沖縄卒業旅(第6回)

(6)いよいよリベンジ,座間味島
11時38分,フェリー座間味が接岸する。たしか,到着は11時半なので少し遅れての到着だ。タラップがかけられて降りてきたのは20人ほど。その中には,どーゆーわけかチンピラっぽい格好をした兄さんが数人いたが,あれはあれで年齢を聞いたら私よりも年下だったりするのだろうか。ちなみに,フェリーの値段は片道1860円(往復で3540円)だから,安上がりにレジャー旅をしようなんて魂胆だろう。フェリーに向かって左端のほうがスロープになっていて,車が出てこられるようになっているが,1台も出てこなかった。コンテナが1機出てきたような覚えはあるが。
兄さんたちが降りるのを待って,こちらから乗るのは7人だけ。客室に入ると,ガラーンとしていた。3人席は軒並み空席だ。テキトーに座って,間もなくすると出航する。時間は11時47分。わずか2分の遅れとなった。この季節に定時到着・定時出発だと,かなりの待ち時間になるのだろう。ま,夏の混雑時にはこの船内がかなり埋まるのだろうから,そのくらいの時間を見ておいてもいいのだろうが。
再び凪ぎ状態の海上を進む。高速船だとホンの申し訳程度は揺れたりもしたのだが,フェリーだとさすが船体がデカイからか,まったく揺れない……と思っていたら,外への出入口脇に掲示されていた案内図に,このフェリーが“フィンスタビライザ”なる横揺れ低減の構造によって,ほとんど揺れない船体になっている旨が書かれてあった。どっちかに揺れると,もう一方に引き戻そうとする力が働いてそれでバランスが取れるようになっているとか書かれてあったと思う。
10分ほどすると,座間味港へ入港。さっき高速船では反対側に座っていて見られなかったが,何回か写真で見たことがある,クジラのジャンプするようなオブジェが見えた。見ようによっては逆様に突き刺さったように見えなくもない。このオブジェが,ある意味この島の象徴であろう。
――ところで,なぜこの島に来ようと思ったかといえば,それは会社の大先輩の女性がご家族でこの島を訪れて,よかったという話を聞いたからだ。会社では,一応“沖縄に片っ端から行く人間”として扱われていて,だいたい沖縄に行ったことがある人間よりも私のほうがより多くの島に行っているのだが,この島については彼女に先を越された形になった。なので,それもあって来たというのもある。
彼女の話では,海がとてもキレイで,すぐ浅瀬でも“カクレクマノミ”などの熱帯魚を見ることができるそうだ。ちなみに,先輩ご家族は台風のために当初の予定を1日繰り上げざるを得ず,座間味からの帰りの高速船は,揺れに揺れまくってエライ目に遭ったらしい……いずれにせよ,私もこれで座間味島に来ることができたのだ。だから何だと言われても困るのではあるが。

フェリーを降りると,パラパラと出迎えの人がいる。だが,私には当然だがそういう人はいない。何も予約だのをしていないのだ。とりあえず,一度ターミナル内にある観光案内に向かう。一応,カラーの大判の地図は泊港でもらっているが(第4回参照),もっと詳しい地図があればと思ったからである。カウンターにいた若い女性に声をかけると,裏表とも手書きで書かれたA4サイズの地図(以下「A4の地図」とする)をもらった。
ところで,島内には「レンタカー座間味」というレンタカー屋がある。なんでも,坂がかなり多くてキツいという情報があったので,港で看板でも持って“出迎え”でもあったら,あるいは雨でどうしようもなかったら,レンタカーを借りることも考えたが,それらしき姿はなかったし,天気はしぐれてきてはいるが,雨はまだ降っていない。別にレンタサイクルだって,坂を移動することには慣れているし,たとえ上りがキツくても,いつか坂は下るのである。その下り坂を風を切って走る爽快感が,これまた私にとってはクセになっているのである。ということで,今回はレンタサイクルで島内を回ることに決めていた。
