神奈川県横浜の翻訳会社 D&Hセンター 中国のホットニュース 2005年
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2008年

中国のHotNews(2005年9月〜)

2005年12月号

 

【 上中国の家庭料理 】


      我が家のおもてなし料理
 このところ上海でも冷え込みが激しく、明け方はマイナス2〜3度まで下がり、今朝も外に停めてあった車の窓が凍り付いて刷りガラスのようになっていました。中国では1月1日から12月31日までが会計年度なので、ちょうど今頃は1年の年末であると同時に、会計年度末でもあります。やはりこれから春節(ツンチエ/旧正月)前後にかけては中国でも、友人や親戚が集まって食事をする機会が増えてくるわけです。
 そこで今回もまた食べ物のお話になりますが、上海の家庭料理についてご紹介したいと思います。今でこそ、一般庶民も外食する機会が増えましたが、伝統的にはみんなが集まるのは誰かの家で、というのが普通です。家庭でのおもてなし料理を何にしようかという場合、次のポイントを覚えるとメニューが簡単に組み立てられるそうです。@「冷盤(ロンパン)」A「熱菜(ローツァイ)」B「湯(タン)」C「甜点(ティエンディエン)」D(再び)「熱菜」、E「甜点」。
 それぞれについてご説明しますと、@「冷盤」、つまりオードブルのことで、例えば海?(ハイチォ/くらげ)、皮蛋(ピータン)、白斬鶏(パイザンチ/蒸し鶏)、黄瓜(ホアンクア/きゅうり)の酢の物など、AD「熱菜」は炒め物、揚げ物、煮物、蒸し物などとにかく熱い料理、種類は極めて豊富です。この「熱菜」は「大菜(ターツァイ)」と「小菜(シアオツァイ)」に大別されます。「大菜(ターツァイ)」は言わばメインディッシュに当たり、魚丸ごとや鳥丸ごと(鳥は、鶏とアヒルと鵞鳥が主、時々鳩なども出る)、豚肉のかたまりなどを材料にした格の高い料理のことで、それ以外の「熱菜」は「小菜」になります。もちろんこの季節ですと、前回ご紹介した上海蟹など今では立派な「大菜」ということになるでしょう。もっとも昔は上海蟹も大したご馳走ではなかったそうですが。「小菜」の方は、例えば季節の野菜を豚肉の細切りやむき海老等と組み合わせて炒めればすぐに数種類は出来上がります。B「湯」はご存知、スープのことで、この季節ですと「老鴨湯(ラオヤータン/あひるとサトイモのスープ)」などコクがあって身体が温まります。もちろん他にも色々なスープが考えられますが。
そしてCEの「甜点」、これはデザートのことで、甘い物が中心ですが、小籠包(シアオロンパオ)や蒸餃(チェンチアオ/蒸し餃子)、葱油餅(ツンヨウピン/葱入りお好み焼きのようなもの)等を含む場合もあります。上海人はどうも甘党が多いようで、デザートは料理の中休みに1回と最後に1回出るのが上海式なのだそうです。家庭で作られる「甜点」の種類も豊富です。日本のデザートと似たものとしては「赤豆湯(チトウタン)」、これは白玉ぜんざいのあっさりしたようなもので、冬のデザート、ちなみにこれが夏になると冷やした「緑豆湯(ルートウタン)」に変わります。「赤豆(=あずき)」は漢方で言う「熱」の性質を持ち、「緑豆」は「涼」だからだそうです。このほか、今の季節の温かいデザートには「甜羹(ティエンコン/バナナやみかん、りんごなどと白玉団子を甘く煮た温かいフルーツポンチ)」や「紅棗湯(ホンツァオタン/干し棗、蓮の実、白きくらげ、枸杞の実、干した龍眼の実等をうす甘く煮たもの)」などが一般的で、これは普段でもおやつによく作ります。「南瓜餅(ナンクワピン/かぼちゃを茹でてすりつぶし、もち米の粉と砂糖を混ぜ合わせ、丸めて揚げたもの)」や「湯団(タントゥアン/こし餡や胡麻餡入りの白玉団子を温かく煮たもの)」もあります・・・失礼、個人的な好みから、ついつい「甜点」の話に力が入ってしまいました。


