好きまでの距離感
〜第二十五話〜


ぐだぐだしようが、ぼけていようが、とにかく時間は過ぎていく。
はっきり言って、午後の授業の記憶なんてまるでなかった。惰性でノートは取ってはいたけど、内容なんて何一つ覚えていなかったから。

全ての授業が終わり、さぁて帰るべぇかと鞄を持ち上げて足を進めた俺に、クラスメイトが一緒にゲーセンにでも行かないかと誘ってきた。
でもさ。どうせ今の状態で行ったとしても、バトルになんざならないと自覚できただけに、ゲーセンは謹んで辞退したんだ。
「じゃあな」と手を軽く振って教室を出、俺は真っ直ぐに校門に向かおうとしたんだ。
したのだけど…。

ついつい足が剣道部の方向へ向かっていったのは、多分無意識。
どうにかしようと思った訳じゃない。
ただ、気になっただけなんだ。
あえて言うなら、桂一郎の顔が見たかっただけなのかもしれない。
見て、話しかけようと思った訳でもない。もちろんあいつの顔を見たくらいで、この胸の中のもやもやが解消出来るなんてお気楽な事を考えたんじゃないけどね。
本当に無意識のままに足が向いただけなんだ。

近づいた先の剣道部。

まだ早い時間だったらしくて、本格的な練習は始まっていないみたいだったんだ。
かけ声とか、竹刀を打ち鳴らす音とかが聞こえてこなかったから。
だからといって、まるっきりの部外者である俺がひょっこり顔を出すのも気が引けて、こっそりと窓から中の様子をうかがったんだ。

桂は…どこだ?

中をざっと見渡した。広い体育館とは違って、わりと直ぐにあいつの姿は見つかった。
「は?」
無意識に漏れた掠れた声。
あいつの姿を認めた瞬間、俺の心臓がぎゅっと絞られたような感触を味わったんだ。
桂と…崎谷さん?
だって。だってあいつってば、崎谷さんと話し合っていたんだもの。
桂一郎の無表情さはいつも通りだとしても、崎谷さんの明らかに嬉しそうで、はにかんでいる笑顔は、遠目にも鮮やかな程なのだ。
正直言えば、今まで桂一郎が剣道部で他の女子部員と親しく話している場面なんて、見たことがなかったんだ。
義務的な用事とかで話してるのはあったかな?
でも、それだって殆ど記憶に無いくらいだ。
男子部員とかと会話してるのは有ったけれど、女子とはそれこそ皆無に近いくらいに。

もしかして桂一郎に関心を持っている女子部員は今までにいたかもしれないけど、何しろあいつはあの性格だろう?
気軽に話しかけるようなタイプじゃない。
また桂一郎も自分から進んでお喋りをするような性格でもない。
だから俺は、今まで桂一郎がこんな風に女の子と話している場面なんて、見たことが無かったんだ。

とても嬉しそうに顔が綻んでいる崎谷さん。
それに相対している桂一郎は…。あいつは楽しそうなんだろうか?
付き合いの長い俺にも、今ひとつ判別出来にくかった。
だけど、だ。
だけどあんなに可愛い子に好かれて、嬉しくない男なんていないわけがないと思う。
しかも彼女は可愛いだけじゃない。性格だって良さそうだし、スタイルだってよかったから。
そうだよな。男だったら、彼女みたいなタイプと付き合いたいと思うよな。

…あれ?

何で俺、ショック受けてんだろう。
親友に彼女が出来たら、普通は祝福しなくちゃいけないんじゃないのか?
おめでとう!とか言ってさ、その後に俺も負けずに頑張らなくっちゃ…とか、言って………。

何とかそう思いこもうとしたけれど、どうにも自分の気持ちが沈み込んでいるのはごまかせなかった。
自分の中の思いを一番分かりやすい言葉に当てはめてみれば、それは”裏切られた”っていう感情に近かった。
何でそんな言葉が浮かび上がってくるのかなんて、分からない。
でも、とにかく桂一郎が俺からいきなり離れていったみたいで辛かったんだ。

離れる。

ふいに小さかった頃の記憶が蘇った。
「ずっと和の側にいるから」
ちっちゃい頃に交わした約束。
それを何で今のこの時に思いだしのか全然分からなかったけど、俺は無意識にぼそりと呟いていたんだ。
「桂の嘘つき」ってさ。





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