好きまでの距離感〜バレンタイン編、十一〜

今まで散々キスはしたけれど、軽く唇に触れてくるだけでこんな事は一度もしたことはなかったんだ。
あいつの舌か俺の中に入り込む。
最初は遠慮がちに。
そのうちに段々と中で蠢いてくる。

「んっ…う…っ…」

や…嫌…。
こんな生々しいキスなんて嫌だ。
頭、おかしくなりそうで怖い。ぼうっとしてくるし、腰に力が入らなくなってきそう。

口の中に入り込んできた舌を何とかしようと思ってこっちも舌で押し戻そうとしたら、逆に舌を絡められたんだ。
嘘!
何だよ、これは。
嫌だ。体がぞくぞくする。
変になっちゃいそうで嫌だ。

「んっ…ん…」
どうにかしたかった。
いつもの軽いキスならともかく、こんな深いキスは嫌だ。

あいつの胸を叩いた。
離せと暗に訴えて。
藻掻いて、足掻いて、腰砕けになりそうになりながらそれでもあいつに訴えた。
キスをされている間中、息継ぎの仕方が分からなくて殆ど酸欠状態になりかけてもいたから。

どれくらいそうしていただろう。
散々に舌を吸われて、訳が分からなくなりかけたところでようやくあいつがキスを止めてくれたんだ。

「はっ…あ…」
頭がくらりときた。
体を離され、思わずふらりと体が傾いだところを桂一郎が両肩を掴んで支えてくれた。
「和、大丈夫?」
優しく、甘い声で俺を呼ぶ。
だけど、だけど。こっちの腑は煮えくりかえりそうだった。

「お、おま、おま、お前はな〜〜〜!」
あのキスは何なんだと言ってやりたかった。
今まであんな事はしなかったじゃないか。キスっつっても、ちょっと軽く唇に触れるくらいで中に舌を入れてくるなんて何を考えているんだと怒鳴ってやりたかった。
なのに怒りと軽い酸欠とで、言葉が上手く出てこなかったんだ。
自分の顔に血が上っているのが分かる。きっと真っ赤になってるんだろうなという気がしたけど、そんなのに構っているゆとりなんてなかったから。

それなのに当の本人ときたら、けろりとした顔で俺の前に立ってやがるんだ。
その涼しい顔すらも腹立たしい。
「桂。あ、あれは何なんだ。何のつもりであんな真似を…」
怒鳴りつける俺に向かって、桂一郎が優しい笑みを向けてくる。
それからこんな事を言ってきたんだ。

「甘かった」

うっ!
い、言うに事欠いて甘いだと?それはキスの事か。そうなのか。
なんちゅーこっぱずかしい事を言うんだ、お前はぁ。

後から冷静になって考えればね。あの時俺はキスの直前に姉貴から貰ったチョコを食べていた訳じゃない?
いくらビターなチョコだといえど、チョコはチョコじゃない。
その味が舌に残っていたはずだと思うんだ。
だから甘いのも当然の結果なんだろうけれど、この時の俺はそこまで頭が回らなかったんだ。
ただもう恥ずかしいやら、腹立たしいやらでいっぱいいっぱいだったんだ。

止めに「甘い」とか言われて、もう頭の中は真っ白けさ。
だから俺の目の前に立っている男の腹を殴りつけ「言うな、ボケ!」と怒鳴りながらあいつの部屋を飛び出してしまったんだ。
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