沖縄・ミッションコンプリートへの道(第1回)

(5)ホントのとこは……
日航那覇グランドキャッスルには,18時にチェックインする。中は時間帯もあってか,人の姿が多い。ふと周囲を見ると,玄関脇に特設のテープルが設けられていて,ツアコンらしき男性と女性が座っている。上を見ると茨城は龍ヶ崎の高校の名前。どうやら,ここでも修学旅行生と一緒のようだ。もし
かしたら,我々が「不愉快」と思った彼らかもしれない。大きな紙に,就寝が何時だの朝食が何時だのとスケジュールが書かれているが,私もかつては同様の体験をしたのだ。ちょっと懐かしくなるが,反面,くれぐれも彼らと行動が重ならないようにと願ってしまう。彼ら……いや,ヤツらは束になると無類の暴走をしそうだからな。
中年くらいの従業員が我々3人の荷物を持ってくれて,いざ部屋へ。部屋は9階にあり,窓からは那覇の市街地が一望できる。街灯やら家の明かりやらがついていて,実にキレイな景色だ。ホテルから見たキレイな景色としては,昔,長崎で港近くのホテルに泊まったときに,対岸の稲佐山の住宅の明かりがキレイだったのを鮮明に記憶している。それに匹敵ないし,それ以上の景色である。遠くにはゆいレールが走っているのが分かる。方角としては北側だろう。
部屋に入ってから,テレビをつけてウダウダする。次に我々が取るべき行動は夕飯であるが,どこに行くべきか。国際通りまで足を伸ばすか,はたまたこの近くにあるか。無論,ホテル内にもレストランはあるが,第一値段が高いし,やっぱり地元の食堂・居酒屋で食べたいものだ。
しばらく3人で思案していたが,M氏の知り合いが,友人と那覇に来ているという話を,前もって聞いていた。何でも,その方は今回,那覇に住む友人のところに遊びに行くための訪問で,「沖縄都ホテル」に泊まるそうだ。ホテルは目と鼻の先の距離である。
その方に聞いてみては,ということになり,早速携帯メールでアドバイスを請うてみた。“親指族”ではないというM氏が必死こいてメールをすると,その甲斐あったか,数分して返事が返ってきた。それによれば「あしびなー」という店がオススメと書いてある。場所は,首里城公園近くにある県立芸術大学の前だそうだ。ブラブラと歩きながらその店を目指すことにしよう。

外は時間が19時くらいとあって,すっかり暗い。加えて風がある。私にはとても寒く感じる。念のため持ってきた薄手のジャンパーが思わぬところで役に立った。M氏もH氏も,生地は厚いようだがシャツ1枚である。それでも本土に比べれば10℃近く暖かいのではなかろうか。私は自慢できないが,寒がりでありかつ暑がりである。要は,我慢汚いだけなのだろうが。
しばらく歩いていると,右にライトアップされた首里城が,遠くに赤く鮮やかに浮かび上がる。M氏が早速デジカメを構える。そして「イランのバム遺跡もそうだったけど,結構,名跡は遠くから見て思うものって感じだよね」とのたまう。たしかにそれは言い得て妙であると思う。
さて,そうこうしているうちに,道は首里城を通り過ぎてしまった。運悪くガイドブックを誰も持ってきておらず,はて場所がどこかまったく分からなくなってしまった。H氏が途中で交番を見つけたというので,その交番まで戻る。
交番では30代半ばくらいの警官が1人,夕飯らしき弁当を食べていた。多分,この時間はヒマなのだろう。私は見えなかったが,どうもパソコンをいじくっていたらしい。ドアを開けると,あわててこちらに出向いてくる。中は揚げ物にかかったソースのような匂いがプーンとしてくる。
壁に細かい住宅地図が貼ってあったので,「あしびなー」の場所を早速確認するが,見当たらない。場所的にはこの近辺に間違いなさそうだが,警官に尋ねても分からないという。ったく,一生メシ食ってパソコンいじくってろ。
ひとまず外に出る。来た道を戻っていると,1軒小さい本屋が開いている。ガイドブックにあるかもしれない。奥にあったガイドブックを見てみるが,残念ながらそれらしき店がない。本屋の女性従業員に聞くのもはばかられ,仕方なく外に出ると,2人の姿がない。あわててM氏に電話をかけるが,切れてしまう。はて,困ったと思っていたが,間もなく暗闇からH氏が現れる。どうやら,その間にM氏は先の“知り合い”にメールで確認を取っていたが,私の電話がそれを断ち切ってしまったようだ。
やっぱりここは,本屋の店員に聞いてみるしかないと思い,「すいません,ここの近くの『あしびなー』って店を探しているんですけど,分かりますか?」と聞いてみる。するともう1人の女性従業員と「聞いたことある」なんて会話の後,「あの,その次の角を左に曲がったところだと思いますけど。大学がそこなので」との返答。やはり最後はウチナーンチュに聞くべし。もっともホントにウチナーンチュかは知らないが。
その角を左に曲がると,和風建築のこぢんまりした引戸に看板がかかっている。メニューも貼られているが,よく見ると「琉球茶房 あしびうなぁ」と書かれている。微妙に名称は違うけど,響きは同じだ。そんな完璧に“とある女性”も名前を覚えていたわけではあるまい。メニューも名称らしく,酒の肴というよりも食事を楽しむ感じの店。そして何気に「夜・要予約」なんて書かれている。
とはいえ,もはや空腹は限界に近い。時間もいい加減遅いので,取りあえずは入っていく。中は普通の平屋の家といった感じ。玄関付近は明かりが乏しいが,奥のほうに明かりが見えるから,とりあえずは営業中のようだ。

