(注) この物語に登場する人物・団体などはすべて架空のものです。
「今日はまず、動詞の不定形 (品詞語尾は -i) の使い方をやりますね。不定形は辞書に載ってる形 (原形) って言ってたけど、もちろん文の中でも使いますよ」
「こんなふうに、ふつうの文から主語を取り除いて、動詞を不定形にしたら『〜すること』の意味になるんです。この形を『不定詞』とも言いますよ」
「えっ。じゃあ、不定形って不定詞になる形って意味だったのか」
「まあ、そんな感じね。エスペラントでは動詞の不定形 (つまり原形) がそのまま不定詞になるのよ。不定詞に主語は付けられないよ」
「こんな感じで、文の中にそのまま入れられますよ」
「『(A)が(B)を終えた』=『(B)が終わった』って関係ね。『fini (終える)』と『finiĝi (終わる)』のような違いは区別するよ」
「不定詞が目的語になっても不定形は変化しない (-n は付かない) ですよ。エスペラントには英語のような動名詞はないから不定詞だけを使うんです」
「じゃあ、次はこんな文です」
「楽器の場合も、特定か不特定かで冠詞を付けてね」
「えっ。この二つ、同じ形?」
「うん。実は、エスペラントには助動詞がないから、こういうのは不定詞を目的語にして言うんです」
「原形が不定詞だから、『動詞+不定詞』と『助動詞+原形』の区別がなくなる、とも考えられるかな」
「『povi』は能力的にできるだけじゃなくて、許可されてるからできるって意味にも使えるよ。つまり『してもいい』ってニュアンスでも使えるってことね」
「こういう動詞は全部同じ言い方になりますよ。さっきの文の『povas』を『devas / volas / bezonas』に置き換えたら『ひかなければならない / ひきたい / ひく必要がある』ですね」
「『devi』は『〜すべきだ』ぐらいのニュアンスで使うこともあるよ」
「『devi』は『〜にちがいない』の意味もあるわけか」
「うん。『しなければ』ってことは『必須(ひっす)』ってことだから、『必ずだ』って意味合いでつながるのかな」
「『devi』の否定文は要注意みたいです。『しなければならない』を『義務がある』の意味だって考えたら、理屈では……」
「そうか。『ne』は直後の語を否定するから、意味が変わるわけか」
「でも実際は、この形には混乱が多いのよ。『しなければならない』の否定文が『禁止』の意味になる言語は多いみたいで、『ne devas』を禁止の意味で使う人も多くて……。だから実際に『不必要』って言いたいときは、『ne devas』は避けて『ne bezonas』って言ったほうが誤解がないよ」
「ああ。『必要がある』の否定なら確実に『必要がない』ってことですね」
「これは直後の語が否定されて、『(A)しないことができない』ってことで『せざるをえない』の意味ですね。『(A)』の部分は不定詞を置きますよ」
「前置詞『por (〜のために)』の後ろに不定詞を置くことができますよ。『〜するために』って意味になります」
「『hodiaŭa』は母音が増えてアクセント位置が変わるよ。『ellitiĝi (起床する)』は前回やった合成ね。『stacidomo (駅舎/駅ビル)』は『stacio (駅)』と『domo (家)』の合成語よ」
「そうか。『(〜すること) のために』で『〜するために』になるんだ」
「そう。……この形の不定詞は、文の主語の動作を表すよ。つまり、電話するのと早く起きたのは同一人物ってことね。逆に言うと、動作主が違うときはこの形では言わないよ」
「『por』のほかにも、『sen』『krom』『anstataŭ』の後ろにも不定詞を置けるよ。『〜せずに』『〜する以外に』『〜する代わりに』って感じね」
…………。
「『kompreneble』は、『理解可能なこと → 当然なこと → もちろん』みたいな発想ね」
「『tro (A) por (B)』は、『(B)するためには(A)すぎる』ってことで、つまり『(A)すぎて(B)できない』ってことですね」
…………。
「『deziri』も不定詞を置いたら『〜したい』の意味になるよ。ほぼ同意語だけど、さっきやった『voli』は意志や意欲で『したい』、この『deziri』は欲望や願望で『したい』って感じ」
「これは前置詞が後ろから、前の相関詞『io (何か)』を修飾してますよ。これ全体が目的語になって、前置詞の前が対格ですね。『名詞 + por + 不定詞』で『〜するための〜』って意味になります」
「直訳したら『食べるための何か』か」
「『食べるための何か ← 何かを食べる』って感じで、前の名詞部分にはふつう、不定詞の目的語になるような語が来るよ」
「これは『欲望 = それを食べること』って感じで、不定詞は前の名詞の内容説明になってるよ。つまり、同じ意味合いの語句を並べて言ってる『同格』の形ね。『〜するという〜』の場合は、抽象名詞の直後に不定詞を置くよ」
「『食べるための欲望』じゃないから『por』は付けないんですね」
「不定詞は主語にもなりますよ」
「あれっ? 『美しい』なら、形容詞だから『bela』じゃないのか?」
「実は、エスペラントでは、不定詞が主語のときは、補語の形容詞は副詞形になるんです」
