屋久島フィールドワーク講座

「サルをみて森をみる」

丸橋珠樹編(「サルをみて森をみる」コース講師・武蔵大学人文学部教授)

1 前期サル班レポート

1.1 目的と活動概要

 前期サル班:大木庸子、松本典子、中村剛、谷津潤、講師:丸橋珠樹
 主に西部林道でヤクシマザルの行動を観察する。サル達は何をどのように食べ、どう行動しているのか調べる。屋久島の森林のなかでサルはどう生活しているか知る。ヤクシマザルの存在を通して屋久島を知る。
 前期サル班の活動概要のなかでそれぞれの活動を行った地点は、地図上のA,B,Cなどに対応している。最初の二日間は西部林道でサルを調査し、三日目に高標高域のサルの生息環境とフン虫を調べるため花の江河まで登山した。




1.2 8月3日のNina-A群の追跡記録

 調査した人には、それぞれトランシーバーで連絡するときのためにコードネームをつけた。丸橋珠樹(ショウチュウ)、松本典子(Acari)、中村剛(ソテツ)、谷津潤(ツツジ)、大木庸子(ビール)。
 調査目的は、サルの群れはどのように動くのか、サルはなにをしているのか、性別や、年齢による違いはあるのかを知ることである。調査方法は、(1)音声と群れの遊動:むれを追跡しながら、辞れから聞こえてくる声をできるかぎりすべてを記録する(声の記録については後述)と(2)個体の活動時間配分:1人1頭のサルを決めて行動を記録しながら後を追い、それぞれの行動の時間を秒単位で記録した。(2)のサルの活動時間配分調査のまとめたものを下に列挙している。関連する図は、まとめて表示している。



(感想)林内でサルを追うのは大変だった。サルは樹を登ったりして、おなかに子供を抱いているのにもかかわらず、敏捷に移動する。人は地上で、ヤプをこいだり、記録しながら移動し、お腹がすいてもサルを追った。サルはアコウの実を食べたり、キノコを食べたり、セミを捕まえたりしていた。子連れのメスを追っているときに、母ザルが岩の上で授乳をはじめた。そこでは先に授乳をしていた母ザルもいた。しばらくすると母ザルが授乳をしながら眠りだした。みていて私も眠くなったが、5分ほどでサル達は移動をはじめたのでまた後を追った。眠っている母サル達を見ているのは幸せだった。

1.3 群れの音声発声と群れの遊動

 調査目的は、個体追跡を行いながら群れ全体から聞こえる音声を紀録することによって群れの行動をとらえる。サルの音声をつかっての情報交換のシステムを考えてみることだった。調査方法は、Acariが個体追跡を行いながら、群れ全体から聞こえる音声を時間とどのような声だったか、また、回数を記象していった。調査結果として以下のようなことを知ることができた。声の分類で、キィギィーという鳴き声はその他にいれているが普通このような声はけんかなどに含む。声の時間系列での発声状況の図から、音声発声のピークは犬の出現や移動中に多く見られる。キィギィーという声の発声時間は他のけんか音声と重なることが多い。特にアコウでの採食を終えて移動するときに重なっている。時間の経過と聞こえた声の記録のグラフから考えられることは次のようなことがある。


 今後の疑問:次に同じような調査の機会があれば、遠距離音声は誰が発しているか、群 れの中心にいる個体が発するのか、群れの移動の合図は誰がどのようにしているのか、などの群れの動きの仕組みを観察してみたい。今回、群れは海岸へと続く林内で分散してしまったが、みんなが大丈夫な状態で自然に分散したのだろうか。

1.4 シラミ卵取り利き手

 調査目的は、グルーミング(サル同士が行う毛づくろい。シラミや、卵をとる。シラミを取るだけではなくコミュニュケーションの役割もある。)時のサルの行動を知る。左右の手の利用頻度を調べてヤクシマザルに利き手があるのか考察することである。
 調査方法は、2人1組になってグルーミング中の1組のサルを観察する。体のどこをしているか、左右どちらの手で卵やしらみをとったか、それを口に運んだのか、グルーミング終了時や、交代する際の動作はどうだったかを時間とともに記録した。


 調査結果として得られたデーターを十分に解析するには観察の枠組みが不足していた。サルの動きが速く、記録が大変だった。個体間同士の位置関係やどこをグルーミングしているかなどが把握できなかった。左右どちらの手を使うかには毛の流れが大きくかかわるが、今回取ったデータではそのことには対応できない。
 観察して考えたこととしては、使う手が毛の流れに依存しているとすると、両利きでないとつらいことはないだろうか?シラミを取り損ねる回数なども考慮するといいのではないだろうか。子供を連れたメスにグルーミングの催促をする個体が多かったように思った。偶体によってグルーミンクの依頼などの頻度が異なるのだろうか。
 いくつか指摘しておきたい観察結果がある。サルはグルーミングされているとき、とても気持ちよさそうな顔をする。グルーミングの交代や、体のどこを行うかの変更がスムーズに行われていた。体の向きをちょっとかえたり、グルーミングの催促はねころんで相手にちょっと顔をむけるぐらいだった。グルーミングは交代で行うのかと思っていたが、やてもらうだけのときもあるようだった。


