オイディプスの罪  後編
張りつめた空気を壊すかのように鳴らされるドアチャイム。
弾かれたように三人が音のする方を見る。
何度も何度も鳴らされるチャイム。
反応がないと見ると、ドアを拳で叩いているかのような音。

そして真っ先に立ち直ったのはジェクトだった。
玄関に近づき、扉を叩く音に急かされるかのようにドアを開ける。
弾かれるように開けられるドア。

そこには縁なしのメガネ、襟元をきっちりと止めたシャツ、上下隙なくスーツを着こなしたサラリーマン風の男と、髪をポニーテールに結い、白いトレーナーにブルージーンズを履き、化粧っけのない顔で立っている女性という実にアンバランスな二人が立っていた。
ドアを開けたジェクトに向かって、サラリーマン風の男が言う。
「ああ…突然押し掛けてきて申し訳ありません。私、ミランダのマネージャーをしているものでして、それと後ろの彼女もミランダの身の回りの世話をしている女性です。あのですね、実はこちらにミランダを乗せてやってきたとタクシーの運転手から聞きまして、それでお伺いした次第なのですが…こちらにミランダがお邪魔していないでしょうか?」
人当たりも良く丁寧な口調なのだが、額には汗が浮かび、妙にせわしなく視線を動かしている。
努めて冷静さを装ってはいるのだが、どことなく落ち着かない様子が伺える。
自己紹介が早口になっているのも、落ち着かない現れなのだろう。
ミランダのマネージャーという男の説明に、ジェクトがどこか考え込む素振りを見せ、やがて思い出したのか大きく頷いた。
「ああ…お前か。前に見たことがあったな」
ジェクトが自分を見知っているという事に男がホッとした様子を見せ、再度問いかける。
「覚えて頂けて光栄です。それであの…ミランダのことなのですが………」
「あいつなら…」
そう言ってジェクトが体をずらした瞬間、彼の後ろにいたミランダの姿がやってきた二人に見えたのだろう、男の後ろでおとなしく控えていた女性が突然に大声を出した。
「ミランダさん!」
言うなり、ジェクトの許しも得ずに足早に室内へと入り込み、ミランダのそばへと駆け寄っていく。
「ああミランダさん、ずいぶん心配したんですよ。映画の撮りの間、控え室で待ってらしたと思っていたのに、いきなり姿が見えなくなってずいぶん探したんですよ。それがこんなところにいたなんて、困ります。本当に…どれだけ心配したと思っているんですか」
ミランダの腕に取りすがり、殆ど涙ぐみながら必死で訴える女性。
それと彼女の後ろからやってきたマネージャーの男も、心底ホッとしたような声を出す。
「探しましたよミランダ。いきなり撮影所からいなくなって、どれだけ探したことか。周りも大騒ぎだったんですから」
必死になって訴える二人にも、何故かミランダはぼんやりとした目を向けるだけだった。
「あなた達…どうしてここに…」
「どうしてじゃないですよミランダさん!」
ポニーテールの女性が泣きそうな声で言う。
「監督さんやプロデューサーの方たちには何とか取り繕ってきましたけど、それでも早く帰らないとマズイんです。お願いですミランダさん、早く帰って下さい!」
言うなりミランダの手を取り、彼女を連れ帰ろうと必死になっている。
けれどミランダはそんな二人の言葉もまるで聞こえていないかのように無反応で、視線はまっすぐにティーダに向けられていた。
そんなミランダに、マネージャーの男も必死になって言葉をかける。
「ミランダ、いつまでもこんな我が儘を続けていたら、また現場でもめ事になるんですよ。とにかく早く帰らないと」
「現場…って、ミランダは撮影所から抜けてきたのか?」
ジェクトの疑問に男が振り返る。
「ああ…ジェクトさん。どうもお見苦しいところをお見せいたしまして申し訳ありません。あの…実はミランダは映画の撮影の真っ最中でして、さっきまで控え室で待機していたはずだったんです。それがちょっと目を離した隙にいなくなりまして…どうやらタクシーでここまで来たらしいんですが…タクシーの料金を払わずに降りてしまい、そのタクシーの運転手の方が撮影所まで来て、料金の請求に来たんですね。そのタクシーの運転手にどこでミランダを下ろしたかを聞いてそれで私達も彼女の行方が分かったというしだいでして………」
汗を掻き掻き説明する男に、ジェクトが大きく頷く。
「ああ、それであんなけったいな格好をしてるのか…」
「はい、もう撮影はミランダ待ちの状態なんです。それでなくても彼女は最近仕事でトラブル続きでして、ここでまた何かもめ事を起こすわけにはいかないんです。ですから一刻も早く帰らなければいけないんですが…」
男のそんな言葉も、ミランダにはまるで届いていないようだった。
目はまっすぐにティーダに向けられたまま。
そして彼女がぽつりと呟く。
「あなた…がジェクトを誘惑したのね?」
「………!」ティーダがハッと息を呑む。
「おい!」
ジェクトがミランダを咎める。
けれど一旦せきを溢れたミランダの思いは止まらなかった。
「そうよ、そうに決まっているわ。そんな健康的な顔をしながら、あなたから彼を誘ったんでしょう?なんて汚らわしい。実の父親になんて、信じられないわ」
ミランダの言葉、一つ一つがティーダの胸に突き刺さる。
血走った目を向け、ティーダを見つめるミランダ。
 
