奄美の旅(第1回)

Aさらに南へ
嘉徳を出て再び南下すると,10分ほどで再び左に海を見る。間もなく,阿木名(あきな)という所で「←ホノホシ海岸」という標識を見て左折する。片道1車線の道は,湾に沿って左にカーブしていく。ちょうどかかってきた,DEEN『瞳そらさないで』のワンフレーズ「青い夏のときめきの中で〜」というフレーズがピッタリな,天気と陽射しそして景色になってきた。
しかし,伊須(いす)港を経ると,いきなり急な上り坂の山道となってしまう。ぐるぐるしばらく回っていると大きな通りに出る。そこを左折してさらにどんづまりを左折すると,ホノホシ海岸の駐車場に着く。脇には池があって,いくつもの電柱が半分くらい埋まっており,何ヵ所かでモーターがうなりを上げている。「電柱」「ホノホシ海岸」でヤフー検索したところ,池では海老の養殖が行われていて,水を絶えずかき混ぜていなければならず,そのための光景だったのである。
さて,ホノホシ海岸。駐車場とその隣の広場とを合わせると,野球グラウンド1個は入る広さ。そんなにも観光客が来るのかよく分からないが,そこを越えて柵のようになっている草むらの間を抜けると,10cm×8cmほどのだ円のツルツル石が無数にころがっている…いや「敷き詰められている」と言ったほうが近い。砂浜ならぬ“石浜”である。みなほぼ同じ大きさのものがころがっている様は,自然のなせる技なのだろうが,ちょっと異様さすらある。
一方,上記のどんづまりを右折したところには,ヤドリ浜がある。こっちは岩場の多い砂浜といったところ。間を挟む山を隔てること2kmほどだが,誠に対照的な光景だ。海の向こうには加計呂麻(かけろま)島が見える。本来なら行きたいところだが,今回は見送ることにする。
その加計呂間島は,面積が77.1平方kmと大きな島で,フェリーの出ている古仁屋からも20分ほどの距離だ。国道で何度か「加計呂麻島に橋をかけよう」という看板を見たが,フェリーは1日7便で,しかも半々ずつ加計呂麻島側の行き先が分かれる。橋を掛けるのは経済的にも大きな影響が出るだろう。もっとも,いざ橋を掛けるとなると,「こっちにかけろ」「いや,こっちにかけろ」となるのかもしれないが。

さて,次は古仁屋である。名瀬に次ぐ第2の街だ。ホノホシ海岸・ヤドリ浜方面から来ると,15世帯くらい入れる団地いくつかと大病院が現れる。この辺りは人の住む街の光景である。中心部に行くと,こじんまりとしながらも,商店や宿泊施設,郵便局,銀行もある。もちろん名瀬の比にはならないレベルだが,鹿児島からの長距離フェリーが着くだけのことはあると思う。
ここのベストスポットといえば,一番港寄りの道にかかる「古仁屋コーラル橋」という白い橋からの景色。夕陽を浴びながら,下を流れる川が1本山に向かってすっと伸びていて,その周りに低いながらも整然と建物が建つ。バックは大きな山……まぁ,デジカメなどに収める必要まではあるまい。
この次は,近くにある油井岳(ゆいだけ)展望台。国道58号線を名瀬方面に少し戻って,途中から右折するとまたまた急な細い山道。ホント「またか」という感じだが,いい加減,抵抗がなくなってしまった。ハンドルさばきも軽やかにスイスイと上がって行く。天気がよいのも救いである。それもこれも,2年10カ月ぶりにハンドルを握った昨年の屋久島旅行で,西部林道や白谷雲水峡の,狭い&雨の山道に鍛えられてしまったことが大きいだろう。
その油井岳展望台に行く前に,高知山展望台というところ。しかし,灯台のようなものは見え,そこへ通じる遊歩道はあるが,駐車場らしきものは見つけられず,そのまま行くとゴルフクラブの駐車場に入ってしまった。実は後ろからカップルが乗った車がついてきていたが,彼らは素早くUターン。私はといえばその先にある建物のほうに向かったが,中にいる人からにらまれてしまい思わず引き返す。来た道を戻ると,彼らは遊歩道の前に車を止めて歩いて向かうようだ。降りてもまあ大したことなかろうから,ここは通過する。ちなみに,肝心の油井岳展望台からは,どこかの景色が臨めたくらいで,それ以外の感想はない。
この後,前回最後に触れた嘉徳への2度目の訪問となったのだが,その顛末はそこに書いたとおりである。

