沖縄惰性旅U

(1)プロローグ〜遅い朝食
那覇空港,9時半過ぎ到着。早速,東京から着てきたジャンパーとマフラーをコインロッカーへ…と思ったら,200円の小銭がない。貼ってあった紙によれば,20mほど離れたところにある「手荷物預り場」で両替が可能だという。同じ役割の「手荷物預り場」とコインロッカーが近いのも,考えてみればヘンな話だし,それだったらロッカーそばに両替機を設置すればいいだろ…というツッコミは,この際あえてしないでおこう。預り場で500円1枚・100円5枚に両替して,コインロッカーに収める。
で,次はすぐ外にあるタクシー乗り場…と思ったら,向かって右側遠くにあった。いつも,出入り口そばにあるコインロッカーを出ると,すぐにタクシーに乗っていたので,その感覚が残っていたようだ。そういえば,いま乗ってきた飛行機はANA。いつも乗るのはJALだから…ってことは,タクシー客にとってはこの空港はJAL寄りに造られているということか。もっとも,バス乗り場はANAのほうが近くになっているから,バス客にとってはANAのほうがラクチン……ま,たまたまそれぞれその位置に落ちついただけだろうから,これ以上とやかく言うのはヤメにしよう。
待っていた個人タクシーに乗車。「松山(“まつやま”とも“まちやま”とも)交差点までお願いします」というと,60代ぐらいの男性運ちゃんは何を言うこともなく,車を動かし始めた。外は途中の電光掲示板で「22℃」とあったが,結構暖かい。加えて湿気もあるので,少し開いている運転席の窓から入る微風が実に気持ちいい。空は当初の予報に比べて,たしかに曇りがちではあるが,青空が結構のぞいている。このまま少しでも“いい方向”に転がってくれるといいのだが……。
それにしても,この運ちゃん,実に何も話さない。別に話すことがものすごく好きなわけでもないし,会話していないと不安というわけでもない。静かなのでも問題はないのだが,大抵はラジオがかかっているか,ないしは無線が入っていたりする。ま,個人だから「無線で指示」というのもないかもしれないが,何かラジオがテキトーなヴォリュームでかかっていてほしい気がしてくる――そうそう,後部座席には個人タクシー協会だかのアンケートはがきが入っていて,そこには「乗ったタクシーの運転手が,ちゃんと行き先を言ったか?」という質問項目があったが,思いっきり「×」の評価をして宛先人に送ってやろうか。あるいは,運ちゃんに降り際にダイレクトに渡そうか。
さて,これから向かうのは「三笠」という食堂である。本日のメインである慶良間へは飛行機で行く予定であるが,11時35分発であるから,2時間のトランジットがある。もっとも,羽田発の飛行機を1本遅らせてもよかったのだろうが,そのときはたまたま「格安チケットゲット」のノリでネットに貼りついていたものだから,結局ANAの朝1便の“超割”が空いていたとなれば,そこに食いついてしまうのは,これ仕方のないことである……と勝手に自己弁護しておこうか。
そうとあれば,2時間空港で待っているのもどこかもったいない。ラウンジで何をやるわけでもないし,この2時間で何かできないか――そう考えたときにふと思い浮かんだのが「定食屋で時間をつぶす」というアイデアだった。沖縄には「安い定食屋」というのが,かなりの数ある。もちろん,どこの都市にも定食屋ぐらいそれなりにあるだろうが,沖縄のそれは「ヴォリューム」「安さ」そして「雰囲気」で,他都市よりも群を抜いていると思うのだ。
もっとも,昨今展開している定食屋チェーン店「大戸屋」「めしや」などの存在を否定するつもりはないし,それらはそれらであってしかるべきだと思う。そして,チェーン店ではない各都市の「街の定食屋」もまた同様である。でも,沖縄がそれらと明らかに違うのは,「定食屋アイデンティティ」とでも言うべきか,「雰囲気」がものすごく魅力的なのである。多分に「沖縄にプラス志向」な性格であることも影響しているのだろうが,やっぱり本土の定食屋とは違うような気がするのだ。