ということで,サイクリングを扱っている店があるかを女性に聞くと,赤ボールペンで道を指示してくれた。そして,ターミナルを抜けて真っ直ぐ集落の中を行くと左側にある「みやむら」という一角を,グルグルと丸印をしてくれた。あ,そういや『厳選 沖縄ビーチガイド』(「参考文献一覧」参照)に“宮村商店”って乗っていた。多分,あれのことだな。私も目をつけていた店である……というか,宿に泊まってそこのチャリを借りるということでもない限り,この宮村商店しか一般客向けのレンタサイクル屋はないってところだろう。ある意味“寡占企業”なのかもしれない。
早速,その方向に向かう。道は思いっきり狭い道だ。これまた軽自動車が1台ギリギリ通れる程度しかない。一応はメインストリートの一つっぽいが,完全に路地感覚である。それを100mほど進むと「民宿みやむら/海風」と書かれた店があった。3階建てのレモン色と白を基調としたキレイな建物。2階は「ラ・トゥーク」というレストランになっている。隣はラウンジみたいな一角もある(後で確認したら,別の「レストハウスあさぎ」という民宿の“コミュニティラウンジ”というやつだった)。そして,向かいにはレンタサイクルとレンタバイクがたくさん置かれている。
早速,土産屋の中に入ると,同世代くらいの女性が店番をしていた。小さくてシンプルな店だ。早速,レンタサイクルを借りたい旨を告げると,帳簿に名前を記載させられる。そして「1時間で500円,4時間まで1000円です」と言われる。現在の時間は12時10分。高速船の時間は16時20分なので,ひとまずは4時間で借りることにして,1000円を払う。
彼女がレンタサイクルを置いてあるスペースまで出てきてくれた。ちょうど,周囲で数人のガキが戯れていたが,テキトーに蹴散らして…もとい追い払った(って,別にガキには何の罪もないのだが)。多分,知っている近所の子どもなのか。マウンテンバイクと“ママチャリ”と2種類あって,好きに選んでいいと言われる。私は後者を選んだ。理由は簡単。前者には乗ったことがないからだ。単なる“乗らず嫌い”かもしれないが……で,選んだママチャリだが,ちょいとサドルが高いような気もしないでもないが,ま,いいか。とりあえずは出発することにしよう。

@プラプラと(?)サイクリング
さて,座間味島では二つのビーチを見ようと思っている。この中心部から西に行った阿真(あま)ビーチと,逆に東に行った古座間味(ふるざまみ)ビーチである。上述の先輩がどっちかをいいビーチと絶賛していたからだが,私は1人という“機動性”を利用して両方とも見てやる……って,別に誰と競っているわけでもないのに,どこかヘンである。距離的には古座間味ビーチのほうが近いようなので,とりあえずは西に向かって進み,そのまま北へ向かう一周道路を回り,古座間味ビーチに行ってここに戻るルートにしようか。
だが,その前に腹ごしらえをしたい。とりあえず,海岸沿いの道から横長の建物をはさんで1本中に入った道を西へ行く。事前に調べていたところ,いくつかシャレた店があったのだが,あいかわらず何か地図やガイドを持ってきていないので,いつも行き当たりばったりな店探しとなる。できることならどっかの店で落ちついて食べたいが,はて見つかるのだろうか。
やがて,右側に「パーラー座間味」というお店を見つける。フツーの地元商店っぽい建物で,軒下には1段上がって白いプラスティックのテーブルが二つある。どうやら,ファーストフード感覚の店らしい。売っているものも,ハンバーガーだの天ぷらだのタコライスとお手軽品である。日曜日の午後だが,旅人らしき女性が1人何かを買っているようだが,それ以外は周囲は静かで人は誰もいない。
