眠れない夜 前編
とても夕日が綺麗な場所だったの。
見ていると何もかも忘れられそうなくらいに。
そう、自分が大召喚士ブラスカの娘ユウナであるということさえも。
自分の背負った召喚士という役目とかも何もかも、夕日の赤に溶けて行くみたいに。
ここはミヘン街道の真ん中あたりにある旅行公司。
ルカの街で出会ったアーロンさんが自分が疲れたからと言い張って、ここで休憩することになってしまったの。
アルベド族のお店だからってワッカさんが最初は嫌がっていたんだけど、アーロンさんが「疲れたから」だとか言って、無理矢理休むことになってしまった。

でもね、私気づいちゃったんだ。
あれってアーロンさんが疲れたっていうよりは、他のみんなの為なんかじゃないかって。
だってワッカさんは途中でブリッツボールの大会があって、そこで大活躍していた。
ルールーやキマリだって、長い街道をモンスター達と戦ってそろそろ一息つけたいって思っていたんじゃないかな?

それと…それから新入りのガード君も。
彼の名前はティーダ。
千年も前に滅んでしまったザナルカンドから来たと言っている人。
彼も慣れないガードという仕事をこなして、きっと疲れていると思うんだ。
だからアーロンさんがここに泊まると言い出したときも、私迷わず賛成しちゃったの。

中に入ったら、アルベド族のリンさんっていう人が出迎えてくれた。
まだ渋っているワッカさんに見向きもせずにアーロンさんが手際よくお部屋を取ってくれて、それぞれの部屋に入ることになった。
私とルールー。
キマリとワッカさん。
そしてティーダとアーロンさん。
この部屋割りに不服なんてないんだけど、何故かティーダとアーロンさんの部屋が他のみんなの部屋からちょっと離れていたのが不思議だった。
アレ?って思ったけど、たまたまかしらと考えて深く追求することはしなかった。
割り振られた部屋はこざっぱりとしてて、居心地がよかった。
部屋に入るなり、ルールーがフウっと肩から力を抜いていた。
「ワッカは煩かったけど、ここはアーロンさんに感謝ね。そろそろ疲れが出始めている頃だもの。ユウナ、あんただって疲れがたまっていたんじゃないの?色々あったもの。まだまだ先は長いんだからから、ここでいったん休憩して旅の疲れを落とせばいいわ」
「うん、ルールー」
ルールーの気遣いが嬉しかった。
みんなルールーの事怖いとか言うけれど、一人っ子の私にとってまるで本当のお姉さんみたいな存在だった。
時々はきついことを言って叱ってくれるお母さんみたいって言ったら、「そんな年じゃない!」って言われちゃうかな。
でもきついことも私を思って言ってくれてるんだなって分かっているから、怖いなんて思えない。
みんなルールーの事誤解してるよね。

部屋で少し横になって疲れを取ろうとした。
でも…あることを思いついて起きあがり、荷物の中から秘密の物を取りだしてルールーに気付かれないようにそっと懐にしのばせる。
ベッドの上でくつろいでいたルールーが部屋を出ようとしていた私に声をかけてくる。
「どこへ行くの?ユウナ」
「あの、ちょっと公司の周りを散歩してこようかなって思って」
「一人でなんて危ないじゃないの。いくらこの周りはモンスターが出てこないからといっても、少しでも外れれば危険なのよ。分かってるの?」
そう言って立ち上がりかけたルールーを、私は慌てて押しとどめる。
ルールーってば私のガードをやってて疲れているはずなのに、付いてくるつもりなんだって分かったから。
「分かってるよルールー。遠くへなんて絶対いかないから。ほんとにちょっとだけ外を見てくるだけなの。だから大丈夫だって。どうしてもって言うなら、キマリに付いてきてもらうから」
キマリ…と言う私の一言に、立ち上がりかけたルールーがまたベッドに腰を下ろす。
「本当にここから遠くへいっちゃだめよ」
「信用してルールー。だからここで休んでていいから。ねっ?」
私の言葉にルールーもようやく納得してくれたみたい。
それでも部屋を出ていこうとしたとき「本当に遠くへいっちゃ駄目よ」って念を押されちゃった
もう心配性なんだからルールーってば。