詳細は“拙くかつ何となく”後述していきたいと思うが,そんなこんなで,今回のトランジットに計画を実行するに至ったのどある。このために,いつもは安易に朝4時過ぎに松屋で「カレーギュウ」を食ってしまうのだが,今回は空港で買ったジョージアのカフェラテと,機内でのコンソメスープと,先週日曜日に買った久米島産「あぶらみそ鰹入」(「管理人のひとりごと」Part65参照)の残りしか胃に入れていないのである。満腹で定食屋に臨んでも“いい結果”は返ってこないではないか。
そして,次は行く場所の選定である。当たり前だが@ムリなく空港に返ってこられること,そしてA朝10時前後に空いていることBヴォリュームがあることCメニューが豊富であることD“何となくそそられる”こと――という“超個人的選択基準”から選び出したのが,以下の三つとなった。
@あやぐ食堂
…ゆいレール首里駅から徒歩3分。営業時間9:30〜23:30
Aルビー…泊港そば。同美栄橋駅から徒歩だと結構ありそう。10:00〜25:00
B三笠…松山交差点そば。同県庁前駅から徒歩でそれほどかからなさそう。24時間営業
当初は上記赤字の条件をほぼ満たし,加えてきちっとしたホームページもある@が大本命だったのだが,@がちと難点なように思えてきたのだ。そもそも,那覇到着のホントの予定時刻は9時25分。しかし,またも羽田でJALが客を入れるのにもたつき,羽田を出るときは15分の遅れの予想だったのだ。でもって,那覇空港からゆいレール首里駅までは,タクっても20〜30分はかかる。よって,往復に1時間ぐらい見なくてはならない。ちなみに,ゆいレールでは「那覇空港―首里」はたしか27分だったと思うが,本数が10分近くに1本という感じだから,1本乗り遅れると少し大変になってくる。
いずれにせよ,店が混雑したらばどっちみち,帰りが少し急ぎになるおそれがあるのだ。もっとも,私の旅は常に急ぎ旅だし,「いまさら往復でバタバタするのを気にするのは…」というご意見をいただきそうだが,やはりそこはどこか保守的な私。できれば,急がずに行けるに越したことはないなんて考えたりしてしまうのだ。ということで,最後は「あるいは晩飯でもいいか」という結論を出した。
すると,ABになるわけだが,上記@については,いずれも国道58号線沿いでタクシーで15分もあれば行けるだろうから,問題ないだろう。あとは,ちと気になっていたのが,慶良間からの帰りの船のことだったのだ。予定では阿嘉島発・16時の高速船「クイーン座間味V」で本島に戻ってくる予定だ。まあ,季節的に混雑することはないだろうし,1人だから何とかなるだろうかもしれない。そして,それとともにひっかかったのが,もっと重要な「高速船が動くか」ということだった。波は当初の予想では,「2.5m→2m」。このくらいだったらばまあ問題なく動くだろうが,こういった諸々の“不安要素”を,泊港の「とまりん」にあるチケット売場に寄って解消するついでに,Aルビーにも行こうという選択肢が浮上してきたのである。すなわち,運航確認ついでにチケットも買って…ということである。
しかし,冷静になって考えてみれば,運航確認なんて電話1本で済む話である。そのために,家で問い合わせ先の電話番号をチェックしてきたのだ。でもって,どっちみち船がちゃんと運航してくれれば,「帰りの晩飯でAルビーに寄る」という選択肢も残るのだ。はたまた,もちろん,上述の@あやぐ食堂という選択肢も残すが,帰りの疲労度によってはわざわざタクシーで首里までまた行く――バスが通っているかもしれないが,あまり路線図が分からないのでパス――という必然性もそれほどないと言われればないかもしれない。一方,A三笠はとまりんからは700m程度の距離。もちろん,徒歩で行ける距離ではあるが,こちらもまた疲労度によっては行くのが億劫になるかもしれない……。
