奄美の旅ファイナル

11時10分,奄美空港到着。こんなにピッタリの到着というのも珍しいが,何だかよい先行きの予感がしてくる。足取りは軽く…というか半分は,座席が通路側だったため,せめて早く出られる有利性を活用したかっただけだが,数席前に座っていた中年男が座椅子に荷物を置いて通路につっ立って,行く手をふさいだため,私を前に行かせてくれなかったという腹いせもあるかもしれない。
ともかくロビーに向かうと,本日車を借りるマツダレンタカーのプレートを持った,私と同世代くらいの男性の姿が。声をかけると,「駐車場に車がありますので,そこでお待ちになってください」と言われる。ロビーを出て横断歩道を渡ると,すぐマツダレンタカーのロゴが入ったワゴンがあった。ドアが開いていたので座って待つ。プレートには私を含めて4人の名前が書かれていたが,やれやれ4組すべてそろっての出発か。だったら,ますます足早にロビーに行った意味はなくなるが,まあ世の中の流れとかってのは,こんなものだろう。それでも急いでしまう私って……。
どのくらい待つのかと思ったが,2分ほどしてプレートを持っていた男性がこちらに来て,運転席に座った。そして,自動でドアが閉まると出発。無論,乗っているのは私だけである。チェーン店ゆえの「客を必要以上に待たせてはならない」という“全店舗共通マニュアル”が,彼を早々と運転席に向かわせた……ってなわけはなく,空港の敷地を出ると同時に,正面にある事務所に車は停まる。その距離,わずか100mほど。要するに,面倒でもピストン輸送をするという発想に行き着いたのだろう。
さて,事務所に入ると,これまた私と同世代くらいの女性が奥から出てくる。淡々と事務手続が進み,いざ前払い。1万と27円――今日の11時半から借りて,明日の朝9時半には車を返すのだが,いつも借りていた西郷レンタカー(「奄美の旅」第1回第5回「奄美の旅アゲイン」第4回第5回参照)では,早く返そうが遅く返そうが1泊2日扱いで1万600円という料金。対してマツダレンタカーでは,J-Yadoで予約したこともあって10%引きがあり,値段も7665円で済むという。
当初はこの金額にひかれ,プラス旧式のデミオでカーオーディオがカセットにて確保できたのでこれでOKしていたのだが,例の“マーゴン”に惑わされて延期。予約センター(店舗ではなく,予約センターで一括管理しているのだ)に延期の旨の電話を入れたのだが,そこで返ってきた若い(だろう)女性オペレーターからの答えは「デミオはカセットではなく,すべてCDでの扱いとなっています」というもの。さらに「カセットだとファミリアになりまして,お値段が変わりますがよろしいですか?」ときた。
一瞬「ん?」とは思いつつも,値段を聞けば1万27円という。25%アップとなってしまうわけだが,他のレンタカー屋がOKになる保証もないし,なまじキャンセル料金を取られるのも面倒だ。飛行機は,座席は窓側から通路側になってしまったが,普通料金でチケットレス購入していたため,変更扱いで1回のみ無料,すなわちキャンセル料金ゼロで行けたのだ。ここはやむなくOKを出すことにした。
とはいえ,旅行当日が近づくにつれて「とりあえず,当初のデミオにはならないのか?」と思えてきたのも事実。答え方からして,ひょっとしたらオペレーターの勘違いかもしれないと思ったのだ。自宅にはプリンターがないため,会社のパソコンに転送して打ち出したものを提示して,いま応対している女性に再確認をしたところ,返ってきたのは「用意できるカセットつきのデミオがない」という答え。なるほど,そういうことならば仕方がない。ここは引き下がってカード払いをする。ホントは現金のつもりだったのだが,考えてみれば大手のレンタカー会社だからカード払いくらいできるだろう。そして,案の定できるのだから,後先のことを考えてカード払いとした。
