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圓窓五百噺ダイジェスト

(あいうえお順)
鰻屋厩火事おはぎ大好きお花半七・上お花半七・下お見立て音曲長屋火事息子甲府い後生鰻五百羅漢子褒め権兵衛狸三年目三方一両損写経猿洒落番頭十徳銭たれ馬粗忽の釘そば食い地蔵ぞろぞろ幇間腹だくだく茶の湯町内の若い衆鼓が滝道灌錦の袈裟ニ十四孝二番煎じ寝床半分垢武助馬普段の袴ほうじの茶万病円胸の肉妾馬柳田格之進湯屋番留守小坊主六尺棒  


圓窓五百噺ダイジェスト 15 [留守番小坊主(るすばんこぼうず)

 村の大きな寺の和尚が外出するにあたって、小坊主の西念、珍念に「器物を壊すで
はないぞ。菓子鉢の饅頭は食べるでない。あの饅頭の中には鼠退治の毒が入っておる」
ときつく言った。
 留守番を仰せつかった二人は思い切って遊んだ。隠れんぼ、鬼ごっこ、相撲、忍者
ごっこ。それらに飽きると、座布団を小さく畳んで、紐できつく縛って、こいつを蹴
りっこをした。こうして、お寺で物を蹴り合いしたのが、サッカーの元祖だ、という
説がある。釈っ迦ー、というぐらいですから。
 西念の蹴ったのを珍念が手に持って走り出した。西念が後を追っかける。これが、
日本におけるラグビーの始まり。
 布団を投げたとき、皿小鉢の飾ってある棚のほうに飛んでいって、皿に当たって落
として割ってしまった。
「しかたがない。こうなりゃ、同じことだから、お饅頭も食べちまおう」
「でも、毒が入ってるんでしょう?」
「入ってやしないよ。和尚はけちなんだ。人に食べられたくないから、そう言っただ
けなんだ」
 二人は饅頭を残らず食べてしまった。
「これで…、あと、どうすんの…?」
「和尚が帰ってきたら、大きな声で泣いてりゃいいよ。あとは、あたしがなんとかす
るから」
 夕方、和尚が戻ってきた。
 二人が一斉にワーッと泣きだした。
「これこれ。どうしたんじゃ。二人で泣いて。喧嘩でもしたのか」
「そうじゃありません。二人で遊んでて、投げた座布団がぶつかって、和尚さまの大
事している棚の皿を割ってしまったのです」
「だから、出がけにあれほど言っただろう。謝ればすむというもんじゃないぞ」
「ですから、死んでお詫びをしようと、毒入りのお饅頭をみんな食べました」


[留守番小坊主]の関連は、圓窓五百噺付録袋/落語と狂言の交わり/[留守番小坊主]と〔附子〕
2000・6・15 UP




圓窓五百噺ダイジェスト 14 [だくだく]

 貧乏人の八五郎、長屋へ引っ越したはいいが、家財道具が何もない。
 そこで、絵描きの先生に頼んで、壁一面に張った紙の上に家具の絵を描いてもらっ
て、気分だけでもあるつもりになろう、と考えた。
 床の間、箪笥、金庫、長火鉢など、長年、欲しかった物を次々と注文。金庫はちょ
っと開いていて札束がちらっと見えるようにだとか、鉄瓶がチンチン煮立って湯気を
出しているところとか、猫があくびをしているところとか、長押(なげし)に先祖伝
来の槍をとか、絵の注文も変なものが飛び出す。
 出来上がって、八五郎、すっかり新所帯にいるような気分になって床につく。
 その晩、泥棒が忍び込む。その泥棒はそそっかしくて、その上、少々近眼。盗もう
として手に触れると、すべて絵に描いたものとわかって、びっくりするやら、感心を
するやら。
 家の主がそういうつもりなら、こちらも「つもり」でいこうと、仕事を始める。
「まず箪笥の引き出しを開けたつもり」と、声を出しながら絵に描いてある箪笥の引
き出しを開ける仕草をする。
「大きな風呂敷を取り出して十分に広げたつもり」「箪笥の中から結城紬の小袖を一
枚とったつもり」などと、つぎつぎと品物を風呂敷に入れる仕草を繰り返す。
「十分に盗んだつもり」「この風呂敷包みをしばって、こう背負ったつもり」
 と、逃げ出そうとする。
 さっきから目を覚まして泥棒の様子を見ていた八五郎、そのまま見逃すわけにはい
かない、と跳ね起きる。
「長押(なげし)に掛けた槍をおっ取って、リュウリュウとしごいたつもり」と、泥
棒の真似をして、声を出しながら仕草をし始める。
 とどめとして、
「泥棒を目がけて脾腹をブツーリと突いたつもり」
 と、泥棒が脾腹を押さえながら、
「うーん、だくだくっと血が出たつもり」