ということで,またも前置きが長くなったが,こんな感じ(?)でB三笠に決まった次第だ。なお,ゆいレールで行けなくもないのだろうが,これはタクシーで行くことで,少しでも乗り換えの時間などを節約したかったからだ。まったく,せっかちというか何と言うか……とはいえ,「旅先では何が起こるか分からない」という考えを頭の片隅に残していると,「大して問題なくてもどこか慎重に行きすぎる」という傾向が,多分に私にはあると勝手に自己分析しておこうか。
――さて,車は順調に「ルート58」を流れ,あっという間に松山地区に入った。たしか,道沿いにあるのは前もって地図で調べてあったが,その通り小さい昔ながらの佇まいで店はあった。しかし,車は3車線の真ん中を走行していて,路肩には路駐の車もあり,気づいたときには左に寄れそうな雰囲気ではなかった。ま,運ちゃんがずーーっと無言だったので,ちと言いづらい部分もあったのは認める。その100mほど先に運良くというか信号と歩道橋があったので,その角に停めてもらうことにした。
たまたまいろんな機材の陰に隠れてメーターが見えづらかったが,いつのまにか1090円になっていた。せいぜいこれから食うものは,高くても700円台だろう。これに対して交通費が1000円を超えるというのは“本末転倒”ですらある。いい方向に解釈すれば「時間を金で買った」ことになるわけだが,そんな本末転倒が許せてしまうってのは,ひょっとして「沖縄プラス志向」は「沖縄依存症」の域に入りつつあるのだろうか。いや,もう入っているかもしれない。しかも,相当末期の。

店は黄色い縁取りに赤く「三笠」と書かれている。弁当屋も兼ねているようだから当然なのかもしれないが,パッと見どこか弁当チェーン店「ほ×かほっ×亭」のそれっぽい感じがする。見た目は小さい店っぽい。入口脇には古ぼけたサンプルがいくつか並んでいる…いや,古いのはサンプルじゃなくてガラスケースか。中は明かりがついていて,数人客がいる感じである。
ドアを開けると,作業着姿の男性数人が右手のカウンターに座っていた。これから仕事か,はたまた仕事上がりか。そしてカウンターの向こうは,中高年の女性ばかり3人。“格闘”という言葉がピッタリなくらいにワサワサしている。はて,カウンターがそれなりに大きいもので,カウンターだけの店かと一瞬思ったが,左手にテーブル席の区画が二つ。手前に4人席×5,ガラスの入った壁はさんで奥にも4人席が7席ほどある。通路もゆったりしていて,そこそこ広い店だったのだ。
手前の4人席の一つに腰掛ける。隣にはキャベツの玉が袋詰めにされ,いくつも積まれてある。それを支えているガラスケースには何が入っているか見えない。一方の側には薄暗いスペースがあり,どうやらトイレがあったらしく,男性が入っていった。そこにはビールのビンケースが積まれてあった。フツーは暖簾かカーテンで隠すものだろうが,ある意味「裏側モロ見え」状態である。壁も見れば,壁紙がところどころはがれかけている。
こーゆーのが結構私は好きだったりするし,沖縄のメシ処って,いい意味で裏側をあんまり包み隠さないところがあるのが,他の場所の定食屋と違って引きつけられるところだ。これが上述の「雰囲気」であり,D“何となく”そそられるの部分なのかなーと思うのだ。もちろん,何でも明け透けになっていればいいわけじゃないし,ゴキブリが出そうなくらいに汚くてもいいというものでもない。その境目ってかなり曖昧なのだろうが,「ギリギリで一線超えない程度にありのまま」「ムリヤリにしなくてもいい背伸びまでしていない」という感じがいいのだろうか。