いろいろとあったが,これで準備完了。事務所の脇には白い,いつも乗るものよりも大きい車が横付けされてきた。すると女性は「書類が作成されるまで,車体の傷をご確認ください。一応こちらでも目立ったところはチェックしていますが,お客様のほうで気になる傷がありましたらチェックください」と言って,車体の展開図が描かれた別の書類を私に手渡す。それを持って早速車を見てみるが,向こうサイドがチェックした傷以外は目立ったものはない。何もチェックせずサインをする。
戻ってくると,書類は完成する直前。と同時に,別の客が事務所に入ってきていた。はて,彼を待っていたら,いったい何分駐車場でボーッとさせられたのか。ま,いいや。そして,でき上がった書類にもサイン。「サインだから」と少し殴り書き気味に名前を書いたら,女性は「これで何と…」と言ってきた。「あ,すいません」「いいえ…」。彼女はその殴り書きの下に私の名前の読みがなをふっていた。え,サインでもきちんと書かなきゃいけないの? そもそも,書類にあらかじめ読みがなってふられているもんじゃないの?――ふと,そんなギモンを抱きつつ,ノン・オペレーションチャージの説明を受けて,地図をもらうと出発となる。時間は11時25分。半年ぶりの奄美大島ドライブ,スタートである。

(1)プロローグ
空はポツポツと雨粒が落ちている。ちょうど真上に黒い雲があるからだろう。数滴落ちてきたら,それからはまったく落ちてこなかった。滞りはなく車は快調に進んでいく。というか,いっつもこの時間は…いや,奄美の道で渋滞になったためしはまずないのだ。アクセルの踏みがいがあるドライブロードである。とはいえ,そんなところにやっかいに発生するのが,スピードを“出さなさ過ぎ”の車。大抵は地元民の軽自動車だ。こいつの後ろには,アリのような列ができる。後ろにいる車のほとんどは,私も含めてきっと「早くどけよ」と思っているに違いない。だからこそ,その軽自動車が脇道に入ると,一気に車の流れがよくなるというものだ。
さて,今日これから目指すのは奄美大島の南端にある瀬戸内町の中心街・古仁屋(こにや)。トップにも書いたように,本日は4月に行き損ねた加計呂麻島に行くのであるが,そのための玄関口が古仁屋なのだ。その4月の旅行記である奄美の旅アゲイン・第4回にも書いていることなので重複するが,今回についてはこの古仁屋で「ライベストイン奄美」(以下「ライベスト」とする)というホテルに宿を取っている。ここの駐車場に車を置いて,徒歩で港に行くことにしたのだ。ひとまずは,このライベストを目指すべく,車を走らせることにしたい。距離にして80kmほど。フェリーは14時だから,寄り道をほとんどしなければ,2時間で行ける場所である。前回は1時間40分くらいだっただろうか。
とはいえ,昼食もどこかで取りたい。うーん,わがままである。しかも,奄美の名物・鶏飯が食いたいときたもんだ。夕飯はライベストで予約を入れているが,こちらは豚骨などをメインとしたものとホームページで確認している。となると,鶏飯を食べるチャンスは今日の昼か,あるいは明日行く予定の喜界島での昼飯か,奄美空港でのトランジットになる夕飯しかない。
ま,3回チャンスがあるわけだが,明日は明日で気分が変わるかもしれないし,それ以前に“いかんともしがたい状況”になるかもしれない。喜界島では,正直レストラン類を調べていないのである。となると,できればこの昼ご飯で鶏飯を食っておきたい。「奄美に来たら鶏飯を食べなきゃいけない」というルールがあるわけでもないのに,どうしても奄美に来ると鶏飯を食べずにはいられなくなる……乙女心ならぬ“乙女座心”は複雑なのだ。しかも,奄美に2度来て,2度ともこれから通る道中にある鶏飯の店「ひさ倉」でガッツリ食べていたりなんかしちゃうのだ(「奄美の旅」第1回「奄美の旅アゲイン」第5回参照)。
