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愛して欲しいんだ 他でもないアンタだから 少しでも多く 深く
愛して オレを見て
こんなにオレはアンタを想うのに
アンタはそうじゃない
それをズルイと呟くのはお門違いでも
オレ自身が欲求を口にしていないのに応えろとの理不尽を飲み下しても
オレは、アンタが 苦しくて堪らない こんな自分が嫌で堪らない
何よりこんな爛れた内面を見られでもしたら その全てを受け止めて欲しいと切望しても その全てに失望されたらと思うと
一歩も動けない 変えるための半歩すら遠すぎるんだ
解放されない苦痛に引きちぎられる前に 返ってくる『想い』が欲しい
気が狂う寸前に
気付いてくれ
気が狂ったら
もう気付かないで いい 苦しい
愛して
【3】
ティーダの表情は顔を微妙に彩ることになった。
自分でも説明の付かない内面の動きへの戸惑いが色濃い故に、それは相手に不快を催すものではない。さほどの面識もない相手に遭遇して、さて声でも掛けるか、黙礼に終わるか、いっそ素通りで済ませるかの対応に惑っているようにも見えた。ティーダは基本的に人なつっこいのでこう後手に回るのは珍しいのだが。 ……あ?
子供達の群れの直中にいる少年の顔もなにやら表情がある。
だが、それは自分の困惑に似ているように思えるのだが、何かそれでくくってしまうには難しい。 どこかこちらの様子を伺うようなのは一体何故か。まさか自分の不機嫌が相手に届いた訳もあるまい。 動きを止めた少年を囲んで他が怪訝に思い始める。 そう、その少年の顔はまるでいたずらを見つかった子供のそれとよく似ていて─────
「なにぼさっとしてるんだ?早くまたブリッツするぞ?」 内心を知らぬ友人の声に少年の視線に慌てた様子が加味されて。それを優れた視力を持つティーダの双眸が見落とすことはなく。
ほんの偶然で、栗茶の髪の下に隠そうとしたものを読みとってしまった。 ────お風呂に入るときにはちゃんと包帯をとってね そう心優しい少女は咬んで含めるように、包帯の具合をみている彼に言ったのに。
よくよく見れば、その癖のある髪は滴をしたたらせていた。 「おーい、そこの少年。もーう言われたこと、忘れたんすか?」 服も濡れていて、手に巻き付いていた包帯など言うには及ばない。ティーダがここに来る直前まで海中にいたのだろう。そして遊び疲れて一休みのつもりで出てきたところに運悪く自分が通りかかってしまったのだ。
決まり悪げにこちらをちらちら見る幼い少年は、だからそんな表情をしていたのだ。 いけないと言われていたことを、我慢できずにしてしまった。そしてそれを咎めた本人に目撃されて。 決まり悪げに口を曲げている。「なんだ知り合い?」という周りの問いかけにもはっきりと応えないまま澄んだ瞳を開いていた。 聞こえないかもしれない、と思うくらいの声量だったがこちらの意味することはきっちり伝わった模様だ。
周りが困惑して二人の間で視線を移動させている間にティーダは少し距離を詰めた。 「濡らさないでって言われなかったっすか?」
咎める割には軽い口調で再度言った。
数人いる子供はティーダに道を譲る格好で脇へ一歩のいているので、ティーダと少年の間に小さく道が開いた感じだ。 見つかりたくないところを発見されてしまった少年は落ち着かなげに、蒼い瞳を左右に揺らした後、ゆっくりともう一対の蒼い瞳に合わせた。 反省はむしろ少ない。さらに強く注意を促されることへの恐れと、せっかく手当をしてくれたのにそれを台無しにした罪悪。 なにより色濃い、それでも自分の意志を優先するどこか反抗的な光。 たとえそれが大人にとっては怪我より格下、それでも子供にとっては最優先の遊びを先んじることが理由でも。 ここで、良識ぶった大人を演じる方がいいのかもしれない、が。 「痛くないんすか?」 きかんきそうに結んでいた唇が、緊張を削がれて薄く開く。
「水とか傷にしみない?」
予測していた言葉と違う物が相手から送られて少し面食らった少年。
