好きまでの距離感〜バレンタイン編、四〜

あ、あの声は姉貴じゃねぇか。
ただ今取り込み真っ最中の俺の耳に、さらに和音の呼びかける声が届いてくる。

「おーい和ぅー。こっちに来てるって母さんから聞いたわよー。二人にいーいもん買ってきたからね。二階にいるんでしょー?上がるよー」
そう言いながら、この家の主の桂一郎の返事も聞かずに(お父さんは例によって仕事で遅くなっているらしい)和音の足音が聞こえてくる。

マジ、ヤバイ。
こ、こんなところを姉貴に見られたらなんて言えばいいんだ。
幼なじみの桂一郎に抱きすくめられている状態をだ。
いくら姉貴が脳天気で、多少天然が入っているとはいえ、これはどっからどう見ても普通じゃない体勢でしかないだろう。
何たって、男の腕の中に抱きしめられているんだから。

「桂、離せ!」
慌てふためきながら俺を抱き込んでいた桂一郎を突き飛ばした瞬間、ドアをノックもしないで姉貴が入ってきたのだった。
もう間一髪、ぎりぎり。

なのに姉貴は俺のそんな状況に気づいた様子もなく、部屋にはいるなりに矢継ぎ早に話し始めたのだ。
「も〜う、いるならいるってちゃんと返事くらいしなさいよぉ。人が呼んでいるんだからさ。口の重い桂一郎はともかく、あんたまで人の事無視しなくたっていいじゃないのよ、和」
「あ…う、うん」
なんかもう、どうリアクションを取ればいいのか分からないままに俺は頷くことしか出来ないでいた。
だが姉貴は俺の返事に不満げにふぅんと目を細めて、こう続けてきた。
「何よ、その気のない返事は。せっかくこの綺麗なお姉様があんた達の為にいーいもんを買ってきてやったのにさ。ほんっと男の子ってつまんないんだからぁ」
いきなり他人の家に上がり込んで、しかもこの部屋の主の返事も待たずにずかずかと上がり込んだ女が言うべき事じゃあないと思うんだけど。なにしろそこは和音だから。

俺と同じく桂一郎とは一応幼なじみになるし、まさしく勝手知ったる他人の家状態だから。
まぁ姉貴にとっては、桂一郎も俺と同じ弟みたいな存在なんだろうと思う。
平気で野間家に上がり込んでいるし、世間的には年頃の男の子という桂一郎もまるで子供扱いだったから。

とにかく。
桂一郎のリアクションの薄さはいつものこととして、俺も迂闊に言い返せない精神状態だったため、和音に言い返せないでいたのだ。
そんな俺達の状態に和音は頓着もせずに、さらに手に持っていた小さな紙袋を俺に見せて、得意げな笑顔を見せてよこしたのだ。

「じゃーん。これなーんだ?」
「…紙袋」
俺が答えるより先に、桂一郎がとても素直な返事を返す。
だけど当然のごとくに、その答えに和音があからさまに不機嫌な表情をした。
「あんたもう!見たまんまを言うんじゃないわよ。これが他の奴だったら、巫山戯てるんじゃないってグーで殴っているところだけど、あんたの場合はマジで素なんだもの。ほんっと、気が利かないっていうか、つまんないんだからもう!」

…確かに、この返事は俺だって怒りそうな答えだと思う。
だけど桂一郎だからなぁ。
冗談でなくて、素で答えてる奴だから。だから姉貴もしょうがないと言う顔をしながらも、くだんの紙袋の中から綺麗に包装された箱を取りだして桂一郎に改めて見せつけたのだった。
「あたしが言いたいのは、外側じゃなくてこの中身よ中身。見なさーい。これを。どう?これを見て、何か分からなーい?」
「箱」

ボカッ!

さすがに二回続けての天然炸裂の答えに姉貴の短い堪忍袋の緒は持たなかったらしい。
わざわざ右手にもった箱を左手に持ち替えて、桂一郎の腹を殴りつけたのだった。
「か、和音…」
おい、ちょっと待てよ。
いくらボケを二度もかまされたからって、殴るのはないだろー。しかも腹をだよ?ちょっとは手加減してやれよ。一応は女の子なんだからさ。綺麗なお姉様のする行動か?
「いくらなんでも殴らなくったっていいじゃんか和音。桂のボケは今に始まった事じゃないんだし」
「だってあまりにあまりな答えなんだもん。人がせっかくあんた達二人を想って、買ってきてやったのに。全然、有り難がってくれないんだもん。何のために、わざわざ買ってきたのかちっとも分かってくれないんだから」
「だから何をだよ」
「紙袋とか、箱とかじゃなくて。この包装紙とラベルを見てって言ってんの」

うん?
ラベルって…。
あ、この銘柄は俺でも知ってる。
「ゴディバ?」
「ピンボーン!」

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