そうなれば,「2度あることは…」じゃないけど,3度目もここに寄りたくなってくる。でも,ここに寄ると,鶏飯だけでなく鶏刺しも食べてしまいたくなる。もう一つ,最初の奄美訪問時に行った名瀬市の郊外にある「たかの」もあるが,こっちは鶏刺しがない(「奄美の旅」第3回参照)。うーん,迷うところだが,何のことはない。「ひさ倉」で今回は鶏刺しを食べない決心ができればいいのだ。「たかの」は味はともかく,駐車場がそれほど大きくないし,そこまで空腹に耐えられるかどうか。
……えい,こうなりゃ3度目の「ひさ倉」訪問で決定である。あそこならば多分,すぐ入れて食えるに違いない。素早く食べてとっとと出る。これでいい。そうとなれば車は早く……というわけにはなかなかいかない。またも私の行く手を妨げる軽自動車と軽トラック。朝6時の朝食では,いくら12時前といえど間隔がかなり空いてくるから,結構イライラしてくる。ここは我慢のしどころだ。
それから間もなくすると,右手に「ひさ倉」が見えてきた。入口になぜかグレーの制服を着た警察っぽい格好のオヤジが立っていたが,ねずみ獲りなのか。ま,いいや。駐車場には数台車があるが,詰めこめば15〜20台は入れる広さだから,店内はまだ空いているだろう。とりあえず右折して駐車。ふと,その十数m先を見ると海が見える。ちょうどここは入江になっているようだ。色はやっぱりクリームソーダ色をしている。こんな景色があったとは記憶になかった…というか,あったのだろうが見ようとしなかったのだろう。ボーッとするにはちょうどいい静けさだ。あるいは……いや,今回もこの景色を“確認した”というだけで,再び車をすっ飛ばさなくてはならない。つくづくアホなスケジューリングだ。
中はやっぱり半分くらいの客数。とっととテーブルに座り,水とパパイヤの漬物を女性が持ってくるのと同時に,鶏飯を注文する。今回の女性は40歳台くらいの女性。過去2回のおばちゃんとは違った。数分すると,具材が入った皿とお櫃が早くも出てきて,それからいくらもせずに鉄鍋に入ったスープが。お櫃の中はご飯茶碗3杯分ほどある。夜どのくらいの飯が出てくるか分からないが,早くも健保診療所からの「ダイエット命令違反」になりそうな雰囲気(「管理人のひとりごと」Part23参照)。とはいえ,鶏刺しは頼んでいないから,少しはカロリーはマシだろう。メシを残すのももったいない。
具材については過去の掲載分を参照あれ(「奄美の旅」第1回「奄美の旅アゲイン」第5回参照)。早くメシが出てきたとはいえ,それでも急ぎであることに変わりはない。1杯目こそ具材をキレイに乗せるように努力したが,3杯目には「どうせ胃の中に入れば同じ」という感じになっていた。第一,胃に入る前からして既にグチャグチャになっていたりもするではないか……後から入ってきて隣のテーブルに座った同世代かやや上くらいのカップルは,どうやら鶏飯が初めてのようで,店員から「まずは,ご飯を茶碗に少なめに盛って,そこに……」などとレクチャーを受けている。そして,記念にということか,男性が具材と鉄鍋に女性をフィーチャーしてデジカメに収めていた。

時間は12時ちょい前。一瞬,入江の景色をみやって車を再び走らせる。1km余りある本茶トンネルをくぐると名瀬市。心なしか建物が増え,そのまま行くと左に「たかの」が見える。店はやっているが,4台ほど入れる駐車場は満車。手前にもスペースがあるので,さらに入ることもできるだろうが,2列駐車したところで,奥の車が出るときに邪魔になりかねない。ムダなトラブルで先行きがどうかなるよりも,上記「ひさ倉」でメシを済ませて正解とする。
そして,再びトンネルをくぐる。500m強ほどのこのトンネルを,すっかり私は本茶トンネルだと思い込んでいたが,こちらは山羊島(やぎしま)トンネルというそうだ。これをくぐると,いよいよ本格的に名瀬の市街地に入る。一度内陸に入って緑ばかりだったのが,一変目の前に海を見る景色となる。この海と市街地を見ると,奄美大島に来た気分になれる。