(3)名瀬市 Part1
@「やってもうた」
名瀬に戻ってきたのは18時。市の中心部は古い建物が多く,道も狭い。10階建て以上の高い建物も結構あるが,大抵がホテルである。商店自体は5階建てだったら高いほうに入るだろう。
さて,本日と明日泊まるホテルは「奄美セントラルホテル」。ガイドブックで見ると,国道から直角に分かれて島の西部に行く大きな県道に入り,川を渡ってすぐ左に少し入ったところである。
川を渡ってすぐの信号がある交差点で,左折する。角には高い建物。清潔感があっていかにもホテルチックだが,よく見ると「シティホテル奄美」。曲がるところを間違えたようで,すぐの信号がある交差点で左折して戻る。しばらく行くと川を再び渡ることになるが,その川を渡る手前の川沿いの道にホテルはあった。目の前が駐車場。細い川をはさんで両側が駐車場という変わった形をしている。
しかし,見てみるとすべて埋まっている。駐車場代はいらないと言われていたが,どうやら,ホテル専用の駐車場ということではないようだ。そうこうしているうちに,大通りに出てしまったので,もう一度トライしてみることにする。
再び同じルートで来ると,管理人室の右隣にある狭いスペースのみが空いているが,あいかわらず満車状態。なぜそこが狭いかと言えば,その右隣のスペースとの間に電柱が邪魔をしているためだ。とはいえ,このままではどうしようもない。とりあえずホテルの玄関前に停め,チェックインとともに,駐車無料のチケットをもらう。

管理人室に行って,そのスペースに停めていいかを聞くと,初老の管理人は,あちらこちらを見渡した後で満車と判断したのか,ぶっきらぼうな声で「いいですよ」と言う。
再び車にエンジンをかける。道幅は車がぎりぎりすれ違えるくらいの幅。一方通行ではないが,かといって転回できそうなスペースもなさそう。ということで,いったんバックし,その狭い中に右折して入ることにする。
そのスペースは思いのほか狭い。こっちと言えば,ゴールドカードとは名ばかりの新米ドライバー。なんとか細かくハンドルを切ろうとするが,間隔が掴めないのと,管理人室脇に何か置いてあって,ぶつけてしまいそうで左に寄れない。さらには川寄りのところに少し高さがあるので,いわゆる“クリープ現象”だけでは進めない。右の電柱とはスレスレの距離。もう少しでうまいこと入れると思い,軽くアクセルを踏んだその時であった。
「ガツ」
何と哀れ,右のドアに鈍い音がした。完全に,ぶつけた…というか,少しこすって少しめりこんだと言うほうが適当か。外からは「あーあ,ぶつかったよ,完全に」という管理人らの声。またよりによってこういうときに車が後ろに入ってきて待っている。かといって,再びバックしようとすれば,傷が横に広がるだけだ。いちかばちかで左にハンドルを切ると,すっと中に入った。左の管理人室とのスペースが思ったよりも空いていたのである。
早速,ドアを開けて確かめると,窓の下に横長に30cmほどの凹みができてしまった。ちょうど黒い線が1本通っているが,その線が少し歪んでいるのもはっきり分かる。管理人の嘆きが無神経に聞こえた感もあったが,起こってしまったことは仕方ない。とりあえずは,ホテルの部屋に入る。

部屋は6階。外を見れば,忌まわしき駐車場が見下ろせる。見ていると,数台が向こう岸とはいえ出ていって,空車となっている。このままで明日の朝を迎えるのが急に不安になってくる。再び,外に出て車を移動させることに。
右には電柱があるので,できるだけ左にハンドルを細かく切るようにすると,あっという間にスルッと出られた。今度は反対側に渡り,川を挟んで反対のあたりにあるスペースが空いているので,そこに停めることにする。
ここも,右側に電柱があるが,この際気にしない。右側からバックして入れようとするが,ド素人ゆえどうも覚束ない。と,どこかからおじさんが寄ってきて,誘導をしてくれる。多分,管理人と一緒にいた人だろう。見るに見かねたということか。その人のおかげでとりあえずは入れることができた。
しかし,どうも右にひん曲がって入っているのが気になる。後ろ側=川側が,先述の通り少し段差があるのだが,そこに車輪が乗り上げる形になるとパーフェクトなわけである。
となれば,そこは頑固な私のこと。ちょこちょこと動かしてみようと思ってしまう。かれこれ何回,エンジンを止めてチェックしては,再びエンジンをふかして動かしたか。しかし,ついぞ車輪は段差の上に乗ってくれることはなく,あきらめて夕飯を食べにいくことにした。

