好きまでの距離感〜バレンタイン編、五〜 ようやくくだんの紙袋の中身に気づいた俺らに和音が明るい声で答えてくれた。 「やーっと分かってくれたんだからもう。あんた達、鈍すぎ。桂一郎はともかく、和まで一緒にボケなくたっていいじゃないのぉ」 「べ、別にボケたわけじゃねぇよ。俺が言う前に桂が先に喋っただけじゃないか。…それよりも、なんでんな高いチョコなんか買ってきたんだよ。和音の会社の給料日にはまだ間があるだろう?」 和音ってば口は悪いし、直ぐ手が出る暴力女なんだけどさ。これで結構弟思いだったりするんだな。 昔っから俺をこき使ったり、喧嘩になれば負けじと取っ組み合いはするけれど、お互いの仲は悪くないんだ。だから俺も和音の事を姉貴と呼ばずに和音と呼び捨てにしているくらいだし。 さばさばした性格は何を言ってもポンポン返してきて小気味良いくらいで、見た目の割に男っぽい気質だと思うんだ。 姉貴が会社帰りにお土産だと言って、スイーツを買ってきたりするのも別に珍しい事ではないし、今までもちょくちょく有名店の洋菓子だとか、今話題の新作のパンケーキだとか色々買ってきてたから。 でも大抵は給料日の直ぐ後なんだ。 幾ら姉貴が社会人だと言っても、まだ新入社員みたいなもんだし。やれ化粧品だとか、服とか靴とかバックとか。付き合いもあるだろうし、エステもいかなくちゃとか言ってるのも聞いている。だからお土産のお菓子は給料の入った直後あたりに買ってきてたりしてたんだけど…。 今日はいったいどうしたんだ? だからそれを俺が突っ込んだら、姉貴が「分かってないなぁ」と言いながら人差し指を立ててチッチッと気障な仕草を見せてきた。 「ホント、あんた達って鈍いんだから。その分じゃ、今年もあんまり期待できなさそうだもんね。せいぜいクラスの女子からの義理くらいで終わっちゃうんじゃないのかなぁ。あー、桂君はもしかして部活の女の子からとかちょっとは貰えるのかな?どっちにしても今年も本チョコは無理っぽいわよね。だ・か・らこの和音お姉様が直々にあんた達に上げるって言ってんの。もう、有り難く貰いなさいよぉ。どうせあんた達のことだから有名パティシエの名前とか、ベルギー王室御用達のショコラティエの名前なんか言っても分かんないでしょ?っていうか、ショコラティエって言う言葉の意味すら分かんないでしょー?」 一気にまくし立てる和音に、俺と桂一郎はただ頷くばかり。(ホントに”しょらてぃえ”という言葉なんて知らないし) それを見て取って、和音がやっぱりねという顔をする。 「あーもう、これだから男の子ってば世間に疎いんだからぁ。いーい?ショコラティエっていうのは、チョコ専門のパティシエみたいなもんなのよ。で、そんなあんた達に有名パティシエの名前とか、ショコラティエの名前なんか言っても分かんないでしょ?どうせブランドなんかも知らないと思うし。だからあんた達みたいな鈍感ちゃんにも分かるチョコの有名なお店のを買ってきてやったのよ」 「それがゴディバ?」 「当たりー。今はこの時期限定の特別チョコ出してるからね。それを君たちに買ってきてやったのさ。言っておくけど、高かったんだからね。高校生のお小遣い程度では買えない、高級チョコなんだから。このお姉様の気持ちを受け取って、敬って食べるように。分かった?」 「もしかして…バレンタインチョコ?」 「もしかしなくてもバレンタインのチョコよ。それ以外に何があるっていうのよ」 あ、ああなるほどね。 それにしてもこれを言うために、桂一郎の部屋にいきなり押しかけて、反応が悪いだとか言って人の腹を殴ったりするのかぁ? おまけにさっきから高いを連発して、無駄なプレッシャーまでかけてくるし。 ホント、我が姉ながら強烈な性格だこと。 「で、君たち。あたしに何か言うことはないかなぁ?」 「は?何を言うんだよ」 「おや。君たちはこのあたしからの直々のチョコを受け取って、何も言ってくれないのかな」 だから何を言うんだ…と突っ込みかけた俺の直ぐそばで、桂一郎がぼそりと答えた。 「ありがと、和姉」 「うん。良い子ね桂一郎は」 ぶっきらぼうな物言いではあるけれど、短く感謝の言葉を伝えた桂一郎に和音が満足げな笑みを返していた。 そっか。そういうことなのね。 つまりはチョコのお礼を言えって言いたい訳なのか。 「あー…と。和音、チョコサンキュ」 何かお礼を強要されているみたいな複雑な気持ちもするけれど、ここで迂闊に言い返したら姉貴との舌戦に発展しそうなんで、俺もここは温和しく和音にお礼を言っておいたんだ。 「なーんか、気持ちがこもっていない言い方だけど、まぁいっか。そのチョコは甘みも控えめでビターだから、あんた達の口にも合うと思うんだ。何だかんだ言っても、あそこのチョコは結構美味いからね」 俺達二人からのお礼に簡単に機嫌を直した和音が明るく言い放つ。 うん。和音のこのさっぱりした性格が学校の女子とかとの違いなんだよな。言いたいことは言うけれど、後に残らないし、根に持たない。 むしろぽんぽん言いたい事を言い合う関係は、俺的には好ましいくらいだから。 桂一郎はそこあたりは俺と同じ意見だと思う。和音に腹を殴られたのにもかかわらず、取り立てて怒りもしないでいるんだもの。 もっとも。 桂一郎はこれで女の子にはとってもフェミニストな奴だから。滅多な事では声を荒げないし、怒りもしない。 そこんところが学校の女子にも密かに人気あるんだろうな〜。 まぁ別にそれはいいんだけどさ。うん、別にね。 |
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