はて,ここで買い食いするのも何だかなーと思って,ちょっと先に進んでみると,名前は忘れたがレストランらしき看板があった。しかし,周囲を見渡してもどうにもレストランや食堂らしき建物はない。仕方ないといっては失礼だが,戻ってこの「パーラー座間味」でメシを買うことにしよう。網戸になっている小窓から中をのぞくと,調理場らしきスペースでオバちゃんがくつろいでいた。シーズンでもない限り,日曜日の午後はこんな感じでヒマなのかもしれない。
さあ,何を食おうか。ファーストフードだし,これから移動してどっかの場所でテキトーに食べることを考えると,できれば持ち帰りが簡単そうなのがいい。となればタコライスは,もしかして容器に入れてくれるのかもしれないが,簡単には食べられそうにない。ハンバーガーはここ座間味まで来て食べる代物でもない……となれば,あとは天ぷらくらいだろうか。本土のそれと違って,おやつ感覚はたまたスナック感覚と言われるここ沖縄の天ぷらを食べてみるのも面白い。
見れば,その天ぷらは目の前の保温器にたくさん入っている。種類は「紅芋」「野菜」「魚」の3種類。1個50円とは,子どもの駄菓子張りの安さだ。それらを1個ずつ買う。さすがにこれだけでは足りないから,おにぎりも購入する。こちらは2個入りで200円。普通,おかずのほうがご飯よりも価格が高いと思うが,なぜかおかずのほうが安かった。しめて350円である。うーん,安いぜ。
実は初め,オバちゃんに450円と言われ,こちらも「なるほど」と疑いもせずに渡してしまったが,後で「すいません,余計にもらっていました」と返された。こんな安い昼飯もなかなか面白いし,記念になってよいが,本土でこれだけの量を買えば450円どころか,550円くらいしたっておかしくない。本土にいる者の金銭感覚にふと気づかされると同時に,改めて沖縄の物価の安さに驚いたエピソードだ。
さあ,一通り買ったのでこれにて出発と思ったのだが,目の前には白いテーブルがある。誰もここに座りそうな気配はないが,置かれているからにはここで食べても文句は言われないであろう。ということで,このままテーブルで昼食とする。茶色くていかにも揚げ物を入れるようなペラペラの袋を破ると,保温器でほどよく温かくなった天ぷらが出てくる。見た目はどこにでもある総菜屋の天ぷらだ。おにぎりは3辺が4cmの正三角形のおにぎりで,中身は梅おかかと油味噌であった。
すると,さっきのオバちゃんが「そちらで食べられますか?」と,網戸を開けて私に声をかけてきてくれた。私が「ええ,そうすることにします」と答えると,「それじゃあ,お茶を出しますので」と言ってくれた。おお,ペットボトルのお茶を持ってきているとはいえ,すっかり温くなっている。こんな地元の店ならではの,でもちょっと子どもじみたようなサービスがどこかうれしい。そして間もなく,細長いグラスに冷えたさんぴん茶が注がれて出てくる。こういう1杯が,これまた美味かったりするのだ。
天ぷらは「野菜」がいわゆる“かきあげ”で,ニンジン・ニラに何かの魚のすり身が入っている。普通の天ぷらと比べると,もっちり感が大きい。「魚」は何か白身の魚で,「紅芋」はそのまま紅芋であるが,いずれも衣がもっちりしているのだ。それ以外は本土で食べるのと同じ味である。天ぷらのようにサクッと揚げるわけでもなく,フライのようにカラッと揚げるわけでもなく,考え様によっては素人が作る揚げ物って感じがしないでもないが,このモッチリしたのがどうやら沖縄風天ぷらというものらしい。
網戸越しにラジオが聞こえてくる。どうやら沖縄周辺の特集でもしているようだ。そして,テーブルの下では,白と黒のシャム猫が2匹,こちらを凝視しては,しばらくすると足元をモゾモゾと移動していく。その眼差しはいかにも物欲しげだが,左にある壁を見ると「猫に餌を与えないでください」「猫に口移ししないでください」「猫に触った箸でご飯を食べないでください」などという注意書きが貼られてある。やっぱり,こういう(多分)野良猫にメシをあげる輩はどこにでもいるのだろう。それにしても「口移し」というのは,どんなに猫が好きなヤツがいるかもしれないとはいえ,どーゆー神経をしているのだろうか。