さあ,肝心の注文。@あやぐ食堂Aルビーだったらあらかじめ食べようと思っていたのが「Aランチ」という名前のものである。結構,沖縄のいろんな店で聞く名前だ。店によって差は多少あるが,要するに「肉・肉・肉…」なとってもハイカロリー洋食ランチである。これを一度でいいから思いっきり食べてみたかったのだ。「A」があるからには当然「B」「C」もあるのだが,大抵は「A」が一番ヴォリュームがあり,「B」「C」だと,おかずが一品ずつ抜けていく感じだ。もちろん,値段が一番高いのも「A」。諸説いろいろあるが,一説として第2次世界大戦後に沖縄に駐留した米軍およびその関係者向けに作られたというのを聞いたことがある。まさしく,これぞ「洋食」って感じである。ちなみに,もう一つAランチにしたい理由があるのだが,それはあらためて後述したい。
でもって,多分この三笠にもそれがあるだろうと期待していたのだが,メニューにはそれらしきものはなかった。ま,何が何でもいま食べたいというわけじゃないから,もちろん他のものでもOKだ。店のセレクトに使った『沖縄のそばと食堂'05〜'06』(「参考文献一覧」参照)によれば,豚肉を使った焼肉定食がオススメとして出ている。他にはカツ丼やすき焼き,チャンプルー系もある。定番のゴーヤチャンプルー,沖縄ではメジャーな食い物であるナーべラー(ヘチマ)の味噌煮が,なぜか「季節もの」の項に入っている(ナーベラーは「3〜10月」という書き添え。私は2004年2月に一度食べているが……→「沖縄・8の字旅行」後編参照)。
その中から選んだのは,500円の「チャンポン」。どうにも注文を取りに来る雰囲気じゃないので,自らカウンターで厨房の女性に申し出る。ついでに,カウンターのテーブルにあったポットからテキトーに注ぐと,冷たいサンピン茶が出てきた。どこにも「セルフサービス」の文字はないが,多分バタついてそれどころじゃないことぐらいは分かるし,そのくらいこっちも苦じゃないし……なーんて思っていたら,注文の応対をしてくれた初老の女性が「汚れていないですか?」とテーブルを拭きに来た。これだったら,もしかしてサンピン茶を持ってきてくれたのか。
店内はポツポツと客がいるのみ。どこか休みの朝の気だるい雰囲気が漂う。さすがにこんなハンパな時間に店が混むということもないだろう。“夜勤”明けのお水系オニイさんが数人いたと思うが,意外なのは高校生がいたこと。いいのか,学校は? しかも,奥にいる野郎2人はタバコ吸っとるぞ。それはいくら何でも「テーゲー」じゃ済まないだろ。見た感じは多分,相当長い時間ここにいる雰囲気だ。朝の陽射しにホコリが少し舞っているマッタリ雰囲気が絵になりそうである。そもそも沖縄の定食屋は“回転率”をあまり気にしないと言われているが,その典型的光景かもしれない。ま,別に彼らは彼らでやっているだろうし,放っておこう。
10分もしないうちに,頼んだチャンポンが出てきた。直径20cmほどの器。タマネギの粗みじん切りとひき肉を炒めて卵でからめ,ごはんの上に乗せてある。パラパラとあさつきがかかっている。そばに切れない包丁で切ったような,崩れて端がひんまがった半月型のたくわんが二つ――一度,国際通り沿いの「ホテルシーサーイン那覇」内にある「結」で食べたことがあるが(「沖縄はじっこ旅V」第9回参照),こちらはホントの「野菜炒めの玉子とじ on the ライス」だったが,定義なんてものはないのだろう。タマネギは立派な野菜だから,それですでに「チャンポン足り得ている」のかもしれない。