M氏がサッシのドアを開け,声をかける。しかし聞こえないのか静寂が包む。改めて声をかけると,奥から同世代かやや若い女性が1人やってきた。やっているか聞いてみると,やっているという。H氏が「酒や一品料理みたいなのはあるのか」と本人にとっては大変重要なことを聞くと,「ありますので,中でメニューをご覧になってください」と言われる。やれやれ,ようやっとこれで晩飯にありつける。
中に入って廊下を歩く。右には暗いものの,庭園が見渡せる。灯りはたしかにあるが,煌煌と照らすわけでなく,必要程度の小さな灯りでムードを出している感じだ。どちらかというと,女性が好みそうな店であると思う。
我々3人は,手前の12畳くらいの和室に通される。木の形をそのまま生かした,細長く複雑な形をしたテーブルが三つ四つあるが,経費削減なのか,玄関側の一部は真っ暗。自分の座る席もさして明るいという感じではない。もう少し奥の和室に,中年男性らしき客が数人いるが,客は我々とその1組だけである。
早速,メニューを見ると,改めて食事を楽しむ店であることを知らされる。酒のつまみらしきものは「豆腐よう」「みぬだる」「スーチカー」「若イカの刺身」の4種類しかなく,後はいずれも定食系である。メニューの表紙には,この店のオススメらしき「うなぁ弁当」(1500円)の写真が載っている。全6種類の沖縄料理が,重箱に小分けに入っている。
とりあえず,3人とも「うなぁ弁当」と,H氏が「豆腐よう」「みぬだる」「スーチカー」(いずれも400〜500円),M氏はさらに「牛汁定食」(1500円)というのも注文。M氏は定食を二つ注文することになるので,「ちょっと頼み過ぎじゃないの?」と2人で驚くと,「皆で食べる用だよ」と言う。最近の彼はこういうパターンのメシの頼み方をよくする。いや,これが彼なりの気遣いなのだろう。
そして,H氏がもっとも,私もちょっと重要な酒だが,やはり沖縄といえばオリオンビールと泡盛。オリオンビールのビン1本(600円)は確実に注文。そして泡盛だが,どうやら古酒ばかりで,しかもいずれも高い。一番安いのが,古酒ではないがそれでも一合で1000円(銘柄は忘れた)。泡盛はH氏いわく「後にとっておく」ことにする。
食事を待っていると,冷たい風が入ってくる。戸が開いているのだ。2人は平気そうだが,私は寒いので一度脱いだジャンパーを着てしまう。ちなみに中は禁煙で,H氏がタバコを吸おうとしたら,ちょうど料理を持ってきた女性に,「すいませんが,庭に出て吸っていただけますか」と言われてしまう。さぞ寒かったのではなかろうか。
近くにパンフが置いてあったので見てみると,店にはかつて「美里御殿(んさとうどぅん)」という役人屋敷があったようだ。その跡地に当時の建物と庭園を再現したとのこと。写真では,屋根が赤瓦なので,伝統的な琉球建築の建物である。なお,店名の意味は「遊び庭」の沖縄方言で,元は集落で五穀豊穣の祈願や神に捧げる踊りなどが行われた拝所(うがんじゅ)前の神聖な遊び場を指したそうだ。

