奄美の旅(マジ)ファイナル

(1)プロローグ
16時40分,奄美空港到着。梅雨が明けていることもあるのか,空は澄みきったような青空である。こんなに天気がいいのも久しぶりである。機外に出ると,モワッとする暑さが襲ってきた。「32℃」というこの瞬間の気温は,7月にもなれば都内と変わらないか,むしろ都内よりも気温そのものは低いのかもしれないが,それでも,この湿気が明らかに“異国”に来た気分にさせてくれるのだ。
今回もまたレンタカーを借りることになっている。さる3月に借りてから2度目の奄美レンタカーだ。3月のときはレンタカーを借りる旨ネットで連絡して3日間何も連絡が来なかったので,こちらから電話をしたところ,向こうのパソコンが壊れて予約が入っていなかったなどという状況だったもので(「奄美の旅(勝手に)アンコール」第1回参照),はたまた向こうのパソコンが壊れただの,天候がたまたま悪くて通信が上手く行かなかっただの,何がどうしただのと言われかねないと思って,電話でもあわせて連絡しちゃったりなんかしたところ,その翌日にメールで予約完了の連絡が来たというよく分からないオチがあったりする。
そのメールには「スタッフがホワイトボードにお名前を書いてお待ちしていますのでお声をかけてください」と書いてあったのだが,はてロビーに行ってみて目に入ったそれらしき3人のいずれも,「奄美レンタカー」とは読めない社名の人間ばかりである――まわりくどいが,要するに別会社の人間ということである。「来てないじゃーん♪」などと,5年くらい前の明石家さんま氏のギャグみたいなことを心の中で言おうかどうかと思っていたら,自動ドアの向こうに「日産レンタカー/奄美レンタカー」とボディに書かれたワゴンが停まっていた。そのままそちらに向かうと,ワゴンの自動ドアが開いた。もう1人中年のおじさんが乗り込むと同時に出発した。あいかわらずこんな感じである。
事務所に着いて手続き。前回は,型は古いがカーオーディオがカセットで値段も安い「おすすめレンタカー」を選んだのに,実際はマーチ(一応,型は新しい部類に入るらしい)が出てきて,それはそれでどーでもよかったのだが,よりにもよってカーオーディオがCDという“失態”があった(「奄美の旅(勝手に)アンコール」第1回参照)。今回こそはという思いもあって,またも「おすすめレンタカー」にしてみたら,今度はしっかりと選択されてあった。明日の18時半までと中途半端な借り時間であるが,「1日+2時間」という扱いとなって,カーナビ代525円を含めて5025円。なかなか良心的な価格である。
手続きが終わって,今回あてがわれたのはトヨタの「デュエット」だ。カーオーディオは要望通りカセットだ。この「デュエット」という車種が古いのかどうか,個人的にはよく分からないが,こちらは車種よりもカーオーディオが大切だったりするものだから,この際車種なんてどーでもいい。運転ができればそれでいいって感じである。とりあえず,先を急ぐべく車を出すことにした。
……ところがである。ミョーに財布が気になって少し走ったところで車を停めて開いてみると,免許証が入っていなかったのだ。コピーを取るのに向こうに渡してそれっきりだったのである。あわてて奄美レンタカーの前まで引き返し,MDを停止させるのに戸惑っていたところで,向こうから免許証を持ってきてくれた。「携帯に連絡を入れたのですが…」と言われたが,後で見たら着信履歴があった。多分,走るのに夢中で気づかなかったか,あるいは少し車を動かしたところで電源を入れていなかったのに気づいて電源を入れたので,もしかしたら「…」の後に「つながらなかった」と向こうは言いたかったのかもしれない。ま,今となってはどーでもいいことにはなるのだが。