色合いもいい感じだし,食欲をそそるしょうゆの匂いもする。早速,一口食べるが,意外と甘口な味である。ベースのコショウの味がたまに味覚を引き締めてくれるが,あるいはタマネギの甘さが出ているのかもしれない。血圧が決して低くはないので,ホントは使いたくなかったが,結局はしょうゆの世話になってしまった。かけて食べてちょうどいい感じである。もっとも,一緒についてきたワカメの味噌汁がちょっとしょっぱかったので,味噌汁で足りない塩分を補えということなのか。ま,味噌汁は単に煮詰まっているだけなのかもしれないけど。
そうそう,器の大きさもそれなりにあるが,深さも3cmくらいあっただろう。その底からの標高は7〜8cmほどあったと思う。なので,トータルでは結構なヴォリュームである。ほぼ空腹で乗り込んでいったから,ガンガン身体に入ってきてくれる。10分ほどで完食。いつも休みの日でも6時台にメシを食ったりしてしまう私だが,今回は10時まで我慢した甲斐があったと思う。もっとも,その我慢を別のところに活用できれば……ま,いいや。あいかわらずバタバタしている感じの厨房に,勘定してもらうべく声をかける。「いらっしゃいませ」と言われる私――うーん,つくづく食べ物屋は大変だ。
満たされて表に出る。時間はまだ10時ちょっと過ぎ。飛行機の時間まで余裕は十分ある。腹ごなしに運動をすべく,帰りはゆいレール・県庁前駅まで歩くことに……と,その前に「座間味村役場那覇出張所」に電話をかける。そう,今日のクイーン座間味の出航を聞くのだ。営業時間が10時からなので,店を出たら電話しようと思っていたのだ。ワンコールで若い男性が出る。
「今日は帰りの高速船,出る予定ありますか?」
「はい,出ますよ〜」
――ということで,これで慶良間行きは完全に決まった。何しろ天気というヤツは,当日まで分からないものではないか。ましてや,沖縄という場所は本土と違う気候帯だから,なおさら予報が当てにならない場所なのだ。「晴れる」といっても突然スコールがやってきたり,はたまた「雨」の予報なのに,意外と晴れていたり――ま,ある程度船は出るだろうとは思っていたが,やっぱりホッとする。この確認を待ってからにしようと思って,普通運賃扱いなので当日購入でもOKだったとはいえ,慶良間行きの飛行機のチケットを事前購入せずに沖縄に乗り込んでいたのだ。なぜか,こーゆーところだけは優柔不断というか,“ビビリ屋”とでも言うべきか,そーゆー性格なのである。
県庁前駅には,5分ほどで到着する。すぐの信号を左に曲がっただけ。なーんだ。これだったら,往復ゆいレールでもよかったじゃん…と思えてしまう。そして,ここで取り出したるはゆいレールの260円分の回数券――そう,2カ月前に本島に訪れた帰り,レンタカーを借りたDFSでもらったのだが,当日催された「那覇祭り」のために大混雑で乗ることができず,結局使わずじまいだった1枚である(「沖縄惰性旅」第6回参照)。運賃表を見れば,那覇空港までは230円。30円分がどこかもったいない気もするが,どうせ気ままな旅に乗っている気ままな性格の私。外的にも内的にも,どこでどーなるか分からないし,ここで“権力行使”することにしよう。

那覇空港,10時35分到着。3階にあるチケットカウンターに行くと,カラスの行列……いやはや,黒の学ランとセーラー服の長い行列ができていた。そう,修学旅行生の列だ。この時間に離陸とは,せめて15時ぐらいまではいさせてもいいんじゃないかと思ってしまう。ま,どこから来たのか分からないし,飛行機の便にもよるだろうから,いまや修学旅行も行動範囲が広がったものだ。
もっとも,見る場所自体はあくまで“勉学関係”で,彼らも例外なく「歴史」をテーマに首里城(「沖縄“任務完了”への道」第2回参照),「平和」とかいうテーマで「ひめゆりの塔」(「沖縄はじっこ旅V」第9回参照)なんかに行かされたのだろう。そして,明日をはさんで月曜日には学校に登校させられ,「この旅の感想を書け」という宿題を出され,「戦争はしてはいけないと思いました」なんて文章を書いては,教師は半ば苦痛な気分でそれを見ることになるかもしれない。