ま,こちらはメシをあげるつもりは毛頭ないのであるが,不覚にもこぼしてしまわないかと不安になる。それを食べてしまい,餌を与えていると勘違いされては困るのだ。でも,何とかこぼさずにかきこんで昼食を終了する。ちなみに,この間誰かが来ることはなかったが,狭い道でチャリを横付けしているところを軽自動車が超スレスレで通過していった。なかなか器用であるが,こんな狭い道を通過していくくらいなら,建物をはさんで海沿いの広い道を走ったほうがいいような気はする。

再びチャリを漕ぎ出す……間もなく“いびぬめー”と呼ばれる御嶽があった。敷地の広さは,だいたい20m×10mくらいか。赤い鳥居のそばに「奉納 海上安全」と書かれた看板があり,7mくらいのアプローチの向こうに,まだ建てたばかりのような紅白の社があった。中は4畳半程度で畳敷き。奥には枝サンゴと岩サンゴに祠と石が置かれてあった。そして,そばには“海上安全”を象徴するかのごとく,赤と黄色,赤と青のサバニが2基置かれている。
このいびぬめーの前にて狭い道は終わった。それと同時に長い建物も終わって,海岸沿いの広い道に吸収される形になる。そのまま海岸沿いの道に出て,早速右手にはENEOSのガソリンスタンドがあった。旧式のスタンド式給油機で,ゴタゴタといろんなものが置かれていて,種類がレギュラーと軽油のみというのは離島ならではの“アイテム”だ。ちなみに「本日休業」である。
そのまま真っすぐ行くと,鬱蒼となった樹木の下に円形の出っ張りが見える。フタのようなものがされているので,堀り井戸をふさいでいるのだろう。今はもちろん水道が通っているのだろうが,それこそ昭和の40年代くらいまでは,井戸兼“井戸端会議場”として使われていたのだろうと思う。傍には小さいながら拝所もあった。
周囲は,いくつもの層になった高さ20mほどの断崖が続く。「古○○代」「新△△期」とか,そんなことは素人なので分からない。その層が走っている感じは,たとえはヘンだが,ケーキの“ミルフィーユ”みたいにキレイであり,どことなくシュールでもある。地質学が好きな人間には,泣いて喜ぶ光景かもしれない。そのたもとには,破風墓が2基と亀甲墓が2基ずつある。岩肌のグレーと黒は「喪」のシンボルカラーってことか,さぞ厳かな雰囲気を醸し出している。
やがて,道がカーブした突端の宇論崎に辿りついた。その一角が芝地となっていて,ポツンと犬の像が立っている。これが「マリリン像」だ。前回最後に触れた映画『マリリンに会いたい』の雌犬・マリリンである。どーゆーわけか,ドライフラワーの首飾りがかけられていたが,ガイドマップに載っているわりにポツンとしている。目の前には,海峡をはさんで恋のお相手・シロが経由してきた無人島の安慶名敷(あげなしく)島,同じく無人島の嘉比(がひ)島が横たわる。
空からは時々細かい水滴が頬に触れる。ありゃ,これは雨が降るのだろうか。それでもそのまま進んで,1回上り坂を上がってまた下ると集落が見えてきた。阿真(あま)区である。アパートが数軒に民宿と商店というシンプルなもの。商店にはブルーシールアイスクリームの旗が掲げられていた。明かりがついているので営業しているようだが,昨日“70kg”という現実を目の当たりにした手前(第4回参照),ここは我慢して通過することにする。アイス,美味いんだろうな。
そして,間もなく大きなロータリーといくつかのウッディなコテージがある場所に出た。防風林の間には海岸に向かって通路があった。看板には「くじらの里 ふれあい広場」と書かれている。何やら,海のほうからかけ声が聞こえている。さっき座間味港で船に乗った人たちの姿を見たが(前回参照),ここでも“練習”が行われているのか。このあたりが行ってみたかった阿真ビーチのようだし,とりあえず海岸を見に行ってみよう。チャリをロータリーに停めることにする。