野生動物の仔のような警戒がまだ表情の数割を占めていたが、少しずつ表示部分を変えていく。 苦笑している自分より年長の存在の意図するところをまだ把握できていない。それでもずいぶんと華奢な体から余計な力が抜けたのが目視できる。 そうすると、今度は人なつっこい表情が見え始める。 「んー、最初は痛かったけど……今はそんなでもない
遊びに夢中になったらまぎれちゃったのかな?」 湿った包帯が張り付くのか、握ったり開いたりを繰り返す手は動きが遅い。それでも動かすと傷がうずくのか微妙に眉が寄る。けれどそのくらいでの束縛は、動き回る事への足かせにはならないらしい。
「それかあれだろ、お風呂入るときとかさ、初めはめっちゃしみんのにしばらく我慢してたら大丈夫ってヤツ!」
そういったのは黒い髪の子供。もうすでに海に入ろうと足が地に着いていない。
特に攻撃的な意図もなさげな年長者を相手にするよか、一刻も早く遊びに戻りたいというのだ。 海が彼らを呼ばなくとも、彼らは海に誘引されてしまう。 確かに天候も良く、海面は大きな波もなく青色を広げている。陽光によって所々白い輝きを帯び、風によってその煌めきを揺らせる。 その雄大でいて広大な遊び場を前に指をくわえていろ、という方が難しい注文だ。 手持ちぶさたに一人が蹴っていたボールが、転がる。
少しかがんで砂を付着させたそれを拾い上げる。体になじんだ重さ。子供の遊び道具相応に質が良いわけでもないが、この触り心地は身近過ぎる。 「ちょっと借りるぜ」
誰の所有物かわからないから、最も近くの栗茶の少年に断る。
どうしていいのか返答を決めあぐねたのは、自分の持ち物でないからより、ティーダの唐突な行動に虚を突かれたからに違いない。 返事を待たずにティーダはボールを額に載せた。秀でた額を転がり落ちるかに見える球体は、少年の頭部に引力でもあるかのように吸い付いている。 それだけで子供達の意識が自分に注がれることを感じた。好奇と怪訝に満ちた視線。そんなものは慣れている。 しばらくバランスをとるように額を空に向けて立ってから、鋭く頭を振る。 頭上に跳ね上げられたボールを追って子供も顔をあげる。前後左右に少しも位置をずらさずに真上にボールを上げることはとても難しいのだ。 今度は驚きの声が漏れて。 まぶしさを堪えて、地上に引き付けられてくるボールを見つめた。次にボールを受け止めるところは。 目を丸くした子供達。きらきらとただでさえ大きく見える瞳を見開いていて、そうしたらそれこそこぼれ落ちそうだ。
半歩体を引いて、地面に衝突しそうなボールを足で掬い上げる。今度は真っ直ぐより斜め上に宙に蹴り上げられたのは、また額で受け止めるため。 手を叩いてはしゃぐ余裕もないくらい、彼らは息を詰めて球体を自在に受け止めてみせる姿を見つめた。時折あがる興奮した叫び。
昔、自分はこんなことができなかった。 これよりもっと簡単な、ボールを蹴り上げる、ただそれだけだって満足にできなかった。 勝手に出来るようになったわけではない。一度できてもその後が続いたわけではない。 時折、ふと行き詰まっていた子供の自分を思い出す。 「すごいや、にいちゃん!」 「ねえねえ、もっとしてみせてよ!」 自分たちとは違った段階にいる相手に、嫉妬でなく感嘆でもって受け止める。それはそれでこそばゆくて、心地良い。もとより悪意ある感情を向けられるのは好きでない。しかしそれだけで終わると向上心もないようで、ティーダは好まない。
「どもッス。別にそれでもいいんだけど、この人数でミニゲームでもしてた?」 この中で一番見知った少年の頭頂に、片手で受け止めたボールを軽く乗せた。
瞬いて、大きな青玉がボールの下から自分を見上げる。 「んじゃさ、オレも混ぜてよ?」
計算してしているわけでもない。だが彼を好意を持って知る人間達が言う「無邪気で屈託がなくて鮮烈な笑顔」。それは本人の無意識で発現し、多くの人々を惹きつける。 子供くさ過ぎず、かといって男くさいわけでもない年齢、性別の分別域を超えた特質。 つられた子供達が心からの笑みを顔中に浮かべて、
