好きまでの距離感〜第四十話〜


それからどれくらい泣いていたかな。
時間なんてよく、分からなかった。
でも、泣いて自分の感情を吐き出して、ある程度すっきりしたのは事実だった。

ドアの前に座り込んでいた俺はのろのろと立ち上がり、それからベッドの方へと移動して、体を投げ出すようにして横たわった。
シーツを握りしめ、顔を埋める。
頭の中はさっきのあいつの事でいっぱいだった。

俺を抱きしめる力強い腕。逞しい胸。俺をじっと見据える眼差しに、耳元で囁かれたあいつの…囁き。
思いだしただけで、身の内に妙な疼きを感じて、俺は自分で自分を抱きしめていた。

この感情をなんと言えばいいのだろう。
俺は…あいつが…桂一郎が怖かった。
今まであいつの側にいて、怖いなんて思ったことは一度としてなかった。

我が儘で甘ったれの自覚がある俺としては、これまで結構桂一郎に色んな事を言いたい放題してきたんだと思う。
でも、あいつはそんな俺を呆れたり、けっして見捨てる事はしなかった。
静かに、いつもの穏やかな態度でずっと側にいてくれたんだ。

昔からずっと。
そう…あの昔の約束の通りにずっとだ。
「和の側にずっといるよ」って、誓ってくれたあの頃のままに。

それなのに…。
なのに、さっきのあいつは違っていた。
俺が「嫌だ」と言っても、「止めて」とお願いしても離してくれなかったんだ。
強く抱きしめて、逃してくれなかった。
それどころか…。

そこまで思いだして、もう一度ぞくりと体を震わせてしまっていた。

桂一郎が俺に触れた。唇で、触れられた。
あの行為を反芻しただけで、体が熱を帯びてきそうだった。
俺を抱きしめて、首筋を舐め、耳を…噛まれた。
思わず、手を自分の耳に当てていた。
あいつに触れられた耳が熱かった。

桂一郎は俺を好きだと言った。
あいつの好きが、こういう行為を含んだ好きだと言うことを、自分の体で思い知らされたような気分だった。

桂一郎は…その…。
俺にああいう事をしたかったんだろうかって。
「うっ…」
駄目だ。
考えただけで、変な気分になってしまいそうだった。

居たたまれないっていうか、落ち着かないっていうか。身の置き所が無い…っていうか。

そして何より分からないのは、自分自身だ。
あんな事されたのに、桂一郎の事が嫌いになれない自分がいるんだ。
もしかしたら、それが一番の衝撃なのかもしれない。
あんな酷い事をされたのに、俺は桂一郎を嫌いになんてなれなかった。

どうしてなんだろう。
どうして俺はあいつを嫌いになれないんだろう。
怒って、嫌って、もう二度と顔も見たくなって、考えるのが普通じゃないんだろうか。
何故…なんだろうか。

「桂…」
思わず、あいつの名前を呼んでいた。
何だか、胸が痛んだ。
ただ痛いとも違う。疼くような締め付けられるような感覚。

桂一郎が俺をどう思っているのかは、身をもって知らされた。
でも、俺は?
俺は…桂一郎をどうしたいんだろうか。

何もかも分からなくなっていた。





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