2000・6・15 UP




 圓窓五百噺ダイジェスト 13 [湯屋番(ゆやばん)

 勘当されて住む所に困った若旦那は、出入りの職人の家の二階に居候の身となった。
 ある日、その家のおかみさんの居候の扱いの悪いのを、その亭主に訴えた。
「飯のよそい方がひどいので、毎日、ひもじい思いをしている」「若いあたしに隣町
ま豆腐を買いにやらせる」などと。
 亭主は苦情を聞いた後、「働いてみる気はないか」と、湯屋への奉公をすすめ、紹
介状を書く。
 若旦那は「こいつはありがたい」とばかりに、その湯屋へ行ってみる。
 ちょうど昼飯時で、番台に座っていた湯屋の主人が「代わりにしばらく、ここに座
っていてくれ」と言って、奥へ入っていく。
 若旦那は奉公初日から憧れの番台に座れたのだが、女湯の方には誰も入っておらず、
逆に男湯はいっぱいという不運。
 しばし、男湯を観察して「あの尻は不ケツ(不潔)」「太った男は役場へ脂肪(死
亡)届け」などと、駄洒落を連発。
 やがて、「粋な年増に惚れられて、うまくことが運ぶ」という空想が始まる。
 若旦那が番台に一人で座って、仕草を交えて妙な声をいろいろ発し、まるで気狂い
の始末に、男湯の客があきれ顔で、これを見物し始める。
 若旦那の空想はまだ止まらない。
「その年増の家の前を通りかかった折り、無理矢理に家の中へ上げさせられて、差す
つ差されつ、二人は酒のやりとり。
 そのうちに、雷を伴った雨が降りだした。落雷で気絶した女を介抱しようと、グッ
と抱き起こす。
 そのあと、口から口への口移しで水を飲ませようてんだが、よわったな、こりゃ」
 空想はまだ続く。
 自分と年増を役者に見立てて、芝居の台詞の調子になる。
若旦那「ご新造。お気がつかれましたか」
 年増「今の水の旨いこと。雷様は怖けれど、私がためには結ぶの神」
若旦那「それなら、今のは空癪(そらじゃく)か」
 年増「うれしゅうござんす、番頭さん」
 と、夢中になってやっていると、いきなり客にポカリと殴られて、「お前が番台で
馬鹿なことをやっているから、俺の下駄がなくなってしまった」という苦情で怒鳴ら
れる。
「それなら、こちらのを履いて行ってください」
「お前の下駄か?」
「いえ。湯に入っている誰かのでしょう」
「その人が困るだろう」
「順々に履かして、終いは裸足で帰します」


[湯屋番]の関連は、窓門会(後援会)/窓門会文庫/噺のような話/No2[湯屋番(ゆやばん)]
[湯屋番]の関連は、圓窓講演紀行/聴衆からのレポート/日出町生涯学習フェスタ
2000.3.2 UP





圓窓五百噺ダイジェスト 12 [お花半七・下(おはなはんしち・げ)

 お花と半七は霊岸島の叔父の粋な計らいで所帯を持ち、両国に小さな小間物屋を開
く。
 ある日、一緒に行く予定だった浅草の観音さまへのお参りが、半七が腹の具合が悪
くなったので、お花は小僧を連れて出かけた。
 雷門まで来ると夕立ち。雨宿りに門下へ駆け込み、小僧に傘をとりにやらせる。
 そのあと、近くに落雷があり、お花は気を失って倒れる。
 そこへやって来たならず者三人が「介抱がてら、いい思いをさせてもらおう」と、
お花を担いで吾妻橋を渡り、多田の薬師の石置き場へ連れ込む。
 傘を持ってきた小僧、雷門にいないご新造(お花)を半狂乱になって捜し回るが見
つからない。それから毎日、大勢で手分けをして捜索を続けたが、わからずに半年。
 いなくなった日を命日として、一年経った。
 その命日。半七は今戸からの帰り、猪牙船に乗り、宮戸川(浅草近辺を流れる隅田
川の別称)を下ることにした。船が桟橋を離れようとすると、船頭の友が「乗せて欲
しい」と言ってきたので、半七は親切に乗せてやった。
 その男に酒の馳走もすると、頼みもしないのに話し出したのが、「一年前、夕立の
中、雷門に倒れていた若い女を三人でいただいた」という一件。「この船を操ってい
る男もその一人よ」と自慢気に物語った。
 びっくりした半七は「その女の亭主はあたしだ。女房の敵」と詰め寄る。が、あべ
こべに、伏せられ首を締められる。
「ウーーン」と苦しんでもがいているときに、「旦那さまッ。旦那さまッ」と小僧に
起こされて気が付くのだが、出かけたお花と小僧が夕立にあってからの話しは夢だっ
たのである。


