(注) この物語に登場する人物・団体などはすべて架空のものです。
「今日はまず分詞についてです。この表を見てください。この六つは、動詞の語幹にくっつく接尾辞で『分詞接尾辞』って言いますよ」
種類 | 能動 | 受動 |
---|---|---|
完了 | -int- …… してしまった | -it- …… されてしまった |
進行 | -ant- …… しているところ | -at- …… されているところ |
未然 | -ont- …… しようとしている | -ot- …… されようとしている |
「『完了・進行・未然』っていうのは、その動作や状態が、もう終わってるか、最中か、まだ始まってないかってことです。つづりは過去形・現在形・未来形 (-is / -as / -os) と母音が対応してますね。じゃあ、使い方を見ていきますよ」
「『動詞の語幹+分詞接尾辞+形容詞語尾 (-a)』の順でくっつけた形を『分詞形容詞』って言いますよ。使い方はふつうの形容詞と同じです」
「歌い終わったのか、最中か、まだ歌い始めてないかで、完了・進行・未然を使い分ける感じですね。もちろん、複数形にもなるし、形容詞は名詞の後ろでもいいですよ」
「『これから歌う少女たち』っていうのは、たとえばカラオケで順番待ちしてる子とかかな。歌う直前って意味じゃなくて、この先のいつか歌うって場合でも未然で言えるよ。同じように、とっくに終わってても完了ね」
「あれっ。『読む』なのに受動? 『閉まっている』なのに完了?」
「うん。実は、分詞の能動か受動かは、その分詞が修飾してる名詞を視点に考えるんです。『本』を中心に考えたら、本が読むわけじゃなくて『本は読まれる』ですよね。だからこれは『これから読まれる本』って考えて受動なんです」
「『これから歌う少女』は『少女が歌う』だから能動。『これから読む本』は『本を読む』だから受動。かかってる語がその動詞の主語になるか目的語になるかの違いだって考えてもいいよ」
「それから、とびらは『閉める (fermi)』って動作が済んだから閉まってるのよね。閉めてる最中じゃないよね。だから完了」
「『kunveno (会合)』は前に出てきた合成語ね」
「これも『もう始まってる』ってことは、『始まる』って状況が起こった時刻は過去よね。日本語の『〜ている』は現在や進行とは限らないから、それがいつ起こったことかを考えるのが重要よ」
「『雨が降っている (『降る』は現在進行中)』、『雨がやんでいる (『やむ』が起きたのは過去で、現在は完了済み)』とかね」
「『skribi (書く)』の受動完了分詞ですね。目的語だから対格になってます。これは『手紙』を修飾してるから、手紙から見て『書かれた』で受動ですよ」
「あっ、そうか。主語の『彼女』から見て『書いた』じゃないんだな」
「『venonta』は『veni (来る)』の能動未然分詞で『これから来る』ですね。でも、これに冠詞が付くと『次の』って意味になることが多いです。これから来る月はいっぱいあるけど、その中の特定と言ったら来月……みたいな感覚かな」
「過去・未来は、『存在し終わった』『これから存在する』ってことか」
「分詞形容詞は、動詞の性質も残ってて、目的語や修飾語を付けることもできるんですよ。このときはふつう、名詞の後ろから修飾しますよ」
「『leganta libron (本を読んでる〜)』とかの固まりで形容詞として使えるわけですね。受動のときは、だれにされてるかを前置詞『de』で表せますよ」
「ええっ、そこで『de』を使うのか? 『de』は意味が広すぎるな」
「『de (〜から)』は発生源って考えたら、これも行為の発生源だからね」
「これ全体が目的語になるときは、前の名詞と分詞形容詞が対格、ほかの部分はそのままよ」
「この部分に再帰代名詞を含む場合は、文の主語ではなく、修飾してる名詞を指すという法則があるよ。『Li parolis pri knabino amanta sian fratinon. (彼は自分の妹を愛してる少女の話をした)』の『si』は少女を指すってことね。主語の彼じゃないよ。分詞形容詞 (句) はいつでも修飾してる名詞を主体に考えるってこと」
「形容詞ってことは、そのまま補語にすることもできるんですよ。この場合は主語を形容してるんだから、主語から見て能動か受動かを考えたらいいですね」
「ああ。この固まりのまま、ふつうの形容詞と同じように使えるわけか。主語が複数なら、分詞形容詞が複数形になるんだな」
