好きまでの距離感〜第四十二話〜


いつもなら、こんな時間になっていたら母親が起こしてくれるはずなのに、今日はどうしたんだろうと思いながら台所に顔を出したんだ。
「母さ…!」
呼びかけた瞬間、キッチンから母親と姉貴の言い争う声が聞こえてきた。

「何であんなに遅い時間に帰ってきてたの?今日が仕事だって、あんた知ってるんでしょ?」
「うっさいなぁ。ちゃんと遅くなるって連絡入れたのに、そこまで怒ることもないでしょう」

は…はい?
何事が起きてるんだ、いったい…。
何で起こしてくれなかったんだって文句を言おうとしたらだよ、台所で母さんと姉貴が朝から派手な親子喧嘩を繰り広げていたんだ。
母さんの目はつり上がってるし、姉貴は姉貴で、パジャマ姿で言い返している。
あちゃ〜。
こんなむきになっている二人って、久々に見た感じ。
いつもはまるで友達みたいな親子なのにさ。姉貴も母さんも性格似てるから、仲良いときはいいけど、いったん衝突しちゃうと激しいんだよね〜。二人とも結構気が強いし、口じゃ負けないからなぁ。

「そんなに怒ること、ないでしょ。ちゃんと昨日、帰りが遅くなるって連絡いれたじゃないの。無断外泊ならともかく、断りをいれたのに、何でそんなに怒られなきゃいけないわけ?」
「朝方の3時に帰ってきて、どこが遅くなるって?今日も仕事があるくせに、今まで何してたの」
「だから、友達と呑んでてちょっと羽目をはずしただけじゃないの。いいじゃない、一応家には帰ってきたんだから」
「そーいう問題じゃないでしょ!それに、何。その口の訊き方は」

うわ〜。
二人のあまりに剣幕に、何で朝起こしてくれなかったんだって言うのすらはばかれる…っていうか、とてもじゃないけど口を挟むことすら怖すぎるって感じ。

姉貴の帰りを待っていたんだろうお袋は、あんまり寝てないらしくって頭から湯気が出そうなくらいに怒りまくってるし、姉貴もどうやら遅く帰って来て睡眠時間は短かったのかもしれない。目とか充血しているのが、見て取れたんだ。

しかし帰りが午前3時とはね。
姉貴、今日は平日だって事知ってて遅くなったんかな。
会社務めなくせして、午前様の帰宅なんて。そりゃ母さんも怒るわな。
それでなくても母さんは不真面目な人間って嫌ってるから。
仕事をちゃんとした上での遊びには寛容な人だけど、中途半端って一番嫌う人なんだよね。

それにしても、だ。
母さんの怒り方がいつもよりかきついし、姉貴も何かむきになってないか?
「もう子供じゃないんだから、そんなに怒らなくったっていいじゃないの。仕事にはちゃんと出るから、それでいいでしょ?」
そう言い捨てるなり、姉貴が母さんに背を向けて歩き出していた。
「和音!」
呼びかける母さんを無視して姉貴が自分の部屋へと駆け上がっていく。
その途中で入り口付近にいた俺の側を通り過ぎたんだけど、俺の顔を見もしないで行っちゃったんだ。

えっと…あの…俺はどうすればいいわけ?
飯が欲しいんだけど、母さんは何だかとっても意気消沈しているみたいだし…。
暫く、戸惑っていたら母さんの方から声がかかってきた。

「和正?ご免なさいね、朝ご飯はパンでいい?今朝はね、ちょっとあんまり支度が出来なくって…」
「あ…うん。別にいいけど…。ねぇ、和音どうしたの?」
俺の問いかけに、母さんが冷蔵庫から食パンを取り出しながら盛大なため息を漏らしていたんだ。
「どうもこうも…。昨日、帰りが遅くなるって連絡があったのはいいんだけどね。帰ってきたのが、午前3時よ。今日も仕事だっていうのに、何を考えているのかしら、あの子ってば」
「うん、まぁ…」
確かに今日も仕事がある勤め人にしては、遅い時間の帰宅ではあるだろう。
でも、何だかそれにしては母さんの怒り方はいつもよりきついような気がしてならないんだけど…。
「でも、和音だって別に朝帰りしてたって訳じゃないんだし、友達と飲みに行ってちょっと羽目を外しただけじゃないの?」
姉貴の肩を持つ訳じゃないけど、連絡を入れていた訳なんだし、あそこまで怒らなくたっていいんじゃないのかなって思ったんだ。
けれど母さんがそれにも眉を潜めた様子で答えてくれたんだ。
「普通の友達ならね。あの子、菜摘ちゃんと飲みに行ってるって連絡くれたんだけど、どうやら違うみたいなのよ」

え?
それ、マジ?
驚く俺を見ながら、母さんがオーブンレンジから焼けたトーストを取り出しながら、こう続けたんだ。
「本当に菜摘ちゃんと一緒なら、母さんだってここまで口うるさく言わないわよ。でもね、あの子嘘をついてまで遊びに行ってるの。何でそんな嘘つかなきゃならないのか。一緒にいるのが言えない相手と飲みいってるっていうのが、嫌なのよ」
「あ、うん…」

そりゃそうだよな。
嘘吐いてまで、一緒に飲みに行く相手なんて、どう考えてもおかしいもんな。
母さんがいつもよりか気にしても、無理ないか。

普段饒舌な母さんが、あまり何も言わずに軽い朝食を作ってくれて、俺は黙々とそれを平らげていた。

何だかね。昨日からの桂一郎の事とか、今朝の姉貴と母さんのやり取りとかが一遍におこっちゃって、俺の頭はもう飽和状態になっちゃっていたんだろうな。





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