20〜30mほどの整備された道を進むと,素朴で美しい遠浅のビーチがあった。それが数百mに渡って西に向かって続いている。空が雨が降りそうな曇天であるのが,つくづく残念であるが,それでも喩えるのがウザいくらいにキレイなのはたしかだ。少しアンニュイな表情をした少女……うーん,文学的センスはつくづくないと断言する。防風林は潮風に吹かれて葉っぱがないものも多い。
傍ではちょうど,40〜50人くらいのジャージ姿の学生っぽい男子が,海と砂浜の境目あたりで綱引きをやっていた。周囲にもう少し大人の男性がいるが,彼らは地元の人間に間違いあるまい。顔つきからして中学生くらいかもしれない。何のための綱引きか,つくづく謎だ。それでも大声でどこか真剣なのは,男としての“闘争本能”だろうか。砂浜には白いプラスチックのビーチ用テーブルとイスが置かれている。コテージがそばにあるから,臨海学校でも開いているのか。開くにしちゃ少し時期がズレしているような気もするが……うーん。
浅瀬では,2人ほどがシュノーケリングをしていた。そういや,上記大先輩女性の娘さんは,怖がって海に入らなかったようだが,夏真っ盛りの時期だけに,その女性も言っていたけどもったいなかったと思う。私も海パンか短パンを用意していたら,膝ぐらいの深さまでなら入っているかもしれない。もっとも,いまは素足で入るには冷たいかもしれないが,沖縄の海に行こうと思う時は,捨ててもいいような海パン(と,できればビーチサンダル)を持ってきたほうが,何かと得かもしれないと思う。
ロータリーに戻り,再びサイクリング。平坦なのはこの周辺まで。ここから先はいよいよ山道となり,ひたすら何もない区域に入っていく。あるいは海岸沿いにチャリが走れる道があったのかもしれないが,正規のルートとなると思いっきり内陸に入っていく感じだ。とりあえず,無難そうな内陸への道を辿っていくと,本格的な上り坂となる。岩と道と海と空しか視界に入らない。坂は当然,チャリを押して上がらなければいけないくらいの勾配である。こういうときにチャリの無力さを思い知るわけだが,繰り返すように,いつか坂は下るわけで,その先には“快適な場面”が待っているのである。
やがて,一つ坂を越えると崖の上の茶色い東屋が見えた。座間味最西端の「神の浜展望台」で間違いない。そのあとも小刻みなアップダウンが続いていく。天気はあいかわらずの時雨模様で,思い出したかのようにポツポツと頬をなでる。このままの状態ならばいいのだが,本降りになられてはチャリにした意味がなくなってくる。できるだけ先に進まなくては。

13時過ぎ,いくつか通り過ぎた上り坂の途中に,ぽっかりとある丘の上へ上がるスロープを見つけた。神の浜展望台への入口である。走ってきた道は右に少し上り坂となってカーブしていく。A4の地図を見ると,そちら方面はいくつかの展望台が島の突端に点々とあるようだ。夕陽がキレイだの,クジラが見られるだの,いろいろと書かれている。どこも展望台なんて似たようなものだろうが,とりあえずここの展望台くらいは見ておこうか。
坂はホントにチャリか歩きでしか入れない程度の幅である。でもって,かなり急勾配だ。結構前かがみにならないといけない。多分,チャリを押していく用には作られていないのだろう。歩いて上がるべきだったか。ま,いまさら戻っても仕方ない。そして,間違いなく徒歩でもチャリでも下ってくる輩とは,譲り合いの精神を出し合わなければならないかもしれない。ちょっぴり損した気分になったが,それでも押して上がるほど2分ほどで,頂上に辿り着いた。
立派な木造のログハウス風の東屋は,真ん中に真四角のテーブルがあり,10人ほどがかけられる広さがある。A4の地図には,ここで弁当を広げて食べるのもいいと書かれてあったが,なるほど晴れ上がって爽快だったら,アウトドアなメシの美味さを味わえるだろう。しかし,その天候はというと,スロープを上がっているころから雨が小雨ながらも,断続的に降り出してきている。風も少し出てきた。もっとも,軽く通り抜ける程度で大したことはないのだが,とうとう“生憎の天気”となってしまったようだ。海を眺めると,小船が西に向かってトコトコ走っていた。ホエールウォッチングだろうか。