道はこの3月に走ったばかりだし,何度も通っている。路線バスや地元の軽トラックの後ろにつく羽目になってなかなか前に出られず,イライラしてしまうこともあったが,いまとなってはいい思い出かもしれない。ま,でも,バスは“定時”で走らなければいけない。遅れている分には構わないのだろうが,かといって,急いで行ってしまうというわけにもいかない。どっかでスピードを調整しなくてはいけないのだ……と,勝手に書いてみたが,そんなことを運転手が逐一気にしているかどうかまでは把握していない。大体,気にしてなんかいないと思うし。
それに,今日の目的地は名瀬市街である。昨今合併して奄美市になっているが,やっぱり「名瀬」のほうが,当たり前かもしれないが言いやすい。その名瀬市街にあって,2003年4月に“初奄美”だったとき(「奄美の旅」参照)に宿泊した「奄美セントラルホテル」(以下「セントラル」とする)に泊まるのだ。その後は,18時半から居酒屋に予約を入れているが,2時間弱の時間ならば移動には十分である。混雑もしていないし,心穏やかに車を走らせていく。スケジュールはやっぱり余裕を持つべきものかもしれない。免許証を取りに奄美レンタカーへ戻ったときに,入れ替わりに空港から出てきて先に行っていたはずの連絡バスが,いつのまにか途中で入れ替わったのか,私の後ろについてきていた。どっかで停車した拍子に抜いたのか。

いつものルートを走って40分,セントラルに到着した。デュエットは目の前の川沿いにある駐車場に入れることになるが,本来は有料のところがセントラルに宿泊することで無料となる。いきなり駐車場に入れるのも悪いので,とりあえず玄関前に停めて先にチェックインする。たしか,無料のチケットをもらったはずだし,後で旅行記を確認したところ,もらったと書いていた(「奄美の旅」第2回参照)。
今回も早速駐車場のことを聞いたが,応対した女性は何やら車のナンバーを控えていたが,「車の出し入れは自由ですので」と,そのナンバーを控えた紙をもらうことはなかった。代わりに,ホテルのメンバーズカードを部屋のカギと明日の朝食券とともにもらった。10回泊まると1泊分タダになるというもので期限はないとのことだが,押されるべきあと九つのスペースが埋まっていくことは今後ないかもしれない。もらっていいのかどうか複雑だった。
いざ,駐車へ――この駐車場には苦い思い出がある。車を入れるスペースが,管理人がいる小屋のすぐそばしかなく,でもってそこには電柱があったりしたものだから,ものすごく狭いスペースだった。ここによりによってムリな体制から車を入れようとしたものだから,結果的に運転席のドアに電柱が少しばかり食い込む,すなわち凹むことになってしまい(「奄美の旅」第2回参照),後で「ノン・オペレーションチャージ」というシステムによって,レンタカー会社(このときは「西郷レンタカー」だった→「奄美の旅アゲイン」第4回および「奄美の旅ファイナル」第1回も参照)から2万円もの大金を取られる羽目になったのである(「奄美の旅」第5回参照)。
今回はその“リベンジ”のためにセントラルを選んだ…ということはまったくないし,逆にそんな思い出もあるし,別のホテルに泊まってみたかったりして,他のホテルを探していたのだが,空いておらずに結果的にセントラルにしたので,リベンジは言ってみれば“後づけ”の理由である。とはいえ,最初の奄美旅行での苦い思い出を最終の奄美旅行で“精算”するのも悪くはないかもしれない。
話がそれたが,駐車である。その“忌まわしいスペース”は今回も空いていた。しかし,ラッキーなことに他にもポツポツとスペースが空いている。もちろん,ホントのリベンジはその忌まわしいスペースにトライすることでしかなされないのかもしれないが,何もムリムリにそんなことをする必要はないので,セントラルに一番近い空いているスペースにバックで入れておく。端から見ればどーでもいいことであるが,バックで入れておくことで自分なりに「ポイントをあげる」わけである。
