(注) この物語に登場する人物・団体などはすべて架空のものです。
「じゃあ今日は人称代名詞の話をやります。……あっ、やるよ?」
「ん? 何、それ?」
「ああ。昨日、『俺に敬語使わなくていい』って言ったから。いや、別に無理に言い直さなくても」
「ああ、そういうこと。でもまあ、言いやすい言葉が一番よね。……そう言えば二年前に、人に教えるときだけ敬語になるって先輩がいたよ。そのほうが気持ちが改まって教えやすいとか言ってた」
「それじゃあ、わたしも……。今日は『人称代名詞』の話をやります。人称代名詞はこの表のとおりなんですけど……」
人称 | 性 | 単数 (一人) | 複数 (二人以上) |
---|---|---|---|
一人称 (話し手) |
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二人称 (聞き手) |
| ||
三人称 (既知のその他) | 男性 |
|
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女性 |
| ||
中性 |
|
「ええっと、つまり二人称は単数・複数の区別がなくて、三人称複数は男・女・物の区別をしないってことか。これは英語と似てるな」
「そ、そうなの。ううっ、それ、わたしが説明しなきゃいけなかったですよね……」
「いや……そうか。俺は練習台だから、もっと沢渡さんに説明してもらったほうがいいのか」
「もう。二人ともあんまり練習とか意識せずにもっと自然に。……わかってるのにわかんないふりする必要もないよ」
「……じゃあ、まずは estas っていう動詞を使った文ですね。文の先頭はふつう大文字で始めるから、こんな感じです」
「英語の『I am → I'm』みたいな短縮形はないよ」
「『(A) estas (B).』で『(A)は(B)である』っていうイコールみたいな意味になるんです。この (A) の部分は『主語』、(B) の部分は『補語』って言うんですけど……。もちろん『Mi estas 名前』で自己紹介にも使えますよ」
「実際はイコールっていうより、(A)は(B)の集合に含まれるって関係も多いよ。『ネコは動物です』みたいな文ね」
「じゃあ、『Mi estas Kohei Haŝida.』とか?」
「あっ、名字と名前を言うときは、その人の母国語での順序を尊重するのがいいよ。つまり、日本人の名前は名字を先に、欧米人の名前は名前を先に言うってことね」
「じゃあ、人によって、順番がバラバラになるってことですか?」
「うん。どっちが名字かわかりにくかったら、姓は全部大文字で、名は最初の一文字だけ大文字って書き方もあるよ。『HIGASHIYAMA Mio』とかね」
「名前は必ずこう書くって話じゃなくて、どっちが姓でどっちが名かはっきりさせたいときには、こういう書き方もあるって話よ」
「じゃあ、欧米人だと後ろの部分が全部大文字になるわけですね。あれっ、でもエスペラントでは『Y』の字は使わないって話だったんじゃ……」
「固有名詞 (とくに人の名前) は無理にエスペラント表記に合わせなくてもいいことになってるのよ」
「ローマ字は、訓令式でもヘボン式でも本人の好きな書き方でいいよ。読み方がわかりにいときは、カッコ書きで読み方を付けることもあるよ。『Higasiyama (higaŝijama)』とかね」
「次に……エスペラントでは主語がなんでも動詞は同じ形になるんです。英語は『am / are / is』とか『三単現のS』とか、主語によって動詞が変わったりするけど、エスペラントでは変わらないんですよ」
「へぇ、そうなんだ。でも……あなたは少女です……か。……ふと思ったんだけど、この文を使う機会って、ふつうないよな。わざわざ他人から『あなたは少女です』って言われなくても本人はわかってるし」
「えっ……。ああっ、そう言えば変な文……。そっか……。わたし、そんなこと考えたことなかった。大発見?」
「って、そう素直に驚かれても……」
「なるほど。『Vi estas knabino.』って文を使う機会ねぇ。……そうだ。男の子に女装させるときなんてどう? 『ほーら、君は少女だよぉ』って」
「……美音先輩、そういう趣味だったんですか?」
「ちょっと、引かないでよ。ここは突っ込むところ!!」
「えっ!? ああ。……そんな機会ありませんって!! ……こうですか?」
「そう、それそれ。その突っ込みを待ってたのよ」
ええっと、ここはお笑い部?