だがしかし、状況も知らずミランダのヒステリーの原因も分からない二人には、彼女の言っている意味など分かるわけもなく、ただ彼女が錯乱しているとだけうつるのも無理がなかった。
ポニーテールの女性と、マネージャーの男が賢明にミランダを落ち着かせようとしている。
「お願いですからミランダさん、早く撮影所に戻りましょう?皆さん、お待ちなんです。頼みますから……」
「そうですよ。もしここでまた問題でも起こしたら、間違いなくこの映画も降ろされかねない状況なんです。だからこれ以上のもめ事は勘弁してください」
必死でかき口説く二人。
けれどミランダは二人を見ていなかった。
彼女の感情はすべてティーダに向けられていたから。
「恥知らず。実の父親を誘うなんて、ケダモノ並の行為じゃない。よくもそんな当たり前の顔をしていられるもんだわ。頭がおかしいんじゃないの!」
ティーダにむかって罵詈雑言を浴びせるミランダ。
それをティーダはただ黙って受け入れているだけだった。何も反論もせずに、ただ傷ついた瞳を伏せるだけで。
むしろジェクトの方が堪らずに言い返す。
「いい加減にしろよな、ミランダ!お前が俺達のことに口を挟むんじゃねぇ。お前、自分が何を言ってんのか分かってんのか!」
自分が怒鳴られたことにミランダが驚き、意外そうな眼差しをジェクトに向ける。
「…どうしてあなたが怒るのジェクト?私はあなたの為に言っているのよ。彼が息子だから庇うの?どうして………」
「お前の知ったこっちゃねぇ。いいからさっさとお前は撮影所にでも何でも戻ればいいだろう。せっかくお迎えまで来てるんだからよ」
つれないジェクトの言葉にミランダが衝撃を受けたようによろめき、それから再度ティーダの方に向き直る。
「あなた…ここまでジェクトをたぶらかしたのね。いったいどんな手練手管を使って彼をこんなふうにしてしまったの?体?体を使ったの。実の息子のくせに、自分のしたことが恥ずかしいとは思わなかったの。よくもそんな当たり前の顔をして人前にいられるもんだわ!」
言うなり、激情のままにミランダがティーダの元に掴みかかっていこうとする。
「おい、待て!」
「………!!」
咄嗟に叫ぶジェクト。
何事が起きたのか分からず、ただ自分に向かってくるミランダを見つめるティーダ。
パァ…ン!
大きな音と共に、ティーダの頬がはたかれる。
叩かれた瞬間、ミランダの指にはめられていた指輪がティーダの頬に傷をつけたのか、彼の頬に斜めにうっすらと一筋の傷が走っていた。
「キャアア!」
「ミランダ!」
「てめぇ!」
ポニーテールの女性が叫び、男も声を出す。
そしてジェクトは尚もティーダに向かっていこうとするミランダの右手を掴み捻り上げ、彼女を押しとどめる。
「よさねーか、ミランダ」
片手でブリッツボールを掴むジェクトの手に捻り上げられたのだ。華奢なミランダにはそれだけで腕が千切れそうな痛みだっただろう。
悲鳴のような声を上げ、ジェクトの胸を叩いている。
「痛い、痛い、痛いわ。止めて、ジェクト。お願い離して」
「お前が俺の息子に手を出すからだ。テメェいったい何考えてんだ」
「わ…私、あなたの為にやったのよ。私は何も悪いことなんかしてないわ。悪いのはあなたの息子のほうじゃないの」
「まだそんなこと言うのか」
あくまで自分の行動を正当化するミランダにジェクトも堪忍袋の緒が切れたのか、ミランダに向かって手を振り上げた。