あの苦い思い出から3年3カ月,リベンジは一応自分の中では果たしたことにしておこう。あ,管理人のおじさんが何かカギを預けろとか言っていたような気がするが,結局何を預けることもなく,紙ももらうことなく,翌日何事もなかったかのように出ていってしまった。ま,とりあえずは大丈夫なのだろう。もしかしたら紙をフロントの女性が渡してくれたかもしれないし。

(2)ちょいと1杯のつもりが…
部屋に荷物を置いて,上述した居酒屋に向けて出発する。その居酒屋の名前は「かずみ」。由来…というと大げさだが,名前の張本人であり,女将である西和美氏(にしかずみ,1942-)は奄美の島唄歌手として有名である。以下では,別に親しくはないが,何となく言いやすいということで勝手に「和美ママ」と書かせていただくが,この和美ママが作る奄美の家庭料理に舌鼓を打ちながら,時間になるとその島唄が聴けるという,要するに「民謡酒場」なのである。
私的には沖縄でも奄美でも,島唄自体はさして興味がない人間である。そもそも興味があったらば,自分の性格からいって確実にそういう店は「押さえにかかる」と思うのだが,そーゆーことはまったくしなかった。せいぜいたまたま入った土産屋や食堂で,観光客用に意図して流している聞こえてくるのを何の気なしに聞く程度である。意識して「聴く」わけではなく,ただ「聞く」という感じだ。
「じゃあ,何で今回行くのか?」と聞かれれば「旅も最後だし他に見るところもないので嗜好を変えて」としか答えようがない。それ以上でもなければそれ以下でもない。前々からこの店があることは知っていたし,予約をしていないとなかなか入れないくらいほど盛況だと聞く。そんなに魅力的な店なのか――もう奄美大島の主な観光地らしきところは観てしまった。強いて言えば,ヒカゲへゴだの植物が鬱蒼と森を形成している「金作原原生林」が未踏であり,朝の奄美直行便が取れれば,“ミーハー精神”から見てみようかなとも考えたが,積極的に森の中に入って植物や生き物を観察したいほど,昔から「理科」という教科は好きではなかったし,それは今でも変わらない。行けないからって残念という感じではないので,今回最後に行けないからといって特段の後悔はなかった。
それと同列にしてしまうのもなんだが,むしろなかなか1人では入れない,ましてや奄美で郷土料理といったらばほとんど鶏飯しか食べていないのだ。鶏飯の専門店やホテルのレストランや食堂とはまた違う世界に触れてみるのもいいんじゃないか。「家庭料理」というヤツの魅力もなかなか捨てがたいし――なので,2週間前に予約を店に入れておいた。ホームページには,「予約の時間から15分過ぎたらキャンセルとみなします」とか,なかなか厳しいことを書いているが,逆にいうとそれだけ人気のある店とも言える。これまた時間に関してはきっちり守るほうだから問題はあるまい。
地図で場所を確認したら,大通りを少し歩いて「ティダモール」というアーケードをひたすら進んだところにあるようだが,距離感がよく分からないで早めにセントラルを出たところ,18時15分には50m先左に店を発見してしまった。セントラルから10分も歩いていない。こんなに近かったとは。あまり早く行っても逆に「早く来すぎて困ります」なんて言われそうな気がして,とりあえず周辺をウロウロしてみる。
アーケード街はそこそこ店が開いているが,人気はそれほどいない。初奄美旅行でこのアーケードを訪れたときに「昭和40年代辺りのレトロ感たっぷり」と書いた(「奄美の旅」第5回参照)。アーケードが新しい感じになっているが,あいかわらずのレトロ感がある。中高年が入りやすそーな雰囲気だ。学生はあまりよりつかなさそうである。むしろアーケードを外れたところにオシャレな美容院があったりして,棲み分けされている感がある……そういえば,あのとき女子高生がたむろっていた「SANRIO」の店はオシャレなカレー屋さんに代わっていた。SANRIOってその程度のものなのか,はたまた女子高生の好みの移り変わりが忙しいのか。