1.5 サルとアカメガシワの関係 採食速度と利き手

 サルは、アカメガシワの実を食べてフンをする。食べこぼされたり、かまずに食べられ消化されずにフンに含まれたアカメガシワの種子が散布される。メジロなどの鳥類も、アカメガシワの実を食べる。鳥は種子を丸呑みにするので鳥によっても種子散布される。サルは樹に登り花序を折ってそこから食べたり樹についたままの花序を口に持っていき種子を食べたり、手で種子をつまみ取って食べたりする。このときに枝が折れたり、葉が落ちたりする。またサルは種子を噛んで食べるため、種子の破壊ということも起こる。
 調査方法は、アカメガシワにのぼって採食している1個体を2人1組になって観察する。採食時間と左右どちらの手で取って食べたのか、直接、口で食べたのか記録した。(樹上のサルを双眼鏡で観察するのは首が痛くて大変だった。)
 右手の割合の高い個件もいるが、全体的には両方の手と口を使って食べている。今回は、データ数が少ないのでなんともいえないが、グルーミングのように、花序と自分の位置との関係でどちらの手を使うかが決まっているようだった。多くのデータを同一個体で取ると利き手の傾向が現れるのかもしれない。直径3〜4mm程度の種子をつまむのは、利き手があるのなら利き手でないほうでは図難しいのではないかと思う。
 グルーミングのときの利き手の傾向と、採食時の利き手の傾向を1個体ごとに比較する
ことができれば面白いように思った。


 (注1)成熟果実で1粒も種子が残っていないもの。
 アカメガシワに対するサルの食圧については、未熟果実は、はぜていない果実、成熟果実は、はぜている果実とし、成熟果実の種子総数は、成熟果実数x3(3粒の種子の意味)、つまり、利用可能な 成熟した種子が何粒存在していたか、(いたはずか?)ということを表している。最後の残っていた成熟種子数は、持ち帰った時点で 実際に残っていた種子数とした。
 1果実あたり3粒の種子が、入っているので成熟果実の種子総数は成熟果実数を3倍したものである。そのうち残っていた成熟種子数は4%〜33%となっている。サルが食べる前に他の要因ですでに種子がなくなっていた可能性もあるので、実際サルの食圧がどの程度かはわからないが、残っていた種子数は少ないように感じた。

1.6 センチコガネとサル

 二次散布の重要性を検討しようとした。この時期では、イヌビワの種子を対象にしようとした。ほとんどデータはないが、どのようなことをしたかを整理しておく。調査目的としては、サルのフンによる種子散布と、そのフンを利用する糞虫のセンチコガネによる2重の種子散布について調べる。調査方法は、採取したフンにいるセンチコガネを調べる。フンを路上に設置したり、トラップにしてセンチコガネがくるか調べた。
 調査地点は、調査活動概要地図に示されている。使った糞は、主な調査地とは違う、灯台手前の道上で、8月3日に、第1サイトで3個、第2サイトで5個、五色橋で1個採取したのを利用した。

 表のフン番号の地図上の位置は、21−Gではフンを路上にセット@〜B、18−Eではフントラップをセット、12−Fではフンを路上にセット(2個)C、D した。表のニギニギとは、フンをビニール袋に入れてにぎって整形しなおしたかどうかを表す。ほぼ重量を同じとして、誘引の鍵であろう臭いの発散の違いを条件にして調査してみようとした。しかし、多くのフンが行方不明となってしまった。鹿がサルのフンを実際に採食することを直接観察できたことから、路上の目立つポイントにおいたフンは、鹿に食べられてしまったのだろうか?雨が強く降って流されたという形跡はまったくなかった。

1.7 高標高域でのサル調査

 調査目的は、淀川登山口から花之江河まで歩き、西部林道(照葉樹林帯)でのサルとヤクスギ林でのサルを比較する。調査方法としては、サルがいたら観察する。フンがあれば採取し、西部林道のものと比べる。台風の接近で、山では風はさほどでもなかったが、時折強い雨が降る天気であった。
 調査結果として指摘できることをいくつか述べておく。花之江河への登山ではサルの姿を見ることはできなかったし声も聞こえなかったが、本日のフンと判断できるものを1個発見した。単独のフンなので、群れかどうかは断定できなかった。前日の個体追跡の際、西部林道の低地林で採取したフンと登山の途中で採取したフンを花之江河に行く途中で設置していき、下山のときに変化がないか見ていった。1個を除いて変化がなかったが、1個については、かじられた痕があり、置いた地点から5cmほどフンが移動していた。雨が降っていて、臭いがあまり分散しなかったからだろうかとも思うが、設置していた時間が短かったからかもしれない。

