聖日礼拝説教担当:楠本 史郎(北陸学院理事長・学院長、日本基督教団教師)
「貧しい人々は幸い」
今回総会の主題聖句は、ルカ福音書6章20―21節です。このみ言葉の森に分け入り、何が示されているのか、ご一緒に聴きましょう。
一
マタイ、マルコ、ルカの三福音書は、記事の構成や内容、文体などが似ています。そこで「共観福音書」と呼びます。現在では、マルコ福音書が初めに書かれたと言われます。一方、マタイとルカの両福音書は、マルコを資料にしながら、それに加え、主のお言葉を集めた資料(Q資料)、さらにそれぞれが独自に得たマタイ特殊資料とルカ特殊資料の四つをもとに成立したと考えられています(四資料説)。今回の箇所は、このうち主の言葉集に属していたと思われます。
とはいえ、同じ主の言葉集に源を発していても、マタイとルカとでは、用い方が違います。マタイでは、5章から7章までに主の言葉が集まっています。主は丘の上から語られ、周りに弟子たちが、その下には大勢の群集がいて、聞いています(5章1―2節)。そこで「山上の説教」と呼ばれます。他方、ルカでは、主のお言葉は6章から14章にかけ、分散して出ます。主は「平らな所」で、弟子と民衆全体に語りかけられます(6章17節)。「平地の説教」です。マタイが整っていることから、ルカに出る方が、元々の主の言葉集に近いとも考えられます。
二
ルカ6章20節以下を、マタイ5章3節以下と比べましょう。マタイは「幸いである」という句を九回繰り返します。ルカでは「幸いである」の四句と「不幸である」の四句が対になって出ます。マタイは「幸い」の句だけを多く集めたようです。
ルカの「貧しい人々」を、マタイは「心の貧しい人々」としました。つまりここでの「貧しい」とは、ただ経済的に貧しいという意味ではなく、また精神的な貧困を言っているのでもなく、むしろ心の中まで空っぽの状態だと理解したのでしょう。自分のなかには何も頼りにするものがない、ただ神にすがるしかないと自覚している人々を、主は「幸い」とお告げになります。これは、旧約聖書で評価されている「貧しい人々」の理解にかなっています。ルカの「貧しい」もまた、マタイが示すように考えることができます。
三
主のお言葉は鋭いのです。「敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい」(ルカ6章27節、マタイ5章43節)などとあります。こうしたお言葉を、どう理解するのでしょうか。そのまま受け取り、旧約律法に代わってキリスト者に求められる新しい律法、倫理とすることもできます。
ある人々は、それでは厳しすぎると考えました。そこで、対象を限定する解釈が行われてきました。マタイでは、まず弟子たちに語られています。そこから、一般のキリスト者ではなく、教会指導者に求められる教えだ、いや修道士など、特別な敬虔を求める人の倫理だとされます。主は厳しく要求して人を悔い改めさせ、キリストにおける神の赦しの恵みを受け入れさせようとなさったのだとも言います。救いが完成する世の終わりに初めて守ることができる道だと言う人もいます。いや、すでにキリスト者はこの終わりの時を生きており、信ずる人には主の求めは満たされていると論じられもしました。「平地ないし山上の説教」解釈の歴史は、ある人が言うように、弁解の歴史かもしれません。
しかし主は十字架にかかり、復活して罪の赦しと永遠の命の希望を打ち立てられました。恵みはすでに与えられています。それに応え、従う人に、主のお言葉は新しい道を指し示します。その意味で、これは「キリストの律法」(ガラテヤ6章2節)とも言えるでしょう。
四
世界の現実は厳しいものです。医療の実態もまた理想から遠いのです。圧倒されます。個人の無力を思い知らされます。その時、弁解をし始めます。一人では弱すぎて何もできない、自分はこれだけ必死にやっている、そもそも社会の仕組みが悪い、と言います。豊かに恵まれた環境に生まれ育ったことに引け目を感じることもあります。しかしそれでは、互いに心を一つにして協力し、共に生きることはできません。
共に主のみ前に立ちます。まず自分を知ります。主のみ前で自分が何者でもないことを認めます。あの「貧しい人々」とは、ほかならない自分自身だと知ります。
しかし、その自分に主が「あなた方は幸いである」と語りかけておられます。空っぽの魂に、本物の恵みを注いでくださいます。神の国はここにあるのです。だから共に主のみ前に立つことができます。主が溢れさせてくださる恵みを分かち合います。そして共に立ち上がります。そのような総会となるよう願い、祈っています。
◎ 聖日礼拝説教者のプロフィール
北陸学院理事長・学院長、日本基督教団教師 楠本 史郎(くすもとしろう)
略歴
1951年 東京都に生まれる
1971年 日本基督教団仙台東六番丁教会で受洗
1975年 東北大学経済学部卒業
1979年 東京神学大学修士課程卒業
1979〜1981年 日本基督教団金沢教会伝道師
1981〜1988年 日本基督教団輪島教会牧師
1988〜2007年 日本基督教団若草教会牧師
2007年〜 現職
紹介:楠本史郎さんは、東北大学経済学部在学中に、岩村昇医師の始められた第1回から3回まで参加されました。第2回ネパールワークキャンプにわたし(太田)と一緒に参加しリーダー性を発揮されました。また第3回はリーダーとして参加されました。このワークキャンプに参加したキ医連のメンバーは、黒川純議長、楢戸健次郎さん、原研治前議長、原久子さんと今もJCMAで大きな役割を担っている方たちで、ワークキャンプそのものが大きな恵みであったと思っています。その中で東京神学大学に進まれ、この中部地区で、30年以上、伝道に当たってこられています。また日本基督教団中部教区の教区議長としても長く働かれその時には、アジア保健研修所の評議員としてお働き頂きました。このようにキリスト者医科連盟と大きなつながりがある方に聖日礼拝の説教をお願いし、快くお引き受け下さり感謝しています。(太田信吉)
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