暇つぶしに別の大通りまで出ていったりして,店の前に着いたのは18時28分。もう店に入ってもよかろうと思い,そっけないドアを開ける。間口だけ見ればそんなに大きくないが,はたして中は手前が4人席×3の上がりの座敷で,奥は数人が座れる程度のカウンターというこじんまりした店だ。知名度を聞かされていなければ「単なる一つの居酒屋」でしかないような何の変哲もない店である。
奥のカウンターにすでに男性2人がかけていて,手前の座敷はまだ人が来ていなかった。名前を告げると,「おタバコは吸われますか?」と聞かれたので「いや,吸わないです」と答えると,「それではカウンターでお願いします」と言われた。で,座ったのは2人の男性の間だった。他には座席がない雰囲気だ。とはいえ,男性2人とも慣れたような感じでスペースを空けてくれる。
左が彫りが深くてハーフっぽい,いかにも南国風の顔立ちをした男性。後で年齢が分かったが,60代前半の人だった。右がメガネをかけたそれほど濃くない感じの男性。こちらは50代半ばぐらいだろう。たしか17時からの開店だから,あるいはその時間からいたのだろうか。テーブルに置かれた空いた皿の感じからして,今さっき来たという感じではない。タバコを吸うかどうかを聞かれたのは,私が1人だったのもあろうが,カウンターにいるママの声と作られる料理を大事にして,禁煙スペースとしているためでもある。そんなステッカーが小さい厨房の棚に貼られてあった。
だが,カウンターにいた60代後半ぐらいの女性と,30代半ばぐらいの女性の2人は,どう見ても和美ママとは違う顔立ちだ。あとでメガネの男性が教えてくれたところでは「隣の大和村に坂本龍一に会いに行っている」とのこと。帰京してからネットで確認してみたら,奄美の島唄などをテーマにしたイベント「けぃんむんマンディ2006」というのがこの3連休に行われていて,そこに和美ママが出演するとともに,“あの”坂本龍一氏もどうやら出演していたらしい。「ママは坂本龍一と二十数年前に知り合ったさ。坂本龍一が唄を聞きに来たってさ。“超一流”というのは違うんだね。たしか新婚旅行だって言ってたよ」――二十数年前といえば,YMOとして3人無表情で「君に,胸キュン,キュン♪」とか歌っていたころだし,新婚旅行といったらお相手はあの矢野顕子氏ということになるのか。
座ってすぐ,飲み物を聞かれた。両隣はすでに黒糖焼酎を飲んでいるが,観光客はいきなり焼酎から入れないものである…というか,少なくとも私は最初の酒はビールでないとダメだ。気候の暑い日ならなおさらである。すると,冷蔵庫から出てきたのはアサヒの「スーパードライ」の中ビン。30代半ばのほうの女性がそのままこちらに持ってきて栓を開けると,まあご丁寧に注いでくれた。驚く私に,メガネの男性が「1杯目だけよー」と言ってきたが,1杯だけだって注がれるだけありがたいってものである。注がれることにあまり慣れていないのである。まだこちらから注ぐほうがいい。
この女性,ママに少し顔が似ているなーと思ったが,後で確認したところママの娘さんで間違いないようだ。60代後半のほうの女性は,あるいはお手伝いか何かで来ているのかもしれない。ホームページのプロフィールによればママは4人兄弟の長女だとある。おそらくは“伯母さん”あたりではないか。別にいちいち血縁関係まで本人たちに聞かなかったので,勝手に想像だけさせていただこう。
店内では1匹のハエがあちこちを飛んでいた。両隣の男性と女性2人で捕まえようとするが,逃げられてしまう。「すいませんね。観光客さんの前でねー」とはハーフのおじさん。さすが観光客とズバリ当てなさった……失礼ながらお世辞にもキレイとは言えない雑然とした感じのカウンター周りは,ハエの1匹が隠れるには絶好のスポットだろう。どうやら私が来る前に扉を開け放っていたらしく,その時に入ってきたのではという見解。ちなみに,クーラーはしっかり入っているのでご安心を。