 ぶたれる!

そう思いミランダが首を竦めたとき、今まで事の成り行きを見守っていた女性が大慌てでジェクトの振り上げた腕に取りすがり、必死になって訴える。
「止めてくださいジェクトさん!ミランダは女優なんです。顔は…顔だけには手をかけないで下さい!殴るのなら私を打ってくださって構いませんから。無礼は心からお詫びいたしますから。どうかミランダに手をかけるのだけは勘弁してください。お願いいたします」
涙声で必死になってかき口説く女性にジェクトも虚をそがれたか、一旦振り上げた手を渋々下ろしていた。
腹立たしげな様子でジェクトが言う。
「俺に手を挙げさせたくなかったら、さっさとこの女をここから連れだしてやってくれ。でないと俺も次は我慢出来るかどーか分かんねーぞ」
普段、感情の起伏の激しい男がいつになく静かな口調で話しているのは、本気で怒っている証拠なのだろう。

当然それはこの場にいた全員が察していた事だった。
ミランダが信じられないといった目を向ける。
「ジェクト…怒って…るの?」
「お前の顔なんて、もう見たくもねぇ」
にべもなく言い放ち、ポニーテールの女性と男に向かってジェクトが言う。
「いつまでそうしてぼーっと突っ立っているんだ。大事なお姫様の顔を守りたいなら、さっさと出ていってくれ」
次は無いというジェクトの言葉は、けっして冗談ではなかっただろう。
当然それはミランダと、彼女を連れ戻しに来た二人にも伝わっていた。
「あ…はい、もちろん直ぐにおいとまいたしますから…」
マネージャーの男の顔色を変え、すぐさまミランダの手を取り、彼女を部屋から連れ出そうと動く。
なんと言ってもジェクトはこのザナルカンドで人気のブリッツボールのスーパースターだ。
その男を本気で怒らせたらマズイという本音もあっただろう。
尚も嫌がるミランダの腕を取り、三人でもつれ合いながら玄関の方へと消えていく。
「嫌よ!私、まだジェクトに話したいことがあるのに!彼をあんな息子の側になんておけないわ!離して、離してってば!」
ヒステリックに叫ぶミランダ。
何とか宥めようとする二人。
抵抗するミランダを無理矢理連れ帰る二人。
ミランダは叫び続けていた。
ケダモノ!
恥知らず…と。


