好きまでの距離感〜第五十五話〜


あいつがもそもそと口を動かしている。
やっぱりそこそこ腹が減っているんだろう。俺の食いかけで半分しか残っていなかったサンドイッチをものの二、三口で平らげてしまったんだ。

「牛乳も飲むか?」
ついでに俺の飲みかけのもどうかと進めてみたら、それはいいと断られた。
飲み物なら後でどうにかなるからと言われて、まぁそこまで世話を焼く必要は無いだろうなと思ったので、それ以上は何も言わなかったんだ。
食い終えた桂一郎が俺を見詰める。
それからあいつの視線がふっと下がり、俺の顔を見ながら僅かに眉を潜めた。
何か言い足そうな気配を察して、俺がどうしたと尋ねる。

「何だ?」
「その首は?」

あっ!
そーいえば首にまだ湿布を貼ってたんだっけ。
今の今までこいつとのやり取りに気を取られて忘れてたけど、首にカモフラージュ用の湿布を貼ってたんだよね。

思いだした瞬間、首筋が痒くなってきたような気もするし、ついでに原因がこいつだということも思いだした。
だからつい口調がむっつりしたようになってしまっていた。

「お前の所為だよ」と。
「?」
案の定、桂一郎が分からないという表情を浮かべている。
それからすぐに何かを思い出したんだろうか、思わしげな表情を浮かべてぼそりと呟いたんだ。

「まさか昨日、ベッドから落ちたとき?」
「違うよ」
「だったら…」
「お、お前が俺の首に痕を付けるから、隠すために湿布なんか張ったんじゃねぇか。分かってんのか?」
「痕?」

やっぱり分からないという顔をしている。
うぐぐ。
ここであれを蒸し返すのも嫌なんだけど、言わなきゃ分からないんだろう。こいつは。
これからのこともあるし、今釘を刺しというたほうがいいのかなという気もしたんで、自分の頬が赤らんでくるのも自覚しつつ、桂一郎に首の痕の事を話したんだ。

「お、お前が夕べ俺の首に…す、吸い付いたから…それが赤く鬱血してたんだよ。朝、起きたときに気が付いたんだ。それを誰かに見られるのが嫌で、だからその…隠すために湿布を貼ったんだ。お前が…っていうか、お前の所為でこうなっちまったんだよ」
どうしてもここでキスマークという単語を口にするのも躊躇われたもんで、ついその言葉は極力避けて説明したんだ。
なのに、なのに。
桂一郎ときたら、いともあっさりと言いやがったんだ。
「キスマークか」
「ぐっ…!」

だからぁ。
お前は真顔でんなことを言うんじゃねぇんだよってば!
聞いているこっちが恥ずかしくなるじゃねぇか。

しかも、しかもだよ。
何か桂一郎の顔がどうにも…こう…嬉しそうに見えるような気も…するんだけど?
「何だよ。何か言いたいのか?」
だからつい、ふてくされた言い方をして返してやったんだ。
それにあいつが俺の首筋を見ながら聞き返してくる。
「まだ痕が残ってるのか?」
「あ…どうだろう。もう消えてるんじゃないのかな」

さすがに時間も経ってるから、まだ残ってる事もないだろうと思って首の湿布を剥がしてみた。
「どうだ。痕、残ってる?」
そう尋ねると、桂一郎が「消えている」と答えてくれる。

その言い方が残念そうに聞こえたのは、俺の気のせいなんだろうか?






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