さて,店のホームページには料理のコースが金額ごとに設定されているのだが,予約のときにどのコースにするとか言いそびれてしまった。狭いテーブルには大皿に盛られた料理が3品ほど置かれてあったが,あるいは両隣の2人の…と思っていたら,こちらから何を言うこともなく,そこからテキトーに取り分けられて小皿によそられ,目の前に置かれた。出されたのは以下の3品である。
@ふきのごま和え……まず以下のABとともに出てきた。ゴマが結構効いていたと思う。
Aニガウリと三枚肉の味噌炒め……味噌に粒々が入っていたが,多分麹だったかもしれない。ニガウリの苦さに味噌が絶妙にマッチ。ビールがガンガン進む一品。
B豚モツとタマネギの炒めもの……味付けはごくごくしょうゆとみりんあたりだろうが,これまた何気に美味かった。Aほどガンガンは行かないが,やはりビールが進む一品。
おかげでビールが順調に進んでいくし,元々食べるのも早いから,皿もガンガン空いていく。取り分けられた量もそれなりにあったが,美味いものは理由なくガンガンと入っていくものである。今日ばかりはγ‐GTPだのという,いつも健康診断でひっかかってくる“数値”は気にしていられなくなってくるのか。皿が空になったのを見てメガネのおじさんが「ほれ,食べたかったら自分で取っていいんだよ」などと言って,菜箸をこちらに向けてきてくれた。「オレが言ってるからいいんだよ」というが,はたしていいのだろうか。女性2人も「どうぞ」って感じなものだから,ついつい1回だけだがBをよそってしまった(ホンネはAが食べたかったりしたのだが)。
19時ごろだっただろうか。30代後半ぐらいのカップルが飛び込みで入ってきた。テーブルはすでに4人客と2人客×2の予約が入っていて,カップルが来る前にも電話で19時半から2人で予約が入っていた。厨房にかかっていたカレンダーは,今日15日のところが真っ黒になっている。すなわち,それが予約の数ということだ。もっとも,翌週になると見事に真っ白けであり,「ここが真っ白だよねー」と女性2人がぼやいていたが……ま,今日は3連休の初日だから混むということだろう。
話を戻そう。「テーブルで相席か,ここに2人来るか…」と言い出したのは,左隣のハーフのおじさんだった。女性とともにそそくさと片づけを始めて空いたそこは,「そこにも席があったのか」という感じの狭いところだった。いかにもサーファーっぽい感じのスタイルのカップルで,すっかり海遊びに来た観光客かと思っていたが,ハーフのおじさんたちとの会話で聞こえたところでは,喜界島の人間らしい。「ここは予約がないと入れないんですよ」と彼らにも言っていたが,私にはたしか「一月に20回は追い出される」とか言っていた。ホントかどうかは分からないが,もし仮にホントだとしたら「あんた,そんなによく来るパワーがあるね」と言ってやりたい。

厨房では次の料理が作られていた。料理にてんてこ舞いになりつつある女性2人をサポートすべく,ハーフのおじさんがテーブルにナプキンと箸を並べ始める。「ここが2人で,ここが4人で……でも,ここの2人はぜいたくなスペースだな」などと言っている。たまに冷静になって「オレは客だから」と言いつつも身体が動いていく。一時が万事,こんなノリなのかもしれない。どことない面白い雰囲気がしてきた。なるほと,こういう店なのね。でも,入ってよかったかもしれない,この店。
次に出てきた新しい料理は,Cさつま揚げとしし唐の炒めもの
Bと同じ味付けだが,さつまあげに味がすっごく染み込んでこれまた美味い。以下のようにまだまだいっぱい食材が出てこなければ,これだけをお代わりしたっておかしくないくらいに美味かった。やっぱりビールが進んでしまう。なるほど,どうやらコース料理というのは名ばかりで,要するに言葉は悪いが「出されたものを食べる」ということなのだろう。両隣の2人のように地元民だったらば,あるいは別の食べ物が出たりする…というか,2人とも酒ばっか飲んでいて,それほど食っちゃいなかったか。アタマの片隅では財布の中が気になったりもしたが,まあどうにかなるんじゃないか。