「うん。動詞 esti の過去・現在・未来と、分詞の完了・進行・未然の組み合わせで、九通りの時間的状況が言えるわけですね。能動・受動を入れたら18通りかな。たとえばこの最後の文は『過去未然』……過去の時点でまだ始まってなかったって感じですね」
「実際は『estu』と組み合わせて『〜されてしまえ』みたいな言い方もありよ」
「じゃあ、この一つ目の文は『現在進行』で……あれっ? この『estas + 進行分詞』って、英語の「is + -ing」……現在進行形の形じゃないか? でも、エスペラントでは進行形とかは使わないって話じゃ……」
「うん。エスペラントでは現在進行中のことでもただの現在形で言えるよ。現在の完了もただの過去形でいいのよ。この形は動作が『進行中』『完了済み』っていう現在の状態を『形容』する文ってわけね」
「英語では完了のときは have を使うけど、エスペラントではあくまで形容詞の補語だから、動詞は esti よ。もう終わってるって意味だから、継続とかの意味はないよ」
「つまり、これは時間的状況をとくにくわしく『形容』したいときだけ使う形ってことですね。エスペラントでは、進行形とかは、ないんじゃなくて、ふだんはあまり使わない大げさな表現って感じなんです」
「さっきの例文の三つめは受動態の形だけど、受動態も英語ほどは使わないよ。代わりに、主語と目的語の語順を入れ換えるとか、『oni』を主語にするとかだけでも、それっぽいニュアンスは出せるからね。接尾辞『-iĝ-』もあるし」
「『動詞の語幹+分詞接尾辞+副詞語尾 (-e)』の形は『分詞副詞』って言いますよ。完了・進行・未然で、『してから / しながら / しようとして』みたいな意味になります」
「この形は『分詞構文』とも言うよ。エスペラントでは主語が違うときは分詞構文にできない (別の主語は付けられない) のよ。だから、分詞副詞は必ずその文の主語の動作を表すよ。能動か受動かも主語から見た形ね」
「本を読み始めた時点から見て、コーヒーを飲むのが終わってたから完了なんですね」
「『Ŝi kantante paŝis. (彼女は歌いながら歩いた)』とか、一語でふつうの副詞のようにも使えるよ」
「『動詞の語幹+分詞接尾辞+名詞語尾 (-o)』の形が『分詞名詞』です。この形はたんなる名詞形じゃなくて、ふつう、そういう動作状態の人を表すんです。そして、分詞名詞には目的語や修飾語は付けられないです。単独の名詞ですね」
「再帰代名詞の対格『sin』は接頭辞のように使うこともあるんだけど、この場合は一、二人称でも『sin-』のままよ」
「あれっ、この一つ目の『esperanto』って……」
「実は、エスペラントで『エスペラント』って言葉は『希望してる人』って意味なんですよ。言語名のときは固有名詞だから大文字で始めますけどね」
「へぇ。『エスペラント』にはそんな意味があったのか」
「あと、『lernanto (生徒)』を形容詞形にしても『生徒の』って意味にはならないで『lernanta (学んでる)』になるから注意してね。形容詞形は分詞形容詞だからね。ほかの分詞名詞も同じよ」
…………。
「前にやった接尾辞『-ist- (従事者)』は職業とかでずっとやってる人を指しましたよね。この分詞名詞は一時的な人でも指せますよ」
「一発屋は作者とは呼べても、作家とは呼べないということか……」
…………。
「『Mi konas ŝin.』なら『私は彼女を知ってます (知り合いです)』の意味ね。『scii (知識で知ってる)』と『koni (体験で知ってる)』は、程度の違いじゃなくて別の状況を表すよ。経験はあるがくわしくない、経験はないが超くわしい、どっちもありえるからね」
「分詞名詞も、その名詞が指してる人から見て能動か受動かを考えるんです。私の愛する人は、その人から見たら私に愛されてる人だから受動ですよ。知人も私に知られてる人で受動ですね」
「うっ。理屈はわかるけど、なんか変な感覚……」
「『konato (知人)』に接尾辞『-iĝ- (〜になる)』が付いて『konatiĝi (知り合いになる)』ですね。主語が不定詞だから補語が副詞形になってますよ。この文を略して『Tre agrable!』だけで『はじめまして』の意味になるんですよ」
「すごい略し方だな」
「次は『もし〜ならば』の言い方をやりますね」
「『Se (A), (B).』か『(B), se (A).』で『もし(A)ならば(B)』の意味になりますよ。それなりの確率で起こりそうなことを仮定するときは、こんなふうに未来形で言えます」
「英語は、未来のことを現在形で言う場合とか、複雑な規則があるけど、エスペラントは未来なら未来形ね」
「それなりの確率で起こりそうなこと?」