――そういや,いつだったか。修学旅行で訪れたひめゆりの塔でのこと。塔に訪れる前にガマを訪れてある種の“衝撃”を食らった学生が,ひめゆり学徒出身の女性の体験談を聞いたときに「しゃべり慣れている感じでつまらない」と思った――この一文が入った某大学の試験問題が,これまた某新聞の記事によって「体験談がつまらない」という一文だけが一人歩きしてしまい,沖縄のひめゆり学徒出身者などから抗議され,大学側が謝罪する事件があった。そう前のことではなかったはずだ。
試験問題自体は,「伝え手のニュアンスや技量もあったりして,話を聞くだけでは“ホントのこと”が伝わるのにどうしても限界があるから,結局は自分で見て体験することに適うものはない」という結論だったと思う。その結論自体はごもっともだし,「つまらない」という一文だけをつまみ出して,大げさな報道に仕立て上げた某新聞社のやり方に不可解さを感じるのも事実だ。
しかし,それとともに疑問に思ったのが,この試験問題を「実に素晴らしい問題文だ」と讃する意見が多かったことだ。問題文の詳細はどっかのホームページ辺りに載っているだろうから,そこを見てもらいたいが,この結論だけではどこか物足りない気がしてならない。というのも,そのしゃべり慣れるまでに至った「プロセス」にまるっきり触れていないからである。
戦争という「未曾有の悲惨な体験」を話すのに,どのくらいのエネルギーが必要なのかは,戦争未経験者には計り知れまい。その辛さを克服するだけでも相当なエネルギーが必要なはずなのに,それに加えて「自分の中で“いろんなこと”を整理して,後世に分かりやすく伝える」という努力は,そう簡単に皆ができるものではない。「自身のエピソードをネタにする」のとは明らかに質が違うからだ。「今日は上手く喋れた」「昨日はちょっとよくなかった」なんていう以前の問題として,心の中で少なからぬ“話すことへの葛藤”があるはずなのだ。「しゃべり慣れている感じ」の“背景”には,こうした葛藤への克服など様々な要因があったことに触れて,「事の本質を理解するには,その人物の生きてきた背景まで含めて理解する必要がある」という結論にすべきではなかったのだろうか。
……話題が思いっきりズレてしまった。まずは航空券発売カウンターで,予約だけしていた慶良間空港行きのチケットを正式に購入する。たしか,チケットレスだと7500円。それに対して,当日の購入だと7640円。この140円の差は,阿嘉島行きがキャンセルになったときに取られる取消手数料・420円よりも安い。ま,結果的には最初っからチケットレスで買っていれば,一番損失はなかったことにはなるのだが,今回の“不確定な状況”ではやむを得なかったと,またも自己弁護しておこうか。
次いでチェックイン。搭乗する飛行機は,1年ぶりの9人乗り。なので,荷物を持って金属板の上に乗っかり体重を量る。数字は60kg台でホンネとしては止まってほしかったが,ちと無念「71.7kg」と出た。昨年の今ごろに粟国島に行ったときは「71.8kg」(「前線と台風のあいだ」前編参照)。しかし,粟国島へはTシャツで行ったのに対し,今回は少し厚手のオープンシャツを着ている。ただし,粟国島に行くときに持っていった地図は持っていない。でも,今回はちゃんぽんが胃に入ったままだ――ってことは,そのときと今回とでは……いや,どっちがどうであるにかかわらず,ダイエットが必要であることだけは紛れもない事実であろう。(中編につづく)

沖縄惰性旅Uのトップへ 
ホームページのトップへ