好きまでの距離感〜バレンタイン編、二十六〜

「ん?」
「あの…さ」

こいつの手の平の中で踊らされているような気分に陥っちゃって、桂一郎に文句の一つでも言ってやろうとしたんだ。
なのに優しく見返すあいつの目を見ていたら、言えなくなっちゃったんだよね。
だってさ。桂一郎は別に俺に何もしていないわけなんだし。ただあいつはチョコが欲しいって、貰えたら嬉しいって言っていただけなんだもの。
しつこく、繰り返しお願いされたのでもないし。…まぁね、ちょっとばかり無言の圧力は感じたけど、こいつの口の重さとかは今更って気もするから。

だからここで俺が怒るのも別問題なんだろうけど。
はっきり言って、こいつが好きな相手から欲しいっていう気持ちも分からなくもないし…。

俺が拘りすぎてるんだろうかって気にもなってきた。
男が男にチョコを贈るっていう行為にさ。別に深く考えずに、もっと気楽に構えたらいいんだろうか。
たかがチョコなんだし。
冗談っていうか、洒落だと思ってしちゃえば恥ずかしくもなくなるのかな…。

ああもう。
考え込みすぎて、頭が疼いてきちゃいそう。
それでもしっかり箸を動かして弁当はきっちり食べてるところはさすが俺って感じ?

いい加減この話題を振るのも嫌になってきちゃって、それから後はもう別の話をしたわけなのね。
新作のゲームの事とか、クラスのこと。学校の話やら、部活の話。
たわいない話題をえんえんとね。

やっぱりもっぱら話を振るのは俺のほうだったんだけどさ。
あいつは自分から進んで話題を振ることはないんだけど、俺の話をちゃんと聞いていてくれているのは分かるし、相づちとかささやかな表情とかで分かるから。

そんなこんなでいつもの昼食が終わったんだけど…。

俺の中のもやもやがどんどん広がっていったんだ。
それは午後の授業中もずっと付きまとっていた。
はっきり自分の考えを言葉にしちゃえば、チョコくらい別にいいんじゃないないのかな〜って気持ちなんだけどね。

でもさ。
学校が終わっての帰り道、ちょっと寄ったコンビニとか見ちゃうと気持ちが萎えちゃうんだよな〜。
だってこれでもか!ってなぐあいにバレンタイン用のコーナーが作られてあるんだぜ。
女の子ならともかく、男がそこに立ち寄れるか?
まだしも彼女づれならともかく、男が一人でその場所に立ってチョコを選ぶなんて出来るわけないじゃないか。
横目でそのコーナーを眺めながら、通り過ぎるしかできませんって。

いったんはチョコに対して前向きになっていた気分がまた遠ざかっていってしまう。

ううんと唸ってしまいそうだった。
これはもう、やっぱ桂一郎に諦めてもらおうかな〜ってさ。
別な日にでも何か美味しい物でも買ってやって、それで誤魔化しちゃえばいいんじゃないかなと。
あいつの好きなものとかはだいたい分かるし、お小遣いが入ったら奢ってやるのもいいかもしんない。
多分、桂一郎はそれでも喜んでくれるんじゃないのかなって気もする。

それよりもあいつが俺に対して呆れたり、怒ったりすることってまず無いからな。
一回だけね。あいつが屋上で俺にたいして背を向けた時があったけど、あれくらいだけだから。

俺が何をしても桂一郎は怒らないっていう妙な確信があるんだよね。
あいつ、俺に甘いからさ。
その甘さに乗っかっちゃおうかなって、狡い考えもちらほら浮かんで来ちゃうんだ。
チョコなんてもんは、別にバレンタインに贈らなくてもいいんじゃないのか。他の日に贈ろうが、チョコはチョコだもの。
違う日に贈ったからといって、味が変わる訳じゃないもんな。

うん、それでいいんじゃないのかな。
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