おねがい*ティーチャー SS (before story)

 「すべてのはじまり」  − 太陽フレア・発端 −


太陽フレアの直撃に備えて、行動が始まった。 

T−24:00(24時間前) 総員直。地球側から送られた手順の再確認。
T−23:00 シュミレーションによる、事前試行。

項目的にはこれだけだが、実際には各自100程のチェック項目を読み上げつつ、正確な操作を必要とされる。更に、途中で起こるかもしれないトラブルに対してはその3倍の対応マニュアルが作成された。一応、なんのトラブルもなく平和に終了したけれど。

T−21:00 試行完了、総員直解。


T−10:00 再度総員直・姿勢変更開始。
母船側操縦室で、しばらくしてボブが大佐を呼び寄せた。
「大佐、ちょっとこれを」
「どうした?」
「Z軸制御ノズルの一部が、規定の推力を出していないようです。アンバランスで船体の横転が発生します」
「ペアになるノズルの出力を落としてバランスを取れ。これでロスする時間は?」
「計算します。・・・・、修正噴射を含めて、概算でおよそ40分」
「大丈夫だな。だがチェックする必要がある。ミスター・カザミ、よろしく頼む」
「了解しました、大佐。クレーンカメラを使用します。ボブ、ちょっと振り回すから気を付けてくれな」
「優しくしてくれよ、太陽電池も回してるし、ちょっと細かいところなんだ」
「ああ、わかってるって」

クレーンの操作は得意中の得意だ。約1年前の第3期ハッブル宇宙望遠鏡のメンテナンスミッションの時には、想定作業時間の75%でクリアしたぐらいだから。
このハルモニアの組み立ての初期も僕がやった部分がある。地球との距離は7千万Kmを超え、光の早さでも4分近くかかる状況ではいちいち地球に確認を取っている余裕はない。突然の事態には、こちらだけで対応しなければならないのだ。

僕はクレーンの主電源を入れ、起動チェックが終わるとボブに聞いた。
「それで、機嫌のわるいスラスターはどこなんだい?」
「コンピュータの診断だと、上舷前部噴射ノズルだ。左舷側はもう使わないつもりだけど、近づけすぎてカメラを焦がすなよ」
「わかったから、早速行くぞ」
戦闘機動とかすることはないけど、質量300t以上もある宇宙船を回頭させる為の推力である。噴射をかぶったらカメラが焦げるぐらいで済む訳はない。クレーンの基台が歪むか、アームが途中で折れる。
ノズルの噴射角に入らないようにクレーンを操作して、漏斗状の噴射ノズルをズームアップする。カメラで目視確認する限り、異常は発見出来ない。噴射炎を確認したいところだけど、精密操船中に余計な噴射をすると手間が倍になってしまうし、電力もあまり使いたくない。安全が最優先だが、それ以上に時間が限られている今回は後回しになる。
スチルを数毎撮影し、念のため、推進剤の異常漏洩の痕跡も無い事を大佐に報告して、地球に指示を仰ぐ事となった。


T−07:40
トラブルのため予定より35分遅れでハルモニアは、太陽を船尾方向として横進する飛行姿勢に安定した。
大佐が宣言する。
「これより、本船の制御は主操縦室よりランダーの操縦室に受け渡す。ミスター・チョフォフ。そちらはよろしいか?」
『準備は出来ています。』
「ミスターブラウン、制御を渡せ」
「了解。じゃ、あとはよろしくな」
『制御を受け取りました。正常です。ブラウン少佐』


T−06:00 本船の機器を休止状態に。内部閉鎖。乗員はすべてランダー側へ移乗。
余裕を持って、この先の12時間は準待機時間になる。やることと言えば、船の姿勢が正しいか、環境維持が正常か、想定軌道から変移が起きていないかぐらいで、それもコンピュータの監視を人間がチェックするくらいだ。


T−01:30
当直のチョフォフとハリスが操縦席で待機しているが、こちらはというと特にやる事はない。観測は完全に自動だし、第一、避難状態なのだから。
僕はというと、一部生かして残してきた船外カメラの映像を眺めていた。荷電粒子が通過すると船体が部分的に帯電して、それが他の箇所へ放電する時に破壊が起こることがあるというレポートを読んだことがあったからだ。本来はハリスの分野だが、僕の方が手が空いているので船体各部を監視することとなった。
(もしかして、昔の船乗りみたいにマストの先からセントエルモの火が見られないかな?)