蒸し餃子                


 基本のポイントの話に戻りますと、上海の家庭でのおもてなし料理は、大体この@〜Eを柱に組立て、人数や予算に応じて適宜増やしたり減らしたりすればいいわけです。その時、注意することは、中国では偶数が好まれ、奇数は縁起が良くないとされていますから、@ADは必ず2種類以上、増やす場合は4、6、8・・・の順に増やしていき、奇数は避けなければなりません。できれば「湯」も2回出す方がいいということになります。10人以上集まる場合などは「熱菜」だけで20種類以上、春節などはもっと沢山のご馳走が出ます。ただ、ここにお話ししたのは上海の家庭料理のことで、他の地方へ行けば、また色々と違った食習慣が見られるわけです。
家庭料理に限らず、レストランで料理を注文する時も、大体この基本のポイントを念頭におき、まず「冷盤」を2〜4品(または数種の冷菜が1皿に盛られた「併盤[ピンパン]」を注文すると便利です)、「熱菜」の部分については一緒に食べる人の数を目安に、例えば4人なら4品の「熱菜」を注文、それから「湯」を1品、あとは好みと予算に応じて「甜点」や(上海や浙江省付近であれば)紹興酒を頼めば、相当豪華な食事になることでしょう。

 

 さて、日本から中国へ旅行にいらっしゃる方々はしばしば「中国の人達って毎日あんなにご馳走ばっかり食べてるの?」とお尋ねになりますが、普段はもっと簡単で、夕食でも「四菜一湯(スーツァイイータン)」つまりおかず4品とスープ1品だったり、時にはワンタンだけだったりということも普通です。それに最近は肉や魚より野菜中心の料理が好きだという人も年々増えているようで、我が家の親戚や友人達にも大体その傾向が見られます。
また、ファーストフードの店も若い人を中心に人気を集めており、例えばケンタッキーフライドチキンなどは従来型の店舗だけでなく、今年の秋、上海にドライブスルーの店までオープンしましたが、それが中国全土でなんと1,500軒目のケンタッキーに当たるそうで、このほかマクドナルドやピザハット、モスバーガー、ハーゲンダッツ、スターバックス等等、おなじみのブランドがよく目に付きます。回転寿司や牛丼の店などもけっこう繁盛し、中国の庶民の食生活もどんどん変化しているようです。

          一緒にサンバを!

                                       
上海旧市街区「豫園」付近

 

2005年11月号

 

【 上海蟹の季節 】



我が家の上海蟹
 
秋も深まり菊の花が満開になって、いよいよ上海蟹が一番美味しくなる季節が到来しました。私たちが買った範囲で言えば今年の上海蟹の値段は例年より一割がた安目で、しかも味の方は、ぐっと身が引き締まり、雄も雌も脂が乗っていつもよりさらに美味しいように感じます。この季節我が家では、週に2〜3回蟹が食卓に上ることも珍しくありません。日本の実家へお土産にしたところ、海の蟹よりあっさりし、それでいて足の先まで独特のうまみがあると大好評でした。
 上海蟹の料理で一番有名な店は、王宝和(ワンパオホー)大酒店という256年の歴史を誇るレストランで、上海っ子なら誰でも知っています。そこで蟹のコース料理を注文するとオードブルからデザートまで数々の蟹料理を堪能できますが、日本円に換算すると普通一人1万円前後はかかります。そうした豪華なカニ料理も色々試してはみましたが、やっぱり市場で生きのいいやつを買って来て、家で蒸して食べるのが一番美味しいように思います。買う場所や蟹の大きさによって違いますが、これだと大体数千円出せば、3〜4人で満足いくまで味わうことができるでしょう。


 