ここで1人,細面の男性が入ってきた。どうやら2人の男性の知り合いらしい。歌手ではないのだが,店で島唄を唄う気でいるらしい。和美ママは月1回,唄の会らしきものを開いているようであるが,あるいはそこのメンツなのか。逐一会話を聞いているわけではないから,詳細は分からないが,いつのまにか彼のための席も設けられていた。和美ママがいないこともあって,ケータイで呼んだのかもしれない。もちろん,こーゆーケースは予約するとかいう以前に,要するに“身内待遇”なのだろう。
やがて,予約客が続々と入ってきた。中年カップルの2人以外は,いずれも私より若い女性ばかりだ。こう言っては失礼だが,店には来そうにもない感じのギャルもいた。そういや,近くに駐車場がないかなどと言っていたが,飲みに来るのに車で来るのかと両隣の男性と話していると,「初めにジャンケンするのさ。負けた人間が運転していくわけさ」などと言っていたが,うーん,そこまでしても来たいのだろうか。居酒屋に来るのに車はいらない。私みたいにホテルをしっかり取っておくべきなのだ……などと,分かっているような分かっていないような“ハンパコメント”が口から出ることはなかった。
席に着いた彼女たちのところにも続々と料理が運ばれていく。でもって,いずれのテーブルも最初の1杯がビールだった。やっぱり,観光客は1杯目はビールじゃなきゃいけない…って,しつこいか。でも,ガイドブックや雑誌には記事の大小に関係なくほぼ必ず載る店だから,女性にとってはとっつきやすくって「面白そうだから行こうか?」という展開になりやすいのかもしれない。私はすっかり男臭い「オヤジ酒場」を予想していたのであるが,男女比率でいったらば「男1:女3」と,女性のほうが多いのだ。あ,店を切り盛りしているのが女性というのが,一番大きいのかもしれないな。
ドアサイドではたまーに飛び込み客が来ては断られ,その間にも女性2人料理は作らなきゃいけないし,両隣の男性がこまめに料理を運んだりもして,いよいよぐっちゃぐちゃの様相を呈してきていた。でも,それがすなわちこの店のこの店たる「いい雰囲気」なのかもしれない。ガイドブックの写真によく出てくる民謡酒場らしい雰囲気まで,もう時間の問題といったところだろうか。
時間はそろそろ20時になろうかとしていた。居酒屋に1人で入ることは何度かあったが,せいぜい酒を1杯飲んで,料理を2〜3品頼んで,30分もすれば出ていってしまっているのが常だったが,1時間以上席に座っていること自体,個人的には“奇跡”だった。店のいい雰囲気から出ていくのがイヤだったのだ。タイミングとかいうのではなく,いつのまにか私も取り込まれていたのだろう。たまには,自分の意思とは関係ないところで,場の雰囲気に流されてみるのも悪くないのかもしれない。
とにもかくにも,ものの見事に店は満席になった。テンションが否が応にも盛り上がってきたところで,細面の男性による三線弾き語りライブが始まった。既述のように島唄はテキトーに聞こえているのがいいという程度なので,男性が女性陣に何やら解説していたが,いちいち耳は傾けない。やがて聞こえてきた男性の透き通るような高音。島唄を聴くことなど期待していなかったが,思わぬところでの拝聴…いや,ボーナスBGMとなった。何の唄かなんて,この際どーでもいい。3曲歌って第1部終了。

スーパードライがなくなった。ウーロン茶の2リットル入りペットボトルが目の前に見えたが,両隣の男性が飲んでいた黒糖焼酎「里の曙」が気になって,まずは水割りを1杯。水が水道水だなんてどーでもいい。でも,かなり濃ゆい感じで,お姉さんが気遣って途中で氷をガンガン入れてくれたが,時すでに遅しって感じであった。氷が溶けるタイミングを待つことなく,濃いまま身体に入れていく。これがなくなったところで,「まあ飲んでちょうだい」と2杯目をメガネのオジさんが入れてきた。これまたかなり濃い目で,途中から薄めるのに必死だった。個人的には今までで酒をかなり飲んだ部類に入るだろう。少なくとも「濃度」という点においては。