旅行公司を出て、見晴らしのいいところに陣取って懐に忍ばせておいたものをそっと取り出す。
ルールーもワッカさんもこれのことはきっと知らない。
映像スフィア。
この旅に出る前に気付かれないように荷物の中に入れておいた物。
みんなに…最後の言葉を伝えようって決めて持ってきた。
綺麗な夕日を目の前にして今まで考えていたこと、面と向かっては恥ずかしくって言えなかったこととかをいっぱい喋った。

キマリやルールー、ワッカさんへたくさんの感謝の言葉を思いつくままにスフィアに込めた。
そして…新米ガード君のティーダ。
彼に初めて会ってから、今まで感じたことのない感情が芽生え始めたこと。
この想いをどう言えばいいのか、分からなくて戸惑って、つっかえつっかえ何とか言葉にしたのだけど、何だかうまく言えなくって、結局やり直そうと思った。
「うーん、ここ取り直しッス」
知らない間に彼の口調まで真似て。
そうしたらいきなり後ろから声をかけられて、本気で飛び上がるくらいビックリしちゃった。
「なーにしてるっスか?」
しかもちょうど考えている人から呼びかけられて、声がちょっとうわずってしまった。
慌てて振り返れば、ティーダがお日様みたいな笑顔で私のことを見ていた。
ああ、私ってば彼のこの笑顔が大好きなんだなって思っちゃった。

それから二人でいろんなことを話した。
ティーダはいつでも私のことを励ましてくれる。
それはとても嬉しくて、ちょっぴり・・・辛かった。
話題がシンのことになって、究極召喚を得るにはザナルカンドに行かなくちゃいけないって話したら、ティーダの顔色が少し変わった。
「ザナルカンド?」
彼にとってザナルカンドは決して滅んでしまった過去の遺跡ではなくて、自分が生まれ育った故郷。
だからつい過剰反応してしまうんだと思う。
そんな彼にどう声をかけようかと思いあぐねていたら、後ろから低く静かな声が聞こえてきた。
「勘違いするな。1000年も前に滅んだ過去の遺跡だ」
いつの間にかアーロンさんが私たちの後ろにいた。
ティーダが私のことを確かめるように見ている。
「本当に遺跡なのか?」
「…そう聞いてるけど…」
私たちの会話にアーロンさんの声が被さる。
「信用出来なければ、自分の目で確かめることだな。ユウナ、そろそろ中へ入れ」
私を呼ぶためにアーロンさんが来たのかしら?

促されてティーダと二人で立ち上がり、綺麗な夕日を背に歩き出す。
前を歩いているアーロンさんのところへティーダが走り寄って行く。
二人で何事が話し合っている。
でもどっちかと言えば、ティーダがアーロンさんに一方的に絡んで、それをアーロンさんが軽くかわしているっていう感じ。
見てると微笑ましくって、仲がいいのねって思っちゃう。
まるで親子みたいっていったらアーロンさんが怒るかしら?
でも本当にそう見えちゃう。
ティーダもアーロンさんには我が儘を言ったり拗ねたところを見せたりしてるし、アーロンさんもそんな彼を優しく見ているように感じてしまう。
なんか…妬けちゃう。
そんな二人をぼんやり見ながら歩いていたら、キマリとルールーが立っているのが見えた。
もしかして二人も遅くなった私のことを呼びに来ようとしたのかしら。
もう…みんなして心配性なんだから。
少し小走りになって公司のほうへ駆けていく。
懐の中に忍ばせてあったスフィアがカタッと揺れた。



