2 後期サル班レポート

2.1 三日間の調査活動概要と目的

 後期サル班:櫟木春理、南波和美、松原圭、講師:丸橋珠樹
 後期サル班の調査の目的は、前期班の調査活動目的であった二点についてさらにデーターを収集し、前期発表で疑問になった点や追加すぺき調査を行うことであった。

1.ヤクシマザルが植物にとっての種子散布者であるという観点から、ヤクシマザルと植
物との関係を見ること。
2.また、前半のサル班に引き続き、グルーミングの際に聞き手が存在するのかどうかを
調べること。

第一日日 2000年8月7日

第二日日 2000年8月8日

第三日目 2000年8月9日

2.2 グルーミングの利き手

 3日間を通して合計48回グルーミングの観察を行った。48回の観察の中には、数秒しか観察できず、どこの部位をグルーミングしているのか、また、どちらの手を使っていたのかまで観察できない場合もあった。一回以上グルーミングを行い、どちらの手でやっているのか観察できたものに関して考察を行うことにした。
 48回の観察を48ケースとし、グルーミングの総数が多い順に、左右どちらの手を使っていったのかがわかるように並べた図が表5である。この表でも、1回以上のグルーミングが行われ、どちらの手を使って行っているのかが観察できたものをデータとして使用している。

 また、横軸にケース番号、縦軸にグルーミングの総数をとり、左右どちらの手を使ったのかを、グルーミング時の順番に関係なくわけ、単純に左と右を何回ずつ使ったのかがわかるようにグラフを作成した。グラフを見ても、グルーミング時にどちらの手を使っているのかは規則性がないように見られる。
 しかしここで、表5の方に着目し、どの部位をグルーミングする時にどちらの手を使っていたのかでわけると、ほとんどの場合が、同じ部位のグルーミングの時には同じ手を連続して使っていることが分かる。
 これには、各体の部位における毛の流れが関係していると思われる。たとえば、毛の流れの向きがグルーミングしてる者にとって→である場合左手で毛を経き分け、右手で取るほうが自然である。逆も同じとなる。そう考えると右左がほぼ均等になっているグラフと、部位の変化と手の変化が一致している表を照らし合わせると、両者の結果は妥当である。右左が均等になるのは、体の向きが、頭がグルーミングしてる者の左右どちらにあるかでおおまかに毛の向きが決まるからである。ちなみにグルーミングの際、主導権はむしろされている側にあるように思われる。よって仮に利き手があってもグルーミングする者は選ぶことができないだろうと考察した。

2.3 ヤクザルの糞に集まるセンチコガネの調査

 センチコガネは動物の糞を小さく分割し、穴に運び込み自分自身や幼虫の餌として利用する昆虫である。我々はヤクザルの糞に集まるセンチコガネについて次の二点を調べるために、野外実験と観察を行った。
 糞に集まるセンチコガネの個体数と糞重量や表面積にはどのような関係があるか?この問題に対し、最初我々は表面積が大きい糞の方がにおいを強く出すだろうので虫も多く集まる。と仮説を立てた。糞に集まるセンチコガネの種類はどのようか?
 8月7日午前11時頃に永田灯台前の路上(コンクリート)で糞を採取した。サンプル数は10個で、それぞれ湿重量とセンチコガネ個体数を計測した。糞はひとつの群れのもので、ほぼ同時期にされたと考えられる。結果はグラフに示す。

