(注) この物語に登場する人物・団体などはすべて架空のものです。
「今日はまず前置詞の使い方をやりますね。前置詞は『al (〜に)』っていうのを前にやりましたよね」
「『Li iris al la stacio. (彼は駅に行った)』とかだったかな」
「うん。その文の『al la stacio (駅に)』っていう部分は『行った』っていう動詞にかかってますよね。でも前置詞は名詞にかかることもできるんです。そのときは名詞の後ろに前置詞を置きますよ」
「これは、駅は特定だけど道は特定じゃない場合ね。道も特定なら vojo の前にも冠詞が付くよ」
「ああ、前置詞の前と後ろは別々に特定かどうかを考えるんですね」
「で、これ全体が目的語になると、前置詞の前だけが対格 (-n 付き) になるんです。前置詞の後ろはそのままですよ」
「へぇ、全体が目的語でも、前置詞の後ろは対格にならないのか」
「じゃあ次に、意味の広い前置詞『de』についてです」
「『de la』を『de l'』とする短縮形があるけど、ふつうの文ではほとんど使われないよ。発音はくっつけて [del] (デル゜) ね」
「ええっ!? 『〜から』と『〜の』が同じ前置詞? なんだそれ?」
「それ、わたしも最初、不思議に思ってた」
「こう考えてみたら? 『来る』っていう動作の出どころは『駅』だし、『本』の出どころは『少女』……つながる感じわかる? 発生源を表す感じね」
「うーん、なんかだまされたみたいな気分……」
「『(A)の(B)』は『(B) de (A)』って言うんですね。もちろんこれ全体が目的語だったら、前置詞の前の (B) だけ対格ですよ」
「じゃあ、ほかによく使う前置詞を挙げますね」
「これ、英語の前置詞とイコールで結んだらダメですよ。たとえば、英語は『鉛筆で (書く)』と『バスで (行く)』は違う前置詞ってことがありますよね。でも、エスペラントはどっちも手段だから per を使うんです」
「『per』の発音は『パー』じゃないから注意してね」
「ああ、対応関係が違ってるのか」
「日本語ともイコールで結んじゃダメよ。『事故のために遅れた』とかは『ために』でも por じゃないよ。原因だから pro ね。エスペラントの前置詞は意味で使い分けるってこと」
「そう言えば、日本語の『ために』は目的にも原因にも使いますね」
「エスペラントでは、食事は『作る』って言うより『用意する』って言い方をよくするよ。この文の『tagmanĝo』って単語は合成語だけど、わかるかな?」
「……そうか。『tago (日、昼)』と、この新単語『manĝo (食事)』の合成だ」
「うん。さらに品詞の変換が自由だから、『tagmanĝi (昼食を食べる)』なんて動詞形を作ることもできますよ」
「うはぁ。それ、一個の動詞で言えるのか」
「ほかの食事も同じね。あと、この文で重要なのは否定の位置かな」
「はい。『ne por vi』は『por vi (あなたのために)』っていうのが否定されてますね。この文は、動詞『preparis (用意した)』の前に ne を置いたら、用意しなかったって文になってしまいますよ」
「そうか。直後の語が否定されるんだったな」
「前置詞は品詞語尾がないですけど、語幹だけの単語でも品詞語尾を付けて『語幹+品詞語尾』にできるんでしたね」
「えっ、前置詞の副詞形? そんなのがありなのか」
「ありなんですよぉ」
「英語では『with → together』って感じで規則性がないけど、こういうのが全部規則変化になってる感じね」
「強調表現として両方使うこともあるよ。『kune kun vi (あなたといっしょに)』とか」
「次は『接辞(せつじ)』の話ですね。接辞っていうのは、単独ではほとんど使わないけど、ほかの言葉にくっつけて使うような、単語の一部分のことです」
「……って?」
「たとえば、『忘れっぽい』とか『子供っぽい』とかの『っぽい』は、いろんな言葉にくっつきますよね。でも、『っぽい』だけじゃほとんど使わないです」
「そういうのか。『変態っぽい』とかだな。……俺のことじゃないぞ」
「今のはボケたつもりが案外本当だったりしてね」
「あはは。……で、『っぽい』は言葉の後ろにくっつくけど、『超』とかだったら前にくっつきますよね。ほかの言葉の前にくっつく接辞を『接頭辞』って言って、後ろにくっつく接辞を『接尾辞』って言うんです」
「エスペラントにも接辞があるんですよ。まずは単語の前にくっつく接頭辞を紹介しますね」
「どんな単語でも、前に mal- を付けたら正反対の意味になるんです」
「『どんな単語でも』って、好きな単語に付けていいってことか?」
「うん。エスペラントの接辞は意味が通じるかぎり好きな単語に付けられるんですよ。『mal-』は反対語がない単語に付けたら通じないですけどね」
「『ナイフの反対はフォーク』とかはダメよ。対になるものじゃなくて正反対のものね」
「逆に言うと、知らない単語に思えても、mal- を取り除いたら知ってる単語だったら、その反対語って考えたらいいよ」
「否定 (ne) とは意味が違いますよ。mal- だと逆方向って感じですね。『ne malamas (にくんでない)』って表現もできますよ」