公司に入ったら、直ぐに夕食の時間だった。
携帯食料じゃない暖かい料理。
ちょっぴりお酒も飲んでほろ酔い気分になって、旅の疲れとか途中であったいろんな事とかがみんな薄れていくようないい気持ち。
アルベド族のお宿ということに難色を示していたワッカさんも、今はお腹いっぱいになってお酒も飲んで、すっかり上機嫌。
意味もなく笑い出したかと思ったら、今度はテーブルの上に突っ伏しちゃっていきなり大いびき。
「ったく、お酒に弱い癖に飲むからこうなるのよ。だらしがないったら」
ルールーがしょうがないわねといった様子でワッカさんを見て、呆れたようにため息を付く。
それからキマリに視線を移して、ワッカさんを部屋まで運んでくれないかしらとお願いをした。
「キマリ、ワッカを部屋まで担いでいってくれないかしら。部屋に運んだら適当に放り投げちゃっていいから」
「…分かった」
きついルールーの言葉にキマリの返事は素っ気なかった。
つぶれちゃっているワッカさんを軽く肩に担ぎ上げて、キマリがテーブルから離れていく。
それに続いてルールーも立ち上がり、「私たちもそろそろ部屋に戻りましょう」と私に向かって言った。
「えっ、ええ…」
一応頷いたけど、ティーダとアーロンさんはどうするのかしらと振り返ったら、アーロンさんも立ち上がっていた。
「俺達も部屋に戻る」
「えっ?アーロン?」
そのまま後ろも見ずに歩き出したアーロンさんの背中を見て、ティーダが慌てて立ち上がる。
私の脇を通るときティーダが「じゃあユウナ、お休み」と声をかけ、先に行ってしまったアーロンさんの後を直ぐに追っていってしまった。

……本音を言えば、もうちょっとゆっくりティーダとお話していたかったのに。
アーロンさんとティーダって、仲いいのよね。
時々私の入り込めない雰囲気を作っているときがあるもの。
羨ましいなって思っちゃう。
二人の消えていった方向を見て、それから顔をルールーのほうに戻したら、何故だかルールーもティーダ達の行った先を見ていて何だか考え込んでいるように見えた。
だからつい声をかけてしまった。
「ルールーどうしたの?」
「え?ああ…何でもないわ。お酒が入ったせいかしらね、ちょっと疲れが出ているみたい」
そう言って、何でもないからとルールーが私に向かって笑いかける。
何だか誤魔化されたような感じもしたけれど、ルールーの言うことに素直に頷いて二人で部屋に向かっていった。


久しぶりの柔らかい寝床。
モンスターなんかを気にしないで眠れる場所。
お腹いっぱいに食べたし、お酒も飲んで朝までぐっすり眠れるはずだった。
なのに…夜中にふと目が覚めてしまった。
目覚めてまだ辺りが真っ暗なのに気付き、あれっ?て思った。
窓越しから洩れる光は太陽の眩しい光じゃなくて、お月様の柔らかいもの。
遠くからは波の音。
目覚めて思わず辺りを見回して、まだ真夜中なんだって分かってしまった。
しばらくボーと部屋の天井を眺めていた。
どうしてこんな真夜中に目が覚めてしまったのか不思議だったけど、いったん目が覚めたら今度は寝付かれなくなってしまった。
何度か寝返りをうったり数字を数えても駄目。
寝なくちゃと暫く足掻いてみたのだけど全然眠れそうになくって、そうしたら隣で寝ているルールーが寝返りをうった。
(いけない。起こしちゃう!)
慌てて息を潜めていたら、また隣から穏やかな寝息が聞こえてきた。
良かった、起きなかったんだって安心しても、やっぱり眠れない。
このままここで横になってても眠れそうになかったし、疲れているルールーを起こしちゃいけないと、思い切って起きあがることにした。
どうせ眠れないのなら外へ出て、夜の海でも眺めていようかなって思ったから。
ルールーを起こさないようにそっと起きあがり、服を着替えて足音を忍ばせて部屋を出る。