「そ、そんなことより冠詞の話をしなきゃ」
「あ、はい。……えっと、エスペラントでは、既知のものとか特定のものには定冠詞を付けるんです。以前に話題に出たものとかがそうですね。でも不定冠詞はないから、不特定のものには何も付けないですよ」
「さっきの『Mi estas knabino.』とかも英語なら不定冠詞『a / an』とかを付けるとこよね。エスペラントでは、不特定だから何も付けなかったわけね。エスペラントには、冠詞は『la』だけしかないよ」
「冠詞を付けると、特定の少女を指すことになるんですね」
「ああ、そういう違いか。不定冠詞がないから、特定・不特定を定冠詞のあるなしで表すんだな」
「うん。ただ、特定っていうのは、聞き手 (話し相手) にとっても特定じゃなきゃダメよ。『自分だけにはわかる』なんてのは、自分にとっては特定でも相手にとっては不特定だから、冠詞なしよ」
「次は複数の話ですね。……数えられるものは二つ以上の数のとき複数形になるんです。複数形はどの単語でもつづりの後ろに -j を付けた形なんですよ」
「j はヤ行の子音だから、発音は [knabíːnoj] (クナビーノィ) ですね」
「へぇ、『-j (ィ)』で複数形って変わってるな。……って、そうか。これも英語を基準に考えるから変わって見えるって話か」
「二人称の代名詞 (vi) は単数複数の区別がないけど、補語のほうは複数のとき複数形ですよ。……って、これも『あなたたちは少女』って変な文ですね」
「次は形容詞を使った文ですね。実はエスペラントでは、形容詞は名詞の前に置いても後ろに置いてもいいんです。実際の文では、前に置かれてることのほうが多いですけどね。形容詞だけで補語にすることもできますよ」
「ええっ、後ろからでもいいのか?」
「うん。冠詞が付くと『la bela knabino』か『la knabino bela』です」
「冠詞は一番前なんだな」
「うん。で、ここからが重要なんですけど、エスペラントでは、形容してるものが複数のときは形容詞も複数形になるんです。名詞と同じで -j が付きますよ」
「ええっ!? 形容詞が複数形?」
「うん。こんな感じです」
「結局、名詞を修飾してるときはその名詞と同じ語尾になって、単独で補語になってるときは主語が複数なら複数形って感じね。冠詞はどんなときも変化しないよ」
「うーん……。形容詞が複数形って、なんか意味があるのか?」
「意味? 意味ですか……。えっと……。うう……。美音先輩!!」
「はいはい。……これは、複雑な文になったときに、どの単語にかかるのか (文の構造) がわかりやすくなるのよ。まあ、そういう話はもう少し進んでからやるから、今のところは名詞も形容詞も複数形になるのがお約束ってことにしようかな」
「うーむ。なんか、はぐらかされたような……」
「じゃあ、今日の最後に所有形容詞についてもやっとこうか」
「はい。えっと……人称代名詞の後ろに -a を付けた形を『所有形容詞』って言って、所有の意味の形容詞になるんです」
「『あなたの』だったら『vi → via』とか、ほかも同じですよ」
「『ili → ilia』はアクセントに注意してね。アクセントはいつも単語の後ろから二番目の母音だから、アクセントの位置が変わるよ」
「……これって、所有格?」
「んーと、エスペラントではあんまり所有格って言わないですよね?」
「うん。これは代名詞の『格』の一つって考えるよりも、もう、代名詞じゃなくなって形容詞になってしまうって思ったらいいよ」
「……だから使い方もふつうの形容詞と同じで、複数形にもなるんです」
「そうか。人称が複数かどうかは関係なくて、形容してるものの数が複数なら複数形か」
「そう。結局、ふつうの形容詞と同じで、名詞と語尾がそろうってことね」
「『私たち』っていうのは、『私』が複数いるって意味じゃないよね。だから人称の複数は複数形 (-j) とは違うって感覚かも」
「形容詞ってことは単独で補語にもなるから、こんな文もありなんですよ」
「これ、英語だったら『my → mine』みたいな変化が起こるとこだけど、そのまんまでいいわけね。『Ŝi estas bela. (彼女は美しい)』とかと同じ形よ」
「そうか。ふつうの形容詞と同じ使い方になるんだ」
「うん。ただ、違ってるのは、所有形容詞が付くときはふつう、特定でも冠詞は付けないってとこですね。『la mia amiko』にせずに『mia amiko』だけでいいんです。……じゃあ、ここで問題です。これはエスペラントでどう言うでしょう」
エスペラントに訳そう。
…………。
「正解はこうですね」
「あっ、両方とも複数形にしないといけないんだったな」
「……じゃあ、今日はこれぐらいにしようか。どうだった?」
「緊張しましたぁ。わたしの説明でわかってもらえたのか不安だけど……」
「うーん。まだ全部は覚えてないけど、いちおう内容はわかったよ。次も沢渡さんが教えてくれるんだよな。楽しみにしてるよ」
「あ、ありがとう」
(つづく)
次回は第3課「単語の成り立ち」の予定です。お楽しみに。