そして,値段を高くしてまでこだわったカーステからかかるのは,カズン「風の街」。先般,プロ野球のストの臨時特番で観た,NHKの片道最長切符の番組(「管理人のひとりごと」Part21参照)でテーマソングになっていたやつだ。曲の壮大なオープニングが,どことなく旅の始まりを予感させる。トンネルを出て景色が広がったときに,このオープニングとタイミングがあったのが,とても印象に残る。
街中に入り俄然交通量が多くなったのと同時に,路線バスの姿を見かける。赤い車種と白い車種の岩崎バスは,シンプルなデザインでマイクロバス大。「空港」と表示板が出ていた奄美バスは,白地に少しグラフィックデザインをほどこした観光バス大のもの――今年から定期的にホームページで見ている奄美の新聞「南海日日新聞」で,やたらと目にしていた記事の一つが,この奄美のバスに関する問題だ。元々,奄美交通はいわさきコーポレーションという会社(以下「いわさき」とする)の子会社に当たる。一方,岩崎バスも古くから奄美でバス会社を営んでいる会社。ちなみに,いわさきコーポレーションとは無関係である。
さて,いわさきは赤字経営続きと離島経営の限界から,奄美交通の清算を打ち出すこととなり,その結果,奄美交通は空港を結ぶ便を除くほとんどの便(初めは全面撤退のつもりだった)を9月末で廃止路線にする旨,今年3月,県に届け出ることとなった。当初はいわさきは,バスを引き継ぐ新会社の設立を考えていたが,これが頓挫。対して,奄美の各市町村はバスの存続を支持した。
結局は,瀬戸内町内を走るバスは,瀬戸内タクシーという地元のタクシー会社が乗合タクシーとして,それ以外の地域を走る分を岩崎バスが委託運行することになった……はずだが,何と奄美交通は自社の組合と合理化案――早い話がリストラである――で折り合いがつかず,廃止の届け出を取り下げることになったという。そして,この届け出は認められることになり,一方で瀬戸内タクシーと岩崎バスにも,当然ながらというか認可は下りることになった。
すなわち,2社のバスが一部地域で競合する状況ことになったわけである。地元民の中には「競合することは有り難いが,共倒れになるのでは」という不安の声があるが,お年寄りや学生はともかくとして,島民の足はやっぱり自動車になると思われる。少なくとも観光客はそうだろう。この不安が的中しなければよいのだが,はたして?
――話を戻す。中心部の交差点を左折すると,道のゴミゴミ感はあいかわらずだ。歩道には多数の制服姿が。ちょうど半ドンで帰りの時間帯なのだろう。ほっかほっか亭の前で10人くらいの野郎がたむろっているのを見ると,いつの時代も変わらないものだと思ってしまう。白いワイシャツに黒いスラックスが何とも“地方色”である。でも,さすがに公立では週休2日制にはならないのだろうか。
数分も走ると,再び1000m以上の朝戸トンネル。このあたりでは民家もまばらであり,トンネルを抜ければ後は緑の中をひた走ることになる。山がちゆえに,何度もトンネルを通過。そして,区域は住用村。飲み物を買い忘れていたので,1回入ったことがある道の駅(「奄美の旅」第1回参照)にイン。何気なくスピードを落として車が停まっている角を曲がると,ヨチヨチ歩きの赤ん坊がこっちに歩いてきた。両親はワンボックスカーから荷物を下ろすのに夢中で,背中で起こっていることに気づいていない。ふう,死角で危なかった。これで勢いよく曲がっていたら,“別の意味”で名瀬に滞在することになったかもしれないのだ。
広い駐車場の奥には,立派な「マングローブパーク」なる白い建物が鎮座している。壁に自販機が見えたので,その中でUCCの「イタリアンカフェ」を買う。155ml入りで120円。同じ自販機には,350ml入りで100円なんてのもある。考えてみれば割高な買い物をしてしまったものだ。そして,その自販機の隣にトイレのドアがある。トイレにも実は行きたかったのだが,外観がいまいち汚かったので,ここは建物の中のトイレを借りるべく中に入ると,すぐ右側に看板が。中に入ると,きちっとしたトイレだったが,何のことはなく件のドアとつながっていたのだ……ちなみに,館内には有料のマングローブ展示室と,レストランや売店も完備している。とはいえ,客は皆無。展示室入口にある受付のお姉さんも,私が中に入ってくると,少しびっくりしたような感じだった。