「傘をとりに帰ってきたら、旦那さんが寝ててうなされてましたので、お起こしいた
しました。」
「ああ……、嫌な夢を見た…。でも、夢でよかった……」
「あたし傘を持って雷門へ戻ります」
「心配だから、あたしが迎えに行くから」
 雨の中を飛び込むように外へ。そのまま走り出すと、両国から蔵前通りを真っ直ぐ
に。しばらく行って、よろけるように左へ曲がると雷門。心配そうに立っているお花
が目に入った。
「お花!」
「あなた!」
抱き合った二人。
「心配だから、迎えに来た」
「ありがとう。で…、傘は?」
「あッ、忘れたッ」


(備考)夢の中だが、お花が手篭めにあったのが、宮戸川を渡った多田の薬師で、一
    年後、半七の乗った船が下ったのが宮戸川。そんなところから、[宮戸川]
    というタイトルを使用することもあるが、今日、[お花半七・上]だけ演っ
    て、[宮戸川]とするのはナンセンスということになる。なぜならば、[お
    花半七・上]には宮戸川は登場しないから。


[お花半七・上]の関連は、圓窓五百噺付録袋/落語の中の古文楽習5古文楽習 教本と問答 その5
[お花半七・上]の梗概は、圓窓五百噺付録袋/圓窓五百噺ダイジェスト/お花半七・上
[お花半七・上][お花半七・下]の関連は、評判の落語会/圓窓系定例落語会/圓窓一門会/客席からの観賞記
2000・7・2 UP




圓窓五百噺ダイジェスト 11 [お花半七・上(おはなはんしち・じょ)

 小網町の半七は将棋を指して帰りが夜中になり、締め出しを食ってしまった。
 隣の家のお花も遅くなったので、家に入れてもらえないでいる。
 半七は霊岸島の叔父を頼って行こうとすると、行き場のないお花はいやがる半七のあと
を付いて来る。
 半七が必死になって断わっても振り切ってもお花は付いて来る。とうとう、叔父の家の
前。とりあえず、半七は戸を叩いて、寝ている叔父を起こす。
 色事の大好きな叔父は、喜んで二人を歓迎して、二階に上げてしまう。
 階下の叔父老夫婦は若い二人を見て興奮したのか、もう何十年も前の自分たちの馴れ初
めの頃のことを思い出しては語り合って、はしゃいでいる。
 二階では、堅物の半七がまだお花を近づけないで、口も利こうともしない。
 折からの雷雨。ピカッーと光った稲妻にお花は「あれー、怖い!」と、半七に抱きつく。
木石ならぬ半七も思わずお花の肩に触れた手に力が入って、ぐっと引き寄せた……。
 お花半七、馴れ初めの一席。
2000.1.10 UP




 圓窓五百噺ダイジェスト 10  [三年目(さんねんめ)