惰性のままに店に入ったときからついていたNHKの番組では,次々と演歌が流れてきていた。島唄ライブのときは消音されていたが,ますますこの酒場のアイデンティティを確たるものにしていた。藤あや子氏の『むらさきの雨』が,妙にツヤっぽかった。ハーフのおじさんが「目の前で聴かされたら好きになっちゃうだろうね」などと言っていた。たしか私が高校生だったころの曲だったと思う。まさかこの場所でタイムスリップするとは思わなかった。
タイミングは前後するが,そんなこんなで盛り上がる間にも続々と食べ物が出てくる。どれもこれもが美味い。もっとも,厨房が何しろ目の前にあるから,スーパーで買ってきたようなものも見受けられてしまうのだが,もうそんなことはどーでもよくなった。目の前で作ってよそってもらうだけで,十分な味付けなのである。彼女たちもビールや黒糖焼酎をテキトーに飲みながら,テンション上げて作っていた。気がつけば全部で11品。「たらふく食う」というのはこのことを言うのだ。あと7品分,覚えている限りでは以下のラインナップだ。これで間違いないと思う。
Dトビンニャの塩茹で…先っちょがとがった貝でサザエとかと同じ味。小さいツメが貝からちょろっと出ていて,ここをつまんで実を引っ張り出して食べる。メガネのおじさんいわく,いつも砂地にもぐっていて,砂地から砂地へ飛んでいくところから名づけられたらしい。ゆえに獲ってきたときは相当砂を含んでいて,砂抜きがかなり必要。もちろん,いただいたものにはこれっぽっちも砂が入っていなかった。
Eもずく…もはや一つの単語として「もずく酢」というのがあり,実際そのような味がするものだが,ここのは佃煮風にいい塩梅にしょっぱい味付けになっていた。これまたこれまた酒が進む。
F里芋の塩茹で…シンプルな味付け。前もってテーブルに置いてあったので気になってはいたが,かといって「里芋がメチャクチャ大好き」というわけでもなく,「もしももらえればいいや」と思っていたら,メガネのおじさんが「あれ食べた?」と聞いてきた。「いやまだ…」と言ったらば,オバチャンが黙って2個よそってくれた。1個が3〜4cm角でちょいと大きめ。一口で入れるにはキツイか。
G島らっきょう…沖縄のものに比べて小さめな,本土のそれに近いような印象を持った。鰹節がかかっているのが分かったので,あるいはしょうゆをかけようかと思ったがやめて食べてみたら,これまたいい塩梅にしょっぱかった。多分,前もって鰹節にしょうゆがからめられていたのだろう。
H刺身…マグロっぽい赤身の刺身。多分“シピ”と呼ばれるヤツか。刺身も美味かったが,刺身じょうゆと思われるしょうゆの味が,ほどよい甘味があって美味かった。市販されているしょうゆなのか。あるいはオリジナルで作ったものなのか……あと,いわゆる“ツマ”が大根ではない,どっかで食べたことのある味だと思ってなかなか思いつかなかったが,ずーっと考えていて辿りついた結論は「メロンを薄めたような味」。多分,ウリ系の野菜をスライスしたのだろう。
Iグルクンの唐揚げ…1匹がかなりデカい。見た目は鯵のような姿。シンプルに塩味の唐揚げであるが,Hで使ったしょうゆで食べると,これまた美味かったりする。ほぼ端から端までキレイに食べてやったおかげで,以下のJが全部食べられなかった。もっとも,量もハンパなく多かったのだが……。
J野菜と豚骨と厚揚げの煮物…野菜は昆布・ふき・こんにゃく。豚骨(スペアリブ)とともにシンプルな塩味。厚揚げはみりんとしょうゆによる味付けだった。おそらくレシピなんてものはなく,その日その日の目分量で味付けしているのだと思うが,これがなかなか不思議としょっぱくもなく薄くもない,いい味付けだったりする。ただし,上記10品も食っていればいい加減腹いっぱいで,野菜はかなりの量を残してしまった。惰性で食うにもいささか多かったし。
