好きまでの距離感〜第四十九話〜


「行くって…」
あいつが困ったような瞳を俺に向けている。
その真っ直ぐな視線に耐えきれず、俺は俯いてしまっていた。それでもあいつのズボンの裾から手が離せない。
離したら、桂一郎を失ってしまうんじゃないかという恐怖から、手を離せなくなっていたから。

「お前は、俺の側にずっといるんだろう?そう、言ったじゃないか」
あいつの顔を見られないままで言い放つ。
あの幼い頃の約束を盾に取ってまで、俺はあいつを引き留めたかった。
一瞬の沈黙の後、桂一郎がふぅっとため息を吐いたのが頭越しに聞こえてくる。
「ああ、そうだな」
「だ、だったら約束は守れよな。俺に背中なんか向けるな」

な、なんか俺の言い方ってガキくさい?
自分でも自覚してるんだけど、他に言い方をしらないんだ。
どうしたら桂一郎を繋ぎ止められるのかが、分からないから。

ずっと桂一郎のズボンの裾から手を離さないでいる俺に、桂一郎が「参ったな…」と微かに呟いてそのその場にしゃがみ込んできた。
「行かないから、もう離していいよ」
「う…」
優しくあいつがそう言って、俺の手を取りそっとズボンから手を離そうとさせる。
それからそのまま俺の隣に座り込んで、静かに語りかけてくる。
「和にそういう目をされたら、弱いから」

はい?
そーいう目って、どんな?
あいつの言った言葉の意味が分からずに思わず見返してしまったら、もろに桂一郎と目が合ったんだ。
優しいいつもの桂一郎の目。
眼鏡越しではあるけれど、いつものあいつ。
ついさっき、堅い表情を見せたあいつではなかった。

「和は…俺が離れていったら、嫌…か?」
改めて問いかけられた言葉の内容に、再度胸がズキリと痛んだ。
「あ、あったりまえじゃないか。そもそもお前が俺の側にずっといるって、俺に言ったんだかんな。ずっとって言った癖に。言った言葉には責任は持つのが当然じゃん」
「まぁ…確かに」
「だろ?だったらじゃあとか言うんじゃねぇ。物の弾みで言った”嫌い”に拘るんじゃねぇぞ。お、お前男らしくない」
「………」

いやね。
自分でも結構支離滅裂な事を口走っている自覚はあるんだ。
だけど、なんかもうやけくそって感じ?

案の定、桂一郎は困った表情を浮かべているし。
口元を手で押さえて、「参ったな…」と呟いたのが微かに聞こえてくる。

参ったとはなんだよ。
まるできかん気の子供に対する言い方のような物言いに、ちょっとムッとしかけた俺に、桂一郎が何とも言えないような顔をしていた。
「和のそういうところが堪らないんだ」

あ?
何、言ってるんだこいつは。
それはつまり、俺がガキくさいって言いたいんだろうか。
………。
反論出来ないだけに、ちょっとふてくされてしまいそうだった。

あいつが俺を見ている。
その視線の真っ直ぐさにたじろいでしまいそうになったけど、ここで目をそらしたらいけないような気がして、負けじと顔を上げていた。
あいつが俺に問いかける。

「和は俺に側にいてほしい?」
そ、そんなストレートに聞いてくんな。
「お、お前が俺の側にいるって言ったんじゃねぇか」
「まぁそうだけど…」

ここでまた沈黙が間に挟まる。
その沈黙が居たたまれなくて、俺はつい口を開いてしまう。
「や、約束は守るもんだ」
それに桂一郎が僅かに苦笑しながら、こう切り返してきた。
「でも俺は和が好きだよ?」
「う…」

そ、それを今ここで蒸し返すかぁ?





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