 ただその場合忘れてならないのはタレです。必ず鎮江(チンチアン)産の香酢(シアンツ)と呼ばれる黒酢と土生姜だけは欠かせません。香酢に土生姜のみじん切りは必須、好みで紹興酒、醤油、砂糖、ごま油、アサツキのみじん切りを加えてタレを作り、蒸しあがった蟹を熱いうちに一口ごとにこのタレにつけて頂きます。
 なぜ生姜が欠かせないかというと、上海蟹の食性は漢方医学で言う「涼(リャン)」に当たり、ほてりを冷ます働きがあり、生姜の食性は「熱(ロー)」で身体を温める働きがあるためです。蟹を食べ過ぎてお腹を冷やさないようにするために、必ず生姜入りのタレでいただくわけですね。また、蟹を食べた後は柿を食べてはいけません。柿も「涼(リャン)」なので、蟹と柿をいっしょに食べるとお腹が痛くなるからです(試してみたら確かにちょっとお腹が痛くなりました)。
 さて、中華料理の中で「四大菜系(スーターツァイシー)」と呼ばれるのは、四川(スーチュアン)料理、山東(シャントン)料理、揚州(ヤンチョウ)料理、広東(クワントン)料理で、残念ながら上海料理はあまり有名ではありません。唯一有名なのがこの上海蟹ですが、これも「半個上海菜(パンコシャンハイツァイ)」つまり半分だけの上海料理と言われています。というのも上海蟹は上海で獲れるのではなく、お隣の江蘇(チアンス)省にある蘇州(スーチョウ)の近く陽澄湖(ヤンチェンフ)で獲れる蟹を上海へ運び料理したものが正統派の上海蟹だからです。もっとも最近は、陽澄湖(ヤンチェンフ)で育った野性の蟹などまず手に入らず、通常は養殖ものばかりで、他の湖でも盛んに養殖されています。どこで獲れたかによっても、値段はまちまちです。中にはホルモン注射をして大きく育てている場合もあるそうですから、あまり安過ぎる蟹には気をつけた方がいいかも知れません。
 上海蟹にはなんと言っても紹興酒が一番合います。これからの季節は紹興酒を日本酒と同じように人肌程度に燗して、ちびりちびりやりながら足の先までゆっくりと上海蟹を味わう。いやあ応えられませんね!

上海の家庭料理(他の料理を食べ終わってから最後に蟹を食べる方がよい。先に蟹を食べると他の料理の味がわからなくなるから)                  

      

中国で初めて上海蟹を食べた人「巴解(パーシエ)」                          陽澄湖

2005年10月号

 

【 時尚復古(その2−水郷) 】

 

  前回に引き続き「時尚復古(古い伝統的なものへ回帰が流行すること)」にちなんで、さらにお話ししましょう。
中国では「南船北馬」と言われるように、昔は江南地方(長江=揚子江以南の地方)の主な交通手段は船でした。至るところ水路が網の目のように張り巡らされ、家々の裏手は船着場になっていて、そこからどこへでも船で移動できたのです。上海から100キロほどの距離にある蘇州が水の都、東洋のベニスとして有名ではありますが、ほんの四、五十年前までは、上海も含めた江南地方全体が広大な水郷地帯でした。その後、各都市の発展に伴って、そうした水路はどんどん失われて行きましたが、十数年前から水郷ブームが起こり、江蘇省や浙江省、上海などの郊外でまだ残っている小規模な水郷を再開発しようという動きが活発になり、今では上海から1時間〜3時間ほどで行ける水郷が6〜7ヵ所ほど整備され、古くて新しい観光スポットとして人気を集めています。これも「時尚復古」の一例ですね。今年に入ってからも、上海の浦東地区に残っている水郷を新たに何ヶ所か整備しようという計画が上海市政府によって発表され、今後もそうして小さく点々と残された貴重な歴史的遺産を保存する方向で進むようです。

水郷の古い街「朱家角」にて

 

  さて、この水郷ブームの火付け役でもあったのが、前回もお話しした上海で最も有名な視覚芸術家陳(チェン)逸飛(イフェイ)(Chen Yifei)でした。陳逸飛は、もとは名もない画家で、ニューヨークに渡って路上に作品を並べて売っていたのだそうです。ある時、その辺りが大渋滞となり、彼の作品が大型リムジンに乗っていた石油王ハーモン氏の目にとまりました。翌日早速、「路上の作品10点を全て買い取るかわりに今後は一切路上で作品を売らない」という契約が、彼の秘書と陳逸飛の間で交わされたのです。こうして10点の作品は驚くべき高額で買い取られ、ハーモン財団が経営する全米各地の美術館で所蔵されることになりました。
   

上海浦東の水辺を生かした新しい住宅地    

  その数年後の1989年6月4日、学生たちの民主化運動が弾圧されるという天安門事件が起こり、欧米を中心とする世界各国が中国との各方面の交流を断絶した時期がありました。断絶が数ヶ月続いた後、漸く経済交流が再開されることになり、断絶後初めてアメリカからの経済ミッションが北京を訪問することになった時、記念すべきミッションだというので、当時の中国の最高実力者――ケ(トン)小平(シアオピン)氏が高齢をおして接見しました。そのミッションの代表者がハーモン氏で、彼はある油絵をケ小平氏にプレゼントし、「この作品を故郷へお返しします。」と述べたそうです。中国内外の記者団がその場に居合わせたため、この作品は一挙に大変な注目を集めることになり、みんなが争ってそこに描かれた場所を探し出そうとしました。それは周荘(チョウチュアン)という上海近郊の小さい村にかかった石橋の風景で、その絵はハーモン氏が陳さんから買い取ったものでした。
おかげで陳さんの生活は一変し、今年の4月に亡くなる前日まで、中国やアメリカをはじめ各国を飛び回りながら前回ご紹介した「上海新天地」の企画や映画制作その他、幅広い活動を展開することになったのです。また周荘はその後の水郷ブームのさきがけとなりました。