用を済ませて,再び車を走らせる。ほとんど山なのにもかかわらず,左に海を時々見るのは,それだけ地形が複雑に入り組んでいることの現れである。そしてカーブが何度も続く。いつのまにか瀬戸内町に入り,嘉徳への入口(「奄美の旅」第1回参照)も通過。そして,道は一気にめくるめく下りカーブが5km続く。日光のいろは坂の,数には及ばないまでも,曲がり具合は似たような感じなのではないか。地形がこういう地形とはいえ,車酔いする人には酷なルートである。
そうそう,マングローブパークの電光掲示板にも出ていたが,この道路,国道58号線の一部で路肩が欠壊しているらしい。そんなことには気づかずに走っていたが,ふと右側に緑が大きく剥げた山が出現する。周囲はみな緑色なのに,そこだけが鮮やかなまでに土のはげ山である。その麓ではショベルカーが作業していたが,あるいはこういう開発みたいなことが,土砂を流出させ,ひいては洪水や道路の欠壊なんかを引き起こしているのではないかと思ってしまう。

さあ,いよいよ瀬戸内町の中心・古仁屋に入った。時間はもうすぐ13時半。県道との交差点を右折して,川を渡ると間もなくライベストが右手に見える。白亜で“シティホテル”の冠がピッタリである。ここの駐車場に早速停める……おいおい,駐車場がないぞ。車を停めてじっくり探してみたいが,ボーッとしていると後ろから車が来るから,テキトーに進んで行かざるを得ない。はて,今までの急ぎ足は,ここで駐車場を探し回るためのものだったのか。まったく,イヤだぜ。この駐車場探しのせいで加計呂麻島に行けないだっつったら。
それでも,結局は何度か街中の狭い道を往来する羽目になり,やむなく向かいの「サンフラワーシティーホテル」の前に車を停め,ライベストで確認をすることに。この隣に実は7台ほど停められる駐車場があり,「あ,ここか」と思ったら別の駐車場だったなんてこともあったので,いい加減拉致があかないと思って停めてみた次第。時間は刻々と過ぎていく。少し焦りの色が見えてくる。
ライベストのロビーは白を基調としてシンプルなもの。端っこにカウンターがあって,喫茶室も兼ねている。奥にはフロント。中から女性の声が聞こえるので「すいませーん」と一声をかけるが,誰も出てこない。ふと,手元を見ると呼び鈴がある。試しに押すと“チン”という音。そして「はーい」という女性の声。中から出てきたのは中年の女性。どうしても思い出せないのだが,少し年の行った演技派の男性俳優の顔に似ている。うーん,どうしても思い出せないが,その俳優にホントそっくりである。
…まあいい。とりあえずは駐車場の確認である。すると,A5サイズの紙に書かれた地図を出してきて説明開始。いわく,いま停めているサンフラワーシティーホテルの裏側に駐車場があって,通路をはさんで左右に合計9台停められるうちの「G」と書かれた場所に停めるようにとのことだ。その駐車場に行くには,いま停めているところからバックして,川を渡らずに手前を川に沿って狭い道を入っていき,畳屋とクリーニング屋の間を曲がることになるようだ。その道はホテルの建物に隠れて死角になっているから,このままバックするのは危なそうである。
ということで,1回車を前進させて途中の道でテキトーに転回して,右折から入っていくことにする。これで無事に……というわけにはいかず,1度目はその畳屋を通過してしまった……て,2度目。畳屋とクリーニング屋の間は,車がギリギリ1台入れる程度の超狭い道であった。無論,すれ違うなんて不可能なくらいの幅。駐車場は四方をすべて建物に囲まれており,さながら都内の下町の駐車場みたいな感じだ。たしかに「G」は空いていた。両サイドに車があるが,向かいにまったく車がなかったのがラッキー。1回その車がないほうに突っ込んでからバックすると,あっさり車庫入れ完了となる。