食べている間に,さっきの細面の男性による第2部ステージ開始。今度は客参加型である。リズムを取る小さい太鼓を叩いてのセッション。若い女性が手ほどきを受けながら,唄についてくる。私も箸で目の前の小皿を叩いてみる。多分,いざ太鼓を渡されても恥ずかしくて叩けないだろうから,この程度で十分なのだ。もちろん,店の中には聞こえないから心配ない。これまた3曲ほど歌って第2部終了。
この間の動き。喜界島から来ていたカップルが「船が来るから」と退席し,ハーフのおじさんが3000円払って退席。女性陣から「おやすみなさいコール」で送り出される。メガネのおじさんは,奥さまが途中からカウンターに座り込んで,どこからどう入ってきたのかも分からない地元民らしき男性と会話していた。ずっとウーロン茶を飲んでいたから,一緒に車で帰ることになるのだろう。ちょいとうらやましい。
私はといえば,第2部が終わった20時半過ぎ辺りでおいとましようかと思ったが,「ママさんがもうすぐ大和村から戻ってくるから,せっかくだからママの唄を聴いていきなさい」とメガネのおじさん。「もう少しいらしてください」とは娘さんと思われる女性。うーん,どうせ徒歩でいくらもかからない距離だし,せっかくだからもう少しいることにしようか。

御大が登場したのは21時ちょい前。コンバースのオレンジのTシャツにジーンズというカジュアルなスタイルの女性は,紛れもない和美ママだった。かけつけビール1杯の後で,細面の男性の三線に乗せて2曲唄う。何を唄ったのかはこれまた分からないが,男性の高音みたいな声が印象的だった。素人が唄うのとはまた違う,言葉は適切ではないかもしれないが,ドスの利いた迫力みたいなものがあった。歌手・和田アキ子氏を「和製リズム&ブルース」と称することがあるが,彼女はさしずめ「奄美製リズム&ブルース」といったところかもしれない。
ホームページの和美ママのプロフィールによれば,生まれは奄美大島の南にある瀬戸内町の西古見(にしこみ)地区。私も行ったことがあるが,半島状に突き出た地形の端っこにある,テーブルサンゴの石垣が印象的な場所だ(「奄美の旅アゲイン」第5回参照)。若い頃に愛知で集団就職で働いた経験もあり,幼なじみと結婚して尼崎に移住。1981年に奄美に戻ってきて,この店を開店したのが1983年……ん? ということは,坂本龍一氏との出会いは『君に胸キュン』の後だったのかな?
ま,それはいいとして,毎晩夜遅くまで飲んでは唄って遊んでの生活で,2003年に大病を患った。それからは月曜日を定休日にして,23時に閉店するようにしたそうだが,こうして今日みたいに親類や仲間に手伝ってもらいながら,こうして店の中は今日も賑やかな時間が過ぎていく――人には人なりの“波乱万丈”があるものだ。その声とこの店に人生が表れている感じがしたと,勝手に優等席的な感想を残しておこう。30歳以上も若い私が事もあろうかエラソーに。でも,「いろんな人に支えられている」ということは,端から見て何よりもうらやましいことであろう。
3時間という個人的には考えられないくらいに長時間居座ったが,明日のことも考えて21時40分にて退散。たらふく飲んでたらふく食べて,いくら取られるのかと思ったが,全部で4000円だった。料理の数に加えて御大の島唄チャージも考えれば,とてつもなく安い額である。いったい,どういう計算をしているのかと思ってしまった。なお,何気にバカみたいな期待をしてしまった坂本龍一氏の登場は,さすがになかった。でも,メガネのおじさんいわく,明日来るらしい。(後編につづく)

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