好きまでの距離感〜バレンタイン編、十九〜

いったい何で桂一郎が機嫌悪くならなきゃいけないんだろう。
まさか夕べの事か?
でもなぁ。こいつ、あんまり物事には拘らない質だったはずなんだけど。
だいたい夕べのアレは俺が怒られる筋合いの問題じゃないだろう?
どっちかというと、俺が怒って機嫌悪くなきゃいけないんじゃないのかよ。桂一郎にあんなキスされてさ。

キス…。
あ、あはははは。
余計な事を思いだしちまったじゃねぇか。こ、これ以上、考えるのは止めようね。
あれは朝っぱら思い出すもんじゃないからさ。

「あ〜桂、その…」
いちおうは遠藤先輩から助けて貰ったお礼を言わなきゃいけないのかな〜とか逡巡していたら、桂一郎の方から珍しく言い出してくれたんだ。
「紙袋は見たか?」
「う、うん。わざわざ届けてくれて、サンキュ」
そう答える俺に相対する桂一郎の目元はいつもの穏やかなものだった。

あれ?
こいつ別に機嫌悪いんじゃないんだろうか。
俺が判断を見誤ったってことなのかしら。

「こらっ野間。いつまでも人の手を掴みあげてるんじゃねぇよ。いい加減、離しやがれ」
「………」
俺と桂一郎が言葉を交わしている間中、どうやら先輩の腕を掴んだままだったらしい。
言われて桂一郎が先輩の腕を放し、何故か俺の前に体を割り込んできたんだった。

「ったくもう。この馬鹿力が。しかもお前、仮にも俺はお前の先輩よ。主将なのよ。その俺の手を掴みあげるなんて、許されない事でしょうが。本当に愛想無しなんだからよ」
「先輩がいつまでも練習をさぼってるからです」
「あ?誰が練習をさぼってるって?俺はうちの部の邪魔をしにきた彼女達を親切に追い返しただけじゃないの。それをさぼってるって言うかなぁ」
「その後、和とずっとお喋りしてました」
「それはねぇ。軽い気晴らしじゃん。遠慮無しではしゃいでいた彼女たちの後に、この可愛い中西君を弄って癒されていただけじゃないのよ。んな堅いこと言うなって」

う〜ん。
ここまで軽い性格で、剣道の段持ちで、なおかつ全国レベルの腕前なんて騙しに近いんじゃないのか?
なんかさぁ。ここの剣道部ってこの人を主将にしただけで、すっごい事じゃないのかしらんって気がしてくるんだわ。

でもって桂一郎はさすがにこの人とずっと一緒に部活をしているだけあって、扱いに慣れているんだろうか。なおも言いつのってくる先輩に見向きもしないで俺に向かって言ってくるんだ。
「弁当」
「あ、うん。これ」
そう言ってあいつに渡すべく、慌てて鞄の中から弁当を取りだした。
「ありがと」
「いえいえ」

いつもの朝の行事みたいな弁当の宅配を済ませて、俺は早々にここを立ち去ろうとしたのね。
なんかもう、このまま遠藤先輩の相手すんのも疲れそうだからさ。そう考えた俺の背中に先輩の明るい声が掛けられる。

「おいおい、俺をここで無視するのかぁ?言っておくけどな、俺は大切な部員を守るべくあえて憎まれ役を買って出たのよ。あの遠慮知らずな一年生から野間をガードしてあげたんじゃん。それも知らずに、俺の右手を掴みあげるわ、人を無視するわ。お前、ほんっとに恩知らずだねぇ」

うん?
今なんか先輩が気になることを言わなかったか?
一年生から桂一郎を守るとか、恩知らずとかって…。

「先輩、それってどーいう意味?」
なんかどうにも言い方が気になって仕方なかったんで、どういう意味なのかを確かめたんだ。
すると先輩がいともあっさりと教えてくれたのだ。
「ああ、さっきの彼女たちのチョコを贈りたい相手ってさ、この無表情で面白みのない男の野間に贈りたいって来てたんだよ。是非にこいつに直で手渡したいから呼んでくれとか言われたんだわ」
「桂にチョコを?」
「うん、そう」

へ、へぇ。そうなんだ。
一年の女子が桂一郎にチョコを手渡したいからって、わざわざこんな所にまでやってきたってことなんか。
ふうん、そうなんだ。

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