時間は13時45分。急いでホテルに戻ると,さっきの女性が外に出てきていた。指示した方向と逆走したのが見えたのだろうか。さっき女性から駐車場の案内ついでに,フェリー乗り場が歩いて5分ほどという話を聞いたが,「部屋はご用意できています」と言われたこともあり,なぜかチェックインして一旦部屋に入る選択肢を選んでしまった。こーゆーときの私は訳の分からない行動をしてしまうタチだ。
宿泊カードに名前を記入すると,女性と私はエレベーターに乗って5階に向かう。そして,5階でエレベーターのドアが開くとすぐに彼女は,
「あ…言い忘れましたけど,昨日でフェリーがドック
に入っちゃって――たしか,代わりの海上タクシー
だかが出ているようですけど……ま,分からなかっ
たら,あの辺に人がいますから聞いてください」
とのたまった。なぬー,ドックとは。あるいは,車を停めている時間がなければ直接港に行って,フェリーにダイレクトに乗り込もうだなんて思っていたが,ここに停める選択をしてなおさら正解だったじゃないか。それを選択した理由は,またあらためて説明することにするが,南の島ではいつどこで何があるか分からない……って,私がきっちり下調べしていなかったというほうが正しいか。
部屋は最上階の502号室。なぜかその隣には,名前を忘れてしまったが結婚式場の広間みたいな名前が壁に朱色で書かれている。多分,その通りの式場用の部屋かもしれない。地元で身内だけのシンプルな冠婚葬祭にはちょうどいいのかもなんて勝手に想像する。彼女は「部屋に入るときは,カギを左に回してそのままノブを押してください。出るときはオートロックですから」と言って私と別れる。
部屋はシングル1泊で予約していたのだが,実際,中はツインの部屋。ま,来るときにはちゃんと値段を聞いているから,シングルユースということだろう。でも,なかなか広くていい造りである。ここで,持参したパソコンと明日の衣類をバッグから取り出して置いていく。あるいは駐車場で車内に置こうかと思ったが,部屋の中ならなおさら安心である。

時間は13時50分。ダッシュで港に行く。古仁屋の街を歩く――厳密には走っているのだが――のは初めてだが,思いのほかいろいろな店があることに気づく。土曜日だからか,結構開いている。車でテキトーに通り過ぎたのとでは印象がやっぱり違うものだ。街中はつくづく歩いてみるべきものと思った次第。あるいは,宿への帰りに時間がありそうだから,ブラブラ見ることにしようと思う。人はさして出歩いている感じがないが,すぐ後ろに自然があるからか,街中はやたらとカエルだかセミだかの鳴き声が大きい。このアンバランスさ…というか“ビミョーな感じ”もとても面白い。
数分で港に着き,加計呂麻島行きのチケットを売っている建物を探す。が,なかなか見つからない。女性が何やら言っていたが,車を入れるのに精一杯で場所を忘れてしまった。とりあえず,明らかに違うだろうが,グラスボートのチケットを売っている小さい小屋で,知らないふりで尋ねてみると「コープですよ」という。そう,コープだと言っていた記憶がある。再び外に出ると,港の端っこに古ぼけたコンクリートのコープの建物が見えた。小走りに建物に向かう。
その建物を間借りする形で,これまた端っこにチケット売場があった。中はゴミゴミして狭苦しく,人も多い。ほとんどは地元の人間だろう。往復で670円を払う。海上タクシーといえど,値段はフェリーと代わらない。ま,考えてみれば当然の処置だろうが,普段海上タクシーを利用すると,片道で往復のフェリー料金以上はかかるみたいだ。ある意味オトクなのかもしれない。そして,帰りについては明日の便まで有効だそうだ。「今日は代行ですからねー」と,窓口のオバアは言っていた。
