好きまでの距離感〜バレンタイン編、十八〜

まぁでもそれで、この人に悪印象を持たれていないって事は分かったから。
だったら俺が今まで気を遣っていたのが無駄じゃないのは良かったんだろうなって思ったんだ。

「そんで今日も愛しの野間君にいつもの愛妻弁当を届けにきちゃった訳?」
にやにや笑いながら軽口をたたく先輩に、俺はちょい引きつりながら返していた。
「うちのお袋手作りの愛妻弁当っすけどね。…っていうか、先輩のそのおちょくりのネタ、いい加減変えませんか?さすがにこの一年、言われ続けると俺も飽きてきたんですけど」
「あらら、そう来たか」

遠藤先輩のおちょくりをさらりと受け流す俺に、彼がいかにも残念だという顔を隠さない。
ホントにもう。
俺が桂一郎に弁当を届けに来るようになってから、この先輩ってばことあるごとに愛妻弁当っていいよなぁとか、俺達の事をダーリンとハニーとか言ってからかうんだわ。
最初の頃は真面目に返していたんだけどさ。今はさすがに上手くかわす事を覚えちゃったよ。
一年もの間、ずーっとこのネタでからかわれてきたんだもん。
いちいち、初心な反応なんか出来るかっつーの。

俺の冷静な突っ込みに、先輩が肩を竦めていた。
「つまんねぇの。最初のころの初心な中西が懐かしいねぇ。今じゃ、まるっきり無反応なんだからなぁ。おちょくりがいがないったら、ねぇの」
「済みませんねぇ。すれちゃって」
「ううんいいから。中西は可愛いから許しちゃう」

そう言いながら俺の頭をぐりぐり撫でくりまわしてくれる。
ああもう!
髪の毛がぐしゃぐしゃになっちまうじゃねぇか。でなくても猫っ毛で跳ねやすい髪なのに。
なのに先輩ときたら俺の頭を撫で回したと思ったら、今度は首をホールドしてくるんだもん。

「ちょ…先輩ってば!苦しいって、離して下さい。首、首〜」
「あはは。離して欲しければ、自力でといてみなさいよ」
「無理ですってばぁ」

ついさっき下級生の女子達を練習の邪魔とか言って、追い返したのは誰なんだと突っ込みたい気分だった。
こんなところで俺相手にじゃれあってもいいんかいな。いくら朝練には顧問の先生がいないって言っても、剣道部の主将自ら練習をさぼってたらマズイんじゃあないのか?
そう思い、何とか首にかけられた腕を放そうと藻掻いてもこれまたビクともしないんだ。
ナンパな物言いと軽そうな見た目に反して、やっぱ剣道部の主将をやっているだけあって、腕なんかがっちがちなんだもん。がっちり押さえ込まれたら、簡単に抜けられるもんじゃねぇ。

「先輩〜」
ちょい泣き声混じりに訴えかける俺に、にやにや笑いで返すだけの先輩。
もう本気でどうしようかと焦っていたら、ふいに首に掛かっていた圧力がふわりととかれたんだ。

「ん?」
「先輩、朝練のメニューが終わりました」
「野間」

俺の傍らに黒い影が立ったと思ったら、それが首にかけられていた先輩の右手を外しにかかっていたんだ。
「あ…桂」
でもって、うっそりとした様子で立つ人影はやっぱりっていうか、桂一郎だったんだ。

いつも無表情な桂一郎が、今もやっぱり読めない顔で俺の傍らに立っている…んだけど。
でもなんか、こいつ機嫌悪そうじゃねぇ?
これは付き合いの長い俺にしか分からないくらい微妙な感覚なんだけど、何となく不満そうに見えるんだよね。
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