好きまでの距離感〜第五十一話〜


心の準備ってもんがあれば、一応は俺も覚悟が出来るんだろうか。
っていうかね。この時の俺はまるで気づいていなかったんだけど、桂一郎は俺に触れたいの前提で聞いてきているみたいだったんだ。
なのに俺は気づくことも出来なくて、ただもうこの場の雰囲気に呑まれちゃっているようだった。

「同意っていうか…。力任せ、は嫌だ。一応は俺も男だし、あれはちょっと…」
うん。そうなんだよね。
強引に迫られた事も嫌なことは嫌だったんだけど、桂一郎に拘束されてあいつを跳ね返す事が全然出来なかったってのも俺にとってはある意味ショックだったんだ。
同じ男なのに。同じ年なのに。
そりゃあね。
桂一郎はちっちゃい頃からずーっと剣道をやってて、県の大会でもそうとう良い成績を残せるくらいの実力の持ち主なんだから、力が強いのはしょうがないと言えば、しょうがないのかもしれないんだ。
俺はといえば、実のところ桂一郎と剣道を最初一緒にやり始めたものの、途中で挫折しちゃって、それからは運動らしい運動と言えば学校の授業でやる体育くらいなものだもの。お互いの力の差というものは歴然だったと思うんだ。

それにしても…だ。

あそこまでお互いの腕力に差があるとは思わなかった。
強く抱きしめられた腕の強さもそうだけど、腕を突っ張って押しのけようとしても全然ビクともしないんだから。
マジ、あの時の桂一郎は怖かった。
今まで桂一郎の側にいて、あいつを怖いと思った事なんて一度もなかったのに。
自分が結構我が儘な性格だという自覚がある俺としては、桂一郎にそれなりに無茶を言ったりしたこともあったわけなのね。その時にあいつが困ったり、本当にまれ〜に俺を窘めたりすることはあったんだけど、あいつを怖いと思った事は記憶にある限りまるっきり無かったんだ。

なのに、夕べのあいつが見せた男の顔は、ちょっと…かなり、怖かった。
力でかなわないってことが、あんなにも怖いものだとは思いもしなかったんだ。

俺を強く抱きしめた桂一郎の顔も、今まで見たことがなかったし。
いきなり俺の知らない人に変貌しちゃったみたいで、それも何となく嫌だった。

ぶっきらぼうで、無口で、あまり感情を表に出さない奴だけど、でも本当はとっても優しくて俺に誰よりも甘い奴だったのに。
あんな…怖い顔を俺に見せるなんて、信じられなかった。
いきなり俺に怖いことを仕掛けられるくらいなら、まだしも断りを入れてくれた方がマシなのかしら?と思っちゃうくらいに。

頭の中でそんなことをぐちゃぐちゃ考えている俺を見て、桂一郎がどう思ったんだろうか。
俺を見据えたままで、こう言ってきた。

「じゃあ、いきなりじゃなければいいんだな。俺に…触られるのは、気持ち悪くないって思っていい?」
「は?」

気持ち悪い?
あ、あれ?

何を言ってるんだこいつは?と、最初は思った。
どうして俺が桂一郎のことを気持ち悪いなんて思わなきゃいけないんだろうかと。
でも直ぐに、分かったんだ。
桂一郎は男で、俺も男。
普通だったら、同じ男に迫られたら気持ち悪いって思わなきゃいけないんだってことをだ。

でもって、ね。
それを桂一郎に指摘されるまで、俺は欠片も思いもしなかった訳なのよ。
…っていうことは?

あれ?
あれれ?

意外な事実に気づいてしまった。
そうなんだよね。
男に触られる事自体を普通は問題にしなきゃいけないんだよな。
なのに、今の今まで考えることすらしなかった俺って何?
これが他のクラスメイトとかだったら、悩むまでもなく拒絶してた…かもしれないってのに。

なんで俺は桂一郎を拒絶しなかったんだろう。
何だか…考えるとますます訳、分からなくなってきそうだった。

でもこいつのことを気持ち悪いとか、考えもしなかったと言うことは…。
俺はつまり…そんなに桂一郎を嫌いじゃない…ってこと?
触られるのも、実のところは嫌だった訳じゃない?

「和?」
桂一郎が怪訝そうに俺の名を呼んだ。
「え?な、何?」
驚いてあいつを見上げたら、桂一郎が俺を見詰めていったんだ。
「顔が赤いよ、和」

そ、それは………。





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