好きまでの距離感〜バレンタイン編、十六〜

普段はとっても気さくで話しやすい人なんだけど、今朝はちょっとな〜。あんまり機嫌良くなさそうだし。
たった今部外者は近寄るなって言っていた直後に、どっからどう見ても剣道部員でない俺がお邪魔するのも居心地が悪いし。
女子達を追い出した直ぐ後に俺が剣道場に行くのもどうだろうって気分にもなる。

今まで散々に剣道部にお邪魔してきておいてなんなんだけど、今朝は控えようかなって思った。万が一にも剣道部の主将さんに追い出された彼女たちに見つかりでもしたら遠藤さんの立場もあるだろうと。
ここは弁当を桂一郎に届けるのは今朝は止めて、引き返したほうがいいかもなって。
無理して今渡さなくったって、桂一郎のクラスの誰かにお願いしてもいいんだし。別にあいつに直接渡すこともないんだからさ。
うん、そうしましょう。そうしましょう。

昨日の今日で、けっして桂一郎に会いづらいとかそー言うことじゃないんだから。
いわゆるこれは不可抗力ってやつね。
俺は桂一郎にお弁当を届ける気、満々なんだから。だけど別の要因があって、それで剣道部に近寄れないって事よ、そーいうこと。

なんか自分自身に言い訳しているような気がしなくもないんだけどさ、俺はそうやって自らを納得させて剣道場から離れようとしたんだ。
持ってきた弁当箱を鞄の中へ入れ直しながらね。

ところがだ。
回れ右をして戻ろうとした俺を、主将の遠藤さんが見付けたんだ。
おや?という目をして俺を見た。
それからいつもの優しい目を見せて、お出でお出でと俺を手招きしてくれたんだ。

「はい?」
「いいんだよ。お前なら大丈夫だって」
「は、はぁ」

真っ直ぐに見詰められて、手まで振られて呼び止められて、さすがに無視することも出来ずに(なんたって上級生だし)俺は仕方なく剣道場へと近寄っていったんだ。

「あの〜いいんすか?」
さっきの厳しい顔の印象があるもんで、低姿勢でお伺いを立てると彼が「気にするな」と笑っている。

「お前さんならいいんだって。お前は別にまるで無関係だって訳でもないからな。なんせここにはお前さんのダーリンがいるからさ。いつもの如くに愛妻弁当を持ってきたんだろう?分かってるからよ」
「先輩…」
あっけらかんとした調子で俺をおちょくる様子はいつもの遠藤さんだった。
見た目、二枚目で格好いい人なんだけどさ。この軽い性格はどうなんだろうねぇ。人をからかうのが大の趣味だと言って、公言してはばからないんだから。
この人のこの軽い性格を知らなかった一年の頃は、随分からかわれておちょくられもしたけれど、今はもう慣れっこ。大分スルーすることすら覚えちまったもんね。
軽い性格はアレだけど、決めるときはちゃんと決めるし、決してそれが嫌みには聞こえないのはこの人の人格なんだろうけど。…にしても、このダーリンとか言われるのは勘弁してくれって気分だった。
前なら只の冗談といって済ませられるんだろうけど、今は洒落にならんから。

俺と桂一郎の関係を知らないで、言ってるのは分かるけどさ。今はマジ、ヤバイもの。身に覚えありすぎ。
「あのっすねぇ先輩。俺も一応部外者なんですけどいいんすか?さっきの女子らに見つかったらえこひいきだとか言われるんじゃないんですか?」
これ以上、遠藤先輩の冗談に付き合う気になれない俺はどうにか話しの矛先を変えようと、さっきの彼女たちの話題を振ってみたんだ。
案の定、先輩が渋い顔を見せてきた。

「ああ、彼女たちかぁ。まったく今年の一年にも困ったもんだぜ。人が真剣に練習してんのに、きゃあきゃあうるせぇのなんのって。何回かやんわりと注意してたけど、全然聞く耳もたねぇでやんの。俺、基本的には女の子には親切なほうなんだけどさ。さすがにちょい、うざかったね。彼女らの言いたいことも分かるけど、場所考えろって言いたかったよ」
「はぁ…」

普段はにこやかな人なんだけど、さすがに今朝の彼女たちの態度は目に余るものがあったんだろうか。本気でくたびれた感が感じられるんだもんな。
いったい彼女たちは何しにここへやってきたんだろう。ちょっとした好奇心も手伝って、それを先輩に聞いてみたんだ。
すると、実に納得の答えが返ってきたんだ。

「あ、彼女達?バレンタインだってよ。うちの部に渡したい奴がいるからって、来たみたいだぜ」

ああ、なるほど。
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