T+00:18
船外粒子カウンターの数値が跳ね上がり、嵐の到着を知らせた。
といっても窓はすべて隔壁が降ろされ、肉眼で見るような事は出来ないし、またそんな事をしたら後々命に関わるだろう。
唯一船外を見られる監視カメラには、これと言った変化は現れていない。

T+02:57
カウンターの数値は降下して落ち付き、大佐が嵐の終わりを宣言した。
軌道の変移も観測されず、船体も無事に乗り切ったようだ。
期待していたセントエルモの火は見られなかった。
コロナ放電は真空中でも起きるんじゃなかったっけかな。
それとも、帯電がそれほどでもなかったのかな?


T+05:00
何のトラブルも無く無事にフレアを通過したと判断した僕達は、再度船体の姿勢を変更する事となった。
今回は、7日後から行われる予定だった減速噴射の為の姿勢変更を前倒しで行う。
船尾を進行方向に向ける事となる。
ランダーから母船へ人員が配置され、手順を追って制御が渡されてゆく。

15時間前に発生したノズルの出力異常は何故か今回は発生しなかった。
「太陽フレアでもって、ノズルが綺麗に掃除されたんじゃないか?」
ボブの軽口もはずむが、勝手に直ってしまう方がよほど質がわるい。
勝手に直って完全なら良いが、こういうのは不調になる予兆みたいな物だ。
『だったら、自分で掃除に行った方が確実でいい方法だな』チョフォフが答える。
本当に”掃除”するのなら、担当は僕かチョフォフになることは明確だった。


異変はそんな最中に起こった。

”カン!!”
乾いた音が船体に響いたと共に、一瞬照明が瞬いたのが判った。
「なんだ? 今の音は?」
ボブが驚いてこっちを振り向く。
電源系統の問題かと思った僕は、すぐにシステムの診断を始めた。
診断プログラムが系統のチェックをし、すぐに反転赤色文字で故障箇所を表示する。
(なんだって!!)
まだランダー側で指揮をとっている大佐に報告する。
「大佐!! 下舷太陽電池パネル系で断線警告。予想では出力60%減です!」
『なんだと!。ミスター・カザミ、断線箇所をすぐに特定してくれ。さっきの音も気になる。残りの人員は作業を継続する。ミス・マイヤー、ドクター・フィゾー。2人でミスターカザミのポジションに入ってくれ』
「了解しました」


ハルモニアは地上で言うところの船体の上下に、”高さ”100m程のパイプを伸ばし、それに太陽電池を固定している。早い話が帆船の様な物だ。もっとも、よほど縦に細長く出来ているが。
太陽電池パネルの配線を表示させ、それと断線系統を重ね合わせると、安易だが予測は出来る。それによると、断線している部分は”マスト”の先端部分から6ブロック程。
ヒューズが飛んだぐらいなら簡単に治るが、そんな物は使っていないし、一度にそれほどのブロックが使用不可になるような状況が思いつかなかった。
(そんなところになにかあるのかな?)
思いつきでクレーンカメラを旋回させ、マストにそって操作しながらズームアップすると画面内でなにかが光ったのが見えた。
(なんだ?)
最大望遠に、コンピュータによる画像補正まで動員して表示された画像に僕は絶句した。
「大佐!! 下舷マストに穴が見えます!!」
『今、何と言った!?』
「下舷太陽電池マストに、10cm程の穴が空いてます。そこで回路が断線してるんです!」
僕は説明しつつ、観測画像をランダー側へ転送した。
直径30cm程の、表面にアルミを蒸着した高強度カーボン&チタン製のパイプの1/4が、えぐられる様に無くなっているのが見えているはずだ。時々、切れた配線から電気火花が飛ぶのも見える。

『流星体に、クリティカルヒットを食らったか・・・』
ランダーに居るチョフォフがぼやく。
「地球周回軌道じゃないんだから、そんな物に当たるなんて・・」
後ろの通信席でクリスがつぶやく。
『それも、御丁寧にパネルではなく、マストと電力配線を吹き飛ばしてくれるとは・・』
と、ランダー側で映像を見たハリス。
『船体の、それも居住部分やエンジンでなかったことだけは感謝しなくてはなるまい。姿勢の変更は継続するしかないな。ミスター・ブラウン、衝突の衝撃による船体の回転は最微速で修正しろ。下舷パネルの方向は太陽の逆に設定。ミス・マイヤー、パラボラの方向を再設定して地球に状況報告。対策を仰ぐ』
大佐は冷静だった。


<続く>
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