 我々の仮説は、重量が大きく表面積も大きい糞に多くのセンチコガネが集まるだろう、というものであった。ところがグラフからは、重量とセンチコガネ個体数に相関関係が見られない。表面積は測定していないが関係なさそうであった。この結果は残念ながら我々の仮説を支持しないものであった。ところでこのグラフで注目すべきことは、(1)虫は2匹以上で糞に集まっていることが多い、(2)12.6gの糞には14匹とずば抜けて多い虫が集まっているの2点である。
 そもそも、糞虫がいた糞は誘引力が強く、いない糞は誘引力が弱かったという仮説を試してみるために、虫のいた糞と虫のいなかった糞を同じ重さにして、同じような場所に設置してフン虫への誘引力を調べる実験1をおこなった。
 実験1:8月7日午後、半山中央稜の林の中に糞トラップをしかけた。永田灯台前で採取した糞を利用し、次のようにトラップを作った。a.センチコガネがいた糞をねりなおしたもの2個、b.センチコガネがいなかった糞をねりなおしたもの2個(全て約20g)。この4個のトラップを2m程度の間隔を空けて林内の土の上に置き、8日午後に周りの土を掘り起こしてセンチコガネの集まり具合を調べた。
 aのサンプルにはそれぞれ3匹と4匹、bのサンプルには3匹と9匹集まっていた。その差はないことから、虫への誘引力が糞ごとに大きく異なっていることはなさそうである。
 実験2:また、8月8日午前に発見した新しい糞をコンクリート上と土の上に置きなおし、午後にセンチコガネの集まっている様子を観察した。置きなおした場所は仏谷のコンクリート上2個、土の上1個、土の中1個である。
 コンクリート上の2個のサンプルには8匹と28匹、土の上のサンプルと土の中のサンプルには9匹のセンチコガネが集まっていた。
 3ケ所からは、計102匹のセンチコガネが採取された。これらの種を同窓し下表にまとめた。種名のうち、kobumaru,hekomi-1,hekomi-2,kobudekaは同定ができなかったため我々が付けた仮名である。他の種の正式名称を次に示す。himeko=ヒメエンマコガネ、kadomaru=カドマルエンマコガネ、futokado=フトカドエンマコガネ、kotuya=コツヤエンマコガネ。ヒメエンマコガネは体長5mm程度で採取された中で最も小さい種である。この種はほぼ全てのサンプルに集まっており、永田灯台前では12匹、仏谷では22匹も集まっていたサンプルがあった。他の種はコンクリート上のサンプルではほとんど見られなかった。これらの種はhimekoより大型であり、himekoと生息場所や行動時間が異なっていたり、糞を探す能力(嗅覚、飛翔力等)が劣っているのかもしれない。しかし個体数がhimekoに比べ少ないことは確かであろう。

 結果からは我々の仮説が正しいかどうかを完全に検証することはできなかった。しかし、センチコガネが糞に誘引される要因は表面積のみに強く関わっているのではなさそうである。
 まずセンチコガネがほとんどのサンプルで2匹以上集まっていることに注目したい。そして中にずば抜けて多く集まるサンプルがある。さらに実験1から、虫の集まるか否かは糞の性質によるものではないことが示唆された。
 これらから「センチコガネが糞に集まることで他個体が誘引される」可能性が考えられる。センチコガネが糞に集まり穴を開けることで、“中の湿った部分からの臭いの発散が起こる。この臭いにひかれて他個体が集まってくる。このサイクルが繰り返されたのが、ずば抜けて多くの個体が集まったサンプルであろう。
 同じ糞に多数の個体が集まるメリットは「異性との出会いが増えること」であると考えられる。特にhimeko以外の、個体数の少ないセンチコガネにとってはこれは重要な問題
あろう。彼らが効率よく異性に出会い交尾するためには、同じ糞に多くの個体が集まる
必要がある。
 結論を出すにはデータが少なすぎると思うが、我々が観察から考えたのはこのようなことである。

2.4 サルと植物 アカメガシワとサルの関係

 この期間にサルの採食植物として確認されたものは、採食行動の見られたのは、アコウの実、ヒメユズリハの葉、採食した形跡が見られたのは、アカメガシワの実、サルの糞に含まれていたものは、イヌビワの種子、アカメガシワの種子、植物繊維であった。
 サルにとってアカメガシワは採食樹であるが、アカメガシワにとってサルは種子散布者であると同時にまた食事者でもある。サルがアカメガシワに与える影響を、サルが当日採食した形跡のあるアカメガシワの木(胸高直径19.4cm、樹高7m、幹についている花序数51)の花序数とさく果数を調べた。

