おねがい*ティーチャー SS (before story)

 「失われし日々」 〜 2・分岐路 〜




遠く離れた星々の間を渡る事を可能とする、超光速ウェーヴドライブ理論が提唱されて既に2世紀以上。現在のウェーブドライブ航法は、船体周囲の空間を通常空間から切り取り、より高次元へのアクセスの可能なパラレルスペース側に存在座標を転移させ、それを通常空間との整合を取りながら移動をすることにより結果的に近道をする航法である。
通常空間から切り取られ、閉所化された3次元空間は、パラレルスペース側から見れば高次対称性理論によって表現される『巨大な』1つの素粒子である。それが12次元時空波動関数によって振る舞いを決める時、通常空間に再転移した時の結果となって表れる。
因果律の課題もあって疑問視されているが、現在では時間軸すら移動可能という仮説も挙げられている。


かつて、理論を現実化するために虚空で行われたささやかな実験が一段落し、より実用化に即した実験に入った初期には、思いもよらぬ事故や結果が発生したものだった。
初めて人間を乗せて1光時を船内時間1分で跳躍したフィルナエ・ローグ号の栄光は歴史に燦然と輝いているが、その後の、初の恒星間ジャンプの時には壮絶な誤差が発生し、クルーは過酷な状況を乗り越えて奇跡的に生還した。予定よりも1年遅れで。

パラレルスペース側の高次空間と通常空間の座標の対応はほぼ一様だが、御多分にもれず大質量のある場所では通常空間側の歪みが起こる事が予想されていた。だがそれは事前の予測とは極性が逆であった。
恒星の近傍空間が圧縮されていることを計算して恒星系外縁に再突入座標を設定していたフィルナエ・ローグ号は、パラレルスペース側空間が逆に伸長されている影響を受け、恒星至近距離に通常空間復帰した。
神がかり的な操船と迅速で的確な対処により、船体の外装の耐熱装備は辛うじて持ちこたえたが、通信機器と通常推進系に甚大なダメージを負った。
絶望感が漂う船内で、クルーを前にして艦長・ダヴレス・ソグナディル・セブはこう言ったといわれている。
『我々は現在、重大な危機に直面している。だが、生きている。これから後に続く者を同じ目に逢わせる訳にはいかない。野郎共、覚悟はいいか!?』

必死の作業により通信機器が回復し、母星に向けて状況を送信した後、彼らは考えられる最良の手段であるマイクロジャンプの繰り返しによる帰還に入った。それらは全く予定されていない航行であったが、数々の新しい観測データをもたらし、逐一圧縮転送された。
最初の星系からの離脱と、母星系への最終ジャンプの時のデータにより、恒星系至近の空間状況が詳しく判明し、以後、航路図の作成が重要であることが認識された。
これにより、以後の星系近縁へのジャンプが正確で安全に行われることになった。



「それじゃ、目的地はナルフスのリゾートよ。まりえ!出港して。最優先事項よ」
「なはぁ」
「バカンス、バカンス〜!!」
「まほ? その言葉の意味をほんとに知ってるの?」
「知ってるわよ」
「じゃあ、言ってご覧なさいよ」
「えっと、休みが続いている時に、旅行に出掛けること・・」
「行った先での甘酸っぱい出来事まで考えないとね。あっ、これはまだまほには早かったかしら」
「・・・、二人の子持ちが何を言ってるんだか・・」
「なんですって〜〜!!」

聞こえないように言ったつもりのまほのつぶやきは、はつほの耳に入ったらしい。ふたりの会話が親子とも思えない状態に突入している間に、船は通常推進で駐船宙域を離れ、ゆっくりと星系外縁の跳躍座標に向けて舳先を向けた。ナルフスへの想いに気を取られていたせいなのか、ふたりはまりえがかるく咳き込んだ事に気がつかなかった。



みずほが個人端末によって寮の舎監室に呼び出されたのは、翌日の昼過ぎだった。
連絡のほとんどが電子文書や画像通信で済ませられるこの世の中、直接の呼び出しをされる心当たりの無いみずほは、いぶかしげに部屋の扉をあけた。
中に居たのは寮長と学級の担任、それと入学式の式典でしか見た事の無かった学校長だった。

このメンバーが顔を合わせている事態がつかめずにおろおろしてるみずほに対して、最初に口を開いたのは担任だった。
「風見君、急に呼び出してすまない。非常に深刻な事態なんだ。君のお母さんの船が遭難したらしい」
「えっ? なんですって?」
不意を突かれたような不思議な感じだった。言葉は理解しても表情は反応していなかった。まったくの虚を突かれたかのようだった。
「君はお母さんがリゾート惑星ナルフス3に行く事を知っていたかね?」
「ええと、昨日の昼前に会いましたから・・。その時にそんな事を言ってました・・」
「ところがナルフス星系の外縁にタッチダウンした時に、船の速度は準光速に達していたらしい。船はそのままの速度で星系を通過して、虚空に飛び去っていったという連絡がナルフスの航路管制局から来たんだ。完全に暴走状態らしい」

みずほは、自分の周囲がぐるぐると回りだすのを感じた。


<続く>
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