好きまでの距離感〜バレンタイン編、参〜

全部?全部だってぇ!
それはつまり全身を触りたいってことなんか。
上半身だけではなくて、下半身も含めて。
そーいうこと。そーいうことなんか!

狼狽え、戸惑いながら桂一郎にそれを確かめたら、あいつはまた事も無げに頷くし。
「もちろん」と。

それを聞いた瞬間、また無意識に右手が挙がってしまった。
臆面もなく恥ずかしい事を言う桂一郎にむかっ腹が立ってしまったから。

だけど桂一郎も俺の行動をある程度読んでいたのだろう。だてに長い付き合いじゃないからね。
それにあいつも二度も殴られるのは嫌だったんだろうな。右手を振り上げた俺の手を咄嗟に捕まえ、押し止めたんだから。

「こらっ!手を離せよ!」
「離したら、和は俺を殴るつもりだったんだろう?」
「あ、あったり前じゃないか。教育的指導をしてやるから、この手を離せ」
「殴られたら痛い」
「痛くなくちゃ、殴る意味がねぇだろう!」

…ある意味、とっても不毛な会話なんじゃなかろうか。

しかもだよ。
あいつは捕まえた俺の右手を離そうとはせずに、むしろ俺を抱き寄せてきたんだ。

「お、おい。何すんだ。ちょ…ちょっと止めれってば!」
「好きなのに」
「うぐっ!」

お、お前それは反則だぞ!
んな事を言われたら、なんちゅーか言いたいことが言えなくなってしまうんだってば。
いったん開き直って俺への気持ちを隠さなくなってしまった桂一郎に、俺はまだ自分の感情をどう表して良いのか分からないでいる。
だからなのか。
これを言われるとどうしてか立場が弱い気分になってしまうんだ。
あいつの真っ直ぐな気持ちに対して、態度を決めかねている自分の優柔不断さが情けないからなのかな。
桂一郎の気持ちには応えられない。かといって、あいつの手を離すことも出来ない。
多分これって一番卑怯な態度なんだってことなのは分かってるんだ。
分かってても俺は自分があいつに対してどうしていいのか、どう振る舞えばいいのか迷っている。

桂一郎には友情は感じていたけど、愛情はどうなんだろう。
好きなのは好きなんだけど、この気持ちが桂一郎が望んでいる好きとは微妙に違う気もするんだけど…。

「って!お前また、どこ触ってんだ!」
人がほんの少し考えこんでいる間に、桂一郎ときたら俺を抱き寄せ直し、あまつさえ首筋に顔を埋めてきたりしてくる。
「て、てめぇ。こら、止せ。止めろってば。く、首は駄目だっちゅーに!」

俺はくすっぐたがりなんだってば。
耳とか首筋とかは弱点なんだ。
脇腹も背中も腹も足裏も弱いんだけど、耳は殊更しょうもないくらいに過敏なんだっちゅーに。

悪いことに、桂一郎は俺の弱いところも全部知っているのがたちが悪いっていえばいいのか、どこを触れば俺が腰砕けになっちゃう所も知り尽くしているんだ。
「好きだよ和」
「それを言うなぁ!」

耳元でその低音で囁くな。
うわっ!
耳を噛むな。背中をさするな。
ちょ、ちょっと駄目だってば!

「ば、馬鹿。痕なんか付けたら、ぶっ殺すぞ」
「うん」
そこだけは素直に頷くんじゃねぇ。

「あっ…そ、そこは…」
ヤバイ。ヤバイです。
気持ちいいのが、スッゲーヤバイんだってばよ!
「け、桂…」
何かもう、腰砕けになりそうな気分になりかけた俺の耳に、聞き慣れた脳天気な声が階下から聞こえてきたんだ。

「はぁい。和ー!桂君いるー?」
「うげ?!」
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