好きまでの距離感〜プロローグ〜


あれは俺がいくつの頃だったろう。

まだ小学校へ上がる前くらいだったと思う。
両親が離婚して、母親が実家の祖父母の元へと帰ってきてからの事だった。

いきなりいなくなってしまった父親。
「どうして?」と聞いても曖昧に笑って答えてくれなかった母親。
四つ上のお姉ちゃんに聞いても、何も教えてくれない。俺がしつこく聞いても、逆に怒るだけで言ってくれなかった。
今思えば、姉貴だってまだ十才やそこらで、両親の、大人の事情なんて知るはずもなかったんだろうな。
それでも男の俺よりかは聡い姉貴の事だったから、それとなく察してもいたんだろうな。
姉貴にこづかれて、それでもベソをかきながらも食い下がった俺に向かって自分でも泣きそうな顔をしながら言った言葉があったんだ。
「パパにはあたし達よりも好きな女の人が出来たのよ!」って。

訳、分かんなかった。
だってお父さんは俺にとっても優しかったんだ。
休みの日には一緒にキャッチボールしてくれたり、自転車の乗り方を教えてくれたり、よくお膝の上にのって色んなお話もしてくれた。
そんな父さんが俺を…。俺達よりも大事な人が出来ただなんてと。

大人の事情なんて、子供の俺には分からなかった。
ただ、母さんと父さんはとってもおっきい喧嘩をしたんだろうって思っていたんだ。あの頃の俺は。
子供の俺なんかと違う、スッゴイおっきな喧嘩。
だから父さんは気まずくって家に帰りづらかったのかなって。

もしかしたら、いっぱい待っていたら父さんは帰ってきてくれるかもしれない。
俺がちゃんと良い子にしていたら、父さんはちゃんと帰ってきて、また俺を抱っこしてくれて、俺の好きな車とか飛行機のお話をしてくれるかもって。

…今思えば、俺ってばスッゲーガキくせぇよな。

馬鹿じゃん。って思えるくらいに子供で、ある意味健気?

じっちゃんとばっちゃん家にいるのにさ、そのうちに父さんが迎えに来てくれるのかも…って、思いこんでいたんだからさ。

それでも…。
沢山、沢山寝ても父さんは帰ってこなかった。
俺がどんなに良い子にしても父さんは俺を、俺達を迎えになんてこなかったんだ。

さすがの俺もさ、いい加減に気づき始めていた。
父さんは帰ってこない。
俺達は父さんに見捨てられたんだって事を。

「僕が側にいるよ」
一人が辛くて、どうしようもなく寂しかった。
あの時、あいつは俺に向かって言ったんだ。
ずっと側にいるからと。
あの時既に俺よりも幾らか背の高かったあいつは、しゃがみ込んで膝を抱えていた俺の顔を覗き込むようにして、言ったんだ。
「僕はずっと和の側にいるから。嫌いになんかならないよ。僕は和のこと、大好きだもの」

真っ直ぐな目をして、あいつ…野間桂一郎は俺、中西和正に向かって言ったのだ。


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