月刊エッセイ       2/16/2004


ひと転び、全治3カ月半


 おいおい、また骨折話かよ、と思ってるでしょう。私だって、こんな話をえんえんとしたくはありません。でも、今の自分の生活を支配しているのは、とくにキーボードを打つ時、いちばん関係してくるのは、この問題なんですねえ。
 今月12日、病院で再検査を受け、レントゲンを撮ったところ、めでたく手首の骨はくっついているとのこと。くっつく可能性は5分5分で、ダメだったら手術で金属を埋め込むと通告されていただけに、これは慶賀すべきことで、思わず、
「これで、テニスができますね」
 と口走ったところ、医師からは、
「くっついたといっても、まだ骨は薄いから、テニスで衝撃を与えてはいけませんよ。固定具も、まだ付けていてください。あと、ひと月くらいで、テニスもできるようになるんじゃないかな」
 と言われてしまいました。
 テニスでケガをしたのが、昨年12月の初めだから、あと1カ月というと、3月の半ばで、ウーン、全治3カ月半ということになるなあ。ただ、転んだだけなのにねえ……。

 しかし、困りました。固定具が外せないとなると、キーボードを打つのに一苦労するんです。先月と同様、エッセイは休載にしてしまえばいいんだろうけど、あまり安易な方向に流れると、悪い影響も出てくる。
 じつはキーボードが満足に打てないことで、急ぎの短い原稿以外は、ケガを口実にしてずーっとさぼっているという状態が、ここ2カ月ほど続いてるんですよ。原稿打つより、本を読んだり、人と会ったり、コンサートに行ったりするほうが楽しいから、ついつい楽な方に流れてしまう。しかし、私の商売では、今、仕事をさぼっていると、少し後に財政ピンチが訪れる。時間が自由に使えるだけに、フリーランサーにさぼり癖がつくと、実に恐ろしい結果を招くんですね。
 したがって、今回のエッセイ、書きます。しかし、固定具はまだ外せないため、リハビリ・バージョンで、骨折して感じたことなどを書いてみます。

 おさらいをしましょう。テニスでケガをしたのが、12月5日。練習中、前進したところ、山なりの長いボールが返ってきたので、バックして打ち返そうとしました。ノーバウンドで打てばなにも問題がなかったものを、バウンドさせてから打とうと、余計にバックしたところ、あーら、悲しいことに足がもつれて転倒。膝を打ち、利き腕の左手もついたがために手首を強くコートに打ちつけてしまいました。とはいえ、コートは人工芝が敷かれていて柔らかく、転んだ直後は、手のほうだって、軽い痛みを覚える程度だったので、骨折なんて夢にも思っていなかった。
 家に帰る頃、痛みはひどくなったのですが、捻挫だと信じ込んでいたので、〈まあ、2、3日たっても痛みが引かないんなら、医者に行こう〉と考えてました。で、湿布などを貼ったところ、幸か不幸か、時間を追うごとに痛みは弱くなり、こうなれば、医者なんかに行くわけがありません。10日くらいは順調に痛みが引いていったのですが、それからが良くならない。ラケットでボールを打ったりしたならば、ズキンと響きます。ここに至って、ただごとでないことを悟り、近くの整形外科医院に行って、レントゲンを撮ってもらったところ、
「舟状骨が、ポッキリいってますねえ」
 という恐ろしい言葉が返ってきたのでありますよ。
 手首の骨は入り組んでいます。舟状骨というのは、親指の付け根、くるぶしのちょっと上くらいに位置する骨で、転んで手をついた場合、よく折れるんだそうです。ポピュラーな骨折だそうですけど、くっつきにくいことでも定評のある個所で、整形外科のA先生は恐ろしいセリフを吐くのです。
「ギプス完全固定で3カ月。それでも、つくかどうかは保証の限りではありません」
「車の運転なんてのは、できないんでしょうか」
「とんでもない。ハンドルなんて握れるはずがない。くっつかなかったら、手術となって、うちの医院では処置ができませんので、大きな病院に紹介状を書きましょう」
 いやあ、目の前が真っ暗になりました。

