂浜にカンタンに行けそうである……そう,車があろうことか,砂浜に突っ込んでいるわけだが,まあレンタカー会社としては,積極的に車を砂浜に突っ込んでいいとは言いづらいから,逆に脅すような書き方をして事故やトラブルの防止をしようということだろう。いずれにせよ,運転素人の私がムリに彼らを真似る必然性はない。
小道を行くこと1分ほどで,静かなビーチに出る。こっちは「ウラビーチ」というらしい。名前の通り,阿波連ビーチが正統派の“オモテ”とするならば,ここは私のような天邪鬼向きな“ウラ”というわけかどうかは知ったこっちゃない……話を戻して,こっちではテントが一つあった。どうやらバーベキューでビーチパーティーでもやっている感じだ。脇には4WDっぽい車とバンが1台。その向こうにもシートらしきものが見えて,そこあたりからは音楽が聞こえている。こちらは人影が一つしか見えないから,1人で静かにくつろいででもいるのだろう。
肝心の海はというと,波がまったくない。やっぱりこちら側も潮溜まりっぽく,そこで数人がビーチバレーで戯れている。こういう海岸のほうによっぽど惹かれてしまうのは,やっぱり天邪鬼なのだろうか。バーベキューなんかをやるにしたって,阿波連ビーチと違って売店なんてものはまったくない。だから,島内で仕入れるか,銘柄にこだわるならば那覇から船に揺られるか,はたまた自分の住んでいる街から飛行機にまで揺られてくるしかない。もちろん,トイレやシャワーなんてものもない。
それでも,ここならば阿波連ビーチの数倍の静けさだけは確実に確保できる。そして,管理者なんてのもいないから,使ったビーチを汚すまいときちっと掃除されるモラールの高さ,商売だって成立しにくいだろうから,それらに伴って維持される“素朴な美しさ”も確保できる。便利さと知名度を求めるか,静けさと素朴さを求めるか――いつのまにか,用途別にセレクトされるようになっている沖縄のビーチであるが,本来これらすべてのビーチは,静かで素朴であったことは言うまでもない。部外者が勝手に入り込んで,都合のいいように改造して,時には気まぐれにランキングして……そして,私はそんな“思惑”に見事にハマって踊らされているだけなのである。(第6回につづく)
 
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