    陳逸飛氏(右側の人)   

 

2005年9月号

 

【 時尚復古 】

 昨日の「新民晩報」(注:上海市民の間で一番よく読まれている新聞。夕刊紙ではあるが、内容は日本の日刊紙のように豊富で多岐にわたる。)にも出ていましたが、中国の古い家具が国際的な家具市場でも人気を集めているそうです。先頃上海で開かれた家具展示会では、欧米人の家具商が昔漢方薬店で使われていた引き出しがたくさんついた箪笥に興味を示すなど、やはりこうしたアンティーク家具が注目を集めました。

数年前から上海では民間で使われてきた伝統的なものを自分の生活や趣味の中に取り入れようという動きが人々の間に広がっています。先日遊びに来た(中国人の)夫の姪(24歳)が「こういうことを『時尚(スーシャン)復古(フークー)』と言うのよ。」と教えてくれました。つまり色々な分野で古い伝統的なものへ回帰が流行しているのだそうです。そう言う彼女の腕には薄緑色の玉石でできたブレスレットがはめられていました。言われてみればこれなど何千年も前の遺跡から発掘された王族の腕輪と全く同じに見えるものですよね。

景泰藍(中国風七宝焼)のブレスレットとキーホルダー

 4年前にできた上海の「新天地(シンティエンティ)」は新しい観光スポットとして平日でも昼間から大勢の人が集まっている所ですが、これも「時尚復古」の一つに数えられるでしょう。ここは1920年代から30年代の上海の街並みを再現し、その中にレストランやカフェ、ブティックなどがテナントとして入っています。店の外のテーブルにも色々な人種の人たちが談笑していて、ふとどこの国に迷い込んだのかと思わせるような一角もあります。

ここのフランス料理店でステーキとワインを楽しんだ日本の友人は、「味とムードは最高だから満足したけど、二人で3万円以上かかったなあ。」と言っていました。それに近い味の料理を、その「新天地」の近くに昔からある「紅房子(ホンファンツ)(赤い家)」という洋食屋で食べると多分1/5ほどの値段で済むはずです。ムードはあまりなく、洗練されているとは言えませんが。この「新天地」は、上海で最も有名な視覚芸術家陳(チェン)逸飛(イフェイ)(Chen Yifei)が、台湾のプロデュース会社と共同で企画開発したもので、彼のブティックもこの中にあります。残念なことに彼は今年4月、新作映画の制作中に肝臓病のため急逝してしまいました。まだ50歳代の半ばでした。

 この陳逸飛を含む上海の芸術家たちが、街の中心部で廃墟となっていたレンガ造りの工場や倉庫をスタジオやギャラリーにする動きもあります。画家の爾冬強(アルトンチアン)(Er Dongqiang)もその一人で、古い倉庫を改造してスタジオ兼ギャラリーにして活動しています。彼はまた上海郊外の青浦(チンプー)で古い農家を買い取りそこで何万点にものぼる民間の家具や道具類等を収集し、民俗資料館として公開し長く保存しようとしているそうです。

上海新天地の一角     

 

 

 

 さて我が家でも部屋に古い家具類を置くようになりました。左の写真は客間の中ですが、この中の絵の両側にかかっている木製透かし彫りは、夫が散歩で通りかかった農家の前に無造作に置かれていたものを譲り受けたものです。これを見つけ譲ってもらおうとその家の奥さんに声をかけると、「だめだめ、それは夕飯の飯炊きの焚き木にするんだから。」と最初は相手にされませんでしたが、何とか説得して売ってもらうことができました。

明代のものと推測される椅子   

 

 我が家は上海の浦東開発区にあり、周囲にはまだ農村が残っています。そこで私たちも、どんどん失われていくこうした古い家具類をなんとか救い出し補修して、再び生活の中で蘇らせていき訪れてくれる友人たちと一緒に鑑賞したいと思っているところです。

  椅子と小テーブル(清代)                                       鏡台と箪笥(清代)
    
ベッド(清代)             食卓と椅子(民国)

 



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