 ある大店(おおだな)の人も羨むほどの仲のいい夫婦。
 女房が大病になり、医者も何人も変え、手を尽くしたが、重くなるばかり。
 ある日、己れの寿命を悟った女房は夫に言った。
「あたしが死んだ後、あなたは後添いを持つでしょう。そうなって、新しい女房をあたし
と同じようにかわいがると思うと、あたしは死に切れません」
「二度と女房は持たない。もし、万一、そうなったとしたら、お前、幽霊になって婚礼の
晩に出て来なさい。そうすれば嫁も驚いて逃げて出すだろう。それが評判になれば、二度
と嫁の来手もなくなるはずだ。どうだい」
「わかりました。そうなったら、幽霊となって出ますから…」
 これで安心したのか、女房は息を引き取った。
 その後、しばらくは独身でいたが、親類から、「やいの、やいの」と言われ、断わり切
れず、とうとう勧められるままに、さる女と婚礼ということになった。
 いよいよ、婚礼の晩。先妻との約束があるから、気が気ではない。しかし、幽霊は現わ
れない。
 翌晩か、と思ったが、やはり出ない。
 次の晩も出ない。
 十日、一月、半年、経っても出ない。
 そのうちに子供もできて、幽霊との約束は忘れるほどの甘い暮らしが続いて、いつしか
三年、経たった。
 三年目の命日の晩。
 後妻は子供とぐっすり寝ている。
 夫は寝付かれず煙草を吸っているところへ、先妻の幽霊が現われた。
「あなたは、後妻をめとって、可愛い子供までこしらえて……、恨めしいお方…」
「お前が婚礼の晩に出てこないからさ」
「そう言われても、あたしには無理でした」
「なにが無理なんだ」
「あたしが死んで納棺のとき、みんなであたしの頭を剃って、坊主にしたのでしょう。そ
の頭じゃ嫌われると思って、髪の伸びるまで待ってましたの」


[三年目]の関連は、窓門の人々/圓窓系定例落語会/保善寺仏笑咄/窓輝の初仕事
2000・1・9 UP





 圓窓五百噺ダイジェスト 9  [鼓が滝(つづみがだき)

 有馬温泉の近くにある鼓が滝へやってきた旅人は、絶景を前にして筆をとり、一首詠ん
だ。
  伝え聞く 鼓が滝へ 来てみれば 沢辺に咲きし たんぽぽの花
 そのあと、松の根方でひと寝入り。
 やがて、目を覚まし、歩きだしたが山道に迷ってしまう。疲れと空腹で、野垂れ死に寸
前、やっと、見つけた人家で粥を馳走になり、命拾いする。
 お礼かたがた、鼓が滝で詠んだ歌を披露すると、その家の三人(じじ・ばば・孫娘)がそ
れぞれ、褒めながら手直しを言い出す。
 内心、腹を立てたが、聞いてみると、
  音に聞く 鼓が滝を 打ち見れば 川辺に咲きし たんぽぽの花
 まさに、歌が生まれ変わった。
「ありがとう存じます。あたしは、もと禁裏北面の武士、名を佐藤左衛門尉矩清(さとう
さひょうえのじょうのりきよ)。二十三歳の折り、飾りを下ろし、名を西行と改め、歌行
脚に出た者にございます」
「おお、西行さんか…。よくぞ、手直しを受けてくれましたな。その素直な心が歌心じゃ」
「はい…。ありがとう、ございます…」
 何度も礼を言っていると、他の男の声…。
「これ、起きなはれッ」
 目を覚ましてみると、なんと、鼓が滝の前ではないか。夢を見ていたのである。
 起こしてくれた山男に夢の話をすると、
「歌詠みは同じような夢を見るようだ。同じ話をよく聞かされる。わしの考えでは、夢の
中の三人は住吉明神、人丸明神、玉津島明神の和歌三神ではなかろうか」
「たとえ夢の中とはいいながら、和歌三神に対し、数々の無礼の段。罰が当たりはしない
だろうか…」
「その心配はいらねぇ。この滝は[鼓]だ。ばち(罰)は、なしじゃ」
2000・1・10 UP




 圓窓五百噺ダイジェスト 8  [写経猿(しゃきょうざる)

 今から千年前の寛平六(八九四)年。
越後の中条にある乙宝寺の行門和尚が毎朝、本堂で法華経をあげていると、裏山から夫婦
の猿がやってきて、聞き入り、昼過ぎ、檀家の衆が集まってきて、写経を始めると、また、
やってきて、その様子をジーッと見ておりました。
 そのうちに木の皮を持ってきて、写経をねだるようになり、そのつど、和尚が書いてや
ると嬉しそうに山に帰った。みんなはそれを木皮経(もくひきょう)、オスを法華(ほけ)
、メスを経(きょう)と呼ぶようになった。
 あれから、二ヶ月ほど経ち、法華経の写経も四の巻の終わり、五の巻にかかる頃、冬に
入って雪が吹雪に変わった。と…、ぷっつりと、夫婦猿が姿を現わさなくなった。
 十日ほどして、和尚は檀家の一人、茂十じいさんを伴って、裏山に捜しに行き、穴の奥
で法華と経は、木皮経をしっかりと握って抱き合って死んでいた。
 和尚と茂十は二匹の亡骸を抱きかかえて山を下り、丁重に葬って供養をし、和尚が木皮
経を握って抱き合った夫婦猿の木像を彫ると、「離れざる」ということで、これが大層な
評判となった。