「ええっ、なんで副詞? それじゃ『愛することは美しく……ある』?」
「そんな変な日本語訳を考えなくていいよ。エスペラントでは、形容詞形と副詞形は別々の単語じゃないのよ。単語の本体は語幹『bel-』よ。それが、名詞や代名詞を形容するとき -a が付き、それ以外 (動詞など) を形容するとき -e が付くって変化をしてただけ」
「形容詞と副詞って言うより、同じ単語の連体形と連用形ってぐらいの関係ね」
「じゃあ、この補語は主語を形容してるわけだから……。そうか。主語が動詞だから、それを形容する形は副詞形ってことか」
「うん。もちろん、この Ami が人の名前なら補語は bela ですけどね」
…………。
「これは後ろの不定詞の部分が主語だから、補語の『重要』が副詞形になってますよ。この主語は文頭に置いてもいいんですけど、長い主語は文の後ろに置くことも多いみたいですね」
「この文は、英語だったら形式主語 (it) を置くとこだけど、エスペラントには形式主語はないよ」
「そうか。語順自由なんだから、たんに主語を後ろに置けばいいだけか」
「『Estas por mi grave lerni Esperanton.』で『私にとっては重要』って意味になるよ」
「形式主語がないってことは、天候とかは主語なしで言うってことです。前にやった時刻を表す文 (『十時半です』とか) も主語がなかったですよね。主語がない文も補語の形容詞は副詞形なんです。動詞一語でも文になりますよ」
「『varma』は『温かい』から『ちょっと熱い』ぐらいまでの範囲の意味があるよ。『すごく熱い』なら『varmega』ね。少し反対で『malvarmeta (すずしい)』とかも言えるよ」
「主語はなんでも省略できるって話じゃないよ。意味のない主語なら付けないってことね。ほかにも『Bone! (いいねぇ/よろしい)』とかの慣用表現も副詞形を使うよ」
「主語がないときも副詞形か……。なんか形容詞は、副詞形のほうが基本形のような気がしてきたな」
「次は命令文です。動詞の命令形 (品詞語尾は -u) を使いますよ。命令文も基本的に語順は自由です」
「『antaŭen』は前置詞の副詞形の方向対格で『前へ』ね」
「あれっ、この最後の文の『vi (あなた)』って呼びかけ?」
「主語ですよ。実はエスペラントでは命令文にも主語が付けられるんです。『主語がそれをすること』を強く望むって感じの意味になりますよ。そして、主語が二人称 (vi) のときには主語を省略できる、って感じなんです」
「『Nanami, venu ĉi tien! (七海、ここへ来て!)』なら主語じゃなくて呼びかけね。主語にした『Nanami venu ĉi tien!』は三人称の主語だから第三者に言う文よ」
「『ni (私たち)』を主語にしたら勧誘表現って感じですね。それから、命令形を疑問文にしたら、話し手の意志を含んだ疑問になるんですよ」
「へぇ。命令形の疑問文ってのがありなのか。この『持つ』は『havi』とは違うのか?」
「それだと『所有』のニュアンスが出るのよ。こんな『持つ』もあるよ」
「同じ『持つ』でも『porti』は持ち運ぶイメージで、『teni』はそのままの状態を保つイメージですね」
「命令文をていねいに言うには『bonvolu + 不定形』を使いますよ。禁止のときは間に『ne』です」
「ここで不定詞か。『ne』は直後の不定詞を否定してるわけだな」
「『bonvoli』は、この合成語の動詞形ね。ご好意をお願いしてるって感じかな。副詞形『bonvole』は『どうぞ』って意味になるよ」
「ていねいな命令は『bonvole (副詞形) + 命令形』の形もあるよ。でも、エスペラントでは『bonvolu (命令形) + 不定形』のほうが一般的な表現ね」
「じゃあ、不定形と命令形をやったから、ついでに未来形もやっとこう」
「未来のことを言うときは未来形 (品詞語尾は -os) ってだけですね」
「あれっ、『来ます』なのか? 未来なら『来るだろう』じゃ……」
「たしかに英語の授業で、未来形の訳には『だろう』や『つもりだ』を付けるって習うよね。でも、あれはたぶん、現在形と訳し分けるテスト問題の都合でそうさせてる面もあるのかも。実際は、『だろう』は推測を表す言葉であって未来じゃないよ。だから、あまりいい習慣じゃないと思う。こんなセリフにも付ける?」
「うっ、これは弱すぎる。……そうか。未来でも断言していいんですね」
「日本語には未来形がないから、終止形のままで未来を表せるよ。逆に言うと、こういう文をエスペラント訳するときは、未来のことなら未来形にしなきゃならないってことね」
「エスペラントの未来形は、時間が未来ってことであって、推測を言う表現じゃないんですよね。時間が未来ならなんでもただの未来形でいいですよ」
「じゃあ、ここで問題です」
エスペラントに訳そう。
…………。
「えっと、正解はこうですね」
「『彼女はしたい』と『するために』の形だな」
「二つ目の文は未来形にしたら、自分がこれからピアノをひくかどうかの予定を相手に聞く文になってしまうね」
(つづく)
次回は第12課「分詞・仮定法」の予定です。お楽しみに。