さあ,ここからどうしようか。折り畳み傘を持ってきてはいるが,これを片手に持ったままで坂道を走るのはムリがある。前カゴに傘をさして荷物をカバーするようにしてみたが,虚しくもすぐに落っこちてしまう。はたまた傘についた“わっか”を,右ハンドル脇のベルにひっかけて,ちょっと身体を前かがみ気味にしてカゴと身体を傘がカバーするようにしてみたが,これもまた途中で傘が落ちたり,勾配がきついからこの態勢を維持して坂を下るには相当の神経を使う。
それでも,何とかスロープの入口に戻ってきた。ここから左に行って“展望台つぶし”をするか,やむなく集落に戻るか。空からの“落としもの”は,なかなか止まりそうにない。上述した爽快さは晴れ上がって気温がある程度あるからこそ発揮されるわけで,雨が降ってしまうとメガネに水滴がかかるのみでマトモに前が見られないし,かえって鬱陶しいだけで逆効果である。雨はホントに小雨程度で,どうしても傘をささなくてはならないほどの強さではない。歩いている分には支障はまったくないのだが,チャリに乗って加速がついてしまえば,「大したことになってしまう」のである。
……ということで,ここは虚しいが集落へ戻ることにする。一度開いた傘はたたんで,必要以上に衣服は濡らさないように,ここまで着てきたセーターは脱ぎ,Tシャツ1枚になる。アタマにはバンダナのようにタオルを巻く。帽子なんかなくたって日よけ兼雨よけには十分である。何かあったときの“念のため用”に持ってきたタオルが,最後の最後で荷物にならずにここで役に立った。そして,このまま一気に下る。気温は20℃くらいだろうか,半袖でもいられる程度あるのが救いだ。もっとも,セーターを着ていてもさして暑く感じない程度の暖かさでしかないのだが。
目にはチクチクと雨粒がかかるが,何とか勾配のある往路を急いで戻っていく。最後の最後で天気にたたられてしまった感じだ。そして,再び戻ってきた“くじら広場”で「わ」ナンバーの軽自動車を見る。中年夫婦が借りているようだ。やれやれ,値段はこちらのほうが“勝ち”でも,選択は中年夫婦の“勝ち”である。どこか「試合に勝って勝負に負けた」感じだ……いや「試合にも勝負にも完全に負けた」ような感覚に陥ってしまう。いまや,チャリは完全に“お荷物”と化してしまった。
私が我慢して通り過ぎた売店では,さっきまで海岸で綱引きをしていたジャージ姿の野郎どもが出てきて,10人ほどでまとまって何やら買い食いをしていた。すでにメシを食っているのだが,彼らの姿がちょっと羨ましい気がした。やっぱり,1人で食うメシよりも,仲間と食うほうがやはり美味く感じるものだろう。たとえ,どこにでもあるような安いジャンクフードだったとしても。
彼らはやがて,集落のほうに数人ずつ固まって歩き出していた。彼らと帰る方向は同じである。私の姿が彼らにはどう映っているのだろうか…って,自意識過剰か。その後もしばらく走り続ける。何だか“モヤモヤ”を紛らわすように,たまにジャージの彼らを抜き去ってみる。これくらいしか,もはやチャリを借りたメリットはなかった。いや“メリット”なんてレベルではなかったかもしれない。
そして,マリリン像の近くにある砂浜で休憩することにした。来るときにちょっと目につけていた“ジャリ浜”があった。名前なんてものはないだろう。神の浜展望台からここまで,かかった時間は20分程度だったか。雨は,再び頬をきまぐれになでる程度まで上がっていた。うーん,少し我慢してでも神の浜展望台で待機すべきだったのか。(第7回につづく)

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