好きまでの距離感〜第四十八話〜


また俺のことを見ていて欲しい。
俺のことを和って呼んでいて欲しい。あいつの気持ちを受け入れられないくせに、桂一郎が俺から離れていくことも耐えられないんだ。
これが俺の我が儘だってことは重々承知しているけれど、それも俺の本当の気持ちなんだから。

だからそれだけはどうしても言いたくて、伝えたくて、俺はあいつを見上げていた。
「桂…」
「もういいんだ」
なのに、言いかけた俺の言葉を遮るようにあいつが堅い表情のままでもういいと言い放ったんだ。
「もういいって…」
「お前の気持ちは分かったから、もういいと言った」

は、はい?
俺の気持ちが分かったって、それどういう事なんだ。
「分かったって…何が…」
戸惑いながら、見上げる俺に向かって桂一郎はやけに静かな口調で言う。
「夕べ、嫌いだって言ってたから…。だから、もう何も言わない」

嫌いって…。
あれ?
夕べのあれのことなんか?
だ、だってあれは無理矢理に抱きすくめられて、変なところを触られてパニクった末に口からポロリと出ただけなんだぞ。
あの嫌いに意味なんか無いに等しいんだから。
強いてあるとすれば、俺が嫌がっているのに無理強いした桂一郎の行為が嫌いだと言えばいいだろう。
決して桂一郎が嫌いな訳じゃないのだから。
それをそんな、真剣に受け止めるなって。
お前、ちょっと短絡すぎねーか?

「だ、だからあの嫌いは…いきなりで驚いて、つい口走ったみたいなもんだし…」
「俺に触られるのは嫌、だったんだろう?」
「う…」
嫌っていうか、なんていうか。
ここで触られて嬉しかったなんて言えると思うか?
ましてや、相手は今の今まで親友だと思ってた桂一郎なんだぞ。
触りたい対象となんて、考えてもいなかったんだから。
それを好きか嫌いかの二者択一で判断なんか出来るかっつーの。

桂一郎はどちらかの答えを望んでいる。
だけど俺はそのどちらも言えない。
自分の感情に黒白なんてつけられるはずもないんだ。
何か言わなきゃいけないことは分かっている。
だけど、なにをどう言えば桂一郎が分かってくれるのかが分からない。

答えを探しあぐねて言いよどんでいる俺の態度を見て、桂一郎が瞳を伏せてくるりと背を向けた。
「じゃあ…」

え?
じゃあって、何だよ。じゃあって。
どうして桂一郎が俺に背を向けるんだろう。
もう俺の返事なんかいらないって意味なんだろうか。
俺に背を向けたって事は、桂一郎が俺から離れるって事?

そう思った瞬間、どうしようもない消失感と恐怖感を身の内に感じてしまって、ぞくりと震えてしまった。
駄目。
桂一郎は俺に背を向けちゃ駄目なんだ。
だって、お前はずっと俺の側にいるんだろう?
何があっても俺の側にいなくちゃいけないはずなんだ。

桂一郎は…。お前は俺から離れちゃいけないんだ。

咄嗟に手を伸ばしてしまった。
離れるあいつを繋ぎ止めるために。
それは自分自身でも気づかない程に、無意識の行動だったんだろう。
待ってと思ったから。
俺に背を向ける桂一郎の姿なんて、見ていたくなかったから。

「和?」
あいつが戸惑いながら振り返る。
それから自分のズボンの裾を怪訝そうに見詰めていた。
「和、俺の裾を捕まえたら歩けないぞ」
「あっ、ああ…うん」

桂一郎に指摘されて初めて、俺はあいつのズボンの裾を捕まえて、歩き去ろうとしていた足を止めようとしていたんだ。
自分でもガキくさい行動だと思った。
なのに、この手を離すことが出来なかったんだ。

だって、この手を離したら桂一郎がどっかにいっちゃうみたいで怖かったから。
あいつが俺から離れるなんて、あってはいけないことだと思ったから。
「和、足を離してくれないか?」
「駄目」
「和?」
「離したら、お前どっかにいっちゃうから」





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