好きまでの距離感〜第六話〜



いきなりの大声と共に、誰かが俺の後頭部をぶん殴ってきたんだ。

「うごぁ!」
げほっ!

なんせ俺、歯磨き中だったじゃん。
口の中に突っ込んでいた歯ブラシで、上顎を思いっきり突っついてしまったんだ。
「て…てめー、危ねぇじゃないか!俺、歯磨いていた真っ最中だったんだぞ!歯ブラシで喉、突いてたらどうすんだよ。俺を殺す気か?この、凶暴女!!」
喉元を押さえ、半分咳き込みながら俺は振り返り、人の後頭部をどついた張本人の顔を睨み付けてやったんだ。

なのにそいつときたら俺に謝るどころか、まるで悪びれる事もなく当たり前の様子でそこに立っているんだ。
「あんたがいつまでもぼーっとした間抜け面で洗面所を独占してんのが、いけないんじゃないの。こっちだって朝は色々支度があって忙しいんだからね。男はそのまま出掛ければいいんだろうけど、女はやることが多いのよ。分かったら、ちゃっちゃとすませてよ」
くそ…。なんつー口の悪さなんだよ、この女は。
「あのな…和音」

パジャマを着て、これまた寝癖で頭を爆発させた姉貴がそこにいた。
これでも世間様では美人で評判らしいんだろうけど、俺の目にはただの凶暴で口の悪い乱暴者にしか見えないんだ。
「だからってなぁ、人を殴るなよ。この、暴力女」
「ぼやぼやしてたから頭に活を入れてあげたんじゃない。お姉様の愛の鞭よ。愛の鞭。わかったぁ?」
何が愛の鞭だ。お前の暴力には愛なんか一欠片も感じないっちゅーの。
「ぼやっとしてたんじゃねぇよ。ちょっと考え事してただけじゃないか。わざわざ殴らなくっても、一言言えばいいだろう?」
そう言い返す俺に向かって姉貴がふふんと鼻を鳴らし、俺を見返してきた。
「考え事?何よ、今日も僕ってば可愛いなぁとか、考えていたわけ?ずーっと鏡、見詰めちゃってんだから。あんたってば」

ああもう。ああ言えば、こう言い返すんだから。
「人をナルシスト扱いすんじゃねぇよ。気色悪い。だいたいナルシーはそっちじゃねぇか。鏡大好きっ子な癖してよ」
「それのどこが悪いの?女と鏡は一対なのよ。とにかく、さっさと場所を空けてよ。早く支度しなくちゃいけないんだから」

言うなり姉貴が俺を無理矢理にどかしにかかる。
なんかもう、反抗する気さえ失せたね。
歯磨きを手早くすませて、俺は学校へ行く準備をすることにしたんだ。





BACK NEXT