A「胸を張る」
夜ともあり,あちこちで飲食店は開いている。店は,先ほど間違って入ってしまった「シティホテル奄美」の通りの,もっと奥,すなわち山側のほうに集中している。いずれもデカイとか清潔というより,老舗でこじんまりとした個人店が多い。「レストラン」というよりは「洋食屋」,「バー」「居酒屋」というよりは「スナック」「呑み屋」という言葉がふさわしい。スナックなんかは,雑居ビルのさらにワンルームというくらいの大きさだ。ちなみに,その通りは屋仁川(やにかわ)通り。昼に鶏飯と鶏刺しで結構満腹になってしまったので,夜は寿司あたりであっさりと済ませたい。
しかし,店を探すとかいう気力は,さっきの凹みの前にどうも出てこない。車どころか気持ちもすっかり凹んでしまった。果たしていくらレンタカー屋に取られるのか。はて,どうやって相手に説明をすべきか。反対車線から左折する形で入っていればぶつけなかっただろうかとか,考えれば考えるほどブルーになってくる。
やがて路地を1本入ると,「和食」という文字が入る。しかし,何となく素直に入る気にもなれず優柔不断になってくる。さらにさまよっていると,今度は「香川鮨」という店がある。2階に上がって行く店のようだ。食事もできる店のようだし,これ以上さまよっても仕方がない。とりあえず,この店に入ることにしよう。

店内は,私1人だけ。座敷が10畳以上はありそうだが,誰も来そうにない。私は鮨ネタが入ったガラスケース前のカウンターに座る。はて,その店名のとおり,鮨はあるが結構値が張る。つらつらと見ていくと,「香川定食」なんてものがある。何だかよく分からないが,あるいは地元料理の一つも出てくるかもしれない。それを取りあえず注文する。1680円。
後ろの高いところにテレビがついていて,バラエティ番組をやっている。「北朝鮮が〜」なんて言い出したそのとき,島唄が聞こえてきた。はて,随分おちゃらけたバラエティだなと思っていると,今度は,「岡島が〜」なんていう実況みたいなのと同時に聞こえてくる。何だろうと思ったら,ただ単に店の人間が島唄のテープだかを流していただけだったのだ。テレビは野球中継。どうもボーッとしていかん。
間もなく「香川定食」の登場。メインはさしみ2種(赤身・白身)と豚骨。サイドに小鉢で,もずく酢,マカロニサラダ,スパゲティ。プラス味噌汁にお櫃でご飯という感じ。ご飯はお櫃にたっぷり入っていて,いささか多い気もするが,多分何とか入ってしまうだろう。
豚骨は,八丁味噌の味。骨がついているので,スペアリブか。大きさは横5cm×縦3cm×高さ5cmほど。付け合わせでこんにゃくとさといもが入っている。沖縄で似たようなものを食べたとき(「沖縄標準旅」第7回参照)は,付け合わせだけはおでんのような薄味だったが,こっちはすべての具が味噌煮込みとなっている。食べると濃厚でうまい。しょっぱいもの好きとしては,しょうゆ味の照り焼きとは違う,こういう味付けもまたたまらない。

