好きまでの距離感〜和正の困惑、二〜 「あのですね先輩。その…いい加減この手を…」離して下さいと続けようとして、俺はその先を言うことが出来なくなっていた。 だってだよ。先輩の顔が俺の顔の直ぐ側にあったんだもん。 「げっ」 反射的に声が出ちゃったよ。驚きのあまりに。 そうしたら先輩がだよ。俺が体を強張らせたのが気にくわなかったのか、更に顔を近づかせて文句を言ってきたんだよ。 「酷いなぁ中西ってば。人の顔見て、嫌そうにしなくたっていいじゃないの。傷ついちゃうな、ホント」 だからそれは顔を見て驚いたんじゃないんだってば。 ちょっとこの顔の近さはないんじゃないのって、突っ込みたかっただけなんだって。マジでこの距離はおかしくないのかって気がしてしょうがないんだから。 「あのですね先輩。えっと…顔、何でそんなに近いんっすか」 「え?近いかな。これくらい普通の距離じゃないの?」 いや、それはないって。ありえねーから、この顔の近さは。 異常なくらいに接近してきている先輩に、俺はますます困惑してしまっていた。いったい何を考えているんだこの人はって思って。 「こんな近距離のどこが普通だって言い張るんですか。だいたいですね、男相手にこの体勢も変でしょうが。人の体、ホールドしてんすから。こーいう真似は、可愛い女の子にでもすればいいでしょう。何も、男の俺相手にしなくたって…ひゃっ!」 人が文句を告げようとしたところへ、さらに先輩が俺の背中をすうっっと撫で上げてきたんだ。 「ちょ…ちょっと!どこ触ってんすか!」 「いやぁ。うん、良い反応するじゃないの中西ってば。感度良好って感じ。俺の好みだわ」 …本気で腹が立ってきそうだった。 「ちょっと先輩!冗談もいい加減にして下さいよ」 「怒ったら可愛い顔が台無しだよ。和正ちゃん」 ちゃんって何だよ。ちゃんって。 もう、まともに付き合うのも疲れそう。でも先輩は俺の体、離してくれそうもないし。ついでに周りの視線もそろそろ気になって来始めてるし…。 もう嫌だよ、この人の相手すんのも。俺が何言っても、楽しむだけなんだもの。これは作戦を変えるっきゃないのか? この人から解放してもらうのは。 …とすればだよ。 ここはしおらしい態度でも見せて、先輩の同情を誘って離して貰おうかしら。 怒れば怒るだけ、この人は面白がって楽しむだけだから。 よし、決めた! 押しても駄目なら引いてみなって、もんだ。 「先輩…」 「うん?なぁに、和正ちゃん」 その巫山戯た呼び方にこめかみが引きつりそうだったけど、あえて無視して俺は続けた。 「ねぇ、もう離して下さいってば。周りからも注目も浴びてて恥ずかしいし…。お願い、先輩」 自分なりに、可愛くお強請りしてみました。下級生らしくね。 そうしたらだよ。 先輩ったら、一瞬目を丸くして俺を眺めたかと思うと、いきなり俺のことまともに抱きしめたんだ。 「可愛い中西!」 「はぁ?!」 離してってお強請りしたはずなのに、さらに抱きしめられるのって何故なんだ。 しかも、しかも…。 「や…ちょっと、何してんすか先輩!せ…あ、や…」 先輩が俺のことを抱きしめた際に、人の耳をぺろりと舐めてきたんだよ。 そこはマズイんだってば! ここ最近の桂一郎との接触の所為で、ただでさえくすぐったがりの俺がですよ。あいつの度重なるキスもあって、耳とかが過敏になってるんだもん。 だから先輩に悪ふざけをされて、思わず声が出ちゃったんだ。 さすがに、自分でもしまった!と気が付いちゃった。 だって、我ながら普通じゃない声だって自覚がありましたから。 そうしたら、案の定先輩もさ。人の顔マジマジと見詰めながら呟いたんだ。 「中西。お前のその声エロい…」って。 エロいって、エロいって…。どー言う意味だ! この場合、俺はどうフォローすればいいんだ? 自分がどうすればいいのか戸惑っている俺の背中に、さらに恐ろしい声が届いてくる。 「和、先輩と何してんだ」と言う、桂一郎の声がだよ。 「け、桂?」 「おや、やっとお出ましか。幼なじみの野間君」 驚き、固まっている俺と、いやに上機嫌の先輩。それと相対している桂一郎は、普段の無表情さが薄れてて、あからさまに不機嫌そうなのがありありと分かるんだ。 「もう朝練は済んだんですけど。先輩も、いい加減に和のこと、解放してくれませんか?」 「あ、練習メニュー終わったんだ。う〜ん、じゃあもう解散ね」 地を這うような低い声の桂一郎に対して、先輩はあくまで朗らかだった。 「先輩。和から手を離して下さい」 「え〜勿体ないなぁ。中西ってば、抱き心地良くって気持ち良いんだよねぇ」 その瞬間、桂一郎のこめかみに青筋が走ったのが、俺の目には見えたような気が…した。 で、その後の桂一郎の行動と来たら。ある意味、とっても分かりやすかったんだ。 俺を拘束する先輩の腕を掴み、有無を言わさずに引き剥がしたんだ。…力任せだったもんで、俺自身もちょい痛かった。 「和、もうそろそろ教室に戻らないと授業が始まる」 「あ…うん」 解放されて嬉しいのは嬉しいはずなのに、桂一郎から奇妙なプレッシャーを感じるのは何故なんだ。 はっきり言って、少しばかり怖いんだもん。 さらに隣からは桂一郎に掴みあげられて腕をさすりながら、先輩が抗議の声を上げてくる。 「おい、こら野間。先輩の腕を無理矢理にひねりあげるのは後輩としてどうよ?お前ねぇ」 なのに、桂一郎ときたら先輩の声を無視するんだよ。 お前、それは運動部の後輩としてはしちゃ行けない態度じゃないのか?って、俺の方が青くなってしまいそうだった。 にもかかわらず、桂一郎と来たら涼しい顔してるんだもの。 もうここは何もかも無視して、退散した方が無難かなと思った俺に向かって桂一郎がこう告げてきたんだ。 「和。話があるから、今晩俺の部屋に来てくれるか?」って。 はっきり言って、こんな表情の桂一郎にはあんまり近寄りたくない気分だった。だから俺の返事はつい、素っ気ないものだったんだけど…。 「今夜?今夜は見たいTVあるし…」 「話たい事があるんだ。来てくれ」 「あ…でも…」 「和」 桂一郎の目がかなり真剣だった。有無を言わせない迫力を感じてしまうくらいに。 何か怖い気さえしてくるんだけど…。 「あの…桂?」 「今夜、来てくれるな」 「…はい」 結局、桂一郎の迫力に負けてあいつの部屋に行くのを承諾しちゃったんだけどさ…。 でも…。 まさか、まさかだよ! あいつがいきなりあんな事を仕掛けるなんてー! 俺は先輩に絡まれただけよ?何もしてないじゃないの。どっちかって言うと被害者なのに。 何で桂一郎にあんな事されなくちゃならないわけ? ああもう! あんな…、あんな事…。 ええい、思いだしただけで恥ずかしいじゃないか。 そして俺は、堅く自分に言い聞かせる事にしたんだ。 もう今度からは遠藤先輩には絶対近寄らないようにしようって。 先輩に絡まれるたびに、桂一郎にあんな事されたら身が持たないって!マジで。 ホントにもう。 先輩の馬鹿ー! 桂一郎のドスケベー!! |
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