好きまでの距離感〜桂一郎の場合〜



和とキスをする。
何度も、何度もした。
最初は慣れなくて、軽く触れるだけのキスをしていた。
そのうちにもっと和を確かめたくなって、深く唇を合わせるようになっていた。

舌を絡め、味を知り、口にも快感があることも知ってしまった。
世の中の恋人同士がどうしてあんなにキスをするのか、今だったら分かる気がする。
好きな相手と触れ合うのはこんなにも気持ちが良いのだということを。

今だってそう。
俺の部屋で和と一緒に試験勉強をしていたんだ。
俺の直ぐ隣には和がいた。
真剣な表情で教科書を見ているあいつ。
和は国語とか古典とかそっち方面は得意なのだが、どうにも理数系は苦手で、よく俺に聞きにくるのだ。
そして俺は数学とかはそこそこの成績はとれるのだけど、文系はどうにも駄目だった。
だから互いの苦手を補い合うためにこうして一緒に勉強するのが常なのだったけど、最近はそれに違う目的も付いてくるようになっていた。

俺自身がまず持たなくなっている。
和に俺の気持ちを伝えるまでは、あいつが俺の隣にいてもそれなりに理性を持たせていたのだけど、今は我慢が聞かなくなっていた。
特に一度、和に触れてからはもう駄目だった。

あいつの恥じらった顔とか、表情。羞恥に染まる肌。潤んだ瞳。触れた肌の温もりと感触。
何よりも掠れた声と漏れる吐息を知ってしまったら、自制心なんて脆い物だと悟ってしまったのだから。

和に触れると気持ちいい。
俺の腕の中に収まるあいつの体の温かさと心地よさ。
それを知っていながら、自分を押さえることなんて難しすぎると思うんだ。

だから和の肩に手を回した。
びくりとあいつが震えたのが分かった。一瞬体を硬くしたのも触れた手の平からも伝わった。
まだ俺に触れられるのが怖いのかと思うと一抹の寂しさが胸をよぎるのだけど、それでも和は俺からもう逃げることはしなくなっていた。
拒まれてはいないのだから、少しばかり図に乗ってあいつの耳元で囁いてみる。
「触れてもいい?」と。

和の顔が一瞬で赤くなる。
元からあまり日に焼けていない肌だ。本人はなまっちろくて嫌だと言っているけど、俺にとっては白くて滑らかで綺麗だと思えるくらいだ。
この年の男にしては体毛も少なくて、肌もすべすべしている。
本人はそれが女みたいで嫌がっているらしいが、別に気にすることはないと思うのだ。
つるりとした頬に触れるだけで楽しいし、気持ちいいだけなのだから。
前に一度、それを言ったら和に本気で嫌な顔をされて、あまつさえ腹を殴られたのだった。
「このド変態!」と罵られて。

俺としては素直な気持ちを口にしただけなのに、何故怒られて殴られたのかが分からない。
「何故怒るんだ?」と尋ねたら、和がさらに顔を赤くして言ってきたのだ。
「男の頬に触りたいとか、それを気持ちいいとかを真顔で言うんじゃない。きもいだろーが!」
そう言われた。

何故感じたままを言っただけで、怒られたのか未だもって分からなかった。
真顔で言ったことがいけなかったのか。だけどこの顔は生まれつきだし、子供の頃から、何を考えているのかよく分からないと言われ続けてきた。
自分としてはちゃんと感情もあるし、それなりに発言してきたつもりなのだけど、どうにも上手く伝え切れてないらしい。
だからといってもっと能動的になろうとかいう気にはなれなかった。
感情が読めないと言われても、別に困らないから。
正直にいえば、和にさえ分かって貰えれば俺にはそれで満足なのだった。

どうしてこんなにあいつが好きなのか、自分でも分からない。
和の何もかもが可愛い。
笑い顔も怒る顔も、泣き顔さえも。
だけど今は新しい和の表情に魅せられている。
恥じらう顔と、感じている表情とだ。

今もそう。
俺が触れても良いかと尋ねると、何かを言いかけながらふいっと顔を背け、小さな声で「さ、触るだけだぞ」と許してくれるのだ。
その時のあいつの羞恥に染まる頬が何とも言えずに可愛いのだ。
怖がらせないようにゆっくりと和の体を抱き寄せる。
一度無理強いをして、和を困らせた事があった。脅えて、泣きそうになった顔が忘れられなかった。
だからそれ以来、俺は焦らないようにしていたのだ。
他人にどう思われようと気にしない方だったが、和に嫌われることだけは耐え難かったから。

和が俺を拒絶しないように。怖がらせないように。
静かにゆっくりと体を抱き込み、あいつの髪に鼻を埋めた。
俺とは違う、和の匂い。
色素の薄い、柔らかな髪。
そのまま鼻を埋めながら、静かに耳に唇を寄せてみた。
そっと触れる。
和の体が微かに震えたのが分かった。

そう…ここが弱いことを俺は知ってしまったから。
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