豚骨を食べていると,割烹着を着た主人が,「その豚骨の味,どうですか?」と聞いてきた。顔を見ると,彫りの深い南国の人の顔。芸能人というわけではないが,日テレの「ズームインサタデー」で時々やっている(やっていた?)全国珍グルメの旅コーナーに出てくる,川満聡という男性アナウンサーを,少し細長くして白髪を混じらせた顔。50歳前後だろうか。
  私「うん,うまいですよ」
  主人「そうですか。それはうち独自の味付けなんですよ」
   私「そうなんですか」
   主人「豚骨は,食べたことはあるんですか?」
  私「沖縄で食べたことありますけど,骨付きというのはあ
   まりないですね。あと,味噌っていうのもあまりないで
   す」
  主人「沖縄のほうでは,正月なんかは薄味のものを作る
   ようですね」
出だしはこんな感じだろうか。主人は,語り口まであの川満氏のような感じで,朴訥な感じがする。
   主人「どちらからいらしたんですか?」
  私「東京です」
  主人「はー,そうですかぁ……奄美は初めてですか?」
  私「はい,初めてです」
  主人「どこに行かれたのですか?」
  私「古仁屋のほうです。ホノホシ海岸とか……」
  主人「ああ,なるほどね。古仁屋では観光船には乗られな
    かったんですか?」
  私「あー,乗ってませんねぇ」
  主人「そりゃあ,残念だ。あれはぜひ乗っておくべきだった。
    キレイですよ。海ん中が。私はあれに2回乗りました。あ
   ら,そりゃもったいない。奄美はいつまでいられるの?」
  私「明日までいて,明後日は沖永良部に行きます」
  主人「いやー,じゃあ次回はぜひ乗って頂いて……あ,ちょ
    っと。写真見せてやって。あるでしょ,そこに」
そう言って,店の女性に指示をする。彼女は近くにあるガイドブックを私に手渡してくれる。古仁屋のページをめくると,小さい広告にグラスポートの写真が載っている。それを見せて「これですか?」と聞くと,「そうですね」と言う。

せっかくなので,今度は私から話し出す。
  私「奄美は山が多いんですね」
  主人「そうですね……空港とかがある北のほうは平たいと
    ころもあるんですが,南のほうは山が多いんですね」
  私「実は,嘉徳――元ちとせっていますよね? あの人の
   出身地なんですけど――ってとこに行ってきたんですが,
   海沿いのところで,高いところから随分坂道を下に降り
   ましたよ」
  主人「はあ,元ちとせですか……あの人もすっかり東京で
   有名になったようですね……あのお茶のCMと車のCM
   で聴いたことありますけどねぇ……でも,おかげで奄美
   も結構注目されるようになりましたね」
この主人1人をサンプルに,奄美での元ちとせの認知度を語るのは難しいが,「何だか,地元の島唄歌手が東京でえらい有名になっちゃった」というところではないだろうか。もちろん,プロデビューする以前の奄美時代でも,中学・高校時代から活躍していて,「セントラル楽器」というレコード店のホームページに,1996年当時の彼女の新聞記事がいくつか載っている。
この店ではまた,彼女が昔録音した奄美の島唄のCDも販売しているが,はたしてどのくらい買う人はいるのだろう。本土の認識では「独特の声でポップスを歌う人」で,言葉は悪いが「珍しさ」で見ている部分はあると思う。
また,こういう認識は,BEGINや夏川りみなど,沖縄出身で地元色を強く出しているアーティストには共通しているものと思われる。別にそういう認識を否定するつもりはないし,私自身もそうだから,それはそれでいいと思う(と言うと,「自己正当化」のように取られてしまいそうだが,ホントにそれでいいと思う)。何やかや言っても「売れている」ことに越したことはない。「奄美や沖縄が最近テレビによく出るようになった」と先に書いたが,それは彼らの曲がヒットしたからであることは紛れもない事実なのだ。

再び,話を戻す。
  主人「どこにお勤めでいらっしゃるんですか?」
  私「出版社なんですが(と,ここで主人が「ほう」と言う),給
    料がどうとか,どこの会社でどういう人事制度を入れた,
   とかそういう人事関係の専門の小さい出版社なんです」
  主人「まー……ちょっとお客さんには失礼なことを言ってし
   まうかもしれないですけど……仕事があるだけでもいい
   というか……ね。従業員の方はどれくらいいるんです?」
  私「うーん,アルバイトとか含めれば40人くらいですね」
  主人「それじゃあ,結構こじんまりとしている……あったかい
    感じですね」
  私「そうですね。こないだも,全員参加ってわけじゃないです
    けど,社内で花見なんて,近くの公園でね」
  主人「ほう,それはそれは……でも,あの花見ってのは,席
    取りが大変ですね。あれ見ちゃうと『あ,オレはいいや』っ
   て思っちゃう」
  私「そうみたいですね。実は昼に席を取りに行ったらしいん
    ですけど,初めいい場所だったらしいんですが,最終的
    には端っこのほうに追いやられてしまったよう。
     というのも,出店でおでんを売っているおばちゃんがい
   て,おばちゃんからおでんを幾つ買うかで席が優先され
   てたみたいなんですよ。うちは5皿しか買わなかったよう
   で,他は10皿とか買ってたみたい」
  主人「アハハ,そうなんですか。それはねぇ。いるんですよ
   ね。そういう“主”みたいなのって」
  私「……奄美にも,桜ってのは…あると思うんですけど,ど
   うなんです?」
  主人「そうですね。うん,奄美は沖縄と同じ彼岸桜ね。日本
   で一番早く咲く桜ね。あれは下を向いて咲くんです。普通
   のやつは上を向いて咲くんです。最終的にはさくらんぼも
   なるんですよ。まあ,食べられたもんじゃないんですけど。
     この間も,(市内にある)測候所にある桜を見に行った
   んですけど,さくらんぼがなってたんで一房こっそりとった
   んですけど,えらいにらまれちゃってねぇ。いたんですよ,
   警備の人がね」

