好きまでの距離感〜第四十七話〜


俺が咄嗟にあいつから離れたことが、桂一郎にとっても衝撃だったのだろうか。
普段あまり感情を表に出さない奴が、眉間に皺を寄せて酷く苦しそうな表情を浮かべていたから。
そんな顔されるとさ、何だか俺がものすっげー嫌な奴になったような気がして、罪悪感を覚えてしまうんだけど…。

で、でもだよ。
しょうがないじゃないか。昨日の今日だぜ?
いきなりこいつに襲われて、貞操の危機ってもんを感じた翌日なんだもの。俺がちょっとくらい過敏になってたって、仕方ないと思うんだ。
俺が罪悪感を感じる所なんて、これっぽっちもないはずなんだ。
被害者は俺よ?
俺なんだからね。

ホントに、昨日の桂一郎は怖かったんだから。
俺の知らない、男くさい表情で迫ってくる桂一郎なんてさ。
あんな桂一郎は知らなかった。俺の知らない顔を持っている桂一郎なんて、今まで考えもしなかった。

こいつの事なら何でも知っていると思っていたのに。
桂一郎の中に、あんな激しい思いが隠されていたなんて気づきもしなかった。

「和…」
戸惑うように、桂一郎が俺の名を呼ぶ。
ちらりとあいつの顔を見れば、困ったような思い詰めたような表情で俺を見ていた。
心なしか顔色も冴えないような気がした。

もしかして…と、思った。
桂一郎も夕べあんまり眠れなかったのかな?
俺と同じように色々考え込んじゃって、寝付きが悪かったのかしら。
微かにね、あいつの顔色も冴えないのもあるし、目の下に隈…らしき様子も見えたから。

俺だけじゃないんだって思ったら、ちょっとだけホッとしたのも事実だった。
一人だけ悩んで、落ち込んでたりしたんじゃないって分かっただけでもね。

あいつが俺をじっと見下ろしている。
物言いたげな、思わしげな表情で。
暫しの沈黙があった。
それからあいつが目を伏せたままでこう、言ったんだ。

「その…昨日は…ご免」って。

ご免?
ご免…って、言うのか。

多分冷静に考えれば、あいつの謝罪は至極真っ当な事なんだと思うんだ。
嫌がる俺を無理矢理に抱きすくめて、色々…触られたりなんかしたから。
でもね。
なんだかな。
あいつの謝る言葉を聞いても、俺の中のもやもやは一向に消えてなくなりはしなかったんだ。

「お前も一応は悪いと思ってんだ」
だからかな。もやもやを抱えたままで桂一郎へと返した言葉は、とても素っ気ない物言いに聞こえたんだろうと思う。
突き放したような俺の言葉に、桂一郎の眉が寄せられる。

う…。
そ、そんなに傷ついたような顔をするんじゃねぇよ。
また罪悪感が疼いてくるじゃねぇか。

けれど、わざときつい物言いをした俺の言い方にも桂一郎は反論することはなかったんだ。
「和には悪かったと思ってる。俺の…気持ちを無理強いしたようなものだから」
「………」
それに俺は何も答える事は出来なかった。
確かに桂一郎に無理強いはされた。
けれど、今面と向かって謝られていることにも戸惑いを覚えている自分もいるから。
何と言って、あいつに返せばいいのか分からない。
自分が何を言えばいいのか分からないままに、黙り込んでしまった俺を見て、桂一郎の表情が暗くなっていた。
「もう…俺と話すのも嫌なのか?」
え?
ちょ、ちょっと待てよ。何でそこまで飛躍するんだ、お前は。
「べ、別にそんな訳じゃ…」
戸惑いながらも返す俺の言葉に、あいつがふぅっとため息をついていた。
「でも、俺の気持ちに答える気もないんだろ?」

それは…。
でも…。

「嫌いだって、昨日和正に言われたからな」
桂一郎がぼそりと呟いた。

あっ…と思った。
昨日、桂一郎に襲われたときに、確かにそんなような事を言っちゃった覚えはあった。
あったけど、あれは咄嗟に出ちゃっただけなんだぞ?
誰だっていきなり襲われたら、訳分からない事を口走るなんてのはあるだろうが。

それに、今気づいた事があった。
桂一郎が、また俺のことを和正って呼んだ。
和じゃなくて、和正って。
そんな呼ばれかたを桂一郎にされたくない。
あいつには、俺のことを和ってずっと呼んでいて欲しいんだって思ったから。

「あの…さ、桂」





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