みんな寝静まった真夜中。
そんな中を一人で歩くのって、怖い反面、いけないことをしているみたいなそんな感じ。
そっと歩いてワッカさんの部屋の前を通ったら、中から盛大ないびきが聞こえてきた。
これは…ワッカさんのいびきね。
お酒が入っているからだわ、きっと。
キマリも大変ねと思いながらも、ちょっぴり笑っちゃった。
いびきで賑やかな部屋の前をそっと通り抜け、公司を出ようとした。
そのときどこからかすすり泣くような声が聞こえてきた。
「えっ?」
思わず辺りを見回しちゃった。
だってこの声には聞き覚えがあったから。
ワッカさんのいびきに混じって、かすかにすすり泣くようなどこか苦しげな声。
何となく気になって声のする方へ足を向けてみれば・・・そこはティーダとアーロンさんの部屋の前だった。
やっぱりここから聞こえてくる。
かすかに洩れる声は確かにティーダ、彼のもの。
今更なんだけど、私耳には自信があるのよね。
だから聞き間違いじゃなくて、これはティーダの声だと思うんだ。

でも…どうして泣き声?
夢にうなされて?
なんか…それとも違うっぽい。
それに泣き声だけじゃなくて、苦しげな息づかいとかも合間に聞こえてくる。それとベッドのきしむ音も。
夢にうなされているにしてはどこか変。
まさかアーロンさんと喧嘩でも?
一瞬そうも考えたんだけど、それにしてはアーロンさんの声が全然聞こえないのもおかしいと思う。
どこか変なの。
もしも夢にうなされているのだとして、アーロンさんが熟睡してて気付かないでいるのだとしたらティーダのこと起こそうかしらと思わずドアノブに手をかけてみた。
でも中にはアーロンさんがいるのよね。
もしもティーダを起こしにいったら、さすがに熟睡しててもアーロンさんに気付かれてしまう。
それこそ何しているんだって言われてしまうと思う。
それに…女の私が真夜中に男の人の部屋に入っていくのってやっぱり…変よね。
しばし思いあぐねていたら、ティーダのすすり泣く声に混じってアーロンさんの声も聞こえたような気がした。
かすれたような声だったけど、「ティーダ」って呼んでいるみたいだった。
大丈夫かしら?
中に気配を悟られないようにそっとドアノブから手を離し、足音がしないように静かにその場から立ち去ることにした。
結局、夢にうなされたんだと思うことにして。


しんと静まりかえった夜。
遠くからは波の音と虫の声が聞こえるだけ。辺りは月灯りにうかぶぼんやりとした景色。
キンと締まった夜の空気を肺いっぱいに吸い込みながら、ボンヤリお月様を眺めていた。
これからの旅の事とか、私を守る為に一緒に来てくれたガードのみんな。
色々考えることも多いし、不安がないといったらウソになる。
それでもお月様の柔らかい光を浴びたら何だか穏やかな気持ちになっていった。
心が凪いでくるのを感じてしまう。
それからどれくらいそうしていたかな。
けっこう長かったようでもあるし、短かったような気もする。
明日からの旅の事も考えて、立ち上がり部屋へと戻った。
公司の中へ入ったら、もうティーダのすすり泣くような声は聞こえてこなかった。
ワッカさんのいびきは相変わらずだったけどね。
静かに静かに、ばれないように部屋へ戻っていった。
足音を忍ばせて部屋に戻ると、ルールーは気付かずにぐっすりと眠っていた。
普段は人に弱みなんか絶対見せないルールーだけど、やっぱり疲れているんだと思う。
「お休みルールー」
小さな声で呼びかけて、そっとベッドの中に潜り込む。
今度はきっと眠れるような気がしていた。
静かな夜。
枕に頭をつけた瞬間、今度は夢を見ないくらいに熟睡してしまった。

眠りに落ちる前に、ティーダのあの声はいったいなんだったのかしらとチラリとそんな考えが浮かんでいたのを覚えていた。