 あれから、四〇年経った、ある日。
「お写経をさせていただきたく」と、四〇歳前後の旅の夫婦連れがやってきて、本堂で写
経を始めた。
 小僧が二人にお茶を運ぼうと、ひょいと見て、驚いた。二匹の猿が写経をしているでは
ないか。これを聞いて駆け付けた和尚もびっくり。和尚はなぜか、珍念に「他言するな」
と言っただけで、庫裏へ戻った。
 夫婦は毎日必ず来ては写経をして帰ります。四の巻が終わり、五の巻にかかって二人の
手がピタッと止まった。二人は抱き合って体を震わせて泣き出した。
 和尚が問うと、夫は昔を語り始めた。
「われら二人は四〇年前の夫婦猿でございまして、人間に生まれ変わったのでございます。
私は三年前、越後国司に任ぜられ、都より赴任しました藤原子高朝臣にござります。この
お寺のことを知り、伺えたました次第でござりまする」
和尚「雪の日以来、姿を見せなかったが?」
夫「はい。あの雪の日、お寺へ行く途中、妻は足を滑らせて、深手を負い、穴に戻りまし
 たが、飢えと寒さのため、木皮経を握ったまま抱き合って息を引き取りました」
和「それで、今、五の巻で写経の筆も留まったのじゃな。あの折り、抱き合ったあなた方
 を抱えて山を下りましたのが、わしともう一人。もうあの世に逝ってしまったが、今、
 毎日、あなた方の世話をしております、この珍念のじいさんです。
 あなた方お二人、他の者には人間としか見えませんが、縁あるわしと珍念には昔の夫婦
 猿に見えたのじゃ。わしも、三宝のありがたさを改めて知りました。あなた方もこの先、
 法華経の五の巻からのお写経をここでなさいませ」
夫「三年の任期が切れましたので、明日、都へ帰らなければなりません」
和「さようか。では都へ戻って続けなされ」
 本堂を出て参道を歩む二人は振り返り、振り返り、丁寧に何度も何度もお辞儀を繰り返
 した。そのたびに、本堂から手を振る和尚、珍念……。
 境内の鳥たちも名残を惜しんだのでしょう。高い杉の木の上で、コノハズクが、
「ブッ ポウ ソー(仏法僧)」
和「おお。珍念、聞いたか。コノハズクが三宝を唱えて鳴いておる」
珍「和尚さま。向こうの梅の小枝で、ウグイスが」
鴬「ホー、ホケキョウー(法華経)」


[写経猿]の関連ページ、圓窓HPクラブ/乙宝寺若住職逝去
1999・12・25 UP





 圓窓五百噺ダイジェスト 7  [ほうじの茶(ほうじのちゃ)


 
 幇間の一八が若旦那に呼ばれて、お茶屋の座敷へ行く。
「一八。なにか面白いことはないか」
「世にも珍しいお茶をご覧に入れましょう。見たい聞きたいものを念じながら、この茶を
焙じます。それに湯をかけると、湯気が出ます。その湯気の中に念じたものが現れるんで
す」
 一八は若旦那の注文(歌舞伎役者や唄い手)を聞いて、やって見せる。なるほど、湯気
の中に次から次へと現れた。
「若旦那。気に入ったら、五両で買ってくださいな」
「親父に死なれちゃって、今、そんな金はないよ。負けろよ」
「そうはいきませんよ。これしかない品ですから」
掛け合っていると、階下から女中が「下で女将が呼んでますよ」と一八を呼びに来る。
一八が下へ行っている間に、若旦那は考えた。
「おれが買い取って、やってみて、現れなかったら、馬鹿みるね。この間にちょいと試し
てみよう。芸者の三輪に出てきてもらおう」
階下を気にしながら、一八がやった順を真似して、三輪の名を念じ、ぎごちない手つきで
焙じて湯をかけると、現れたのは、なんと、死んだ親父、しかも幽霊姿で。
「倅! お前ほど不孝者はない。四十九日もそうだった、一周忌もそうだ。どこでなにを
してた。顔を出さなかったな。馬鹿ヤロー!」
 若旦那が震えて念仏を唱えているうちに、親父の姿は消えた。
 そこへ戻ってきた、一八。
「どうしました、若旦那」
「試してみたんだよ。三輪に会おうと念じてやったら、死んだ親父が出てきて、『四十九
日、一周忌、どこへ行ってた!』って、怒鳴られた。こんなお茶は買うわけにはいかない
よ」「若旦那。火の上でお茶を充分に(焙じる手振り)やりましたか」
「お前が戻ってくるのが気になって、充分にはやらなかったな」
「それでわかりました。若旦那の法事(焙じ)が足りません」
1999・12・20 UP