再び外に出ると,建物の隣には熱帯魚の絵が描かれた“中くらい”のフェリーが停泊している。「ドックに入っている」というから港にはいないのかと思ったが,ガリガリと音がしている。よーく見るとドリルとかで作業中だ。これでは,どこをどうしても動かないだろう。いくつか船が停泊していて分かりにくかったが,何のことはなく,その隣に漁船っぽい白い船であわただしい動きが。ちょうど女性が船に乗り,船員らしき男性が彼女の荷物を積み上げる。男性にチケットを見せて確認すると,「はい,これです。これに乗ってください」とのこと。さっさと乗り込んだ。
その船は「海上タクシーとびうお1号」という名前。船室の壁に携帯の番号と,自宅と思われる電話番号が書かれていた。どうやら個人所有のようだ。舳先から乗り込むのだが,そこには荷物やら食べ物のダンボールやらが雑然と置かれている。形はプレジャーボートっぽく,窓についている水のシミや錆び加減が,いかにも地元民のためって感じを漂わせる。
船室の中に入ると,すでに十数人の人がいる。平均年齢はかなり高いだろう。席はほぼいっぱい…なのだが,よく見ると大雑把に座っているから座れそうな場所が見つからないというのがホントのところ。真ん中の通路には,明らかに邪魔と思われるカウンターがあり,どういうわけか本がたくさん置かれている。奥のほうにも本棚があり,本が結構ある。すべて合わせれば,100冊前後になるだろう。大きさ・種類も,文庫やらガイドブックやらハードカバーやらと,バラエティに富んでいる。
はて,フェリーでも30分かからない加計呂麻島までの海上タクシーに,これほどの本が必要なものなのか。あるいは移動図書館も兼ねていたり,はたまたさらに南の請島とかへ行くときに,時間を持て余したりしないようにするためだろうか……その他にも浮き輪があったり,何かよく分からない物体があったりと,これらいずれもまた,混雑の要因となっているのだろう。もっとも,フェリーでないという根本的な理由があることは言うまでもないが。
なので,一旦縁に出て後部にある別の入口から入ることにする。縁もこれまた,譲り合わないとすれ違えないくらいの狭さだ。船室後部はロングシートがあって,一角に辛うじて1人分座れるくらいの席があり,そこに腰掛ける。手前にはオバアと,藤色の宗教服っぽい男性の姿も。どこかで奄美には結構キリスト教信者が多いと聞いた。そして,後部にベンチが2台あるが,そこには高校生かあるいはもう少し上くらいのカップルがすでに腰掛けていたり,縁にもガキが座っていたりする。こういった光景もまた,地元民用ならではだ。

14時,予定通り出発。何だか外にいる客がうらやましく思えて,私も縁に出てテキトーに突っ立ってみたり,荷物が置かれている後部のベンチの隙間に腰掛けたりしてみる。フェリーに比べて,当然だがスピードは出ているし,モーターの音がうるさくて身体全体に響いてくる。それでも,天気は青空がかなり見えるし,当たる風がやっぱり気持ちいい。やっぱり船に乗ったら,デッキなり縁に出て潮風を浴びてみるべきだろうと思う。
たしかに,チリチリと地味ーに潮をかぶっているのは,顔に当たる冷たさやメガネが曇ってくることからもよく分かるが,思いのほか揺れて波しぶきを思いっきりかぶるということはない。何たって,加計呂麻島は目の前に大きく緑の大陸として鎮座しているのだ。大きな島と大きな島の間だから波はほとんどなくて穏やかなものだ。むしろ,かえってこの船が余計な波を造り出していたりするのだろう。後ろに回ってしまった暁には,かえってこの“造られた波”に煽られるかもしれない。
順調に船は進んでいき,加計呂麻島はさらに大きな姿になってきた。その色は緑と茶色のみ。ほとんど山がちな地形をしているようだ。そして,ふと気になって着てきたセーターから露出していた腕をなめてみると,やっぱりほのかな塩味がした。(第2回へつづく)

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