(注) この物語に登場する人物・団体などはすべて架空のものです。
「今日は目的語についてやるんだっけ?」
「はい。『目的語』っていうのは、『〜を〜する』みたいな文の『〜を』の部分ですね。これは単語の後ろに -n って語尾を付けるんです。この -n が付いた形を『対格(たいかく)』って言って、付いてない元の形を『主格』って言いますよ」
「……それって目的格のこと?」
「うん。でも、エスペラントでは目的格とはあんまり言わないで、対格って言うことが多いみたいです。……文にしたらこんな感じですね」
「英語では『愛してる』と『愛』が同じ単語ってことがありえるけど、エスペラントでは品詞が違ったら品詞語尾が違うよ」
「この ami ってのは不定形か。これが現在形の amas になって、vi は目的格……じゃない、対格で vin ってわけだな」
「ううっ……。説明する前に全部言われてしまいました」
「この『ami (愛してる)』のように目的語 (〜を) を持つ動詞を『他動詞』って言うよ。前にやった『esti (〜である)』のような、目的語を持たない動詞は『自動詞』ね」
「次は名詞が目的語になる場合ですね。実は、エスペラントは名詞にも対格の語尾が付くんですよ」
「へっ!? 名詞にも?」
「うん。そして、複数形のときと同じで、それを修飾してる形容詞も対格になるんです。複数で対格のときは語尾が両方付いて -jn ですよ」
「うわぁ。なんだこりゃ!!」
「複数の対格は -jn が正解で、-nj は間違いよ。『少女たちを』であって『少女をたち』じゃないって感じかな。数詞の場合は『du knabinojn (二人の少女を)』って感じで、数のほうには語尾が付かないから注意してね」
「数詞は形容詞とは違うってことですね」
「というわけで、もうちょっと複雑な例だと、こんな感じですね」
「……もう、語尾だらけだな」
「あはは……。語尾がいっぱいなのは、最初は複雑に思うかもしれないけど、結局、全部が同じ変化をするってことなんですよね。不規則変化がないから覚えることは少ないんです」
「うん。じゃあ、ここで私から問題。これをエスペラントで言ってみて」
エスペラントに訳そう。
「……美音先輩。なんか俺にとんでもない文を言わせようとしてません? 『美少女大好き』とか」
「えーっ、ただの例文よ」
…………。
「はい。正解はこうね」
「そうか。三つとも複数の対格か」
「『multajn knabinojn belajn』みたいな語順もありよ。形容詞は名詞の前でも後ろでもよかったよね。前後に置いてもいいよ」
「固有名詞 (人の名前とか) はそのまま -n を付けたら区切りがわかりにくいことがありますね。たとえばこんな書き方がありますよ」
「『Yukari-n』って、書き方もよくするよ。『n』で終わってる名前とかは、名詞の品詞語尾も付けて『'on』(または -on) を付けるといいよ」
「これは『ゆかりん』って言いたいための例文じゃないのよ」
「なるほど。そういう例文か……」
…………。
「固有名詞の前に、その固有名詞を表す普通名詞を置くことがありますよ。これの対格は普通名詞の部分だけ -n を付ければいいんです」
「へぇ、これは全部に -n を付けなくていいのか」
「うん。『〜川』とか『〜市』とか、こういうのは全部同じ言い方よ」
「『la riveron Ŝimanto (四万十川を)』とかですね」
「『荒川』のように『荒』だけだと固有名詞にならないものは、『la rivero Arakaŭa』と『川』を二重表現にしていいよ」
「人名でも、前にそれを表す名詞が付いているときは、前の名詞だけ対格にすればいいよ。『mian amikon Nanami (私の友達・七海を)』とかね」
「じゃあ、対格がわかったら、あいさつができるね」
「はい。エスペラントのあいさつはこんな感じですよ」
「対格になってるから、直訳したら『良い日を』って意味ですね。『願ってます』とかそんな言葉が略されてるんですよ」
「この『tago』って単語は『一日』と『昼だけ』の意味があるのか」
「うん。昼の意味もあるから、ふつうこれは昼間のあいさつですね」
「そう言えば、日本語の『日』って言葉も『日が長い』って言ったら昼だけの意味よね」
「ほかの時間はこんな感じです」
「『vespero』は、夕方から晩まで (日暮れ前から就寝前ぐらい) の時間帯を指す言葉よ。『mateno』は前回やった単語ね」
《作者注》 前にやった単語を覚えていない場合、「さくいん」のページを別ウィンドウで開いて、横に置きながら読むといいかも。
「『良い朝を』『良い晩を』『良い夜を』か。全部同じ言い方だな」
