(注) この物語に登場する人物・団体などはすべて架空のものです。
最近の部活は、三人四脚の練習や、数を言う練習 (トランプとも言う) ばっかりだった。沢渡さんにエスペラントを教えてもらうのは久しぶりかもしれない。
「今日は副詞についてやりますよ。語幹に品詞語尾 -e を付けたら副詞になるんでしたね」
「ええっと、『bela (美しい) → bele (美しく)』とかだっけ?」
「うん。そういう副詞を『派生副詞』って言うんです。ほかの品詞から派生した『副詞形』って感じですね。でも実は副詞には、品詞語尾なしで語幹だけで副詞になるものがあるんです。そのままで副詞だから『本来副詞』って言いますよ」
「『本来副詞』は『原形副詞』という人もいるよ」
「じゃあ、実際の文で見てみよう」
「はい。副詞はかかる語の前に置くのが基本なんです」
「これが本来副詞か。そういや、日本語でも『だけ』や『も』の位置で意味が変わるな」
「この最初の文だったら『nur li (彼だけ)』でひと固まりの主語になるわけね。語順自由って話があったけど、この部分はバラせないから注意してね」
「次の例もかかる語の前に置いてますよ」
「この『tre belan knabinon』ってとこを見てください。『tre』に -n が付いてないですね。副詞は形容詞と違って、複数や対格の語にかかっても語尾変化しないんですよ」
「形容詞を名詞の後ろに置くと『la knabinon tre belan』ね」
「ふーん。……でも、これも本来副詞? 『e』で終わってるのに」
「『tre』の『e』は語幹 (語根) の一部で、品詞語尾じゃないんですよ」
「うん。ちょっとまぎらわしいかもしれないけど、本来副詞は決まった個数しかないから別に覚えるしかないかも。全部覚えたら、残りは派生副詞だけよ」
「次はこの単語です。これも『e』で終わってるけど、本来副詞だから、この『e』は語幹 (語根) の一部ですよ」
「この『nei (否定する)』って動詞形?」
「うん。語幹だけの単語でも品詞語尾を付けて『語幹+品詞語尾』の形にできるんでしたよね」
…………。
「否定文はどの文も動詞の前に『ne』を置くだけですよ」
「へぇ。英語と違って、一般動詞かどうかで、わかれてないんだな」
「まあ、エスペラントの動詞は全部が同じ規則変化だから、ある意味、全部が一般動詞というか、一般じゃない動詞なんてないからね」
「『ne』も副詞だから、かかる語の前に置くんですよ」
「『ne』を置いた直後の語だけが否定されて、愛してるって動詞は否定されない感じね。もちろんこれも『ne mi』とかはひと固まりでバラせないよ」
「『Amas vin ne mi.』みたいな語順でも、直後の『mi』を否定してるってことね」
「これも置く位置だけで意味を変えられるんですね」
「副詞は二重に重ねることもできますよ」
「一つ目は『tre (とても (= 程度が大きい))』の否定ですね。だから『程度が大きくない』ってことで『それほどでもない』の意味になりますよ。『ぜんぜん愛してない』ってことじゃないですよ」
「これは文法用語で言うところの『部分否定』って状況ね」
「二つ目は『nur (〜だけ)』の否定だから『だけじゃない (= ほかにも愛してる人がいる)』になりますね。『あなた』を否定してるわけじゃないですよ」
「これは文法用語で言うところの『二股(ふたまた)』って状況だな」
「それは文法用語じゃないって!!」
「まあ、『amas (愛してる)』の意味は広いから、恋愛感情とは限らないけどね」
「次は疑問文ですね」
「どんな文でも、文の頭に『ĉu』を付けるだけで疑問文になるんです。発音は文末を上げ調子で言うといいですよ」
「えっ、それだけでいいのか」
「うん。日本語で文の終わりに『〜か?』を付けるだけで疑問文になるっていうのと同じような感覚ね」
「答え方はたとえばこんな感じです」
「『はい』は『jes』で、『いいえ』はさっきの『ne』を使いますよ」
「あれっ、『Jes』のあとって、質問の文をそのままくりかえすのか?」
「えっ、別にそうじゃなくても……」