さて,最初に持ってきた料理は,「豆腐よう」「みぬだる」「スーチカー」の三つ。「みぬだる」とは,蒸し豚の表面に黒ゴマをまぶしたもの。味もそのような味がする。「スーチカー」もやはり豚肉料理で,こちらは塩漬けにしたもの。キャベツの千切りが下に敷かれているが,それと合わせて食べてちょうどいい味である。そして,言わずと知れた「豆腐よう」とは,島豆腐を泡盛と米麹に漬けたもの。こやつはどこかで食ったことのあるような,独特の舌にしつこく残る味。「イカの塩辛」というのはM氏だが,それともどうも違う味かもしれない。残念ながら,最後まで思い出せなかった。個人的には三つとも初体験の料理で美味かったが,これといって「衝撃的!」という感じではない。「豆腐よう」は,H氏が「後で泡盛といただく」とのことで,少し残しておく。
そして,次にメインディッシュの「うなぁ弁当」。6種類の沖縄料理とは「そうめんチャンプルー」「ゴーヤーチャンプルー」「ラフテーwith大根・ニンジン」に,島味噌とサラダと「沖縄そば」がつくはずだが,「沖縄そば」はどう考えても海草と豆腐のすまし汁「アーサー汁」にしか見えない。しかし,何故か最後まで「沖縄そばはどうしたの?」と聞くことはなかった。ここでは「そうめんチャンプルー」が初体験だったが,普通のそうめんに豚肉の細かいのが少しからんでいただけのもの。で,ジューシーも普通の東京で食べるような炊き込み御飯。まあ,殊更に感動するようなラインナップではない。
最後に,M氏注文の「牛汁定食」が来る。牛肉と大根とニンジンと昆布が薄味のスープで煮込まれているもので,ジューシーと漬物がつく。1500円もするのは,ひとえに牛肉が石垣牛だからと思われるが,少なくとも「質より量」の私には,そんな高級感なぞどこにも感じ取れない普通の牛肉だ。
腹が空いているとあって,ピッチは早い。ただでさえ早食いの私はとっとと「うなぁ弁当」を食べ終えてしまい,チマチマとM氏の「牛汁」や漬物に手をつけたりする。H氏は前回も書いたように,昼の牧志公設市場にて沖縄そばと刺身にジューシーまでご丁寧に食べてしまったという(第1回参照)。なので,「旅先では食欲が増す」という彼も,こちらのジューシーとサラダまでは手付かず。それにM氏と私が食らいつく。後で聞いたら,道中でM氏は「餓えている状態」だったようだ。私もビールが身体に入ってしまうと,目の前に食い物があれば,率先して「残飯処理係」になってしまう人だ。「多すぎる」という予想はどこへやら,すべて完食のうえ,2人とも「ゴーヤーアイス」なるものまで注文してしまう。ちょっと苦いテイストのこのアイス,とっても美味だった。

そして,トドメは泡盛。先述の一合1000円のやつを注文すると,ランプのような容器になみなみと入って出される。ミネラルウォーターが一緒についてきて,水割りにして飲むようだ。試しにH氏が飲んでみると,「これなら飲める」という。酒好きのH氏には意外だったのだが,泡盛が苦手だったようだ。でも,本場の沖縄まで来て「飲まず嫌い」なのもよくないと思って頼んだらしい(ちなみに,M氏は酒がまったく飲めない人間である)。
私も実は,泡盛の舌に残る感じがダメだったのだが,それは決まってストレートでの場合のこと。だって,それ以外の飲み方を知らなかったのだから仕方がない。とりあえず,H氏から分けてもらい,やはり水割りにして飲んでみると,なるほど「これなら飲める」って感覚だ。ウイスキーの水割りに似た感覚だが,麦とは違う,やはり原料の米の味がするような気がする。ホント,アルコールの癖がまったくないので,スッスと入っていきそうな感覚だ。新たに飲める酒の種類が増えて嬉しかったのもあろうか。
閉店は21時なのだが,もう1組の客も見送り,ウダウダしていたら,21時はとうに過ぎてしまう。たまに先ほどの女性や,藍色の作業衣姿の男性がやってくる。男性は多分オーナーだろうか。いい加減,長居なのだが,「ゆっくりしていってください」と声をかけてくれる。それがまた余計に長居させてくれちゃうのである。少し女性と会話をしたのだが,何でも1月いっぱいで改装のため,一時閉店するそうだ。H氏が「大幅に店が変わるんですか?」と聞くと,「基本的には変わらないんですが,厨房を少し大きくして……ただ,オーナーが変わっちゃうんですよね」――結局,21時半まで居座っておいとまする。3人で1万500円とのことで値段もほどよく,なかなか満足のいく時間を過ごせたと思う。
店の女性が玄関まで送ってくれる。そこでもまた話をしたのだが,夜は予約が入らない限りは,基本的には営業しないそう。すなわち,今夜はたまたま先客が予約を入れていたから,我々は幸運にも入れたということだ。
靴を履きながら,ホロ酔い加減の私が彼女に話を振る。
「実は,彼(と言いながら,M氏を指さす)の知り合いに『あしびな
ー』って店がオススメだってことで,やっと探してここの店に来た
んですよー」
すると,彼女からはこんな返答が返ってきた。
「あー,でもこの近くに何かあるみたいですね。『あしびなー』っ
てお店が」(第4回につづく)

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