「おれ、おにいちゃんと一緒のチームがいい」 と次々飛びつくまでに、波が引いて寄せるだけの時間もたってはいなかった。 時間を計る器具がこの場にない。だからゲームは二点先取制にした。近くに時計を貼り付けた建物はあるのだが、海に入ってしまえば見えない位置にあるし、時を知らせる人間も居ない。 「ハンディをどうしようか」とも思っていたのだが、それも人数がティーダが加わることで奇数になったので敵対チームに多く分配して、後はティーダが右手を使わないことで解決することにした。 あまりにハンディをつけすぎると彼らは逆に嫌がる。負けず嫌いなのだ。自分もそうだから、なぜかそんな苦闘する姿に混じるのが楽しい。 結局ティーダの入ったチームが相手に得点を許さないまま、二点を先取した。そのどちらもティーダが入れたのではない。 さすがに疲れて海面に漂うことより、地上に足をつけての休息を選んだ。 身を引き上げて、防波堤に腰を下ろした隣に争って子供達が押し寄せる。その勢いに押されて海に突き落とされかかり、危うく踏みとどまった。そんなティーダの努力を知っているくせに彼らはまだ悪びれずに寄ってくる。むしろ力の入った表情をおもしろがっているくらいだ。 「すごいね、にいちゃん!」
試合中も反則すれすれでボールを奪おうと躍起になっていた子供は、よく見れば少女だった。
そんな自分の思い違いを発見した驚きを誤魔化して笑ったのだが、どうせ照れ笑いだと取られただろう。 「ねえ、どこのチームに入ってるの?」
前にビサイド島に流れ着いてビサイド・オーラカにもそう決めつけられたことを思い起こす。無所属だという考えは浮かばないものらしい。
笑って聞いてきた本人に向けて上半身を捻ったとき、向こうから歩いてくる人物に気付いた。 「オレっすか?オレは────」
街の方から歩いてくる少女がどうもここを目指しているらしい、と気付いて口をつぐんだ。
そんなティーダの仕草につられて子供達がぽつぽつそちらを向く。表情も一様に変わっていく。やはり、彼女と面識があるらしいのだが。 ただ一人、他と少し違った物を混じらせた子がいた。
「こんにちは、もうお疲れ?」
にっこりと笑った少女は十代半ばぐらいでティーダより年下、だが子供達の群れの誰より年上のようだった。
日に焼けた肌は健康的で、白いよりむしろこの少女の屈託の無さに魅力を添えている。美人と十人中の半分はいう容姿だが、愛嬌がそれより前面に出ていて笑うと驚くほど無邪気で魅力的に見える。 短く口々に彼女に答えを返す中、あの違った顔をした子だけが口をつぐんでいた。誰かが彼を肘でつついたが、よけいに頑なにさせるだけに終わる。 「セナルが怪我したって聞いたんだけど……」
明るさを少し潜めて、少女が顔を曇らせる。見つめる真っ直ぐな視線の先にいた少年は不自然なまま、包帯に手をおく。
「………別にたいしたケガじゃない」
「あのね、だからっていったって、海に入って遊ぶことはないでしょ?」 傷を汚したらどうするの
「…塩水で貯蔵とかするんだから、これも殺菌になるからいい」
さすがにティーダにもその論法は無理がありすぎる気がした。保存料のないスピラで食べ物を保存するには乾物にするか塩漬けにするかに大別されるのは確か。塩で菌の汚染を防ぐとか、医療器具を洗浄殺菌するのはきいても、これはこれで訳が違う。
海水はいくら澄んでいても傷口にとって清潔とは言い難いはず。 聞く耳を持たない言葉に、少女は小さく息をついた。
「そうじゃないでしょうが……痛くはないの?」
遊びたくって我慢比べなんかしてるんじゃないわよ?
口調の強さと裏腹に、その仕草には心配する気配がありありとしている。
意志の強そうな眉が斜めに下がって、そうしてみると少女が第一印象より静かな物を感じる。 さらに距離を詰めて、少年に向き合おうとする。少女の方が少し身長が高かった。 「別に遊ぶなって言いたい訳じゃないん────」
少年の動き回っている事への嘱望に理解を示そうとしたのだが、他でもない相手に強引に切り伏せられた。
「うるさいなっっもうそんならほっときゃいいじゃんか!