「『mal-』に『悪』の意味はないよ。ただの正反対ね」
「ほかに、よく使う接頭辞にはこんなのがありますよ」
「『re-』の発音はローマ字どおり『レ゛』で、『ĉef-』は『チェフ』ですよ。英語にも接頭辞はあるけど、エスペラントでは意味が通じるかぎり好きな単語に付けられるのが特徴なんです」
「『ek-』が付くと瞬間の意味になるから、次の二つの違いは要注意よ」
「いま知ってるなら、知ってる期間は過去と未来をまたぐから現在形。でも、知った瞬間なら過去ね。『いつ』と『いつから』も逆にするとおかしいよ」
「『ek-』が付く動詞のように、一回かぎりの瞬間的な動作は過去と未来をまたがないので、ふつう現在形にならないよ」
「次に、単語の後ろにくっつく接尾辞ですね。でも、エスペラントでは品詞語尾が単語の後ろって決まってるから、接尾辞は語幹と品詞語尾の間に入るんですよ。『語幹+接尾辞+品詞語尾』の形ですよ」
「接尾辞が付いたらアクセントの位置がずれるから注意してね。アクセントはいつも単語の後ろから二番目の母音だったよね」
「接尾辞『-ig-』を付けると『〜にする (させる)』っていう意味の他動詞になりますよ。『-iĝ-』を付けると『〜になる』っていう意味の自動詞になるんです。発音は『ギ』と『ヂ』の違いですね」
「『立ってる状態にさせる』で『立たせる』。『立ってる状態になる』で『立つ』って感じか」
「うん。stari は立ってる状態を表す動詞で、stariĝi はそこへの状態変化を表す動詞って感じね。『-ig-』は使役、『-iĝ-』は自発や受け身のような意味になることも多いよ」
「もちろん語順は自由だから、この順序じゃなくてもいいですよ。『喜んでる+にさせる』、『友達+になる』ですね」
「えっ。……ああ、これ『amiko (友達)』にくっついてるのか」
「うん。合成語のときにも言ったけど、単語を語根 (この場合は amik-) の形で覚えてたら、切れ目が見つかりやすくなりますよ」
「ほかにも、よく使う接尾辞にはこんなのがありますよ」
「これを付けると、大きさや程度が変わる感じですね。好きな単語に付けられるから『belega (超美しい)』とか、いくらでも言えますよ」
「じゃあ、『amikego (大きなお友達)』とか」
「それ、かなり特殊な文化圏でしか通じないような気がするんだけど」
「英語は動詞に -er を付けたら、それをする人や、するための道具の意味になりますよね。でも、エスペラントは人か道具かで別の接尾辞を使うんです」
「うん。でも、『-ist-』は一時的にそれをしてる人とかじゃなくて、職業とかでずっと従事してる人を指すから注意してね」
「これは、集団や構成員を表す接辞ですね」
「『-ebl-』は、その動詞の目的語になれるようなものを表しますよ。あとの二つは、それをするような傾向と、それをするに値するって感じですね」
「『-ec-』はそういう性質を表しますよ。ただの名詞形は『bono (善)』『belo (美)』だから、意味が違います。『-ul-』はそういう性質の人ですね」
「『jo (ヨ)』と『ĵo (ジョ)』の発音の違いに注意してね」
「『-ad-』は継続的動作の意味なんですけど、たんにその動詞の行為を表す名詞になることも多いですよ」
「『lernejo』は『学ぶ+場所』ってことで、学校を『学習所』って言ってるような感覚ね。合成語や接辞は、わりと漢字の熟語に近い感覚があると思うよ」
「そうか。『vendejo (店)』も『販売所』みたいな言い方なんですね」
「あと、vendaĵo (販売物)、vendisto (販売員)、vendilo (販売機) って感じで、一つの語根からどんどん単語ができますね。漢字の熟語みたいです」
「接辞は複数組み合わせることもできますよ」
「えっ、大きい意味の -eg- が付いてるのに『とても小さい』?」
「正反対の mal- が付いてるから、意味が反対方向に大きくなるんです。-et- (小) なら『malgrandeta (ちょっと小さい)』ですよ」
「ああ、mal- はマイナスをかけ算する感覚なんだ」
「あと、接辞が付いたものでも、さらに合成語になるんですよ」
「『naskiĝi (生まれる)』はさっき出てきた『naski (産む)』に接尾辞 -iĝ- が付いたものですね。『naskiĝo (誕生)』って名詞形もありますよ」
「へぇ、-iĝ- は接尾辞なのに、最後は語根の間にはさまれるんだな」
「うん。エスペラントの接辞って、単語の前や後ろにくっつきやすいってだけで、実はただの語根なのよ。だからこれも三つの語根の合成語って考えていいよ」
「ただの語根だから、『ĉefa (主要な)』『ree (ふたたび)』『aĵo (物)』とか品詞語尾まで付けられるんですよね。接辞だけで合成語もできるんですよ」
「じゃあ、今日の問題です。ヒント……食堂は食事の場所ですよね」
エスペラントに訳そう。
…………。
「えっと、特定の食堂だとしたら正解はこうですね」
「そうか。『kun kiu (だれと)』は『前置詞+疑問詞』を文の先頭に置くやつだな。食堂も接辞で言えるのか。二つ目の文は前置詞の前だけ対格だな」
(つづく)
次回は学習をお休みにして、挿入話3「七夕と少女」をお送りします。お楽しみに。