TeXの10ptとDTPソフトの10ptは違う

ポイント単位の違い

文字の大きさを表すのに「ポイント (pt)」という単位があります。「この部分は10ptの文字で」などと活字を指定するわけですが、実は「ポイント」単位には、英米ポイント、ディドー・ポイント、Postscriptポイントの3種類があり、TeXとDTPソフトの「ポイント」は違っているのです。

英米ポイントは、アメリカの活字業界で伝統的に使われていたもので、1ポイントは0.013837インチ (1インチの72.27分の1) です。1インチは25.4mmなので、ミリメートルに直すと約0.3514mmで、JIS規格でも1ポイントはこの値で定義されています。

ディドー・ポイントはフランスの単位ですが、英米ポイントよりは少し大きめで、1ポイントは0.376mmです。主にヨーロッパで使われているようです。

Postscriptでは…

一方、Postscript言語の「ポイント」は、換算時に端数が出ないように1インチのちょうど72分の1と定められています。これは、英米ポイントとディドー・ポイントの中間に位置することになりますが、換算係数が72という、2でも3でも割り切れる扱いやすい数字なので端数が出にくいという利点があるようです。……って、ミリメートルでは端数が出るのですが(笑)。

たいていのDTPソフトは最終的にPostscriptで処理するので、これらのソフトにはPostscriptポイントが採用されています。一方、TeXは伝統的な英米ポイントを採用しています。両者は微妙な差ではありますが、TeXとDTPソフトで1ptの長さは一致しない (TeXの方が小さい) わけです。

ちなみに、TeXではディドー・ポイントをdd、Postscriptポイントをbp (big point) という単位で表すようになっています。従って、TeXで例えば10bpというように、bp単位を使うとDTPソフトのptと同じ長さということになります。

和文サイズと欧文サイズ

違いはまだあります。ASCII日本語TeX (現在はpTeXと呼ばれています) で10ptの日本語文書を作ると、実際には9.62216ptの文字サイズになるという問題があります。これは英米ポイントでの話なので、Postscriptポイントでいうと約9.58621ptになるということです。なぜこんなことが起こるのでしょうか?

和文の文字は基本的にすべて正方形をしています。従って、文字サイズとは文字の縦の長さでもあり横の長さでもあります。でも欧文はタイプライタ体などを除き、基本的に文字によって幅がバラバラです。「M」は幅広く「i」は狭いですね。従って、通常、文字サイズは活字の縦の長さで考えます。

もちろん縦方向も、「x」に比べると「d」は上に飛び出ていて「p」は下に飛び出ているなどバラバラですが、この上端から下端までの長さを文字サイズと考えます。しかし、この上端から下端までをすべて使い切る文字はアルファベットにはありません。つまり、欧文ではすべての文字は「文字サイズ」より小さいのです。下の図は矢印の長さが文字サイズです。

【欧文・和文それぞれでどの部分が文字サイズかを示した図】

ということは、まったく同じ文字サイズの和文と欧文を並べると、欧文の方が小さく見えることになります。欧文を少し拡大してやるか、和文を少し縮小してやるときれいに揃って見えます。そこで日本語TeXの標準では、10ptを指定すると欧文は指定の10ptのフォントで、和文はその欧文と合うように少し縮小して9.62216ptで組むようになっているのです。

ちなみに、『LaTeX2e美文書作成入門』という有名な本がありますが、この本についているマクロを使うと、和文がさらに0.961倍され、10ptで組むと、和文はPostscriptポイントで約9.21pt (写植の13級相当) になります。このように、TeXで組んだ和文の文字は指定より小さくなります。要は、指定通りにならないという問題があるのです。

DTPソフトでは…

和文と欧文のサイズの違いの問題をDTPソフトではどう解決しているのでしょうか? 実はほとんどの日本語フォントには「従属欧文」と呼ばれる欧文フォントがセットで付いてきて、同じフォント名で使うことができるようになっています。

例えば、「新ゴR」というフォントで「あa」と打った場合、「あ」と打った部分が「新ゴR」になるのは当然として、「a」部分は「新ゴR」の従属欧文になるわけです。そして通常、従属欧文はセットになっている和文と合うようなデザインがされているので、両方10ptにして特に問題が起きません。以下の例を見て下さい。

「新ゴR」と同サイズの従属欧文
【同サイズの従属欧文と混植した印字例】
「新ゴR」と同サイズのcmss17
【同サイズのCMフォントと混植した印字例】
「新ゴR」とその 10% 大きいcmss17
【少し拡大したCMフォントと混植した印字例】

このように、従属欧文を使わずに別の欧文フォントと組み合わせる場合は、欧文フォントを少し大きく (あるいは和文フォントを少し小さく) するときれいになります。日本語TeXは通常、従属欧文は使わず、Computer Modern (CM) フォントという欧文フォントと組み合わせるので、この調整が必要なのです。

ちなみに、一部のDTPソフトでは「合成フォント」という機能があり、欧文と和文を別々のフォントに指定することができますが、調整比率はフォントの組み合わせごとに設定できるようになっています。文字の見かけの大きさはフォントによって異なるので、一定比率で和文を縮小してすべて何とかなるわけではないんですよね。

私の失敗談

以前に私は、とある同人誌に文章を寄稿しました。私は普段TeXしか使っていなかったし、その本はデータ入稿されるということだったので、原稿は普通のテキストメールで送り、文字組みは本の編集の人に任せることにしました。レイアウトやフォントなどの希望を聞かれたので、「じゃあ、10ptの明朝体で」と伝えました。私にはTeXで組んだ10ptの「リュウミンL」フォントが頭にありました。以前に、その組み方で紙原稿を入稿して同人誌を作ったことがありましたし。

さて、本が出来上がってみて驚きました。なんで、こんなに字がでかいんだー!!(笑)

紙原稿は縮小されるがデータ入稿は原寸というところまではわかっていたつもりですが、他のページが全部8ptで組まれている本だったので、余計にでかさが目立ちます。Postscriptポイントの10ptで、しかも今風の大きく見える字体の明朝体フォント。私のページだけ浮いている……(笑)。


渡邉たけし <t-wata@dab.hi-ho.ne.jp>