好きまでの距離感〜桂一郎の場合、二〜



和はかなり感じやすい方だと思う。
小さな頃からくすぐったがりだったからそのせいかもしれないが、どこを触っても身をよじって嫌がってくる。
特に耳とか、首筋はウィークポイントみたいだ。

触れただけで顔を赤くするし、中を舌で探ると小さな喘ぎ声まで出してくる。
その掠れた声がまた俺を煽ってしまうのだ。
頼りない、声を食いしばっているみたいなくぐもった声。
声と呼ぶほどの音は出ない。
吐息…と言ったほうがいいのだろうか。
それに小さな声が混じるのだ。

だが、それがまたどうにも色っぽくて困ってしまう。
正直な話、俺は自分がここまで自制心が乏しいとは思ってもいなかった。
むしろ人よりかは我慢強いし、結構忍耐力も有る方だと意識していたのだが、和を前にすると情けない話、自分を止められなくなってしまうのだ。

触るだけと最初は言った。
だけどこうして抱きしめると、それだけでは我慢しづらくなってくる。
もっと和に触りたくてどうしようもない。
抱きしめて、あいつの匂いを感じて、どこもかしこも触れて確かめたいのだ。

どこを触れば和が感じて、俺の知らない顔を見せてくれるのかとか。和の良いところとか、何もかも全てをだ。
はっきり言ってしまえば、俺は和の全てが欲しかった。
あいつの全身を知りたかった。
和を抱きたい。
触れるたびに欲望は増していくだけなのだけど、それだけは必死で自分を押さえている。

焦ったら何もかも無くしてしまいそうだから。
和は元気で口が悪くて、明るくて陽気そうに見えるけれど、実のところ泣き虫で寂しがりやだ。
そしてこれは小さい頃の両親の離婚が関係しているのかもしれないが、人に背中を向けられるのを極端に嫌がるのだ。
見捨てられる。置いて行かれる事が何よりも駄目みたいだった。

あいつと知り合い始めた子供の頃、ほんの少しの時間でも一人きりにされるのを怖がっていた。
小学生の時分、どこへいくにも一緒だったから。
和は小さい頃から人なつっこい性格で、わりと誰とも直ぐにうち解ける方なのだが、何かあると真っ先に俺の所へくるのだった。
どこいくにも、何をするにも、だ。

だが、べつにそれを鬱陶しいとか煩わしいと感じたことは一度たりとしてなかったのだ。
今思えば、俺は和を小さな頃から気に掛けていたのだろう。
クラスのどんな可愛いと呼ばれている女の子よりも、和の方が可愛く見えていたのだから。
だから俺は和の寂しがりやを利用したのだろうと、思うのだ。

もっと俺の側にいればいい。
もっと俺を頼ればいい。
そして俺だけを見ていてくれればいい…と。

今、和が俺の腕の中にいる。
羞恥に頬を染め、耳を探られている感触に唇を噛み締めている姿が見える。
和の赤い唇。
それを目にとめた瞬間、視線を外せなくなってしまった。
新たな欲が俺の中に芽生えてしまう。

だから俺は自分の心の赴くままに和の顎に指を這わせ、そっと顔を上げさせた。
「いい?」と尋ねて。
今までだったらこれだけでは和は分かってくれなくて、「言いたいことがあるのならはっきり言え」と怒鳴っていたのだったけど、今はもう俺のしたいことを悟ってくれるようになっていた。

俺が何をしたいのか。
何をしてもいいのかを。

普段の和は口数がとても多い。
それは俺の口が重い所為で、和が必然的に喋るようになったのか、それとも元からお喋りだったのかははっきりしないのだけど、どちらかと言えばかなり話す方だと思うのだ。
そんなあいつが俺の問いかけに、口で返すこともせずに顔を赤くしたままで瞳を伏せるだけなのだ。
けれどはっきりと拒絶しない。
それだけで俺には十分だった。

沈黙は肯定の証だと受け取ることにしている。
本気で嫌なら、拒絶すればいい。俺から逃げればいいだけなのだから。
なのにあいつは何も言わずに俺の腕の中に居続ける。
何故かは分からないけれど、俺の問いかけに頷くことが恥ずかしいらしいのだ。
それの何が恥ずかしいのか、俺には今ひとつ理解出来ないのだが、キスとか触れることを嫌がらない自分が嫌だといつか言っていたことがあった。

どうして気持ちいいと感じるのが恥ずかしさに繋がるのかが分からない。
出来るなら和の口から俺を欲しがる言葉を聞きたいのだけど、そこまで望んだら強欲なのかもしれない。
実のところ、一度お願いしたのだが顔を真っ赤にして本気で殴られてしまったのだ。
「誰がそんなことが言えるか、ボケ!」と。

遠慮のないグーはマジで痛かった。
和が俺を殴るときはいつだって手加減をしてくれない。一応は俺も痛覚を持っているので、「殴られたら痛い」と言ったら、「じゃあ痛い顔をしろ」と逆に切り替えされた。
俺なりに痛い表情を出しているつもりなのだけど、どうやら痛そうに見えないらしい。
だけど顔を真っ赤にしながら俺を殴る和の顔すらも可愛いと感じる俺は、多分そうとういかれているんだろう。

怒る顔も、恥じらう顔も、もちろん笑い顔も全て可愛いから。
でも今一番俺が好きな顔は感じている和の顔かもしれない。

俺の腕の中で恥じらいながら身を任せている和が、どうしようもなくそそられて困ってしまうくらいに。
和の顎を持ち上げる。
静かに唇を重ねていく。
触れるだけしか知らなかったキスも、今はもっと色々なことが出来ることも知ってしまった。

「んっ…」
くぐもった声が聞こえる。
掠れた濡れたような声の響き。
それを聞いただけで、俺の中に危うい感情が芽生えてしまいそうになってしまうくらいに。
出来るならこのまま押し倒して、和の全てを味わってしまいたい。

自分の心を過ぎる欲望が溢れ出してしまいそうになる。
思わず和を抱きしめる腕に力がこもっていきかける。
だけどすんでの所で自分を戒めた。ここで激情のままに和を求めても、きっと良い結果なんて付いてこないことは目に見えて分かってしまうから。

キスをする唇が僅かに逸れる。
その時、ふっと和が息継ぎをし、掠れて艶めいた声で「桂…」と俺の名前を呼んだのだ。
和の長い睫毛が揺れている。紅潮する頬。
頼りなげな瞳。

くらりときた。
正直なところ、そろそろ自制心が危なくなってきそうだ。

キスをするのはいいのだけど、してしまうとかえって悶々としてしまうようだった。
これはこれで困った事だなと、本気で悩んでしまいそうになる。

でも…。
まだ和が俺の腕の中にいる。体を俺に預けていることに気をよくして、再度尋ねてみた。
「もう一度いい?」と。



キス編終わり。
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