「うん。エスペラントには、英語の『Yes, I do.』みたいな決まった答え方はないのよ。だから『Jes / Ne』のあとは、ふつうの文で好きな答え方をすればいいよ。質問の答え方なんていろいろあっていいもんだからね」
「まあ、そう言われたらそうか……」
「『ĉu』を付けたら疑問文ってことは、こんなのもありなんですよ。疑問文って言うより相づちみたいな感じですけど」
「この文では副詞形を使うのがふつうよ。『bela (美しい)』との発音の違いに注意してね」
「おお、なんか万能」
「否定文を疑問文にすることもできますよ」
「答え方に決まりはないんですけど、エスペラントでは、答えが肯定文なら『Jes』、否定文なら『Ne』で答えるのが主流みたいです。愛してるなら『Jes』ですね」
「つまり、英語と同じで、日本語と逆ってことだな」
「うん。否定疑問文を『はい / いいえ』どっちで答えるかは言語によって違うからまぎらわしいのよね」
「だから、否定疑問文は『はい / いいえ』だけで答えるのは避けて、ふつうの文で答えたほうがいいって言われてるんですよ。この例文のように『愛してる / 愛してない』ってはっきり文で答えるようにってことですね」
「そうか。それならまぎらわしくないな」
「この例文の答えは、語順を変えて『愛してる』ってとこを前に持ってきて強調してるよ。語順は自由だったよね」
「『〜ですよね?』って、念を押す文が付加疑問文ですよ。これは文の終わりに『, ĉu ne?』を付けるんです。『そうじゃないの?』って感じの意味かなぁ」
「肯定文でも否定文でも、主語や動詞がなんでも、後ろに『, ĉu ne?』を付けるだけでいいよ」
「じゃあ、ほかの副詞も紹介しますね。とくにどの単語にかかってるってわけでもないような副詞は、どこに置いてもいいです。動詞にかかってるって考えて動詞の前に置いてもいいけど、基本的には語順自由ですよ。文頭や文末でもいいです」
「これは『今 (nun)』の話だから、現在進行中のことですね」
「あれっ? ただの現在形? 現在進行形とかじゃなくて」
「実はエスペラントでは、現在進行中のことでもただの現在形で言えるんですよ。次の三つはどれもただの現在形でいいんですよ」
「英語なら現在形、現在進行形、現在完了形って使い分けるとこですね」
「うん。エスペラントでは、その状況が『もう始まっててまだ終わってない』って言いたいとき現在形って感じなのよ。図にすると、過去と未来にまたがった感じね。今の瞬間がどうかは関係ないよ」
「へぇ、なんか『現在形』って、実際は『過去+未来形』って感じなんですね。現在は瞬間だから、幅がなくて見えないって感覚なのかな?」
「くわしい時間を言いたいなら副詞で言えばいいって感じですね。動詞で区別しなくても『nun (今) + 現在形』なら進行中だってわかるし」
「過去の進行もただの過去形、未来の進行もただの未来形で言えるよ」
…………。
「『veni』は、だれかが私 (話し手) のところに来る場合のほか、私があなたのところに行く場合にも使えるよ」
「これは、『来る』っていう動作がもう終わってるから過去形ってことですね。次の三つも現在完了形とかじゃなくて、ただの過去形でいいんですよ」
「そうか。全部ただの過去形でいいんだ。たしかに、実際にそれをしたのは過去だもんな」
「そう。進行や完了なんて気にせず、現在より前の動作なら全部ただの過去形。現在よりあとなら全部ただの未来形でいいよ。現在形で言うのは、過去と未来をまたぐ (まだつづいてる) ようなときね」
「『ankaŭ (〜もまた)』とつづりが似てるから注意してね」
「『ankoraŭ』は、その状況がずっとつづいてるってことを表す副詞よ」
「あれっ、過去形? 読んでないって状況は今も継続してるけど……」
「否定文の場合は、否定状態がどうつづいてるかじゃなくて、何を否定してるのかって考えるといいよ。この文は『過去のどこかで読んだ』って経験を否定してるだけだから過去形なの」
「これからのことは何も言ってないってことですね」
「じゃあ、ここで問題です」
エスペラントに訳そう。
…………。
「えっと、正解はこんな感じですね」
「そうか。形容詞は複数の対格 (-jn) で、副詞は語尾なしだったな」
(つづく)
次回は第6課「相関詞と疑問詞」の予定です。お楽しみに。