 注1:場所番号3のフンは、設置場所2と3のあいだで採取したもの(重さデータなし)。
 注2:設置場所の記録が不十分で、みつからなかった。
 淀川登山口からの帰りに、荒川別れのあたりだったと思うが、15頭くらいの群れがいた。路上でグルーミングをしていたが、車にも動じず、車のフロントにのってきたりした。観光客による餌付けの影響だろうか。

 照葉樹林とヤクスギ林では利用できるエサの状況も、気候も異なるのでサルの生態もかなり異なるのだろうと思われた。フンを採取して内容物を比較してみたかった。

1.8 サルと人との関係−農作物被害を巡って−

 8月4日個体追跡調査を終えて帰りに永田集落の基地に寄り、その周辺にあるポンカンなどの果樹園の様子を見た。果樹園の周りにはサルよけのための電気柵がはられていた。かつて行われた、生息地での伐採や針葉樹の植林による広葉樹の減少などでエサが不足し、さらに、山での仕事がなくなり人が山に入らなくなったことによって人に対する警戒感が薄れサルと人との均衡関係が崩れ、サルが人里へ下りてきて猿害が起こるようになった。 猿害が広がるようになった理由には、過疎ということもある。電気柵の効果はあるが、草を刈ったりするメンテナンスが大変で、電気柵の設置自体は国の援助があったけれど、その後の維持管理は果樹園の持ち主に任せられているため、電気柵は生い茂る植物に覆われて、使えない状態になっている。管理をするのにも、果樹園経営者が高齢のため人手が足りなく放置されているのが現状である。果樹園の中には、草刈にも手がいき電気柵の効果があるところもある。

 猿害を防ぐことは難しく、年間約400頭が捕獲されている。計画的に行われているというが、山の奥から役々に里へと降りてきているサルの群れの変化はつかみにくく群れが消えてしまうほどの減少を招いている可能性もある。
 屋久島でサルとかかわる人というのは、島にすむ人たち、観光に訪れる人たち、研究対象としている人たち等である。この枠組みの中でもサルに対する考え方は様々である。人が動物を保護管理するというのは各地で必要となってきているのだが、適切に行うのは難しい。屋久島の実情を知っているわけでもなく、実際にかかわる立場でもないのだが、屋久島でのサル対策に望むことがある。
 それは、サルの存在を大切にしてもらいたいということで、多くの人はこのことを望んでいるだろうし、それゆえに悩んだりしていると思う。現実には、人の生活空間に出てこなくてもサルたちが、森林の中で暮らしていける環境が望まれる。かつては均衡を保っていた人とサルの関係を現在に適した形で築いてほしい。被害を防ぐ直接的な対策も必要だが、里に出てきてしまう原因を長期にわたって改善してほしい。と、このようなことをいうのは本当にたやすいのだけれど実際には、島の人たちの現状があり、常に変化している生活とどう対じさせればよいのかわからない。研究者にたいして、島の人からサルが里にこないようにするための研究をしてほしいということがいわれているということを何度
か聞いた。
 実際には、電気柵や、壁など有効な手段を使って、サルの農作物への猿害を防ぐことを考える。被害を防ぐのに、サルの方をどうにかするのは難しいのだったら、人間のほうがどうにかするしかないのではと思われた。問題の発生にはサルの生息環境の変化のみならず、農業の変化や過疎のこともかかわっているので」猿害の発声原因から解決策を探るのは難しい。でも、そのことを考えないと猿害を防ぐことはできないと思う。
 この問題は複雑で難しく、私達は考えていて悩んでしまった。けれど屋久島で、ヤクシマザルを観察するだけでなく、このような人とのかかわりについて考える機会をもてたことは野生動物が現在では人とのかかわりを抜きには生息できないことを理解する上でも
貴重な経験となった。

1.9 サル班調査活動を振り返って

 サルを観察してみて、意外に思ったこと
 サルが、地面を歩いて移動しているというのは意外だった。サルは木の上で生活しているものと思っていたので、地上での移動が多かったのは今回の調査地の樹木の環境にもよるのだろうが意外だった。
 今回の観察での印象ではおいしそうな食べ物があまりなかったことや、サルがキノコやセミを食べるというのも意外だった。アコウの木に登ったときは、食事という感じだったが、キノコなどは移動中についでのように食べていたのも今まで認識していなかったことだった。
 新たに理解できた点
観察をする前はサル達がどのように行動しているのかということを、言葉でしかとらえていなかった。実際に見てみるとグルーミング中のサルは、しているほうは真剣な表情で、やられているほうはなぜあんなに気持ちよさそうなのか不思議なくらいの表情だった。アカメガシワの実はサルが食べているのを見るとおいしそうだったけれど、実際食べてみると非常に苦かった。サル達の生活の一部を見て、感じたのはこのようなことだった。実際にどうなのかということは、聞いたり、読んだりしたことからはわからないことだった。サルの存在を直接とらえることができ、周囲の環境との関係にも意識がいくようになった。サルの声がすれば記録し、フンがあれば採取し、シカがサルフンを食べていたら記録を取るなど、各参加者のサルへの関心が参加前とは全く異なったものになった。


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