好きまでの距離感〜バレンタイン編、二十九〜

そう思ったら、じっとしていられなくなって立ち上がっちゃったんだ。
どうせゲームもミスったし、腹をくくったんなら気が変わらないうちに動いてしまえと思ったから。
立ち上がり、上着を羽織り、財布を手にして部屋を後にした。

階段を駆け下りて玄関を開けて出て行こうとしたら、居間から母さんが顔を出して問いかけてきた。
「あら和。こんな時間にどこ行くの?」
「ちょっとコンビニ!」
声だけ張り上げて、返事を返して家を後にした。

向かった先は、母さんに答えたコンビニだった。
思い立ったら吉日とばかりにここに来たのはいいんだけど…。
やっぱお菓子のコーナーに来たら、気持ちがどーにも萎えてしようがなかった。当然のように、バレンタインのコーナーはスルーだよ。
あんなところでじっくりどれを買うかなんて選べる訳もねぇって気分だもの。
でさぁチョコを眺めたのはいいんだけど…。
なんか今更ながらに、気分的に恥ずかしさが先に立ってくるんだ。
普通の板チョコはあまりにお手軽で素っ気ない気もするし、かといって可愛いのもな〜。
散々迷って、どれにするか考え抜いて、チョコの売り場の前だけに突っ立っているのも不審者っぽい感じがして、意味もなく店内をグルグルしちゃったんだわ。

そうやって店内を巡った時、ふいに視線がある物に目がいっちゃったんだよね。
思わず手にとって、閃いた事があったんだ。
「これ…」
じっくりとその商品を眺め、これでもいいんじゃないかと思った。
これもある意味、チョコではあるのかなって。
しかも誰かに見とがめられても、言い訳もたつし。

うんこれだ!と思ったね。
で、早速それを手にとって買って帰ったんだわ。

コンビニを出て、家に近づいたら隣の桂一郎の家の窓の明かりに目がいった。
あいつの部屋に灯りがついていたから、もう部活が終わったんだなと分かったんだ。
手に持った小さなレジ袋に視線を落とした。
どうしようかなって考えた。
これを渡すタイミングってやつをね。

時間が立てば立つほど、渡しにくくなるのは目に見えてるのは確かだと思った。
だから、こーいうもんは勢いでやっちゃったほうがいいんじゃないのかなとも、考えた。
「よし!」
わざと声を出して、自分に気合いを入れてみた。そこまでしなくても良いんじゃないのかと、自分自身に突っ込みを入れたい気分ではあったのだけど、そこはノリということで。

どうせ明日になれば、もっと渡しづらくなるに決まってる。勢いのままに桂一郎の家に上がり込んださ。
俺があいつの部屋に突然に出向くのは、別に珍しいことじゃないから、さして不審がることもなくに招き入れてくれた。
もちろん、手には例のブツを抱えてさ。

部屋の中では、桂一郎が椅子に座り込んだままで俺を見上げていた。
勉強机の上には教科書が広げられてあるから、宿題でもやってたのかなと思った。
「あー…と、その…勉強してた…の?」
「ああ」

相変わらずに、必要最低限の言葉しか返ってこない。
分かっちゃいるけど、今はどうにも先が続かなくて困ってしまう。
「その…俺、邪魔してる…かな?」
「大丈夫。そんなことはないから」

うん。多分そういう答えが返ってくるのは分かってるんだけどね。
ただね。どうやって切り出したらいいのか迷ってるんだ。
いつになく俺が戸惑っている様子があいつにも分かったんだろうか。桂一郎が訝しげに目を細めて俺を見詰めてくる。
「どうした?」
「うん…」

ここでぐずぐず迷っててもしょうがないんだよね。
ええい!
腹をくくったんだろうが、俺は。
これはバレンタインじゃないんだ。お中元だと思え俺。これに特別の意味なんてないんだと頭を切り換えろ。

つかつかと部屋の中央に歩き出し、手にしたレジ袋をあいつに押しつけた。
「これ、やる」
「?」
まるで桂一郎ばりに短いセンテンスで用件を伝えてやった。
案の定、あいつが頭を傾げている。それでも俺が押しつけた袋を手にし、中を覗き込んでいたんだよね。

中身を取り出した桂一郎が更に首を傾げていた。
「カロリーメイト?」
「そ、その…練習の後にちょい小腹が空いた時に食えばいいんじゃないかなって思ってさ。だから…差し入れみたいなもんかな〜って」
俺の苦しい説明に、さらに桂一郎が困惑気味な表情を浮かべていた。
ま、そうだろうな。
もう既に部活が終わって、夕飯も済ませているだろう相手に向かって差し入れをやってるんだからさ。ちょっと間の抜けた事をしていると思われてもしょうがないだろう。

「あの…なんだ。お前が欲しがってたのとはちょっと趣が違うかもしんないけど、それで我慢してくれよな。俺にとって、それがいっぱいいっぱいなんだからさ」
「我慢って…これ…」
意味不明な事を言う俺に困惑していた桂一郎の表情が、パッケージのある部分を見て、不意に変わったのが見て取れた。
「カロリーメイトの…チョコ味?」

改めて口に出されると、なんか恥ずかしさが増してきそうだ。
だからだろうか。つい口にしたのは、気持ちとは裏腹なものだった。
「な、何だよ。やっぱちゃんとしたチョコが良いとか言うつもりか?」
「いや…」

わざと素っ気ない態度を取る俺に、桂一郎があいつにしてはきっと満面の笑みに近いくらいに表情を緩めて言ってきたんだ。
「有り難う。凄く嬉しい」ってね。

それを言われた瞬間、恥ずかしさは頂点に達しちゃったんだよね。だから「別に」とかあえて軽く返してあいつの顔を見返す事すら出来ずに部屋を飛び出しちゃったんだ。

自分でも顔が火照ってるのが分かるから。
こんな顔をあいつに晒したくないもん。

自分が男相手にチョコを渡す日が来るなんて、夢にも思わなかったよ俺は。しかも相手、桂一郎だし。
なんかね。自分が危ない階段をまた一歩上がったような気分です。

今年のバレンタインは、俺にとってある意味特別な日になっちゃった。

あーあ。なんか、俺ますますヤバクない?



バレンタイン編、終わり。
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