「これから新しい単語を紹介するときは、その語根にとって一般的な品詞語尾を付けて示すよ。例文の品詞と違ってるかもしれないけど、品詞変換は自由だからね」
「この『Saluton!』は名詞形を対格にしたものですね。軽いあいさつで、時間関係なしに使えるんですよ」
「直訳したら『あいさつを』か。これも対格で言うんだな」
「じゃあ、この辺で語順について言っておいたほうがいいね」
「はい。……実はエスペラントでは『主語・動詞・目的語』の順序は自由なんです。どれが先でも、どれがあとでもいいんですよ」
「えっ、何それ?」
「こんな感じで、語順を入れ替えて、意味が変わるかを考えるんです」
「順番が変わってても、助詞の『を』や語尾の -n があると、どこが目的語かわかりますよね。だから助詞や語尾を付けたままなら、順番を変えても文の意味が変わらないんです」
「そうか。英語はそういうのがないから語順が重要ってことか」
「そういうことね。目的語を、英語は語の位置で示して、日本語は助詞で示して、エスペラントは語尾で示す言語なのよ」
「そのために、名詞にまで対格語尾 -n が付いてたって感じですね。エスペラントは日本語より語順が自由で、どの順番にしても全部同じ意味の正しい文になるんです。実際は六通りかな?」
「うわぁ、そこまで自由なんだ」
「ってことで、エスペラントは語尾が重要だから、発音するときは -n をしっかり発音してね。どっちが目的語かわかんなくなるからね」
「ああ。この文は最初の部分が目的語なのか……」
「対格語尾 -n がどこに付いてるかが重要なんですよね。名詞と形容詞がそろって語尾変化するおかげで、どの固まりが目的語か、めだちやすくなってると思います」
「そうか。形容詞が語尾変化するおかげで、語順自由でも、どの語にかかってるかがわかるんだ」
「そう。ただ、語順自由って言っても全部の単語をバラバラにできるって意味じゃないよ。『主語』とか『目的語』とかの固まりを、その固まりのまま自由に動かしていいってことね。この固まりは、ふつうバラさないよ」
「主語や目的語は固めておくってことですね」
「ただ、自由って言っても、実際の文で一番よく使われてるのは『主語→動詞→目的語』の順ですね。そして、語順を変えるとなんとなくニュアンスは変わるんです。この、動かすとニュアンスが変わる感覚は日本語に近いのかも」
「たしかに日本語のほうも語順が違うとなんとなく文の感じは変わるな。前に置いた語が強調される感じか」
「基本的に文の最初と最後はめだつ位置だからね。主語を文末に置いたり、主語以外を文頭に置いたりしたら、そこを強調した感じになるよ」
「逆に、重要じゃない語句は文頭・文末に置くのを避ける傾向があるかも。語順自由だから、そんなに気にすることはないけどね」
「さらに、どれが主語か明らかな文なら、補語の順序も変えられるんです。『Bela estas la knabino. (その少女は美しい)』とかですね」
「語順が変わってても、後ろから訳したりせずに、そのままの順序で理解するのが上達の早道よ」
「次に『私に』とかの言い方ですね。これは前置詞を使うんですよ」
「ええっと、donis は過去形か。この『al』が前置詞なんだな?」
「うん。『〜に』は前置詞を使って『al 〜』って言って、『〜を』は対格 -n を使うんです。英語と違って前置詞の後ろの語は主格 (-n なしの形) ですよ」
「それから、英語はこういう文を目的語二つ (S+V+O+O) で言うことがあるけど、エスペラントにその言い方はないよ。必ず片方は前置詞で言うってことね。だって、語順自由だから目的語二つじゃどっちがどっちかわかんなくなるのよ」
「ああ、これも語順自由なんですね」
「こんな感じで入れ替えても同じ意味ってことですね。でもこれだと『彼に』って強調してるニュアンスになるのかな」
「そんな感じね。でも、この『al li』とか『前置詞+その後ろの語句』はひと固まりだから、語順を変えるときバラせないってとこも注意してね」
「そうか。『li』と『la knabino』を入れ替えたら、彼のほうが少女に与えたことになって意味が変わりますね」
…………。
「この前置詞は目的語がない場合にも使えますよ」
「エスペラントの『stacio』は、電車が止まるところを指す言葉で、駅の施設 (駅舎、駅ビルなど) は含まないのがふつうよ」
「これは、『駅』に冠詞が付いてるってことは、どの駅のことを言ってるのか相手はわかってるって状況ね。前に話題になったものじゃなくても、『ここで駅と言ったらあの駅しかない』って相手がわかってる状況なら冠詞が付くよ」
「特定ってことですね」
「不特定だったら冠詞なしですね。……じゃあ、今日はここまでです」
(つづく)
次回は学習をお休みにして、挿入話2「最後の体育祭」をお送りします。お楽しみに。