好きまでの距離感〜第四十四話〜


あの後、ダッシュで家を飛び出して何とかぎりぎりバスの時間に間に合った。
それでもいつも使っているバスよりか、一本遅いバスだったんだよね。

バスに揺られている間中、首の違和感に馴染めなくて何度となく手を首筋に当てていた。
どうか今日一日、これがばれませんように…と密かに祈りながら。

いつもよりか遅めのバスには、それでも同じ学校の奴が何人かは乗っていた。こいつらも俺と同じくぎりぎり派なんだろうな〜と、妙な親近感を覚えながら揺られていた。

それから後はもう、駆け足よ。駆け足。
一緒のバスに乗っていた奴ら、全員で走っちゃった。その中には女子もいたんだけどさ。もちろん、彼女達も走ったさ。
バス停から校門まで結構いい距離なんだけど、まぁ頑張っちゃったね。

ぜーはー言いながら、階段を駆け上がり教室へとたどり着く。

中へ入るなり、まだ担任の先生が来ていないことに気が付いて、自分の机にへばり付いちゃった。
朝っぱらから、体力と気力を使いすぎた気分だった。

「よう、おはよ中西。どうした?今日は随分、ぎりぎりじゃねぇ」
自分の机にへたり込んでいる俺に向かって、隣の席の三村が声を掛けてきた。
普段ならここで軽口を返しているところなんだけど、今日はどうにもそんな気分にすらなれなかった。
「おはよ、三村。今日はちょっと…な。寝坊しちまったんだよ」
「寝坊?」
俺に返事になるほどねと、頷いていた三村だったが、おや?と俺の首筋に目を向けてくる。
「中西、その首に張ってある湿布はどしたん?」

ぎくり!

や、やっぱり見付けられたか。
つーても、こんだけでっかく湿布を首に貼ってあるし、湿布薬特有の匂いは誤魔化せないだろーな。心中、密かに冷や汗を流しながら、三村に答えていた。
「あ、ああこれ…ね。実はさ、今朝起きたら何か寝違えちゃったらしくって、すっげー痛くってよ。そんで湿布薬張ってきたんだ」
「寝違え?なんでまた筋、違えたんだ?」
「ああ。ゆ、夕べ漫画読みながらそのまんま寝ちまったら変な寝方してたみたいで。朝起きたらさ、首が回らねーんだわ」
そう答え、ついでにアハハと乾いた笑い声なんかも白々しく付け加えてしまった。
俺のベタな言い訳にも、三村はさして気にした様子もなく「ああ、なるほどね」とこっちがあっけないくらいに信用してくれたんだ。
三村自身も覚えがあるのだろう。寝違えだという俺の説明に大きく頷いて、苦笑いを浮かべながら言ってきたのだ。
「寝違えは、あれ痛いんだよな。俺も何回か経験あるから分かるわ。マジで首、回らないからな。放っておけば治るのは分かってんだけどさ、湿布張りたい気分だよな。まったく」
「う、うん。そーだよな」

顔が引きつりそうになりながら、俺は答えていた。
もちろんこれは別に寝違えたのでも何でもなくて、只のカモフラージュにしか過ぎないんだ。
誰がたかが寝違えなんかで湿布薬を貼るもんか。こんなもん、一晩寝れば治るんだ。迂闊に素肌を晒すわけにいかないから、張ったに過ぎない。

それもこれも!
桂一郎のアホが付けてくれたキスマークのせいなんだ。
あいつの所為で、張りたくもない湿布薬を貼る羽目になっちまったじゃねぇか。…ったく、もう!

今朝、これを見付けたときの衝撃すら思いだしてむかついてきそうだった。
あの馬鹿が首筋に吸い付いてくれたせいで、ついちまった鬱血の後。しかも一個だけならともかく、複数だよ、複数。
これは傷テープなんかで隠すには無理があったから、やむを得ずにべったりと湿布薬を貼ってきたんだ。
中途半端に隠すよりかは、思いっきり目立たせちゃえ…とばかりに。
あれだな、つまり。”木を隠すには森の中”ってやつ?

………ちょっと、意味が違うかな?
う〜〜〜ん、まぁいいか。

ともかくもだ。この鬱血の後を隠すべく、寝違えという嘘を吐いて首を隠しちゃったわけなのよ。
実際問題、今までにも寝違えは何回か経験あるからね。そんときに、マジで湿布薬貼りたいなぁ…と、思ってたから。
もっとも、今まで思ってても貼らなかったのは、湿布を貼った後に肌が負けちゃって痒くなるからしなかっただけなんだ。
でも今日は痒いとか言ってらんないから。
下手に鬱血の後を突っ込まれるよりかは、肌負けしたほうがマシ。痒いくらいがなんだ。
キスマークを人様に晒すくらいなら、嫌いな湿布だって貼ってやる。

むしろ俺はキスマークを隠すべく、湿布薬を思いついた自分を褒めたやりたい気分だったんだ。
俺って偉い!ってね。
案の定隣の席の三村に突っ込まれたくらいだもの。
ホント、神経すりへらしそうだわ。

大きな大きなため息を吐いて、さらに俺は机にへばり付いてしまったんだ。





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