 サルが採食した結果地面に落ちたと考えられるアカメガシワの花序のうち、つい最近落ちたと推測されるものは13、そのうち技葉ごと落ちていたものは7であった。よって、サルは1回の採食により花序の20%を落下させた事になる。
 アカメガシワは1つのさく果の中に3つの種子が入っており、種子は黒熟する。落下していたアカメガシワの花序を調べたところ、さく果そのものが消失していて柄だけになっていたものが30%、緑色の未熟な種子のついたさく果が47%、裂開していて黒熟した種子のついたさく果が11%、裂開していて種子のついていないさく果が12%となった。(グラフ参照)

 熟していない種子のついたさく果が半分近くを占める花序を1回の採食により幹から20%落下させていることから、アカメガシワにとってサルの食害者としての影響は小さくないと考えられる。
 仮に裂開していて種子のついていないさく果のすべてをサルが採食したとすると、サルは採食可能な黒熟している種子のついたさく果のうちの54%を利用した後、花序を落下させたことになる。花序を落下させることでサルに何か利益があるとは考えにくいため、花序は故意ではなく落とされた可能性が高い。
 採食したアカメガシワすべての種子をサルが散布したとすると、全さく果のうちの18%程度がサルによって散布されることになる。
 アカメガシワの種子に含まれているサルの糞サンプルがあまり見つけられなかったため、サルが実際にどのくらいの糞による種子散布者として働いているのかはわからなかった。しかしサルの糞に含まれている種子のほとんどは無傷であったことから、食べられた種子は有効に散布されていると考えられる。
 他の種子散布としては食べこぼしによるものが考えられる。去年の調査では移動距離760mに種子計343個(さく果にすると114個)が散布されていた。

2.5 糞分析とイヌビワの種子散布

 糞を十分に乾壊させた後、ほぐして方眼紙の上に均一になるようにうすく広げた。方眼紙の全マス目数の6分の1のマス目について種子数を数えた。得られた値を6倍し、1回の糞に含まれるイヌビワの種子数とした。
 糞の質量とイヌビワの種子数は弱い正の相関が見られた。平均して1回の糞(質量26.85g)中に4558.5個のイヌビワの種子が含まれていたことになる。(表1とグラフ2参照)
 糞の質量がほぼ同じでも、イヌビワの種子数は一方が他方の2倍近くになっているものがある。これはひとつの果嚢内の種子数のばらつきがあり、同じ質量の果嚢を食べても種子数が異なることによるものか、あるいはイヌビワ以外の採食物の量や質が個体によって異なることによるものであると考えられる。
 去年の調査のデータを利用しイヌビワでは一つの果嚢の中に118個の種子が入っているものとすると、1回の糞中の4558.5個の種子は42.5個の果嚢に相当する。また、この糞は一つの群れのものであるとすると、この群れ全体では309.1個の果嚢を食べたことになる。イヌビワの木1本に熟した果嚢が300個あるとするとこのひと群れで木1。0本分のイヌビワを食べたことになる。
 サルは一日に4回程度糞をするとされているので、すべての糞にこの割合でイヌビワの種子が含まれているとすると1日にこの群れで木4.1本分のイヌビワを食べていることになる。
 サルが栄養源の多くをイヌビワでとることができるのか、それには一日にどれくらいのイヌビワを必要とするのか、そのイヌビワの量は群れの遊動域内でまかなうことができるのかなどはわからなかった。
 しかし、実習中に採取した糞の多くはイヌビワの種子を主に含むものであったことから、今の時期、調査地に生息しているサルにとってイヌビワは重要な栄養源のひとつになっていると推測される。


2.6 猿害についての感想

 猿害を防ぐために電気柵が集落全体を囲っているのを見たり、猿害を起こす群れの駆除の話を聞いたりするうちに、猿害の印象が変わった。以前は猿害は人がサルに翻弄されている気がしていたけれど、今は実際に振りまわされているのはサルの方だと思う。
 人が農園地の拡大や森林伐採などを行い、サルの生息地を変化させたことが猿害の原因となっている。昔のサルと人とのいい関係を壊したのは人の方である。
 猿害をなくすためには、やみくもにサルを排除しようとするのではなく、サルと人とのいい関係を作ろうとすることが大切なのではないかと思った。


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