「それじゃあ みずほ。いってくるから」
「おねえちゃん、お土産、楽しみに待っててね」
「なにも、たった30光年先にいくだけなんだから。すぐに帰ってくるんだし、別にいらないわ」

「そんな事言わなくてもいいじゃない。まあいいわ、まりえ、空間転移、最優先事項よ」
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
二人は光の柱に包まれ、みずほの前から消えた。 

「なにも、新しく買った船の自慢に来なくても良いのに・・・」


 おねがい*ティーチャー SS (before story)

 「失われし日々」 〜 1・同じ時間 〜




風見みずほは標準暦で16歳だった。
母親のはつほと妹のまほの3人家族、父親は、みずほとまほがまだ幼い時に病気で亡くなっていた。
はつほは気丈にも、独りで子供たちを育て上げた。毎日が忙しかった事が逆に、落ち込む事を許さなかったようだ。
幸いにも、夫の蓄えた財産は十分にあり、また、はつほの仕事は過不足ない収入となっていた。

赴任先が頻繁に変わる母親の仕事のせいで、みずほとまほは転校を繰り返していた。
そんな事もあってなのか、みずほは高等教育ランクへ上ったのを機会に寮生活を選んだ。
今まではあまり出来なかった親しい友人も増え、学園生活は潤っていた。

そんなみずほの元へ二人がやってきたのは、定期試験直前の休日だった。
この試験が終われば、誰もがそれを待ちわびた長期の休みに入る。その期間が充実するかどうかはこの試験の結果に全てかかっていた。
楽しみを前にして大きな山を越えなければならない、そんな時期だった。

そんなみずほの事情に関係無く突然現れた家族は、購入した新型の恒星間宇宙船の習熟航行の途中でこの星にやってきたのだった。試験前でなければ、そのままみずほもいっしょに連れて行くつもりだったようだ。

「なにもこんな時にわざわざ最新型船を見せびらかしに来なくても良いのに・・・」
先ほどと同じような台詞と、ため息がひとつ、みずほの唇からもれた。



「何もせっかくの休みにあわせて予定を決めたのに、よりによって試験前とはね」
自分の調査不足を棚の上にあげて、ブリッジではつほは独り、機嫌をそこねていた。
(お母さんって、行動力はあるけど、どうも詰めが甘いのよね・・・)
「まほっ! なにか言った!?」
「ううん、なんにも!」
頭のなかで思っただけの言葉が何故、母親に判ってしまうのかは謎である。

ルスト社製、サディーユ型恒星間宇宙船。まだ、型式とシリアルナンバーだけで呼ばれているこの船は、正式な船名登録は済ませていない。この処女航海の後に決めるつもりでいた。
先月にロールアウトしたばかりのこの4番鑑には、まだ内装に新造船独特のにおいが残っていた。空調がそれを吸い込んで除去しているが、まだしばらくは残るだろう。

船体は長期間の航行に対応するために現在の標準船殻より大型化しており、星間粒子を吸収してエネルギー変換を行う、太古の帆船の帆をイメージさせるキャプチャーフィールドが、特徴的な外観を表している。
最大定員40名の船は二人が居住するには遙かに大きすぎだが、はつほの「大きいことは良いことだ」という主義と、生体コンピュータによる完全自動制御により、快適さはこの上ない。

「じゃあ、まりえ。ナルフス3までの航路と跳躍計画を組んで。最優先事項よ」
「ななあ!」

いくらまりえが高性能とはいえ、更に、はつほの趣味のカスタマイズによって一般よりもかなり性能を向上させているが、恒星間宇宙船の主制御をしながらスターチャートを読み、最新の空間状況を航路局に問い合わせながら通常空間での加減速とパラレルスペースへの転移座標を決定して最適化するのは容易な作業ではない。
各々の作業は船体側の搭載コンピュータに割り振らせる事は可能だが、はつほによって構築されたまりえの疑似人格はそれを心良しとしなかった。
ましてや、この船は受領されたばかりの新造艦である。まりえは新しく与えられた手足の感触を一々確かめながら作業を進めていった。これまでの航行履歴から見て、通常空間復帰の際の座標とベクトルの安定度にブレがあり、その補正に立て続けに再計算を要求される事があった。これも癖と言ってはなんだがこの船固有の現象である。それらを不具合として改修するか、慣れによって手懐けるかを見極めるためにも、この航行が行われている。
まりえの疑似人格は、このじゃじゃ馬を乗りこなす方針を立てはじめていた。

「なぁぁ・・」

間の抜けた声を出し、まりえが航行計画をはつほの前に空間投影したのは、まりえに航路設定を命じた後にいれたお茶が半分以上無くなってからだった。

「さすがに慣れていない新造船だと、癖が判らないから安全に組むわね。大丈夫、パラレルスペースへの突入座標と復帰座標を、あと1光時詰めて再計算してみて」
計画図を一瞥したはつほは、つぶやきと共に設定の変更を命じた。
「なはぁ」
また面倒なことをやらせるのか?といったニュアンスか判らないが、まりえはその単純な顔にやや困惑の表情を浮かべて再び作業に入っていった。


<続く>
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