圓窓五百噺ダイジェスト 6  [幇間腹(たいこばら)



 いろんな遊びをやり尽くした、大家(たいけ)の若旦那が鍼をやってみようと、道具を
買い込んだ。
 書物を読みながら、壁やら柱やら枕やらに打ってみるが、反応がないので張り合いがな
い。やはり生き物でないと駄目だと、猫に打つ。猫は若旦那の手をひっかいて逃げてしま
う。
 逆らわないものに限ると考え、幇間の一八に打とうと、お茶屋の二階に一八を呼んで「
お前に鍼を打つ」と言い渡す。
 一八は怖くなって断わったが、「羽織に祝儀を付けてやろう」と言われ、しぶしぶ承諾
する。
 一八は「打つ場所は足の踵」とお願いするが、若旦那は「腹に打つ」と言い張るので、
あきらめた一八はこわごわ腹を出す。
 若旦那は喜んで打つたが、一八があまりの痛さに腹をよじったので、鍼が折れてしまう。
若旦那は慌てて迎え鍼を打ったが、鍼はまた折れてしまう。
 流れ出す血も止まらない。さすがの若旦那も青くなり、手に負えないと部屋を逃げ出し
た。
 心配したお茶屋の女将が部屋に上がってきたので、一八は事の顛末を話した。
「馬鹿だね、一八さん。でも、お前もさんざ鳴らした幇間(たいこ)。いくらかにはなっ
たんだろう?」
「いいえ、皮が破れてなりませんでした」

1999・12・20 UP




 圓窓五百噺ダイジェスト 5  [道灌(どうかん)


 八っつぁんが隠居の家を訪ねたとき、床の間の掛け軸の説明を聞いた。太田道灌の鷹狩
の図で、娘が山吹の枝を道灌に差し出している絵である。
「道灌が山吹の里で狩りの途中、雨に会った。雨具を借りようと、一軒の貧しい家に立ち
寄った。その家の娘が『お恥ずかしい』と言いながら山吹の枝を差し出した。これは、雨
具がないので、お貸しできないとの断りを現している場面だ。
 これはずーっと昔、兼明親王(かねあきら・しんのう)が雨具を借りにきた者へ、山吹
の枝を折って与えて帰したことがある。その人があとで『どういう意味ですか』と訊きに
きたので、返事として[七重八重花は咲けども山吹のみの一つだになきぞ悲しき]という
歌を詠んでやった。[実の]と[簑]を掛けて『雨具がございません』ということだ。こ
の故事は[後拾遺和歌集]に載っている。
 それを知っていた娘がとっさのトンチでおこなったことなんだ。
 しかし、道灌にはその古歌も娘の意図もわからない。家来がその説明をすると、道灌は
『余は歌道に暗い』と気づき、その後、歌を懸命に学んで一流の歌人になったんだ」
「あっしも傘を借りに来たやつをその歌で断わるから、紙に書いてくんねぇ」
 八っつあんは、その紙をもらって帰る。
 帰宅すると、うまい具合に雨が降り出した。そこへ、友達が「提灯を貸してくれ」と飛
び込んでくる。
「傘を」ではなく、あてがはずれたが、どうしてもあの歌を使ってみたいので、書いても
らった紙を差し出して、相手に読ませる。
「なんだい、これは。なけりゃ食へ 腹は空けども 鰹節の 味噌ひと樽と 鍋と釜敷…?
これは勝手道具の都々逸か」
「これを知らないところをみると、歌道に暗いな」
「角(歌道)が暗いから、提灯を借りに来た」

1999・11・13 UP




圓窓五百噺ダイジェスト 4  [胸の肉(むねのにく)]