さらに話が進む。
  主人「実はね……また,お客さんには大変失礼なことを言
   ってしまうんですけどね。お客さんが入ってきて,なんか
   こう感じたのはね,その…なんていうか『胸を張ったほう
   がいい』って,こう思ったんですよね」
はぁ? さらにとうとうと主人は語り出す。
  主人「あの……これは沖縄から来たお客さんなんですがね。
   その人は奥さんと離婚するとかで,まあその間に休みを
   取って気分転換で奄美に来られたようなんですが,その
   人も,なんか同じような雰囲気だったんですよね。それで
   ね,言ったんですよ。その人にも『胸を張んなさい』って。
   その人とはここで3時間くらい話しましたかね。
     これは,ある大学教授の方も同じことを言っておられた
   んです。その方は外国をいくつも行かれているんですが,
   『総じて言えるのは,外国人と比べても日本人はもっと背
   筋を伸ばすべきだ。胸を張るべきだ』って。その通りだと
   思うんですよね。
     私は……そう生まれも育ちも奄美なんですけどね,こ
   ういう客商売をやって30年になるんですがね,入ってくる
   お客さんを見て『あ,この人はこういう感じなのかな』って
   のがね,なんかこう分かるんですよ」
  私「まあ……その離婚とかに比べれば全然ですけども,実
   は,奄美セントラルホテルに泊まってるんですけど,車を
   ね,駐車場に入れるときにちょっとぶつけちゃったんです
   よね」
  主人「あ,そうなんですか。……まあ,それは保険で直すで
   しょうから大丈夫ですよ。ま,ここにいるときは,そういう
   ことは忘れていただいて」
   私「はあ,そうなんですか」
  主人「あと……これは私の知ってる女性の話なんですけど,
   実は彼女は2回自殺未遂しかけてるんです。で,私電話
   でそのたびに言ったんですよ。『胸を張りなさい。背筋伸
   ばしなさい』ってね。それでまあ,自殺しないで済んだんで
   すがね」
 
さらに話は核心に進む。
  主人「実は,彼女は名古屋にいる男性のところに嫁いだん
   ですが,その旦那さんがすい臓ガンだかで1年半で亡く
   なったそうです。で,旦那さんには4500万円とかいう保険
   がかかっていたようで,それが下りたんですね。
     で,そのお金をどうしようかということになりまして。旦
   那さんの家族ってのがみんな裕福な人ばかりだったよう
   なので,1人で好きに使いなさいって言われたそうなんで
   すね。で,まぁ,彼女が働いていた会社の上司…ま,社
   長さんからも『何かあったら』ってことで,私に相談があっ
   たんです。で,彼女がお兄ちゃん――私のこと,そう呼ん
   でたんですけどね,親しかったもんで――に1000万あげ
   たら,ということだったんだそうです。世話になってるとい
   うことで。でも,私はそんな金は受け取れないですからね。
   断ったんですよ。
     ……ただ,そんなにも大金が入ると人間ってのは心が
   弱くなるみたいですね。ま,彼女は元々心が弱い人間だ
   ったもんで。で,その後彼女とは音信不通みたいになっ
   ちゃったんですがね。……で,どうもその後聞いた話なん
   ですが……彼女は結局自殺してしまったそうですね」
   私「えー,そうなんですか」
   主人「ま……その時,私としてはどうして止められなかった
   んだろうと……ま,そんなこんなでね,お客さんには大変
   失礼だと思ったんですが,入ってこられてなんかこう沖縄
   のお客さんとかみたいなものを感じてしまったんですね」

かれこれ1時間弱も話しただろうか。思わぬところで主人とのとりとめのない会話に,凹んでいたものが少し戻った感じはする。しかし,自殺の話にまでなるほど,私の顔ってそんなにも深刻そうに見えたのだろうか。(第3回につづく)     

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