「うん。実は、ありえないことを言うときは、動詞の仮定形 (品詞語尾は -us) を使うんです。仮定形を使った文は『仮定法』とも言いますよ。それに対して過去形・現在形・未来形の文を『直説法』って言います」
「過去や現在の事実は変えられないから、そうじゃない場合なんて実際にはありえないですよね。仮定がありえないときは結論もありえないのがふつうだから、たいていの場合は両方の文が仮定形になりますよ」
「ありえる話か、ありえない話かで、動詞を使い分けるってことね」
「つまり……。過去や現在のことを『もし〜だったら』って言う文は、実際にはもうありえないことを言うわけだから仮定形を使う?」
「その言い方はちょっと微妙かな。まだ事実を知らなくてありえると思ってる時点なら、ふつうに過去形や現在形で仮定できるのよ。事実を知ってしまったら、ありえない (事実と違う) 話になるから仮定形ね」
「そうか。相手が食べてるかどうか知らない時点では、ありえる話か。過去形と仮定形は状況が違うんだな」
…………。
「こういう、省略した言い方もできますよ。ありえる話かどうかは主節のほうの動詞で判断ですね」
「『eĉ (〜さえ)』がついてるので『〜の場合でさえ』って感じですね」
「未来のことでも、ほぼありえないことを仮定するときは仮定形を使いますよ。エスペラントの仮定形には過去・現在・未来の区別がないから、いつの時間の話かは、副詞や文脈で判断することになります」
「じゃあ、ここで問題。ある女の子がこれからゲームで勝負するってときに次のセリフを言ったとするよ。このあとの勝敗の確率はどれぐらいだと思う?」
「『kuniri (同行する)』は合成語ね。この文は『あなたが私に勝ってたら、いっしょに行ったのに』でも同じ文になるよ。だから『Se vi estus venkonta min, (これから勝つところだとしたら)』で未来を明示する方法もあるよ。過去なら『estus -inta』ね。でも実際は、いつの話かは副詞や文脈でわかるのがふつうだから、どの時間でもただの仮定形だけでもいいのよ」
「『あなたが勝つ』が仮定形か……。ってことは、ほぼありえないってことだから、『私』がむちゃくちゃ強くて、『あなた』が勝つ確率はほとんどない?」
「ふふっ。ところが、仮定法はそんなに客観的じゃないのよ。仮定法の『ありえない』っていうのは口で言ってるだけで、実際に起こる確率のことじゃないよ」
「……という展開もありえるわけね。つまり、100%起こるとわかってることでも『絶対起こりっこない』って口ぶり (仮定法) で言うときだってあるのよ」
「そんな問題、ありですか? ……でも、そうか。実際に起こる確率は関係なしで、『起こりっこない』って口ぶりで言いたいときが仮定法か」
「そう。そして直説法 (未来形とか) で仮定すると、『起こりそう』とか『五分五分だ』って口ぶりになってしまうってところに注意してね」
「従属節だけの文もありますよ。これは、かなわない願望ですね」
「こんなことを『起こりそう (実現するかも)』って口ぶりで言ったら、危ない人だと思われるよね。だから仮定法よ。妄想と現実の区別を付けるってことね」
「いや、12人の妹なんて願望は『ありえないことだけど』って口ぶりで言ってもやばいような気が……」
…………。
「『povi (できる)』や『devi (しなければならない)』はちょっと注意が必要よ。これを過去形で言うと『だから実行した』って言ってるようなニュアンスになるのよ。『なのにやらなかった』ってニュアンスを出すには仮定形を使うよ」
「へぇ。実際には実現しなかったってことで仮定法なんですね」
「仮定法は、ちょっと遠慮したような、ひかえめな言い方にも使いますよ」
「この違いね。相手の好意を期待するようなときに『したい』って断言するとちょっと厚かましく聞こえるのよ。『無理だったらいいんですけど……』って感じで、実現がむずかしいかのような口ぶりをすると遠慮した感じになるよね」
「そうか。実現がむずかしい口ぶりってことは仮定法。だから、仮定法が遠慮を表すことになるんですね」
「もちろん、自分の夢を語るときに『したい』を仮定法で言うと自信がないみたいになるし、これもどんな口ぶりで言いたいか次第よ」
「最後の文は、命令文を『bonvoli』でていねいにして、疑問文で相手に選択の余地を与えて、仮定法で遠慮したって形ですね。じゃあ、ここで問題です」
エスペラントに訳そう。
…………。
「えっと、正解はこうですね」
「今回は基本の形だな」
(つづく)
次回は学習をお休みにして、挿入話5「意外と似合うね」をお送りします。お楽しみに。