一瞬の静寂。

嵐のような時間が過ぎ去る。
ジェクトがそっとティーダの側に近寄る。
「あんな女の言った事なんか気にするんじゃねーぞ。あんなヒステリー女の事なんかな」
優しく労るようにティーダの頬に触れてくる。ミランダにぶたれた時に付いた傷をそっと指で押さえる。
けれどティーダの目はまっすぐにミランダの消えていった玄関の方を向いていた。
そして彼が口を開く。
「親父…あの女の人と別れたの一ヶ月前だって?」
「ああ…だいたいそんくらいかな」
「俺達が初めて寝た日も一ヶ月前だ」
「…そうだったか?」
ふっとティーダが視線を伏せる。
「あの女の人、俺と同じくらいの身長だった」
「そう…だな」
「俺と同じブルーアイだ」
「ああ」
「あの人の髪の色、親父が言って俺と同じプラチナブロンドに染めさせたんだって?」
「………」
ここまで言われて、ジェクトもさすがにティーダの言いたいことに気付き始めていた。
バツの悪そうな顔をする。
ティーダがさらに続ける。
「それに彼女の髪、俺と同じくらいの長さに切らせたんだ」
ティーダの言葉に、ジェクトが言いにくそうに答える。
「俺も…あのときはけっこう煮詰まってたんだ。お前との関係をどうしたらいいのか分からなくて、ついあの女に手を出しちまったんだ」
「それで俺と同じ髪型とかに変えさせたわけ?」
「しょうがねーだろう。俺だって、馬鹿なことしてるって自覚はあったんだ」
「………あんた最低だ」
ほとんど呟くようなティーダの台詞。
ジェクトがふっとため息を吐き出す。
「ああ…確かに俺のしたことは誉められたもんじゃねぇ。お前が欲しくて、でもどうしたらいいのか分からなくて、つい他の女で代用しちまったんだ。お前の代わりなんて誰にも出来る訳ないのにな。ミランダにも悪かったって思ってる。俺の一時の気まぐれに振り回されたようなもんだから。何もかも俺のせいさ。………だからティーダ、お前が悪い訳じゃねぇ」
そう言ってジェクトがそっとティーダの目元に触れてくる。
「悪いのは全部俺だ。ケダモノは俺の方さ。だからティーダ、おまえが泣くことじゃない」
「俺?」
ジェクトに言われて、ティーダは初めて自分が泣いていた事に気付いていた。
自覚も無しに泣いているティーダを、ジェクトが自分の胸の中に抱き留める。
「お前が欲しくてどうしようもなくて手を出したのは俺だ。ミランダの言ったとおり、ケダモノ並かもしれねぇ。何たって実の息子に手を出したんだからな。それでも俺はお前と寝たかったんだ。すべての罪は俺にある。人が何か言ったら全部俺が被ってやる。お前は何も悪くない。俺のせいなんだ」
「親父…ええかっこしいすんなよ」
そう言いながらティーダがジェクトの背中に手を回す。
そして言う。
「親父に抱かれたとき、俺抵抗しなかっただろう?あんたとこうなって、後悔なんかしない。…それが罪だって言われるなら、二人一緒だ。一緒に…地獄に堕ちればいい」 
微笑みながら言うティーダにジェクトも返す。
「そうだな…堕ちる時は一緒だな」
二人の顔が近づいていく。
吐息が触れあう。
唇を重ね合う。


かつてシンと呼ばれ恐れられた男と、実の父親を手に掛けた息子。
抱き合い、結ばれたのは必然だったのかも知れない。 
ジェクトの熱いキスにとろけそうになる自分をティーダは感じていた。
 
このまま堕ちていけばいい。
堕ちる先がたとえ地獄でも、自分のそばにはきっとジェクトがいるだろう。
ならそれでもいいとティーダは思っていた。
骨が軋むくらいにジェクトに抱きしめられる。
たとえ誰に何を言われてもティーダはこの腕を、熱い胸を失いたくなかった。


近親相姦という毒は二人には甘い媚薬。
この関係の行き着く先なんてティーダには分からない。
ただこの腕を失いたくないだけ。

狂っていると…間違っていると言われても、二人はきっと離れられない。


きっと、ずっと………。



              END
後書き

2003年の5月4日のスーパーコミックシティに出したジェクティ小説です。
この前のイベントの時に「せめて一冊でもないかなー」と思って探しに探したものの、一冊も見つけられなかったジェクティ本。
そりゃあ少ないとは思っていたが、まさかここまでないとは考えていなくて、ちょっとショックでした。
まぁそもそもティーダ受け本自体が少なかったから。その中でもさらに少ないジェクティ本。

無いとは思っていたけどさーーー。(涙)
だったら自分で出してやると奮起してジェクティ本を作ったので御座います。
買いたい本が無ければ、自分で作るのがオタクの基本さ。
で、作ろうと思ったのです。
ですが、このとろい自分が一月…あまりで本を作ったのは生まれて初めてでした。…おかげでちょっと地獄を見ちゃったよ。
サイトの更新すら一月止めてこれにかかりっきりでした。

そうして何とかイベントには間に合ったものの、ジェクティサークルは見事に私のところだけでした。
元々マイナーカップルに走る傾向に合った自分とはいえ、ここまでだとは。
けもの道まっしぐら。
いっそ潔いですな。