いちいち言われなくたってわかってるよ!!」 その場にいたティーダまでも唐突に爆発した激しさに面食らう。小声でさざめいていた子供の声も途絶え、海からの音だけがやけに大きく聞こえた。 大きな茶色の瞳を少しみはっただけで、怒鳴られた少女は臆することはなかった。 「………わかった、じゃあまり遅くまで遊びすぎないようにね」
逆に落ち着いた視線を向けられて、少年の方が蒼い瞳を海に逸らした。
「もう、返事ぐらいして欲しいわ…」
呆れるでもなく漏らした吐息にさほど疲れが見えないのは年長者の余裕か。
少し待ってもみたが、閉ざした口が開かれる前兆もないので少女は軽く髪を揺らして今来た方角に足を踏み出した。 周囲の子供に二言三言言葉を交わすと、未練があるのか少年を振り返った。それでもいっこうに頑なな様子が崩れないので、ティーダに一礼をすると今度こそ真っ直ぐ街に歩いていった。 一度も振り返らない。 そして少年もその海から寄せる風に髪がおどる真っ直ぐな背中を追わなかった。 「お前さあ、なにそんなにガンコになってるの?」 「そんなに『姉ちゃん』がイヤなのか?俺は好きだけどなあ」 「きれーだし、つき合いやすいし、あのヒトが『お姉ちゃん』に『なって』くれて良かったじゃん」 羨ましいくらいだもんな。
純粋な羨望とここには居ぬ人への賛辞。
無責任に吐き出しているのでないが、ひっそりと少年に突きつけるものが埋もれていた。 始めて額にかかった栗茶の髪を振って、もう見えない少女の奇跡を手繰って僅かに辿る。 「別に、嫌いなんかじゃない……そうなんじゃ、……ない………」 どこかやるせなさを噛みしめた声は、年齢にそぐわない苦さを含んでいた。 今までにもこういうことは幾度か有り、それを目撃し、時にこうして間近で内容までつぶさに聞いたことはある。だが他の子供達の誰もが少年の思うところが掴めない。 数歳しか違わぬ相手に子供扱いされることに反発を覚えているのか。彼と彼女のどうやら何かありそうな家庭事情に起因するものなのか。 納得できるような答えも見つからず、子供達はそれを深く突き詰めようとはしない。しばらく前からの事だったから、もう慣れてきたこともある。気になるのは、最近に近づくほど少年の反応が過剰なまでな域に達しつつあるのでないか、というところだった。 ────……… 感情を押し殺そうと粘るが、年齢故に無表情を作り出すに至らない少年をティーダは見つめる。 ごくごくわずかな間、胸を突かれた。 数年前の自分と共通する物を数多く持つ少年。
それが外見上に留まらなかった事は何かの皮肉だろうか。 ティーダだけが気付いてしまった『理由』。 少年の頑なで、子供っぽい意地に一見見える、その下部。 初対面のティーダがつき合いの長く、深い子供達より先んじて少年の葛藤に気付いた。
普通、誰もがそんなものを拾い上げられるはずがないのだ。 ティーダが出来たのは、自分も「それ」を知っているから。今なお、抱えるから。 「早く次のゲームを始めようよ!チーム分けはどうする?」 わざとらしく、紛い物じみた大きな声は薄い気まずさを取り払おうと足掻く。
他はそれにのせられてしまう以外ない。 追求されたくない、他に迷惑を掛けたくない、そのどちらもだっただろう。そんなところまで自分の姿と似ていて、ティーダは溜息を呑み込んだ。 「おにいちゃんも早く早く!」
とっさにあいまいな表情を笑顔で塗りつぶす。
この場このときに、現在旅している仲間がいなくて良かった。なにより彼がいなくてよかったと痛切に感じる。 あの少年に自分の姿を見て、そこから自分の抱く物、感情を気取られたくは無かったから。 自分の身勝手な感情故に、好意を認められなかったはずの栗茶の少年に興味を覚える。 太陽はまだまだ強く照りつけている。
どれほどの時間が経過したのか知らないが、まだまだ海で戯れていても許されそうだ。 |