 医者の安藤似蔵はある患者を直すために必要な高額な薬がいるので、五両を借りようと、
噂で知った金貸しの清六を尋ねた。
 清六は「五両では足りなかろう」と無利子で、期限は三ヶ月一七日間として十両を貸し
「返済なき場合には胸の肉を五百匁いただきますよ」と証文を作る。
 期限の七月八日の夜。安藤は「何日か待ってください」と言い訳に来る。清六は「まだ
期限内ですから」と応対は和やかに詰将棋を誘う。安藤も好きとみえて盤を前にして夢中
になる。やがて九つの鐘。途端に清六は強硬に胸の肉の要求をする。そして涙ながらに語
り出す。
「二年前、女房が急に腹痛を起こしたので、名医と聞く安藤を数回に渡って尋ねたが不在。
帰宅すると、女房は苦痛のあまり、包丁で胸を突いて死んでいた。安藤が女房を殺したも
同然。だからこそ胸の肉を五百匁いただきたい」
 そして、ついに奉行所へ訴えに及ぶ。奉行の大岡越前守は清六に「医者に慈悲を施せ」
と諭すが、清六は頑なに「法に則って証文の通りに裁いて」と訴える。奉行もついに「証
文の通り、安藤の胸の肉の五百匁は清六のものである」と判決を下す。
 いよいよ、清六が安藤の胸を切ろうとしたとき、奉行の声が響いた。
「待て。証文によれば[胸の肉、五百匁]だけである。胸の血は与えるわけにはいかん。
一滴でも垂らしたとしたら、そのほうは死罪」
 追い込まれた清六は示談に持ち込もうとしたが、今度は奉行が「法に則る」と撥ね返す。
安藤は「清六に情けをかけてください」と奉行に嘆願する。
 奉行は清六に「あの夜の詰将棋じゃが、十一手目は三二金ではどうじゃ」と盲将棋を持
ち掛け、清六も受けて、二十三手目で詰みとなる。
 そのあと奉行は「期限を三ヶ月と一七日にしたのは、翌日の七月九日は亡き女房の三回
忌で、安藤を詰将棋に誘ったのは九つの鐘を迎えるためであり、直ちに安藤の胸の肉を切
るつもりであったろう」と詰問する。
 清六は泣きながら心底に詫びる。
「よくぞわかってくれたな。白州は恨みを持って肉を捌くところではないということを」
「はいッ。情けを持って人を裁くところでございました」
「うん、よう申した。しかし、この越前、人を裁くのは好まん」
「と、申しますと」
「ほれ。今、そのほうと将棋を指したであろう。詰み(罪)を裁いたのじゃ」
                                

[胸の肉]の高座本は、圓窓五百噺全集/創作落語/演劇落語/胸の肉
[胸の肉]の関連頁は、圓窓HPクラブ/感想・意見・質問/[胸の肉]のキリストと観音の慈悲1
1999・11・13 UP





圓窓五百噺ダイジェスト 3  [ぞろぞろ]

 浅草田圃の中ほどに小さな寂れた稲荷の祠。すぐ近くに流行らない茶店があった。
 ある日、その茶店の主が稲荷をお参りをして帰ってくると、まもなく夕立。
 珍しいことに客が飛び込んできて、雨宿り。雨も上がったので店を出ようとした客が、
道がぬかっているので、主に「草鞋はないかい」と訊いた。
 主は「一年前から一足売れ残って、天井からぶる下がっている草鞋」を薦めた。
「いくらだい?」
「八文です。引き抜いてくださいまし」
 客は八文置いて、草鞋を引き抜いて、履いて店を出て行った。
 と、また客がきて「草鞋をおくれ」。
「一足の草鞋が今しがた売れたところで、もうありません」
「なにを言ってんだい。一足ぶる下がっているじゃねぇか」
「あれ?」
 と思いつつ、売る。
 客は八文置いて、草鞋を引き抜き、履いて店を出て行った。
 と、またもや客。断わると、客は「一足ぶる下がっているじゃねぇか」
 主は「あれ?」と思いつつ、売る。
 よく見ていると、客が草鞋を引き抜いて、履いて出て行くと、天井裏から新しい草鞋が
ゾロゾロッと出てくるのだ。
「こりゃ、稲荷のご利益に違いねぇ」と大喜び。これが評判となって、毎日毎日、えらい
行列。
 と、この店の前に流行らない床屋。ゾロゾロ草鞋のことを聞いて、早速、稲荷へ飛んで
行って、「床屋も草鞋同様、ゾロゾロ繁盛いたしますように」と拝んだ。
 自分の店に戻ってみると、客が待っている。
「急いでいるんだ。髭をやっておくれ」
「ありがてぇ。ご利益覿面だ。この客が帰ると、あとから新しい客がゾロゾロッ。その客
が帰ると、また新しい客がゾロゾロッ。ゾロゾロ、ゾロゾロと客がやってくるなんて、こ
んな嬉しいことはねぇ」
 親方は腕によりをかけて、客の顔をツーッと剃ると、あとから新しい髭がゾロゾロッ。

