好きまでの距離感〜第五十六話〜


桂一郎が残念そうな顔をする。
いつもだったらここで突っ込むところなんだけど、今日は止めにした。

この際、あいつの表情についてとかはあまり深く考えないようにしようと思ったんだ。なんかさ…追求したりすればやぶ蛇になりそうな気がして、ちょっとっていうか…身の危険を感じそうなんだもん。
これを逃げと言うなら、逃げと取られてもいいんだ。
俺は自分が可愛いんです。わざわざ自分から進んで、危ない橋を渡る気にはなれないんだもの。
あいつが何を考えたかなんて知らない。知りたくもありませんってね。

…女々しいのは重々承知だい。

ともあれ。
まぁどっちにしても痕がもう消えているのなら、湿布は必要無いだろう。
この湿布の感触はどうしても馴染めないし、貼らずにすむのならそれにこしたことはないんだから。

半分剥がしかけた湿布を思い切って全部取ってしまう。
首から圧迫感が消えた感触にほっとする。
「あーもう、鬱陶しかった」
思わず、愚痴が出ちゃうくらいにさっぱりする。

その間、桂一郎が俺の首筋をじっと見ていたのに気づく。
「何だ?」と聞き返すと、あいつがぼそりと言ったんだ。
「首が赤い」

…また、直接的な表現だこと。

「その首が赤いは、湿布の貼られた部分が肌負けして赤くなっているって言いたいのか?」
俺があいつの言葉の足りない部分をフォローして問い返してやると、桂一郎がそうだと頷いた。
…ったくもう。
言葉を惜しむな、言葉を。

「赤いのはしょうがないだろう。俺、肌弱いもん。元々湿布も好きで貼ったわけじゃねぇし。…って言うか、こんなもん貼らなきゃいけなくなったのも、お前のせいじゃねぇか。だいたいだな。お前が…俺に…」
「俺に?」

あ、やべぇ。やぶ蛇。
たった今、余計な事は考えまいとしたところだったのに。
どうして自分から夕べの事を蒸し返さなきゃならないんだ、俺は。

「も、もういいよ。この赤いのだって、どうせ一晩も寝れば治るだろうし。当初の目的は果たせたから、あとはもういい。お前もそれ以上は追求するんじゃねぇ」
「……」
「何だよ。文句でもあるのか?」
「…別に」

俺が無理矢理に話しを終わらせようとしたのが気に入らなかったんだろうか、あいつの顔がどことなく不服そうにも見えたんだけど、俺はあえてそれには構わないことにしたんだ。
桂一郎も何か言いたそうだったけど、それ以上は突っ込むことはなく、いつもの口調で尋ねてきたんだ。

「首、痒くなってないのか?」
桂一郎とは長い付き合いだから、こいつは俺が肌が弱いことも、湿布系の貼り薬とかが弱いことも知ってんだよね。だからこんな事を聞いてきたんだろうな。
「まぁそれなりに痒い…かな。でも、しょうがないだろ。それに我慢出来なくも無いからさ、別にいい」
「ならいいけど」

そう言ったあと、またつかの間の沈黙がやってくる。
普段なら、こいつと喋りの間が空くのは何とも思わない。元から桂一郎は喋らない奴だし、俺だってのべつまくなしに喋っている訳じゃない。
二人で静かな時間を共有するのはそんなに居心地が悪いと思ったことはないんだけどさ。
でもな〜、今日はな〜。
どうにもこうにも気まずくって。

「な、なぁ桂」
「ん?」

沈黙が怖くってつい話しかけてしまったけど、それから先に言う言葉が思いつかなかった。
駄目じゃん、俺。

「あの…さぁ」
何を言えばいいのか、狼狽えてしまう。
「えっ…と…」
口を開くときは、もちっと考えてから開くべきだったなと後から後悔しても遅いのね。…と、今気づいてもどうしようもないんだけどさ。
何を言ったもんか唸っている俺に向かって、桂一郎が優しい瞳を向けてくる。

「和」
「はい?」
呼ばれて振り向いてドキリとした。

あ…あのですね。
お互いの顔の距離がやけに近くねぇか?と思って。





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