 しかし、幸いだったのは、私の友人に隣の隣の市の大病院で整形外科医をしているB先生という強い味方がいたのです。ギプス完全固定3カ月なんて、たまらないと、医院からレントゲン写真を借り出して、隣の隣の市にある病院へと急行しました。
 むろん、舟状骨を骨折しているという診断には変わりがあるはずもありません。しかし、石膏で完全に固めてしまうギプスを3カ月も付けてるなんて、とても耐えられそうもないので、それだけは何とかならないのかと頼みこみました。
「ギプスじゃなくて、スポーツ用のサポーターかなんかで、なんとか手はうてませんか。年末年始で、車の運転もしなくちゃいけないし」
 頼み込む私を哀れに思ったのか、B氏はしばし天井を仰いだあと、
「ま、それでいいでしょう。元気のいい高校生なんかだと、ギプスで固めないといけないし、肉体労働をしてる人だったら、最初から手術して金属スクリューを埋め込むんだけど、本岡さんの場合だったら、おとなしくしててくれるでしょう。車の運転もかまいませんよ。ただし、重い物だけは持たないように」
 だいたい、骨折というものは、折れた場所によって、どうやってもくっつかない場合もある。まあ、おとなしくしていて、くっつく可能性は半分くらいかなあ、と、B氏は続けました。ふむ、半分か。

 自分でも、舟状骨の骨折について、専門書やインターネットで調べてみました。すると、骨折というのは、骨折個所と血管の位置関係によって、くっつくか否かが決まってくるというんですね。血管によって栄養素が運ばれてくるから、骨はくっつくことができる。でも、血管が行っていない位置で折れたんなら、栄養も運ばれてこない。また、骨折個所のズレの大きさによっても、つくつかないの運命が分かれると記されているインターネットのHPもありました。骨折ってのは、奥が深いんだなあ……。

 ギブスは拒否です。しかし、サポーターでは心もとないので、何かいいものはないか探し歩いたところ、お茶の水のミズノで、私のために作ったような器具を見つけました。オーストラリアのラグビー選手などが使う輸入物の固定具で、これを付ければ、親指と手首だけ固定されるだけで、残りの指は自由に動かせます。しかも、取り外し自由だから、入浴の時などは外すことができます。少し高かったけど、ソク購入。
 この固定具をつけて、重いものは持たず、仕事はろくにせず、しかし、車の運転はして、遊びもするという生活を続け、めでたく骨がくっついたというわけですね。

 後から考えると、近くの整形外科医院だけではなく、B先生を訪ねたということは、セカンド・オピニオンを求めたということになります。最近「治療方針について納得が行かない場合は、他の医師にセカンド・オピニオンを求めたほうがいい」と、言われています。私の友人である小児科医のCさんも、
「だいたい医学の教科書どおり症例なんて、ほとんどなくて、患者一人ひとりで、大きく違う。診る医者によっても、診断や治療方針は違ってくることが多い。だから、患者は納得のいくまで、3人でも4人でも、医者を変えて、意見を求めたほうがいい」
 と言っております。
 セカンド・オピニオン、大いにけっこう。でも、専門家である医者の意見が分かれると、素人である患者は当惑してしまいます。結論から言うと、自分で医学書を読んだり、自分の生活状況から判断してベターだと思うほうを、自分で選ぶよりない。最後は、自己責任ということになってくるんですね。
 じつは、今回の骨折だって、ギプス完全固定したほうが、スポーツ用の固定具をつけるより、くっつく可能性は高くなるといいます。もしかすると、私のとった選択では、骨がくっつかなかった可能性もあるんです。でも、「ギプスは嫌だ」と言って、自分で固定具を選んだのですから、文句を言うことはできません。
 セカンド・オピニオン、サード・オピニオンを求めるのは、自分も物事を決めるのが苦手な人には(日本人には多いですね)、けっこう辛いことになるのかもしれません。そんなことを思いました。

 利き手が満足に使えなくなって何を感じたのか、などなど書きたいことは、まだありますが、どうも左手のほうが疲れてきました。ちょっと痛くもなってきたりしてね。やっぱりさぼった報いが出てきて、手が(頭も、かな)ナマってるな。次回は、普通バージョンに戻りたいと思っておりますが、さてさて……。



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