1999・11・13 UP




圓窓五百噺ダイジェスト 2  [銭たれ馬(ぜにたれうま)]

 汗水流して働くことを好まぬ又蔵は、いつもゴロゴロ、ブラブラしている。
 ある朝、目を覚まして、つくづく考えた。
「銭が欲しいのォ。家にある物は、銭が十文と笊と痩せ馬だけか。よし、これで、な
んとか、銭儲けをしよう」
 笊に十文入れて、痩せ馬を引っ張って、近くの長狭川へやってきた。馬を繋いで、
笊を抱え、川の中に入ると、銭を洗いはじめた。
 それを通りかかった、村の長者が見て、声をかけた。
「なにをしているのだ」
「この痩せ馬が馬糞と一緒に銭をたれるで、その銭を洗ってますのじゃ」
「ホー、珍しい馬じゃな。いくらたれるのじゃ」
「日に五〇文はたれるのじゃ」
 これを聞いた長者は、何度か掛け合って、五両で買い取った。
 その日から、長者は自分の食事も忘れるほど、馬にせっせ、せっせと、飼い葉を与
えた。大豆、小豆から、米まで食わした。
 ところが、何日たっても、馬は馬糞はするのだが、一向に銭をたれない。怒った長
者は股蔵の家へ怒鳴り込んで行った。
「嘘をついたな、又蔵。銭なんぞ、たれねぇぞ」
「飼い葉、やったかの」
「ちゃんとやった。大豆、小豆、米までやったぞ」
「米なんぞやったって、駄目だ。銭をたれる馬だで、小判を食わせなせぇ」

1999・11・13 UP





圓窓五百噺ダイジェスト 1  [おはぎ大好き(おはぎだいすき)]

 その家の姑と嫁は共におはぎが大好きという村中の評判。
 ある日、隣から「おはぎ好きだった爺さんの命日なので、おはぎを作った」と、お裾分
けに大きな重箱にどっさりのおはぎを貰った。
 姑は、嫁が裏の畑で草をむしっているのを幸いに、一人で食べてしまおうと、急いで頬
張って口に運んだ。だが、とても食べ切れないので、なんとか腹ごなしを、と考え、「隣
に線香を上げに行って、故人の話でもすれば、腹ごなしになる。で、帰ってきてから、ま
た食うべぇ」と、隣へ出掛けようとしたが、ふと、不安になった。その間に嫁が畑から戻
ってくれば、重箱を見つけて、おはぎを食うに違いない。そうはさせたくない。
 そこで、姑は重箱のおはぎに呪いをした。「これ、おはぎよ。わしはこれから隣へ行っ
て、お線香を上げてくるで、その間に嫁が帰ってきて重箱の蓋を開けたら、蛙になるだぞ
」。そして、姑は重箱を棚に置くと安心して隣へ。
 ところが、嫁はとうに家へ帰っていて、隣の部屋から婆さんの様子をジーッと見ていた。
嫁は「そんな呪い効くもんか」と、重箱の蓋を開けて、残っているおはぎをきれいに食べ
てしまった。そのあと、田圃へ行って蛙を五、六匹ほど捕まえて、重箱の中に押し込んで
棚に置くと、涼しい顔をして裏の畑に行ってしまった。
 隣から戻ってきた姑が重箱を開けてびっくり。おはぎが蛙になっている。姑は蛙たちに
大きな声で言った。「元のおはぎに戻りなせぇ!」。蛙たちは重箱から跳び出して、ピョ
ン、ピョン、ピョン、ピョン。
 姑はその後を追いながら言った。「あんまり跳ねるな。あんこが落ちるから」
                               
1999・11・13 UP